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リアクション
■ 新年の祠の前で■
清々しい新年の始まり。
家族でゆっくり過ごす家庭が多い中、家族でいても大忙しの場所はある。
「ちょうどよかったわ睡蓮、このお料理、お父さんのところまで持っていってちょうだいな」
水無月 睡蓮(みなづき・すいれん)を振り返って言いつけたのは、睡蓮によく似た面立ちの黒髪の女性――母の水無月 菖蒲だ。42歳になるはずなのに、睡蓮と並ぶと姉妹にしか見えないという若さだ。
「もう、帰ってきていきなり仕事を押しつけられるんだから……」
つい文句をこぼす睡蓮に、菖蒲はおっとりとした笑顔を向けた。
「だって神社はこの時期全然暇にならないから……ほら、もう結構初詣のお客さん集まっちゃってるのよ」
「初詣って言ったって、参拝客や親戚の人と昼から宴会しているだけじゃない」
睡蓮の実家は小さな地方神社。やって来る顔ぶれも良く見知った人ばかりで、気兼ねがないというか、初詣らしい厳かさはどこへやら。新年早々、境内が宴会で大盛り上がりになるのがいつものことだ。
「それも新年の催しだもの。……あっ、ところで睡蓮、冬の新刊は……」
目を輝かせる母はコスプレイヤー。年末の神社を放って冬の祭典には行けないものだから、睡蓮に期待をかけているのだけれど。
「今年は行ってません」
睡蓮はすげなく答えた。
「なんだ残念。それじゃそうだ、学校のパイロットスーツって余ってないの? 良かったら1着……」
「スーツもダメ、そういうんじゃないんだから」
母のきらきらしたまなざしを睡蓮は無下に切って捨てる。
「もう、パラミタに行っちゃったら、そんな暇なんてないのよ」
「ぁ、ダメ……」
しゅん、としおれる菖蒲に、何言ってるんだかと睡蓮は苦笑する。
「お母さーん。これ境内にそのまま持っていっちゃっていいのー?」
「え、ああ……そうよ、お願いね」
睡蓮にとってもこの新年の忙しさは慣れ親しんだもの。勝手も分かっているから、さっさと料理を境内へと運んでいった。
案の定、境内の宴会はうるさいほどに賑わっていた。
常連に見つからぬうちにさっさと料理を置いて戻ろうとしたが、父の水無月 一樹が目敏く睡蓮の姿を捉えて大声を挙げる。
「ほら、言った通りだろう? 若い頃の菖蒲さんそっくりだって」
「若い頃って、お母さん見た目は今も全然若いじゃない」
髪の色は違うけど、と睡蓮は毛先をちょっとつまんだ。どうして自分だけこんな色になってしまったのか。
すっかり出来上がっている常連を、適当に話をあわせてあしらうと、睡蓮は境内を出て祠に向かった。
神社とそれに隣接する一軒家の裏手には、小さな滝と本尊の祠がある。
帰ってきてそうそう巻き込まれるとさすがに疲れてしまう。ひとまず休憩、と睡蓮は祠に手を合わせる。
こうしている分には、パラミタで起こっていることも忘れられる。そんな日常を提供してくれる人がいる事には感謝すべき……なのかもしれない。
(おとうさんおかあさんごめんなさい、睡蓮はきっと親不孝者です)
まだ何もしていないれど、これから……そうなる気がする。
(夏があったら、今度はちゃんと買っていこうかな)
母親はどのジャンルがいいんだったかと、新年の祠の前で睡蓮は考え巡らせるのだった。
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