校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
リアクション公開中!
●あったか たい焼き物語 神条和麻のたい焼き屋は、この日、去年のどんな日よりも高い売り上げを叩きだしていた。 普通の出店では考えられない破格の値段なので、たくさん売らなければ利益が出ない。それだけに、千客万来のこの状態は大変望ましいことであった。 といっても実は、利益はトントンでもいいと彼は考えていた。商売人とはいえ、和麻は半分趣味でこの屋台をやっているところもあり、お腹を空かせてそうな子ども、泣いている子どもには、自分から呼びかけて無料であげたりしている。たい焼きを食べる人の笑顔が見たくてはじめた商売だ。だから笑顔が得られればそれで満足なのだ。 「おっと……そろそろ材料が尽きるな」 二度も買い足しに行った材料がもう終わりそうになっていた。二度目は余るくらい用意したつもりなのだが、売れるペースはどんどん上がっているらしい。 「おや? 出前のオカモチでもひっくり返したか? おやっさんに怒られたとか……?」 たい焼きの屋台の前を、がっくりと肩を落とした青年が歩いていく。前掛けにはうどん屋の名前が書かれていた。 「また……」 とかなんとか呟いているところを見ると、同じ失敗を繰り返したものらしい。 (「なんか、哀れみを誘う姿だな……」) 和麻は気の毒には思ったが、相手が子どもならまだしも、二十歳そこそこに見えるいい大人に「たい焼き食べて元気出しな」というのもどうだろうと思ってこれを見送った。 それから十五分ほどして、 (「さっきの兄ちゃんか?」) 何があったか知らないが、さきほどのうどん屋青年がまた通りかかったのだ。妙に早足だ。 (「やっぱりショックなことがあったんだろうか。様子がおかしいな」) さきほどと同じ方向から来たのが不思議だが、もしかしたら店主に怒鳴られたか何かで、戻りづらいと感じているのだとすれば説明がつく。つまり彼は、このあたりをグルグル回っているのだ。 「よし」 もう決めた。和麻は焼きたてのたい焼き二尾を袋に包み、うどん屋の肩をポンと叩いた。 「俺はそこのたい焼き屋だ。困ってるんだろ? 何があったか知らないが、もう店に帰りな。ほら、これ食べて元気出せ」 「……? あ、ああ」 若い男性店員は、頬をかいて、 「感謝……する」 と、背を屈めてそこから去っていった。それを見送り、 「人助けにはなったかな」 戻ろうとすると、今度は和麻の視界に郵便配達人の少年が見えた。年賀状の季節である。このあたりを郵便配達がうろうろしていてもおかしくはない。 銀の髪をした少年はこんなに小さい(和麻の見立てでは十歳に満たない)のに、重そうな鞄をたすき掛けにして歩いている。緑色の制服は大人用のものだろう。少し大きすぎるように見えた。 「勤労少年か……あんなに小さいのに…………家庭の事情で働いているんだろうか」 和麻は店に飛んで戻ると、たい焼きを袋に入れて少年を追った。 「郵便屋さん、仕事お疲れ様だ。食べて頑張ってくれ!」 押しつけるようにして和麻は、郵便配達の少年にたい焼きを渡した。 「同じ労働者として応援させてもらっただけだ。礼はいらない」 少年は戸惑ったように足を止めていたが、袋を鞄にしまってまた歩き出した。 (「頑張れ勤労少年……!」) この短い時間にクランジに二人も接近遭遇したことを知らぬまま、和麻は屋台に戻った。