校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●狐 (「……あまりこういう場所は好きじゃないんだがな……」) 口には出さねど、苦手意識はどうしてもあった。グレン・アディール(ぐれん・あでぃーる)とバーゲンセール、かなりミスマッチな組み合わせである。 ファッション関係の店が密集する地帯では、まだまだバーゲンが大盛況だ。彼はパートナーたちと店を回っていた。 人気店ともなると客は押し合いへし合いを演じており、誰もがいい商品を求めてハンターのように目を輝かせていた。その中には、ソニア・アディール(そにあ・あでぃーる)の姿もある。 ソニアも控えめな性格なので、本当はこういうのは得意ではないはずだ。しかし昨年、周囲に圧倒されて何も買えなかったという屈辱を味わい、さらに、グレンと李 ナタ(り なた)が年中同じ服装という事実をふまえ、ソニアは一皮剥けていた。すなわち、果敢にバーゲンに挑むようになっていたのだ。すでに自分の分なら多くを購入している。まだ服の少ないレンカ・ブルーロータス(れんか・ぶるーろーたす)の服も色々と揃えた。 「あの大型店がこれからタイムセール、バーゲン品をさらに半額ですって……! 見て参りますね」 と、動きかけたソニアにナタが言う。 「おいソニア……あれは男性衣料品のバーゲンだろ? お前関係ねぇだろ」 「関係あります。グレンとナタクさんの分を買うんです。だって二人とも年中同じ服装じゃないですか!」 げ、とナタは嫌そうな顔をした。 「年中、軍服のグレンはともかく……俺は必要ねぇと思うが……まあ……似たような服装と柄なのは認めるが」 「そうです。もっとセーターとかシャツとかタートルネックとかも着ましょう」 「マジで言ってるのかそれ! 俺のイメージというものがだな……」 「イメージが気になるんでしたら、一緒に行って自分のほしいものを選んで下さい」 「……いや、あれは……女限定の戦場かなにかといった風情で……男が立ち入る隙なんてねぇような……」 「紳士服の店です。男性いっぱいいます。まあ女性が多いのは確かですが……じゃあ私が似合いそうなもの見繕って買ってきても文句言わずに着ますね?」 結局、ナタが折れた。 「……わかった、行くってば……だけどセーターとかマジ御免だからな……。グレンは?」 グレンは本当に着るものに頓着しないので、手を振って言った。 「……俺は、ソニアに任せる。……入口付近でレンカと待っていよう」 「おいおい……アニメキャラが書かれた黄色のトレーナーとかでも着るのか?」 「……そういうのは……ソニアは選ばない……」 そらそうだとナタは肩をすくめ、ソニアとともに店に消えた。 グレンはレンカを肩車したまま、バーゲンという修羅場を眺めていた。買い物袋を下げ、子ども(レンカ)を肩車したマイホームパパのような傭兵(※服は軍服のまま)……なんともシュールな姿であった。 紳士服の大型店だけにバーゲン規模も大きい。レンカは目をキラキラさせてこれを見ている。 「うわぁ……、色んな人ががいっぱい居てお祭りみたい……グレンお兄ちゃんとなっくんが一緒にいなかったら、レンカ、迷子になってたかも……」 しかし、グレンが目を止めたのは別のものだった。 「遙遠……?」 彼は緋桜遙遠の姿を発見していた。遙遠とグレンは戦友同士だ。 遙遠もプライベートであろうし、挨拶を交わす程度にしようと思ったが、それは遙遠が、防寒着を試着して、それをそのまま、着て出ようとするまでのことだった。 店を出たところを風のように追い、遙遠の腕をつかむ。 「遙遠……俺を落胆させないでくれ……そんな男だとは思わなかった……」 「何の話だ」まるで他人のような顔をして遙遠は言った。 「見てたぞ……今、盗った物を戻せば……説明するチャンスを与えるが……?」 「知らない。盗ってなど……」 嘘だ。さっとグレンが目を走らせると、万引防止タグが切断されているのが見えた。 グレンは違和感を感じた。おかしい。遙遠は自分の顔を見ても驚いた様子がない。 直感的に、声を落として告げる。 「……Κ(カッパ)?」 遙遠は腕を振り払い、下を向いたまま言った。 「緋桜遙遠の知人に出会う可能性を無視していた……」 店から離れてベンチに座る。 レンカが心配そうに、 「ねぇ……この人、困ってるから……その……助けて上げちゃ……ダメかな?」 とグレンに問いかけるも、彼は敢えてそれに答えなかった。 グレンは遙遠、いや、その顔をしたクランジΚに告げた。 「安心しろ……ここで騒ぎを起こしたくないのはお前も同じだろ……? 今日ここでお前と出会った事を誰かに言うつもりは無い……。『なぜ?』って思っているのなら……簡単な事だ……」 間を持たせて、言葉を継いだ。 「お前を追い詰めれば……お前は……自害する気だろ? 俺はそんな事をさせたくない……。あとは……レンカが『助けて上げて』とお願いしてきたからだ……理由があるとすれば……それぐらいだ……」 「施しはいらない」 Κは立ち上がった。盗んだダウンジャケットを脱いでグレンに渡した。 「返しておいてくれ。店に自分で返しにいけない分、礼は出す」 「お礼……?」 というレンカに、Κはなにか包みを渡した。 袋の中身はたい焼きだった。一尾だけ入っている。ほのかに温かい。 「あの……着るものに困ってるならレンカたちが……」 「同情されるいわれはない。グレン・アディール、貴様が自分と同じ立場となったとしたら、喜んで施しを受けるか?」 「……」 グレンは即答できなかった。 遙遠(Κ)が立ち去ったのとほぼ入れ替わりにソニアがナタと戻ってきた。 「どうかしたの……グレン?」 「狐につままれたような顔してるぜ……?」 「……狐は人に化けるという……その意味なら確かに……狐かもしれない」