校長室
年の初めの『……』(カギカッコ)
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●Find a way(2) やはり森の中、イトリティとバロウズは戦闘状態にあった。 狼の牙が二の腕を掠めるも、バロウズは転がってこれを避け、たちまちのうちにグレートソードを抜いて反撃した。倒すつもりはない。威嚇のための一撃だ。なので、狼がこれをかわしても驚かなかった。 「これ以上クランジの悪評は広げない! ローラさんのことは聞いてます。これ以上、あんな風に僕の姉妹を苦しめたくないんです。クランジの狼、よく聞きなさい。ここで退くならよし、さもなくば刺し違えてでも……!」 本気で言っていることが、バロウズの目の色から判った。その気迫を感じたか、 「……チッ」 (「もっと軟弱野郎かと思ったが、意外とやるじゃねぇか」) と、告げる代わりにイトリティは地を前脚で二三度蹴り、ぷいと立ち去った。 もう腹は立てていなかった。むしろ、不思議といい気持ちだった。 額の汗を拭おうとして、 「にゃ」 間近、それも耳のすぐ横から声を聞きバロウズは飛び上がった。 ぴょんと降り立ったのはちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)だ。 「ああ、あなたでしたか」 ちびあさにゃんは言葉を話さないが、胸を張って「どうだ」と言わんばかりの顔をしている。 いたのかいなかったのかバロウズははっきりわからないが、これがあさにゃんの作戦だったのである。光学迷彩で姿を消し、彼の肩に乗っていたのだ。そして光学迷彩を発動していたというわけだ。 「いざとなれば止めてくれるつもりだったんですね……ともかく、お礼は言わせて下さい」 バロウズは剣をしまい、ちびあさにゃんに一礼した。するとあさにゃんはまた彼の肩にあがった。 このとき彼は、なんだか心が軽くなっていることに気がついた。 姉妹たちの平穏を望むには、このパラミタはクランジという脅威が浸透し過ぎている――とバロウズは言った。しかし、もし本当に諦めているのなら、「これ以上クランジの悪評は広げない!」なんて言葉はとっさに出てこなかったはずだ。 「僕自身、諦めきっていたわけじゃなかったんですね……これで気持ちの整理がついたとは言いませんが、まだまだ捨てたもんじゃない、って気がしてきました」 気が楽になったせいか、バロウズの言葉もなめらかになっていた。 ちょうどそこへ、 「ごめんなさい。大丈夫?」 ルシェンが駆け入ってきたので、バロウズはおずおずと、あさにゃんは元気に、同時に手を振った。 ところで、イトリティだ。 彼は尻尾を振りつつ神社に戻ってきた。さすがにさっきの騒ぎの後だから、物陰に隠れつつ切の姿を捜した。 (「まさかまだ祈ってたりして……」) などと思いながら賽銭箱のところにきて、ショック! 本当に切は、まだ祈っていたのだ。 本殿の参詣待ちの列に加わりつつ、スケジュール帳をぱらぱらとめくる。 風森 望(かぜもり・のぞみ)はノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の予定を確認していた。 「昨日はお嬢様の実家で過して、一日に地球に下りて実家に帰省……ハードスケジュールだと言うのに、空京に寄ったついでに空京神社で初詣を、だなんて」 忙しい時間を縫ってなので日没ごろの参詣になってしまったが、まだまだ神社は賑わっている。 「わたくしは、少々去年やり残した事がありますからね」 ノートはそれが当たり前のように言った。初詣には行っておきたかった。気持ちを清算するためである。 あの日、短い時間ではあるが行動をともにした桃色の髪の少女をノートは思い出す。桃色の髪には、ところどころ青いアクセントが入っていたっけ。 名は大黒美空、ゴスそのもののような衣装にとんがり帽子、明るすぎる髪の色に比し、色彩のまったくない黒一色の衣装は、どこかちぐはぐな印象があった。 美空との話に決着がついていない。ノートの『やり残したこと』とはそれを指すのだった。 やがて順番が回って来たので、望はスケジュール帳をぱたんと閉じた。 「まぁ、仕方ありません。お賽銭とお祈りでもしていきましょうか」 「そういたしましょう」ノートは悠然と微笑むのである。 なんかずーっと祈っている人がいるが(七刀切)これをよけて、ノートの分も賽銭を投じてから望は手をあわせた。 「アーデルハイト様との仲が進展します様にアーデルハイト様との仲が進展します様にアーデルハイト様との仲が進展します様に」 「望、願望が駄々漏れですわよ?」 えっ、と一瞬、うろたえたように言葉を失う望は、普段と違っていて妙に可愛い。 「……あの、ご内密に」 「今さら内密もないでしょうに。そんなに会いたければ、御神楽のパーティーに行けばよかったでしょうに」 「仕方がありません、お爺様から必ず帰ってくる様に念を押されましたし」 その辺りは公私の区別ができている望だ。普段の表情に戻って、 「ところでお嬢様は何を祈ったんです?」 しかしそのとき、すでにノートはいなかった。煙のように消え失せていたのだ。 「お嬢様っ!?」 首を巡らせ目を走らせ、望はノートの姿を見つけた。いつの間にかその場を飛びだし走り出していたのだ。 「お待ちなさい!」 という声が聞こえた。ノートは誰かを追っているのだ。 本日この後も、急いで移動する予定が定まっている。 「はぁ……今から新幹線と飛行機、予約取り直しはできますかねぇ」 軽くぼやいて、望はノートの背を追った。 桃色の髪、黒の衣装、しかも、追われているのに気がついて逃げた。 「……間違いありませんわ。お待ちなさい! 大黒美空さん!」 想像以上の人出のせいで距離が埋まらない。相手もかなりの俊足だ。顔を合わせづらいという心境はわかる気がする。警戒されても仕方ない。けれど、 「わたくしは、あなたに伝えたいことがあります」 名前は判らないが、小さな庭のような場所に出た。 人がいないのは、灯籠が壊れているからだろう。ためにか光は、本殿の方向から入ってくる僅かな灯りしかなく、陽が沈んだゆえ暗い。 遠くから本殿の賑わいが、潮騒のように聞こえてくる。 「いますね……美空さん」 桃色の髪が、物置のような建物の背後に隠れた。 「あなたがこの場所に足を踏み入れたのは、空京神社に特別の思い出があるから? それとも誰か、知っている人を求めてのことだったのでしょうか。それは問いません。そして、対面するのが苦しいというのなら、わたくしが話すことだけ聞いてください」 嫌とも応とも返答はないが、桃色の髪の主はまだそこにいる気配があった。 「美空さん、あなたの望み……クランジすべてを滅ぼすということについて言わせてください」 と断って、コートの合わせ目を抑えながらノートは言った。 「貴族は領民と領地を護る為に、時に戦場として兵士として護るべきモノを犠牲にする事がありますわ。矛盾を抱えているのは人とて同じですわよ。 クランジが存在してはいけない、と言うならそれを生み出した人もまた存在してはいけませんわ」 隠れた人影がみじろぎするのがわかった。 「人だから、クランジだからではなく、誰かの為でもなく、あなたは、あなたの為に生きなさい。あなたの言うエラーは、きっと心ある者なら誰もが持つ感情なのでしょうから」 沈黙は変わらない。何か話そうとして、やはりやめたような息づかいをノートは確かに聞いた。 「なぜ? とあなたはおっしゃりたいのでしょう? 理由は簡単、言ったはずですわ……あなたを助ける、と」 ノートは背を向けた。玉砂利を踏んで戻っていく。 ところが途中で止まって、わざと聞こえるように独り言を言った。手の荷物を持ちあげて、 「えぇと……望ときたら、主にまで荷物を持たせるとは家令失格ですわね。重たくて仕方ないですわ……ザンスカール土産のパイですけど、録にご飯食べてない人が持っていっても、疲れてますので全く気付けなさそうですわね」 などと行って土産の袋をがさっ、と砂利の上に置いた。 建物の陰に足を踏み入れたい気持ちはあったが、これにとどめておこう。 陰から出てくるか、そのままでいるかは美空の自由だ。 しかし、いつの日か彼女とはもう一度会える――そんな確信がノートにはあった。 戻ってきたノートの手を、「ここにいましたか!」と望は取った。 「さあ、急ぎますよ。予定は押しております」 「聞かないのですか? わたくしがどこに行っていたか」 「だから時間がないんですってば! 詳細は列車でお伺いします。さあさ夜行列車にも間に合わなくなりますので、空京駅にお急ぎ下さい」 駆けるような早足で二人は歩いた。 「夜行列車……初めて乗りますわね。それはそれで面白そうですわ」 と笑っていたノートだが、ふと思い出したように言った。 「あー、それと望? ちょっとお土産を紛失してしまったので、空京駅で買い直したいのですけど、お金の方をですね……すこーしばかりお財布をですね?」 ええーっ! と望が叫ぶのが聞こえた。 駅で買う時間、取れるだろうか。