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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~

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四季の彩り・雪消月~せいんとばれんたいん~
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リアクション

 第31章 変わらない気持ち

「ふむ、賑わっておるようじゃのう」
 空京の繁華街、沢山の店が連なる界隈を、アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)と2人で歩いていた。目立たないように、といつもとは違う衣装を身に着けている。
「今日は、久しぶりにのんびりしてくださいね」
 バレンタインの外出にまんざらでもなさそうな表情のアーデルハイトに、ザカコは穏やかに微笑みかける。
 ザカコが彼女を誘ったのは、未だ太陽の残る時間帯。
 アーデルハイトは、ザナドゥとの戦争の原因になった責で、今はザナドゥとイルミンスールの間を行き来する橋渡しをする役目を担っている。一応、責任を取るという事で戦後処理に当たっている為、普段は誘っても外出は難しいだろう。
 人に見られる場所で楽しんだり、というのも立場上良くないと思うが、今日はせっかくのバレンタイン。
 彼女と一緒に、時を過ごしたい。
『アーデルさん、良ければ少しだけ外出しませんか?』
 イルミンスールの彼女の部屋に行ったら元気そうな姿があったので誘ってみた。ザナドゥに行っていたら、そもそも誘うのも難しかっただろう。たまたま、机仕事の多い日だったようだ。
 アーデルハイトは万年筆を持った手を止めて、『ふむ……』と思案気にして外を見た。答えがあったのは、十数秒後。
『そうじゃな、少しならいいじゃろう』

 逸れないように、と手を繋いで街を歩く。店の中には、道を行き交う人々向けにショーケースを外に出しているところもあった。それぞれ、趣向を凝らした可愛らしい、そして美味しそうなチョコレートを用意している。興味を惹かれたものは覗いてみたりもして。
「これは美味そうじゃの」
 そこでは、ホットチョコレートを売っていた。オレンジ色やピンク等、ミルクチョコ以外にも暖色系フルーツフレーバーを使ったものが揃っている。
「買ってみますか?」
「そうじゃな、少し興味がある。白ココアというものは知っておるが……むう」
 ザカコはイチゴ味のチョコレートを買って彼女に渡す。こうして道端で出来たての飲み物を飲むというのは、初詣時に飲むという甘酒に近い感覚だろうか。
 寒い中、少しだけ温まって。2人は再び歩き出す。ザカコが向かっているのは、空京の外れにある、街を見渡せる高台だ。
「おや?」
 向かいからファーシー達が歩いてくる。店のものらしき紙袋を提げているところを見るに、1日を楽しんだ後に帰る途中なのかもしれない。
「ザカコさん!」
 ファーシーもザカコに気がついたらしく、明るい笑顔を向けてくる。
「こんばんは。これからお帰りですか?」
「うん! 今日はバイキングに行ったりファームのお店に行ったり、すごく楽しかったの!」
 そう言う彼女のお腹は、最後に会った日から随分膨れていて。
「お腹の調子は大丈夫ですか? いえ、食べすぎとかではなく」
 流れ的に勘違いされそうなので、一応注釈を加えておく。
「この子? うん、大丈夫、わたしも普通だし、経過は順調だと思うわ」
「そうですか、それは良かった」
 ほっとして、ザカコは自然と笑顔になる。それから、ふとある事を思い出した。
「そういえば……あれから、智恵の実はどうしました? 保存することに?」
「あれ? あれは食べちゃったわ。だからきっと、ものすごく頭のいい子が生まれるわよ!」
 ファーシーは、花のような笑みで彼に答えた。ルヴィの性格については知りようもないが、この天真爛漫でちょっと天然な彼女からどんな子が誕生するのか。
 ザカコはそれを楽しみにしながら、彼女と別れた。

「どうですか? アーデルさん」
「おお、これは綺麗じゃのう」
 高台に到着して、ビルや店、遊園地の照明が織り成す夜景をアーデルハイトと一緒に楽しむ。手すりに手をかけて街並みを眺める彼女の後ろで、ザカコは持参していた5000年もののワインを用意する。ぽいぽいカプセルから出して、木製のテーブルに置く。
「アーデルさんの好きそうなワインを持ってきました。こちらへどうぞ」
 2人で向かい合って、景色を見ながらワインを開ける。グラスに口をつけたアーデルハイトは、その一口を舌の上で味わった。
「良い香りじゃの。味も悪くない」
 満足そうな感想を漏らし、2月14日の最後の時間を2人きりで過ごす。争いも仕事もない静かな時。普段は忙しなくてあっという間に過ぎていく時の流れが、別物のようにゆったりとしている。
 そして、ワインの中身が殆ど無くなった頃。
 ザカコは、本命として持ってきていたチョコレートを彼女に渡した。元旦に2度目の告白をした時、アーデルハイトは答えを待ってくれ、と言った。しかし、その時間は地球人の感覚とは違うかもしれない、とも。
 だが、フラれようと何だろうとザカコの気持ちは変わらないし、言葉だけでなく彼女を守っていきたい、と思っている。
「良ければチョコを受け取って頂けませんか。好きな人に贈る日ですしね」
「チョコか……ありがたく貰っておくぞ」
 アーデルハイトはためらいを見せず、堂々とそのチョコレートを受け取った。答えとは違う。彼の気持ちを知っているからこそ、『好きな人に贈る日』、それを認めての事である。
「ありがとうございます」
 空を見れば、少しずつ厚い雲が流れ、増えてきている。気温もまた、一段と下がってきた。十分に楽しんだし、とザカコは立ち上がる。
「雪も降りそうですし、そろそろ帰りましょうか」

 空き瓶やグラスをカプセルにしまい、彼女を送る帰り道。
「アーデルさん、いつでも、と言う訳にはいきませんけど、又こんな風に一緒の時間を過ごして頂けませんか」
「……なかなか図太い神経をしておるな」
 坂を下りながら言うザカコに、アーデルハイトは苦笑をもらした。
「……そうじゃな、私は、そなたの事をまだ、多くは知らぬ。そして、もっと知りたいと考えておる。男性として見るのは、お互いをもう少し理解してからでも遅くはないじゃろう? 今は、まだ『友』として過ごしていきたいと思っておる」
 それから、彼女は少し間を空けて、彼に言った。
「そのためなら、私はいくらでも付き合うぞ」