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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)
Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回) Perfect DIVA-悪神の軍団-(第1回/全3回)

リアクション

 少し時をさかのぼって、エレベーター前で死闘が繰り広げられているころ。地上では。

「メルキアデス? メルキアデスってば。……もーっ!」
 ぱしぱし、ぱしぱし。
 フレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)は手のなかの携帯をたたいた。そのあとしばらくじーーーっと待受画面を見て、今度はブンブン振る。
「どうしたさぁ?」
 エレベーターが見える棟の入り口で待機していたキルラス・ケイ(きるらす・けい)が聞きつけて振り返った。
「メルキアデスが出てくれないのよ。さっきからずっとコールしてるんだけど。アンテナは3本立ってるし、こっちの携帯はちゃんと動いているみたいだから……バッテリーでも切れちゃったのかしら」
「ふーん?」
 カゴはまだ上がってこない。どうやら運び込みに手間がかかっているようだ。
 キルラスはそこを離れてひょこひょことフレイアに近寄った。フレイアはまたリダイヤルしていたが、やはりつながらないようで、いらだたしげに髪を梳いている。
「ん〜、こっちでやってみようかねぇ?」
「お願い」
「お願いされましたさぁ。――ほいほいっと」
 にっこり笑って籠手型HCの短縮ナンバーを押す。メルキアデスの番号は登録済みだ。
「まったくもお、あのばか。ばかのくせにひとを心配させるなんて、生意気なのよっ。ばかなんだから、その分それ以外のところではひとに心配かけさせちゃいけないのよ!」
「おおぅ。いらついてるねぇ、フレイアさん」
 とは独り言。
 しかししっかり聞きとったフレイアは、キッとキルラスをにらみつけた。
「おっとっと」
「……もうっ」
 前にきていた髪を後ろへ払い込む。彼女にも、自分がカリカリしているのは自覚があった。朝からずっと頭の隅がじくじくとうずくような痛みがあって、それが気に障ってしかたがないのだ。薬を飲んでも一向に良くならないところをみると、片頭痛かもしれない。
 どうにも気分が落ち着かなくて、イライラと歯で爪をはじいていると、キルラスが眉をしかめた。
「出た?」
「いや、こっちも応答ないねぇ」
「そんな…」
「最後に連絡があったときメルキーのやつ、何言ってたさぁ?」
「これから火災区画に入る、って。消火と救助の両方をするんだって張り切ってたわ」
「ああ。じゃあ今その真っ最中で手が放せないのかもしれないさぁねぇ」
「……そうね。そうかも」
「そうそう。だからまぁ、もうちょい時間おいてかけ直せばいいかと。案外、向こうからかかってくるかも。「俺様、今すっげー活躍したんだぜぇ?」とか」
「あのばか」
「まぁ、もうちょい待ってみるさぁ。ちょうどカゴも着いたことだしねぇ」
 チン、と音を立てて止まったエレベーターに向けて、フレイアを押し出す。フレイアはまだ少しぶつぶつ言っていたものの、キルラスの説得に納得して、そちらへ向かった。床に寝かされたり座わり込んでいる負傷者をほかの者たちと一緒にカゴから連れ出し、所定の位置へ寝かせるとヒールをかけたり救急車の手配をする。
 フレイアの関心がそちらへ向いたのを確信して、キルラスは笑顔を消した。かわりに、いつも飄々としている彼にはめずらしく、目に深刻な光が浮かび、口元が引き締まる。
 いやな予感がした。――いや、いやな予感は最初からしていた。地下へ下りるとメルキアデスが言い出したときから。
 それを聞いたとき、キルラスは真っ先に「ばかだ」と思った。あそこは相当ヤバい。彼の第六感はそう告げていた。まるで文字にして読めるぐらいにはっきりと。うなじの毛が逆立ってチリチリするのが感じられるほどなのに、こいつはそれを感じ取れないのか?
 あるいは、メルキアデスもみんなも、それを感じ取っていたかもしれない。それでも、彼らは推して地下施設行きを選択したのかもしれない。地下に閉じ込められた仲間たちのために。
 なら自分も、と思ったが、全員が地下施設へ行ってだれも地上に残る者がいないのも問題だ。だから自分は地上で、彼らのために全力を尽くそうと思った。しかしそれがこれほど忍耐を強いられるものとは思わなかった。悪い想像ばかり浮かんで、心配のあまり胃がキリキリして吐き気までする。これなら一緒に地下施設へ下りていた方が数倍マシだったろう。
「……メルキー、無茶だけはすんなよぉ。あんなにおまえのこと心配してるフレイアさんをこれ以上心配させるようなことしでかしたりしたら、あとでぶん殴ってやるさぁ」
 そのためにも、ちゃんと無事に上がってこい。
 キルラスは祈るような思いで無理やりいやな予感を押しつぶした。



「きたか」
 チン、と鳴る音を聞いて、源 鉄心(みなもと・てっしん)は腰を上げた。が、上着を引っ張る下からの力に邪魔をされて、がくん、と途中で止まる。
 振り返ると、イコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が後ろ身頃の真ん中あたりを掴んでいた。
 鉄心が見下ろしていることに気付いて、パッと裾から手を放す。
「イコナ?」
「あ、あの……わたくしも、ご一緒しても、よろしいでしょうか…?」
 うつむき、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「あの……あのっ、応急手当くらいなら、できますの。おけがされている方、たくさんいらっしゃいますし。そのぅ……い、今のわたくしでも、いないよりはましぐらいにはなれるのではないでしょうかっ」
 そう口にしつつも、イコナの本音は違っていた。いや、役に立ちたい、負傷者の治療をして楽にしてあげたい、という気持ちもあるにはあるのだが、それよりも…………鉄心にそばにいてほしい気持ちが強かった。
 それがなんだかやましくて。つい早口になってしまい、見抜かれるのが怖くて顔も上げられない。
 けれど、本心を口に出すわけにはいかなかった。本当は地下施設へ下りたかったに違いないのに、自分たちが押しかけてきたせいでここに残ることを選ばせてしまった。そんな彼のお仕事の邪魔を、これ以上しては駄目。
 鉄心にそばにいてほしいとお願いすることができないなら、自分がついていくしかない、そう思ったのだ。
 ずっとうつむきっぱなしのイコナのあごに、鉄心の手がかかった。
 くい、と上を向かせる。
「顔が赤い。まだ熱があるんじゃないか」
「そ、そんなこと……もう大分気分は良くなりました。大丈夫ですわ」
 しかし鉄心はそんなイコナの主張も意に介さず、前髪をさらりと分けて下の額に指で触れる。
「熱い」
「だ、大丈夫なのです! もう、本当に!」
 あわてて身を引いて、今度は懸命に鉄心を見返した。そうしたいのだという意思が少しでも彼に伝わるように、りきんで。
 だけど心のなかは泣きたい気持ちでいっぱいだった。断られたら、本当に泣き出してしまうかもしれない。鉄心が考え込んでいる今でさえ、どきどきして息もできないくらいなのに。
 助け舟を出したのはとなりのティー・ティー(てぃー・てぃー)だった。
「連れて行ってあげるといいのです〜」
 彼女もまた、イコナに負けず劣らず赤い顔で潤んだ目をしているのだが、こちらは対照的にへらっと笑っている。
「こんなに言っているのれすからぁ」
「……おまえ、呂律が回ってないぞ」
「ええ〜? そんなことないれす……です」
 こほ、と空咳をしてごまかす。発熱で完全にイカれているわけでもないようだ。
「おまえ、本当に大丈夫か?」
「ん〜……あんまり大丈夫じゃないかもです。でも大丈夫です!」
「なんだ、それは」
 ごまかすようにあらぬ方向に視線を飛ばしたティーを、鉄心はまじまじと凝視した。
 どう見ても2人とも、朝見たときより悪化している。こんな吹きさらしの外にいるからだ。いくら毛布を二重に巻いていたところで防げるものか。
 だからあれほど部屋で安静にしているようにと言ったのに……ティーを見る鉄心の目が眇められた。そこにいら立ちのようなものを感じ取って、イコナがあわてる。
「ティーは悪くありませんの。わたくしが来たいと無理にお願いしたのです……ティーは、わたくしのわがままをきいてくださっただけですの」
「イコナちゃん…。
 大丈夫、鉄心は私たちのこと、心配してるだけですから」
 ぎゅうっと自分の腕を握ってくるイコナの手を、上からぽんぽんとたたいた。
 かばい合う2人を見て、ふーっと息をついた鉄心は「ここに放置して行くよりはマシか」とつぶやくと、3枚目の毛布でティーをくるむとおもむろにイコナを抱き上げた。
「ティー、おまえは歩けるな?」
「はい」
 内側から毛布を掴んで、にこにこ笑顔で鉄心について歩く。鉄心は、棟から運び出されて並べられていく負傷者の元へ行くとイコナを下ろした。
 その手にペンと紙をはさんだボードを握らせる。
「今から俺が言うことを書きとれ。終わったら彼らの服にそれをピンで留めるんだ。風で飛ばされないようにしっかり留めろよ」
 そして鉄心はイコナに背を向け、おもむろに負傷者のIDから名前・年齢・血液型を読むと、けがの位置、具合を簡潔に言葉にしはじめた。彼は医師ではないが、豊富な実践経験からそのけががどのようなものかある程度判別がつく。それを箇条書きでつけておけば、病院で処置にあたる医師や看護師の手間が大分はぶけることも分かっていた。
(よかった……今のわたくしでも彼のお役に立てるのですね)
 イコナは心の底からほっとして、一生懸命鉄心の言葉に集中し、書きとろうとするのだが、手がぶるぶる震えて文字がゆがんでしまう。
「ど、どうしましょう…」
 ぎゅっと目をつぶったとき、横からティーが、さっとペンとボードを取り上げた。
 驚くイコナに、し、と口元に人差し指を立てて、こっそり自分が書いていく。「ありがとう」と声に出さず口を動かすと、ティーはにっこり笑って、こんなことなんでもないと言いたげにウィンクをした。イコナの手にピンを渡して「ゆっくりでいいですからね」と言葉を添える。
 彼女の気遣いが胸にしみて、泣いてしまいそうだった。泣いているのかもしれない。ちょっと目が熱い。
 自分がわがままを通している自覚はあった。鉄心やティーのことを思うなら、部屋でおとなしく寝ているべきだったのだ。
『今日は1日部屋で安静にしていろ』
 そう鉄心に言い渡されたときは、本当にそうしようと思った。だけど、ベッドに入って天井を見ていると、なんだかすごく怖くて、さびしくなって…。今離れたら、もう二度と鉄心に会えなくなるんじゃないかという思いで胸がぎゅうって締めつけられた。そうなるともういてもたってもいられなくなって、ティーに頼み込んで連れてきてもらったのだ。ティーも体調を崩していたのに。彼女には感謝してもし足りない。
 わがまま言ってごめんなさい。でも、そのおかげでこうして鉄心のそばにいられる。最後の瞬間まで、彼を見ていられる……。
(――最後…?)
 どういうことだろう? 無意識に浮かんだ言葉だった。だけどそれが間違っている気はしなかった。それどころか、もう残された時間はわずかだと、頭のどこかでもう1人の自分が告げている。
「鉄心…」
 突然心細くなって、手を伸ばす。その先で、鉄心の体がびくりと揺れた。
 振り返った彼の顔は、あきらかに強張っている。その驚愕に見開かれた目はイコナを見てはいなかった。イコナの頭上を通りすぎ、背後の何かを見ている。
 遅れて、ティーもイコナも自分たちの周囲にぽつぽつと人影が伸びていることに気付いた。
 彼らの後ろには、いつの間にか見知らぬ少年たちが立っていた。死角を作らないよう一定間隔を開けて立ち、周囲を警戒する数人の少年。彼らは皆、双子のようによく似ていた。うなじでひとくくりにした銀髪、赤い目。ほおにDと読めるようなマークがあるところまで。
 そして彼らの中央には、夕方の風に白衣風コートをなびかせた少年が立っていた。
 蒼空学園の制服を着ているが、その顔に見覚えはない。
「おまえたち、どうやってここへ入った!」
 見るからに異質な雰囲気を漂わせている彼らに、鉄心のなかで警報が鳴り響いていた。
 殺気はない。だがそれを言うなら、彼らは何も発散していない。こうして目の前にいるというのに。
 離れた位置でキルラスがライフルを手にしているのが見えた。表情までは伺えないが、きっと彼もこの異常さを感じ取っているに違いない。
「ここは現在関係者以外立入禁止となっている。許可を得ているのであれば許可証を出し、その場でこちらに見えるように提示しろ。右手のみ、動かすことを許可する」
 蒼空学園の少年が、くすりと笑った。
「そう警戒しなくてもいい、人間。わたしは自分の物を返してもらいに来ただけだ。おとなしく渡してくれるのであれば危害は加えない」
「おまえの物?」
「そうだ。どうやらここの地下にあるようだな。そこが入り口というわけか」
 少年は視線でエレベーターのある棟を指した。 
 鉄心のなかの警戒度レベルが一気に最高クラスまで急上昇する。そして危険度を察知するメーターは、完全に振り切れていた。
「この騒ぎの首謀者は、おまえというわけか…」
 後ろに回した手で魔道銃を握り直す。――いけるか? あの指揮官らしい少年を拘束すれば、やつらを無力化できるかもしれない…。
「鉄心…」
 彼が何を考えたか、悟ったイコナが不安げな声を発する。あまりに敵の数は多く、その能力も未知数だ。これだけの人数で教導団本拠地に侵入するなど、それだけでただ者でないことが伺える上に、こちらは鉄心とキルラス、フレイアだけ。イコナやティーはほとんど役に立たない。
「やめた方がいい」
 少年の笑みは、いまや冷笑に変わっていた。
「きみは、仲間が到着するまでの時間稼ぎができればと考えているかもしれないが、それは間違いだ」
「……きさま、何をした」
「ここの防衛システムを担当しているコンピュータだが、彼は今わたしが出した宿題を解くことに必死でね。とてもきみたちのために避ける時間はなさそうだ。あれも」
 と、各所に配置された警備用カメラを指差す。
「1時間前の映像を流している。天文学的電算の邪魔をされたくないんだよ、彼は」
 ようは、ウイルスを仕込んだということだ。
 だから警報も鳴らなかったのか…。
「まったく。あんな素直な子犬に番犬をさせているとはね」
「――くそっ」
「気にせずともいい。明日になれば彼も本来の自分の仕事を思い出す。
 さあ、おとなしくそこを開けて、われわれを通してくれるかな?」
 夕日を反射してグレイの瞳が酷薄な光を放つ。己の勝利を確信し、揺るがないその態度に刺激されて銃をかまえた鉄心の前、少年の装着したヘッドセット型パソコンが赤く光る。チカッと一瞬少年の瞳も赤く光り、棟の方を向いた。
「ああ。アストー、おまえの方から来るか。いい子だ」
 少年には何が見え、感じ取れているのか…。
 そこにはいないだれかに話しかけるようにつぶやくと、棟の入り口へ向けて手を差し伸べた。