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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション


●密  林

「そうしてくれ! 全然手が足りねえ!!」
 携帯の向こうの山葉に向かって叫んだ直後。
「あぶない彼方!!」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)の声がすぐそばでしたと思った次の瞬間、皇 彼方(はなぶさ・かなた)は横に突き飛ばされていた。
 携帯が手から飛んだと思う間もなくビュッと風を切る音が起きて、槍の穂先が美羽の手のすぐ下をくぐっていく。美羽がそうしてくれていなければ、彼は今ごろ胸を貫かれているところだった。
「すまない、美羽」
「ううん――あっ」
 突き飛ばされた勢いで一歩二歩とよろめいた彼方を追って、すぐさま忘却の槍が突き込まれた。死角を突いて繰り出される鋭く容赦ない打突。それを彼方はバスタードソードでかろうじて防ぐことに成功する。
 しかしすぐさま攻撃に転じることはできなかった。槍の主がコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)ということもあるが、第一は彼が相当の使い手だということだ。
(――まさか、こんなに強いとは)
 己を貫かんと繰り出される槍の穂先を避け、はじき、すり流しながら、彼方は彼の能力に舌を巻いていた。両手の2本槍から繰り出される槍術は完璧に近く、間合いへ斬り込む隙を見出せない。
 彼と美羽との連携攻撃は何度か目にしたことがある。だからコハクが強いことは知っていた。だが正直、これほどとは思ってもいなかった。
 コハクは心優しい少年だ。武器をふるう相手すら、思いやらずにはいられないほどの。だから彼の繰り出す技の根底には、いつも相手のことを気遣う思いがあった。
 だが今のコハクには、そんなものは欠片もない。
「コハク、一体どうしたの!? 彼方だよ! 分からないの!?」
 何がどうなったのか……困惑し、とまどいながらも必死に声がけをする美羽の言葉にも反応を示さない。冷たく凍りついた彼の内側を表しているかのように緑の瞳は感情らしきものを一切映さず、冷ややかに彼方を見返している。
 一緒にこの地へ来たのでなければ、うり二つの別人と思ってしまうところだ。
「……くそっ! どうすりゃいいんだよ!!」
 このまま受け身でいては、いずれ押し切られるのは目に見えていた。かといって攻撃すればコハクを傷つけずにはいられない。手加減などできる相手ではない。そんなことができるのは、相当実力差がある相手に対してだけだ。
 友に本気で斬りつけるのか?
 そんな彼方の迷いを見透かすように、コハクが後方へ退いて距離をとった。
 攻撃をやめたのではない。むしろその逆。
(大技がくる!)
 直感し、彼方は肩越しに背後へ視線を投じた。
 そこでは秋月 葵(あきづき・あおい)フォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)(通名・黒子)の2人が、彼方が目前の戦いに集中できるよう、彼の背中を護って敵ドルグワントと戦っていた。
 ばたばたと周囲で倒れる者たちが続出していたとき、黒子も彼らと同じくドルグワントに覚醒し、軍門に下るよう命じる頭のなかの声に悩まされていた。その言葉なき声に応じれば、たちどころにこの苦痛はなくなり、楽になれるのは分かった。
 それは甘美な誘惑。
 しかし彼女は激怒した。
「我はシャンバラ最強の魔道書……どこの馬の骨とも分からぬモノに操られはせぬわ!!」
 たとえ激痛に悩まされ続けることになろうとも、決してだれの言いなりにもならない。ましてやその声が、となりの葵を殺せと命じているのであればなおさらに!
 ちら、と葵を見た。彼女は黒子に半分背中を向けて、魔砲ステッキで木々を盾として走る少年にけん制をかけている。その背中は黒子への信頼の証だ。彼女は絶対に自分を傷つけたりしないと確信している……。
 それまで引き結ばれていた黒子の口元が、フッと笑みの形にゆるむ。
「汝ら、我らを敵と回したこと、後悔するがよい。
 これで終わりだ!! 雷帝招来!!
 黒子のかざした手のひらで集束した力がはじけた。いくつもの白光が稲妻となって宙を駆け、主君の敵を討たんとする。
 木々とサンダーブラスト、それが少年の動きを限定した。
「えーーーいっ!!」
 申し合わせたように放たれた魔砲ステッキのレーザー光が直撃する。まともに受けた少年は吹っ飛び、木に激突して動かなくなった。
「へへっ。やったね! 黒子ちゃん!」
「……ああ」
 にっこり満面の笑顔で振り返る葵に、黒子も笑顔を返す。
 現状はまだまだ厳しい。ドルグワントの少年、少女の姿はそこかしこにあるし、なぜか敵となって攻撃してくるパートナーたちもいる。だがそんななかでも、葵の笑顔は見る者の胸のなかにキラキラとした輝きを与えるものがたしかにあった。
 そう、まるで彼女が案じてかけてくれた、この護国の聖域のように…。
 彼方は己の身を包むように流動している魔法に、ぐっと剣を握る力を強める。
 2人を護るためにも、ここは一歩も退けない。
 何が来ようと受け止めてみせる――彼方は決意をこめてコハクを見返すとバスタードソードをかまえる。
 彼の前、コハクが動いたと思った瞬間、姿がブレた。
 残像しかとらえることのできないその動きに目を瞠った彼方の死角から槍が突き上げられる。
「くッ!」
 そうくると読んでいた彼方の剣が、かろうじて間に合った。
 攻撃を防ぎ、さらにコハクへと斬りつけるはずの剣先が、しかし次の刹那槍ごとコハクを突き抜ける。――これもまた、残像。
「しまった!」
 裏を読んだコハクの槍が、がらあきとなった反対側へと突き込まれる。防ぐには体勢が悪い。脇を貫かれるのを覚悟した彼方との間に割り入ったのは、美羽だった。
 アルティマレガースをつけた足が槍の柄を蹴り砕く。
「……コハク、駄目だよ…」
 バーストダッシュで離脱したコハクに向け、つぶやいた。
「これは彼方なんだよ? いつも一緒に戦ってきた……私たちの大事な仲間じゃない」
 彼の変わりようを悲しんで見つめる美羽。そんな彼女にも、コハクは槍を向けた。
 もう何百回となくしてきた手合わせ。たとえ目をつぶっていても、コハクとであればまるで2人で1つの生き物のようにぴたりと息を合わせることができる。
 しかしこのときばかりは違っていた。
 迷いなく繰り出される槍は容赦なく美羽の肌を傷つけ、決して少ないとは言えない血を流させる。本気で彼女を殺そうとしている。
「あっ…!」
 コハクの実力は美羽より上。完全にかわしきれず、はじき飛ばされた美羽は背後の木にしたたかに肩をぶつけてしまった。
「だめです、コハクくん!」
 追い討ちをかけようとするコハクに、それまでパイロキネシスによる炎の壁で周囲の敵にけん制をかけていたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、ついに見かねてアルテミスボウを引き絞った。
「やめて、ベア!」
 矢にファイナルレジェンドの輝きを見て、美羽が制止した。
 ベアトリーチェがコハクを傷つけるとは思わない。そうやって自分の方へ彼の攻撃を引きつけようという考えなのだろう。だがそんなことをすれば、彼女はおそらく一撃でやられてしまうに違いなかった。
「でも美羽さん…!」
 2人のために何かしなくてはいけないという焦燥感がベアトリーチェを混乱させる。
「いいから、絶対手出ししないで! 彼方もだよ! コハクを傷つけたら許さないからっ!」
 瞬間、美羽の全身が黄金色に包まれた。
 その光は彼女自身から発散されているようで、さながら太陽の波動のように周囲の者の目をまぶしく射る。それはコハクも同様だった。髪先まで金色に変わった彼女の姿を警戒し、魔障覆滅を発動させようとしたコハクを見て、美羽は一気に間合いへ飛び込んだ。
 極限まで高めたこぶしでコハクを打つ。
「コハク……こんなにも強かったんだね。全然知らなかった」
 受け止められたこぶしが握りつぶされる前に、蹴りを入れた。これも払われる。
「私、いつだってコハクと一緒で。私たちは同じだと思ってた。でも、違った」
 私はいつも、コハクに包まれていたんだ。その優しさに甘えて……見えないフリをしていた。
 「美羽」と「コハク」は全く違う。あたりまえのことなのに、どうしてそんなふうに思ってしまってたんだろう。私たちは何もかも、一緒だって。
「いつの間にか私、こんなふうにコハクと全力で向き合うの、忘れてた? コハクに甘えて、コハクを犠牲にしてた?」
 美羽の目に涙がにじむ。
 次の瞬間、彼女は全身全霊の力を込めて垂直に蹴り上げた。
 下段回し蹴りから内回しのかかと落としへ。そして崩れたところにすかさず後足で回し蹴りを放つ。電光石火の早技。
 よろけ、無防備になったコハクへ決めの一撃を放つに違いない――だれもがそう思った直後、美羽は思いもよらない行動に出た。両手を広げ、コハクを抱き締めたのだ。
「コハク。今までちゃんと言ったことなかったけど、コハクのこと、本当に大好きだよ。一番好き。だから私のとなりに戻ってきて……今度こそ、あなたと全力で向き合うから」
 コハクの魂にまで届くよう、願いを込めて耳元でささやき、美羽はおもむろにさざれ石の短刀をかかげ、その背に使った。
 みるみるうちに短刀がコハクを石化していく……。
「きっとあなたを取り戻して、伝えてみせる……がんばるから、コハク。だから……だから、待っててね」
 そのときがきたら、世界に向かって、大声で叫んでもいい。コハクのことだから恥ずかしがるかもしれないね。だけどどんなに恥ずかしがって耳をふさごうとしたって、絶対伝えてみせるからね。……約束。
「美羽さん…」
 ベアトリーチェの声に、美羽はごしごし目元から涙をこすり落とし、笑顔で振り返った。
「大丈夫! まだ遺跡にたどり着いてもないんだし。がんばらなきゃ」
「黒子ちゃん……本当に大丈夫なの?」
 少し離れた場所で、やはり葵が肩でぜいぜい息をしている黒子を気遣う。
 葵が心配そうに眉を寄せている……切れた息を懸命に整えながら、黒子はいつの間にか丸まっていた背中を伸ばした。
「……ふん。無用の心配だ。この程度のやからが相手なら、これくらいハンデがあって丁度いいくらいだ。
 こんな人形ごときが我に勝てるわけもなかろう」
 動かなくなった少年を見下ろして、ことさら鼻を鳴らす。思い切り虚勢だったが、葵には見抜けなかったようだ。あるいは、それが真実だと思い込みたい気持ちが葵にもあったのか。
「うん、そうだよね!」
 強くうなずき、彼方を振り返った。
「彼方くん、早く遺跡のみんなを助けに行こ! きっとあたしたちが来るの、待ってるよ!」
 彼方はちょうどくさむらから、自分の携帯らしき残骸を拾い上げているところだった。
「主の言うとおりだ。やつらを救出せねば、ここで戦っておる者たちとていつまでも撤退できん」
「ああ、そうだな」
 はじき飛ばされた際、槍を受けたのか踏みつぶされたのか、はたまた雷撃の直撃でも受けたのか。どう見ても使えそうにないそれを、ため息をつきつつポケットにしまう。
「よし。
 これより一気に敵包囲陣を突破する! 続ける者は俺に続け!!」
「行きましょう、美羽さん」
 バスタードソードを手に葵や黒子たちとともに走る彼方に、周囲で戦っていた何人かが続くのを見て、ベアトリーチェが促す。
「うん。――行ってくるからね、コハク。少しだけ、ここで待ってて」
 戦いの余波を受けずにすむ木陰へと隠したコハクの胸に、離れがたい気持ちで一度だけ、ほおを寄せる。
 しかしくさむらを出てベアトリーチェのとなりに並んでからは、決して振り返らないことを己に強いて。
 遺跡に向け、彼女は走り出したのだった。