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Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション公開中!

Perfect DIVA-悪神の軍団-(第2回/全3回)

リアクション

 炎の操り手はベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)だった。
 彼女の放ったパイロキネシスが縦横無尽に通路を走り、少年たちを追い抜いて、燕馬や陣、霜月たちとの境に炎の壁を吹き上げる。
「今です!」
「行くぞ、彼方!」
「おう!」
 ベアトリーチェの合図でコア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)皇 彼方(はなぶさ・かなた)が走る。
 振り返った大勢の少年型ドルグワントがその手に武器を握っているのを見て、コアは胸のクリスタルに手をあてた。彼の求めに呼応するようにクリスタルが一際輝きを増す。次の瞬間彼の手には勇心剣の柄が握られていた。
 それは彼の身内で燃える勇気が具現化したものであり、周囲に満ちる勇気を糧としてますます力を増加させる正義の剣である。
 一気に抜き放ち、待ち受ける彼らのど真ん中へコアはまっすぐ突き進む。
 敵が何者であろうと、何人であろうと、おそれを見せないコアの気迫に押されながらも、少年たちはエネルギー弾を彼に向かって放つ。
 それを撃ち落とすのがフォン・ユンツト著 『無銘祭祀書』(ゆんつとちょ・むめいさいししょ)のサンダーブラストだった。そして秋月 葵(あきづき・あおい)の放ったブリザードがコアと彼方の周りに渦巻く氷雪の壁を生み出す。
「うおりゃあーーーっ!!」
 彼方と背中合わせに立ち、高速で突き込まれてくるサバイバルナイフをものともせず、コアは勇心剣をふるった。
 その胸に熱くたぎるのは友を助けたいという思いだ。そして劣勢に陥った友の姿を目にした今、彼が一歩たりと退く理由は存在しない。
 幾度バリアでかわされても、どれほど傷を負おうとも、彼はひるむことなく剣を握る手を動かし続ける。
 この機械の戦士を相手に近接戦闘は不利と見た少年たちは、いったん距離を取ろうとした。
 が。
「させるかあっ!!」
 そうすると読んでいたコアの方が一歩早かった。
 踏み込んだ彼と少年が交差すると同時に振り下ろされた剣が真一文字に斬り裂く。
 必殺 流星一文字斬り
「皆、遅くなってすまない。助けに来たぞ!」
 背を向けた敵まで追いかけ、斬ろうとは思わない。
 側路へと消えていく少年たちを見て剣を収めると、コアは霜月たちの面前に立った。1人1人順に見て、深刻なけがはしていないかと具合を確かめていた彼の視線が奥のアスールと健流で止まる。
「きみが健流か。リネンとは会えたか? きみの薬を持っていたはずだが」
「……ああ」
「そうか。それはよかった。だが念のためだ、これも受け取ってくれ」
 そう言って、コアは健流の薬の入ったキットを差し出した。それを、健流は無言で受け取る。
「うむ。無事で何よりだ。外にいるみんなも安心するだろう。もちろん私もだ。こうして無事なきみの姿を見ることができてひと安心だ」
 健流の無愛想な態度など全く意に介さない、にこにこと満足げに笑っているコアの清々しい姿に、健流は己を恥じるようにうつむいて顔を隠した。
 こういうときは、礼を言うべきなのだ。すまない、と。そしてありがとう、と。見知らぬ自分などのために、こんな危険な場所へ駆けつけてくれたのだから。
 頭では分かっているのだが、18年かけて育ったひねくれた心はなかなか素直になってくれない。
 どうせほかの調査隊の人のついでだろう、とか、この遺跡を探索したかったんだろう、とか、嘲笑する冷めた心がある。それがむくむくと大きくなってきて、心のほかの部分まで黒くおおい尽くしてしまいそうになったとき。
「だめ、よ……健流」
 アスールが、きゅっと彼の胸元を握り締めた。
「彼は……薬を持ってきて、くれたの…。あなたの、身を案じて、くれたんだから……きちんと、お礼を……言わないと…」
「アスール…」
「おお。どうした? ずい分具合が悪そうだが。――そうか、うちのラブたちと同じで彼女もか」
 コアがアスールの様子がおかしいことに気付いた。
「歩くのもつらそうだな。私が運んでやろう」
「あの…」
「うん?」
「――いや、何でもない」
 完全にタイミングを逃してしまった。
 自己嫌悪に唇を噛む健流をよそに、コアはアスールを抱き上げる。そのとき、通路の奥で葵が声を上げた。
「みんな、大変!! フェイミィさんが向こうで大けがして倒れてるよ!!」
「なに!?」
 大急ぎ駆けつける。血の海で横たわったフェイミィを取り囲むなか、閻魔印のファーストエイドキットを持った燕馬が枕元にひざをついた。
「……瀕死状態だな。俺にできるのはせいぜい応急処置ぐらいだ」
「私のナノ治療装置を使いますか?」
 サツキからの申し出に燕馬は考え込む。――彼女は正気に返っているだろうか? この状態で放置されていっているところをみると、どうもあやしい。
「くそっ! 一体だれがこんなことを…」
 怒りにこぶしを震わせる彼方を見て、ああと気づいた。彼らはあのことを知らないのか。
「俺が話す」
 陣が手早く説明をした。
「――そうか。なら、彼女には悪いが、このまま意識不明にしておいた方がいいか」
「私が運ぼう。なに、1人も2人も同じだ」
 そう言って、コアはアスールを片手に移し、空いた手にフェイミィを抱き上げる。
「よし。やつらがまた来る前に、ここを脱出する。行くぞ!」
 2人を抱えたコアを中心に護るかたちで走り出す彼らの背を、ソーマと霜月は沈んだ眼差しで見つめる。
「父さん……母さんが…」
「ソーマ。今は彼らと行きましょう。自分たちだけで彼女を探し出し、連れ出すのは不可能です。
 大丈夫、クコとはきっとまた会えます。そしてそのときこそ、必ず」
 この手に妻を取り戻す!
「さあ、行きますよ」
 まだ一抹の不安を感じているソーマの背を、力づけるように軽くたたき、率先して走り出す。
 彼女と再会できることを疑ってはいない。きっと自分たちはまた会う。そして自分は再び彼女をこの腕に抱き締めるだろう。
 そうと知っていても、それでも。
 霜月は、肩越しに振り返らずにはいられなかった…。



*            *            *



 遺跡に開いた侵入路を背に、密林を真っ向から見据える者。名を東 朱鷺(あずま・とき)という。
 彼女は葦原明倫館に所属する陰陽師である。
 ミルクチョコレートを思わせるなめらかな褐色の肌と対照的に、かぶった烏帽子からはきらきらと照り映える銀色の長い髪が滝のようにその背に流れ落ち、細く美しい指先には持ち主の魔力を増大させるという陰陽五行の札がはさまれている。
 夜の訪れを感じさせる、少し冷気を含んだ夕方の風は今、彼女の背後から吹いていた。
 渡る風はザアザアと枝葉をうねらせ、まるで大海原を思わせるような音を先から間断なくたてている。しかしそのなかからも、朱鷺の研ぎ澄まされた五感は確実に迫り来る者たちの気配を感じ取っていた。
「来ます」
「来るな」
 独り言ともとれる彼女のつぶやきに応えたのは、ミハイル・プロッキオ(みはいる・ぷろっきお)だった。
 遺跡の壁にもたれ、愛用の煙草をふかしていた彼は、フーッと一際濃い紫煙を吐き出すとまだ半分以上残っているそれを壁に押しつけてもみ消した。
 パートナーとともにこの地へ来たミハイルだったが、先の戦いで負傷した1人にもう1人を付き添わせて戻し、今彼は1人だった。
 彼がこの地で相対したのは、思っていた以上に手ごわい敵だった。その素早い動きに慣れる間があればこそ、あっという間に追い詰められてしまった。
(……ずいぶん厄介なことになったな)
 とは思う。
 しかし敵を知った今でも彼の戦意に衰えはなく、敵に畏怖しているわけでもない。撤退する気はさらさらない。彼は1人であったが本当の意味で1人ではなかった。心強い相棒・機晶スナイパーライフルが傍らにある。
 彼はたてかけてあった機晶スナイパーライフルを手に、壁をついて離れた。
「じゃあ俺は行くぞ」
「はい。よろしくお願いします」
「おまえのためじゃない。礼を言われる筋合いはない。ここへ来た以上は、自分の身ぐらい自分で守れるだろう。俺はあいつらを仕留めたいだけだ。そこにたまたまおまえが居合わせたとしても知ったことじゃない」
 彼は遊撃手だ。敵の感知外へと身を隠しに向かう彼に、それでもぺこっと頭を下げて、朱鷺はあらためて接近する敵へと向き直る。そして彼女を護るように立つ自らのイコプラへ声をかけた。
「彼の言うとおり、敵は強敵です。気を引き締めてあたりましょう」
 イコプラとはイコンを正確に模したプラモデルだが、これはただのイコプラではない。戦闘に特化したプラモデルだ。しょせんおもちゃと言えばそれまでだが、朱鷺の術によって式神として仮初めの命を吹き込まれた今は、己の考えで動き、敵を攻撃する優秀な相棒である。
 主君の言葉に応じるように武器をかまえるイコプラ。直後、ザッと葉擦れの音をたて、3人の少年たちが密林から飛び出した。
「3体っ!?」
 初戦でいきなりこれは多すぎる。内心あせったとき、1体が死角からの銃撃を受けて吹っ飛び、地面を転がった。ミハイルの狙撃だ。
 続けざま銃撃し、朱鷺に近寄れないよう後退させる。
 そしてもう1体に、彼らを追うようにして現れた柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が仕掛けた。
 その手にはソーマ・ティオン(そーま・てぃおん)が握られている。
「こちらは引き受けた!
 ソーマ!」
 ――心得ている。

 ポータラカ人である彼は真司の意を汲み取って、刀身を伸ばして距離を詰めるや後ろから敵の腹を貫こうとする。しかし攻撃は避けられてしまった。切っ先は残像を貫くに終わり、わずかに服をかすめたのみ。次の瞬間カウンター気味に放たれたエネルギー弾が真司を襲う。
「くっ…! 戻れ!」
 即座に通常形態へ戻ったソーマで、かろうじて直撃の弾道にあるものだけを受け止める。
 伝わってくる重い衝撃にはじき飛ばされまいと苦心しているところへ、少年が真司に集中したと見たリーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)がしげみから飛び出した。
 隠形の術からのトランスブレードによるブラインドナイブス。彼女の意思のまま、伸縮自在に姿を変形させる液体金属の刃が死角から少年を襲う。
 しかし少年は振り返りもせずこれを軽々とかわした。ドルグワントは熱探知ができる。彼女がしげみに身を潜ませていたのも探知済みだったのだろう。
「ちッ!」
 リーラはすぐさま宙返りしている少年に向かい、ドラゴニックアームズで火炎放射を仕掛けるが、これもまたバリアで防がれてしまう。
「……こちらの手は学習済みってワケね」
「大丈夫か?」
 肩を合わせて訊いてくる真司に、リーラは少年を見たままにやりと不敵に笑みを浮かべてみせる。
「何が? フフッ、面白いじゃない。こんな面倒なことに引っ張り込んで、あなたに愚痴のひとつも言ってやらないとすまないと思ってたんだけどね〜」
 どうやら強敵の存在が闘争本能に火をつけたらしい。彼女のもう片方の手が鉤爪に変形する。
「やってやろうじゃないの。私を相手にデータどおりに事が運ぶなんて思わないことね〜!」
 エネルギー弾が打ち出されるなか、リーラは大胆不敵にも文字どおりまっすぐ突っ込んでいった。
 防御もへったくれもない、その特攻にやれやれとため息をついて、真司もまたもう1体へと向かう。まともにくらえば人の肉体など紙のように貫くに違いないエネルギー弾や真空波をソーマではじき返し、さながら宙をすべるような足運びで間合いを詰めるや真っ向から斬りかかった。
「はあっ!!」
 上段から振り切られたソーマとバリアの接合面が白光を放つ。――押し切られる。
 徐々に食い入ってくる刃先にそれと判断した少年は、バリアを強化していったん彼を撥ね飛ばすやバスタードソードでの接近戦に切り替えた。
「望むところだ」
 くさむらに着地した真司は少年の意図を察して迎えうつ。2つの剣が正面からぶつかり合った瞬間、激しい剣げきが響いた。
 アクセルギアを効果的に活用した真司の技と少年の繰り出す高速剣がいく度もぶつかり合う。ほんのわずか、無駄のない動きで紙一重でかわす切っ先は肌に火を押しつけられたような痛みを生じさせる。それを、真司は無視した。今は痛みなどにかまっていられない。一瞬の判断、ほんの少しの手のかえし。足さばき。相手の手を読み違え、そのいずれかを間違えば、その瞬間どちらかの体が真っ二つとなるだろう。まさに死闘。
 苛烈な、無数の剣げきが続くなか、彼らとそう離れていない場所では朱鷺+戦闘用イコプラvs少年型ドルグワントの戦いが繰り広げられていた。
「頑張ってください、もう少しです!」
 少年を攻撃する戦闘用イコプラを朱鷺が激励する。戦闘用イコプラは黙々と主君の命令に従い、身軽な機体ゆえの俊敏性を活かして周囲を跳ね回っては攻撃と離脱を繰り返す。
 しかしそれだけで少年の敵となり得るはずがない。それをサポートするミハイルの効果的な狙撃がなければ、最初の一撃で一刀両断されていただろう。
 とはいえ、結局はイコプラ。数度の攻撃であっさり動きを読まれ、破壊されてしまった。
「……ご苦労さまでした。ありがとうございます」
 胸部にひびを入れ、落下の衝撃で腕のはずれたイコプラに礼を言う。
「おかげでわが結界を完成させることができました!」
 声高々と言い放つ。彼女の前には、いつの間にか少年を中心として約3メートル四方のリングができあがっていた。しかもこのリング、ダークヴァルキリーの羽を用いて飛び回ったことにより、かなり上空までロープが張り巡らされている。
 何を隠そうこのロープ、朱鷺の髪の毛でできている。式髪のかんざしを用いたことにより伸びた髪を、木の幹に巻きつけているのだ。
「これにより、あなたは移動できる場所が制限される。つまり、その動きを封じることができたのです!」
 それはそうかもしれないが、発生元は朱鷺の頭である。
 つまり朱鷺自身がリングの1柱となって、固定されているわけだ。――何がしたいんだ、朱鷺。
「しかもこの髪は硬質化しています! バスタードソードやあなたの強力を持っても、そうたやすく切れたりはしません!」
 勝ち誇って言い放つ朱鷺に、少年は剣を向けて突き込んでいく。それはそうだろう。
「行きなさい!」
 朱鷺はあわてず、温存していた双龍の傀儡と陽龍陰龍を向かわせた。
 陰と陽、太極を模した2匹の龍がゆるりと少年へと迫る。だがこれらを少年は容赦ない斬撃で切り刻んだ。
「えええっ!?」
 気付けば少年はすぐそこに迫っている。
「――チッ! 何やってんだ、あのばか」
 舌打ちをしてライフルをかまえた瞬間、ミハイルは背筋を這い上がる悪寒を感じてとっさに頭を下げる。頂点に風を感じると同時に彼の隠れていた木の幹がズレた。
 斜めに走った切り口は彼の目の高さだ。
「くそッ! もう悟られたか!」
 悲鳴のような音を立てて倒れた木の幹に、ふわりと白金の髪の少女が下り立つ。その銀の双眸が彼を映したとき。
 ――ガアアアアアアアァァッ

 恐竜のおたけびのような声がとどろいて、バキバキと音をたてながらすさまじい勢いで現れた何かが少女を跳ね飛ばしてミハイルの前を横断していった。
「……なんだ?」
 あっけにとられたミハイルは、それが通りすぎた跡にまじまじと見入る。まるで戦車でも通ったかのように、そこには踏みつぶされた木々で道が開けていた。
 ――ウオオオオオン!!

 突然現れた戦車ならぬ巨大な恐竜型魔鎧龍心機 ドラゴランダー(りゅうじんき・どらごらんだー)は、さらに朱鷺の張ったリングを足に引っかけて引き千切り、そこにいた朱鷺と少年を敵味方区別なく跳ね飛ばしてようやく止まる。
「きゃははっ! はっやいはっやい!」
 ぱちぱち手をたたいて子どもっぽく笑ったのはドラゴランダーにあらず、前足にちょこんと腰かけたラブ・リトル(らぶ・りとる)だった。
 身長30センチのハーフフェアリーは緑の天蓋を突き抜ける大きさのドラゴランダーにあっては小石並の小ささだ。声を発しなければ、きっとだれも存在に気付けなかっただろう。
「んねっ? 言ったでしょ? 密林を突破するのなんか、この子にとっては朝めし前なんだからっ」
 まるで自分のことのように誇らしげに胸を張るラブに鼻白みながら、高天原 鈿女(たかまがはら・うずめ)はドラゴランダーからすべり下りた。
「そうね。でもこうしてダフマに着いた以上はもう用なしよ」
「……んもうっ。分かってるわよっ」
 ドルグワントとして覚醒しながらも全く変わらない、どこまでもクールビューティーな鈿女にプンとほおをふくらませつつも、ラブはドラゴランダーの鼻先まで飛ぶとぺちりと両手をつく。
「さあドラゴランダー、よく聞いて」
 ――クォルルン?

 彼女が何をしようとしているか、理解できずに小首を傾げるドラゴランダー。
「これはあたしたちのお願いをきいて、ここまで連れてきてくれたあなたに対するお礼よ」
(あなたも覚醒していたら、きっといい戦力になったと思うんだけどなー。残念)
 すうっと息を吸い込んで、叫びを放とうとしたときだった。
「おお! ドラゴランダー! それにラブや鈿女まで! 迎えに来てくれたのか!」
 遺跡のなかからコアが仲間たちとともに現れた。
 ――ウォンッ!!

 コアを見て、ドラゴランダーがうれしそうに吼える。それと正反対の態度をとったのがラブだった。
「迎えに来たんじゃないわ、ハーティオン! あなたを倒すためよ!!」
 びしィッ!! 腰に手をあて指さすが、なにせ身長30センチのハーフフェアリー。威厳などは全くない。
 しかし本人は、言ってやったと鼻高々だ。
 最初のうち、言われた意味が分からずきょとんとなったコアだったが、だんだんその意味を悟るにつれ、顔が引き攣った。
「まさかおまえもか、ラブ」
「ふっふ〜ん。気軽に「ラブ」なんて呼ばないでよ。あたしは全ドルグワントのアイドル(自称)ラブちゃんよ〜!
 さあ全員、耳をすませてよーーーく聴きなさい!」
 ラブは高らかに人魚の唄を熱唱した。
 その小さなのどから放たれているとはとても思えない、力強い呪歌が周囲に響き渡る。
「……くうっ! 何、これ…っ」
 これは歌の形をとったラブの力。耳を手でふさいでも防ぎきれるものではない。リーラも真司もその場にひざを折った。
「ああ…っ!!」
 コアの腕のなか、苦しみ、震えてすがりつくアスール。コアもまた無事ではすまない。ガクッとひざをつき、宙で歌うラブを見上げた。
「ラブ! やめるんだ、ラブ!!」
 懸命に何度も訴えるが、ラブに通じている様子はない。
(……むう……駄目か…。ドラゴランダーもいる。今ならまだ攻撃することは可能だが、私やドラゴランダーの力では彼女に大けがをさせてしまうかもしれん。となれば、私の行えることは…。
 ! そうか!)
 コアはアスールとフェイミィを下ろし、ひざに力を入れて立ち上がった。
「ラブよ! これが私の幸せの歌だ!!
 どうかこれで私たちの……楽しかったことを思い出して正気に戻ってくれ!!」
 ラブの力に負けまいと、コアは全身全霊を込めて歌った。
 それは歌というよりも咆哮に近かったが、たしかに幸せの歌だった。
 歌詞は。
 そこにこもる力も。
 選択も間違ってはいない。
 たしかに。
 ただ……………………コアは、超絶音痴だった。それはもう、救いがたいほど。
 機械ボイスで放たれる乱れに乱れた音階は、もはや音波兵器に匹敵するかもしれない。
「……はれほれひれはれほれ〜〜〜〜……」
 歌うことが大好きで、いつかトップアイドルになるのが夢なラブは、だれよりも歌に敏感だった。耳がくさる(失礼)のに耐え切れず、ぐるぐる目を回し、まるで蚊取り線香にやられた蚊のようにぽたりと落下する。
 受け止めたのはドラゴランダーだった。
 ――クオオオン…。

 気絶したラブに、心配そうに鳴く。だがすぐにラブはむくりと起きた。
「……このっ、ハーティオンーーーーーっ!!」
「ラブ! 正気に返っ――」
 どげしっっ!! と顔面に蹴りが入った。
「あたし、思い出したわよ!! あんた以前「幸せになれ」って大泣きしながらハバネロと青唐辛子入りのハンバーグを口いっぱいに押し込んで、あたしのこと殺しにかかってきたことあったわよね!!」
「……いや。そんなことした覚えはないが」
 どうもコアが「楽しかったことを思い出せ」と念じて歌った幸せの歌で、悪夢と記憶が混乱したようである。
 だが、まあ、なんとか正気に返ったようだ。
「このっ! このっ!」
 ポカポカたたいてくるラブを引きはがす。
「――って、あれ? そういえばあんた、みんなを救出に助けに行ったんじゃないの? ていうかここどこ? え? 遺跡?」
「いいから、安全域まで脱出するぞ!」
 人魚の唄の影響で混乱し、気絶している者たちを手早くドラゴランダーに預け、撤退に入る。
 鈿女の姿がどこにもないことにコアたちが気付いたのは、密林の入り口までたどり着いてからだった。