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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

リアクション


・Chapter8


 発射施設へと向かう輸送機のうちの一機。
 その中で、茅野 茉莉(ちの・まつり)は海京との通信環境を確認していた。
(宇宙……行きたかったなー。でもレイヴン改修してもらう暇なさそうだし、今回は我慢したけど。そういえば、あっちはどうやって衛星を破壊する気なのかしら? イコンで破壊する気じゃないわよね? まあ、高出力のビーム兵器使えば消滅させられなくもないかもしれなけど……それよりは、軌道から移動させて大気圏に落とす方が確実よね。地上からコントロールできればそれにこしたことはないけど……)
 今回の作戦に当たり、思考を巡らす。
(にしても、仮にも現役の軍事施設がなんであっさり占拠されてるのよ。いくら衛星兵器のことが忘れ去られていたからとはいえ、セキュリティ甘過ぎでしょ)
 テロリスト――の依頼を受けたパッチワーカーという請負人(集団?)が異常なのか、それとも本当にセキュリティが甘かったのか。それは到着したら分かることだろう。
「海京との通信は正常に行えるわ。現状だけど、イコン部隊は順次出撃している。このままいけば、予定通りに施設の制圧と破壊ミッションが同時刻に始まることになる」
 今のところ予定通りだ。むしろ、予定よりも順調だといえる。
「ふむ、まともな戦場に向かうのは久しぶりな気がするな。
 む、なんだ? 我と僕に何か用か?」
 ダミアン・バスカヴィル(だみあん・ばすかう゛ぃる)が、何かに気付いた。
 強烈な殺気。
 その方向にあったのは、地球側から送り込まれてきた教会の執行官ジャンヌの姿だ。こちらに向かって微笑んでいる。
「いえいえ〜悪魔的な気配を察知したのですがぁ〜洗礼を受けてますねぇ〜」
 二人が教会の洗礼を受けているのは事実だ。ジャンヌも、それを察知したのだろう。相変わらず笑顔の下にある狂気を隠そうとはしていないが。
「悪魔はぁ〜堕天した天使という説もありますしぃ〜何よりぃ〜敬虔な信徒はぁ〜傷つけられませんからぁ〜」
 非常にゆっくりとした調子で説明した。また、「断罪の対象」となっている者以外を傷つけると彼女が罰を受けることになるため、どちらにせよここで「執行」は行えないらしい。
「君がここで俺たちに危害を加えるつもりもなければ、敵対するつもりもないのは分かった。だけど、その殺気はどうにかして欲しいね。これから作戦実行だというのに、気持ちを落ち着かせられない」
 ジャンヌに注意をしたのは、クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)だ。
「さすがにぃ〜バレバレですかぁ〜」
 彼女の物腰は柔らかい。
「あまり契約者のことが好きではないみたいだね。君自身も契約者の一員だというのに」
「これはぁ〜あちきに課せられたぁ〜罰のようなものですぅ〜あちきはぁ〜単にぃ〜この世界を見捨てた人たちを〜良く思えないだけですよぉ〜」
 シャンバラを知らない者が陥りがちな誤解を、彼女もしているようだった。
「でもそれなら、パラミタ化を受けた者や、パラミタ化を実行している人も同じなんじゃないのかな? たとえ地球に残っているのだとしても、ね。それに、すごく疑問なんだけど……パラミタのブラックボックスを抱えているイコンを利用しているのは、信仰上問題ないの?」
 それを聞くと、ジャンヌがばつの悪そうに苦笑した。
「前者に関してはぁ〜地球のためにしてるならぁ〜いいんですよぉ〜でもぉ〜『条件次第』ですねぇ〜後者に関してはぁ〜元々マヌエルさんがぁ〜言い出したことですからねぇ〜当時は教会の中でもぉ〜揉めたんですよぉ〜」
 欧州同時多発テロが起こったことで、やむなく採用した……ということらしい。聖書より前の時代の産物であり、しかもパラミタだけの技術ではないという観点からという点で許容されているが、地球側の戦力確保というのが教会の本音だろう。聖戦宣言でマヌエル前枢機卿が「我々が地球を守る」みたいなことを言ってしまった手前、引くに引けなくなったと考えるのが妥当かもしれない。
「まあ、旧派の中でも色々な解釈があるだろうからあまり追求はしないよ。信仰は、時として理不尽なことも平気で正当化することは知ってるしね。
 だけど、俺は今でも敬虔な英国聖公会の信徒のつもりだ。そして、パートナーにもそれを良く理解させている。パラミタで生活している者が皆地球を捨てているわけではないし、パラミタ出身でも地球の神への理解を示し、信仰する者だっている。まあ、彼の理解・信仰をもって、俺の程度を量ればいいよ」
 クリストファーがクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)を呼び寄せ、彼に語らせた。
「ボクは英国女王を崇めているけど、シャンバラ女王を蔑ろにしているわけではない。それに、地球ではその昔、新大陸にインディアンを発見した際、当時の教会の指導者は『インディアンは人間であり布教可能』と宣言している。パラミタを否定するっていうのは、布教できない――すなわち人間ではないって考えになるよね? ならばどんな理由があるにせよ、パラミタに適応するというのは非人間化で、その時点で神に背く存在になるんじゃないかな」
「あうぅ〜そんな怖い顔しないでくださいよぉ〜極論じゃないですかぁ〜それぇ〜そんなにぃ〜あちきを悪者にしたいんですかぁ〜」
 涙目になっているその様は、見た目通りの子供そのものだ。
「あちきがぁ〜印象だけで嫌ってたのはぁ〜認めますよぉ〜」
 狂信者とは聞いていたが、意外と素直である。
 ジャンヌは決まりが悪そうに、輸送機の奥に引っ込もうとした。その前に、彼女はクリストファーに耳打ちする。
(ずるいですよぉ〜たとえ中身が「逆」でもぉ〜信仰心が本物ならぁ〜認めざるを得ないのですからぁ〜分からないと思ってぇ〜からかわないで下さいよぉ〜
 それにぃ〜極論ですけどぉ〜旧教以外は全て異端ってぇ〜解釈もぉ〜あるんですよぉ〜ふっふふぅ〜)
 そして、輸送機の隅に腰を下ろした。
「なんだか、思っていたほど危ない子じゃなさそうね」
 一部始終を眺めていた茉莉は声を漏らした。
「僕よ、ずっと見ていて気付かなかったのか? あの女、危険だとかそういう次元じゃないぞ」
 悪魔であるダミアンが、本能的にジャンヌの異常性を感じ取ったようだ。クリストファーも同様らしい。
「……とんだ曲者だね。どこまでが演技でどこからが素だったのか。軽い気持ちで近づいていい相手じゃなさそうだ」
 ジャンヌの方を見ると、もう到着するというのに寝落ちていた。
「そうは見えないわね……」