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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

リアクション


・Chapter4


「これが、F.R.A.G.で開発された機体ですか?」
 ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、【メタトロン】と【サンダルフォン】を見上げた。
「そうじゃよ。機体そのものはクルキアータをマイナーチェンジした程度じゃがな」
 ベアトリーチェの声に答えたのは、ギルバート・エザキ博士だ。
「しかし、なんじゃ。ワシのことじろじろと見おって? 惚れたか? じゃったら……」
「ち、違います!」
「セクハラ禁止っ!」
 彼女に迫るエザキを、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)は蹴った。得意のミニスカキックである。加減はしたが、老人は勢いよく飛ばされる。
「美脚女子高生の御身足に蹴られるとは、何たる僥倖。七十年生きてきた甲斐もあったというもの……ぐぼあっ」
 口からは血を吐きながら、エザキが立ち上がる。しかし大丈夫なのだろうか、この老人。なお、ベアトリーチェが彼を見ていたのは、エザキが浴衣の上に白衣を羽織るという異様な出で立ちだったからである。
「ああ、分かっておる。この服じゃろ? せっかく夏の日本、それも海に囲まれたところに行くんじゃ。風流じゃろう?」
「どう思う、雪姫?」
「本人の自由かと」
 一方、同じ科学者である雪姫の立ち姿は天学女子制服の上に白衣だ。一見普通だが、ツインテールにしているウェーブがかった銀色の髪と人形めいた容姿が合わさると、どこか神秘的な印象を受ける。
「あ、雪姫、イザナミの方は大体完了したよ。チェックよろしく」
 エザキ博士が来訪するまで、ベアトリーチェと美羽はイザナミの整備を行っていた。シャンバラのイコンプラントを管理している彼女たちは今回の作戦を受け、必要な物資をここまで運んできたのである。
「やっぱり、元は同じブルースロートとはいえ、わたしとヴェロニカが普段乗ってる機体とは違うわね」
 搭乗するセラ・ナイチンゲール(せら・ないちんげーる)によれば、FCSが天学のブルースロートより強化されているが、その反面ジャミング能力が弱くなっているという。航空自衛隊では射撃・防御型の後方支援機という位置づけで運用されているらしい。
「まあ、ジャミングは使いこなせる人が少ないから、削ってもそれほど問題ないのよね。ヴェロニカの射撃センスを生かすには、ちょうどいいチューニングになってるわ」
 セラの姿を見ていると、美羽はかつてプラントの全てを司っていたナイチンゲールを思い出す。役目を終え、あるべき世界に旅立ったという彼女のことを。
 そして、雪姫。古代遺跡に残り、そのまま戻ってこなかったホワイトスノー博士の生き写し。彼女たちと一緒にいると、あの二人が帰ってきたかのような錯覚を覚える。
「OSアップデート、システムリンク、エネルギーシールド制御……全て正常」
「完璧ね。美羽、手伝ってくれありがと。雪姫も、大変な中ありがとね」
「このくらい、なんてことないよ」
「感謝無用。私にとって、この程度は造作もない」
 もちろん錯覚であるという自覚はある。現に、この二人はナイチンゲールやホワイトスノー博士と見た目こそ似ているが、中身が違う。それでもこうして一緒にいると嬉しい気持ちになる。
「雪姫、セラ……この作戦、絶対に成功させようね」
 二人は「もちろん」と、頷いた。
「いや〜女の子が仲睦まじくしている光景というのはいいもんじゃのう。
 ……っと、一応こっちの機体も確認しとかんとな。君、手伝ってくれぬか?」
「はい!」
 イタリアを発つ前にほとんど調整は済ませたというエザキだが、最終確認をするというので、ベアトリーチェが手を貸すことになった。
「さすがにこの歳にもなると色々キツくてのう。あ、機体はそちらさんの系列と違ってマニュアル操作がほとんどじゃから、ソフトよりハード方を重点的頼む」
 さすがに輸送中に装甲が痛んだりということはないだろうが、ベアトリーチェが装甲と駆動部を調べ始める。
「そういえば……【サンダルフォン】の設定ですが、先ほどちらっと見たときFCSとレーダーがデフォルトでオフになってました」
「それは気にせんでいい。オンにしてたら、パイロットがものすごく怒るからのう。『レーダーオンとか何舐めたことしてくれんの、クソジジイ』って。その反応を楽しみにして毎度整備の度にオンにしてやってたら、最終的に狙撃してきおった。じゃから、人の嫌がることはせん方がいいぞ」
 といいつつ、本人があまり反省していないようであるのは、この老人の態度を見ていれば分かることだ。ベアトリーチェが苦笑する。
「そういえば、雪姫さんが若い頃のホワイトスノー博士に似ているとのことですが……」
「おお、そうじゃそうじゃ。見た目だけじゃがのう。ほれ」
 そう言ってエザキがベアトリーチェに見せたのは、写真だった。
「え、なになに?」
 気になったので、美羽もそれに視線を送る。
「……これ、雪姫じゃないの?」
「いえ、違いますよ。美羽さん。エザキさんが若いじゃないですか」
 記された日付は2003年。映っているのは、当時のエザキと、ホワイトスノー博士、そして爽やかな好青年――いや、大人びた少年か。他にも何人か、学生らしき姿がある。
「ジールが十八歳、ヴィクターが十六歳の時の写真じゃ。二人とも、飛び級で大学に入った口でな。周りにいるのは、ワシのゼミ生じゃ。
 ジールは研究のこととなるとどこまでも冷静かつ客観的じゃった。その意味では雪姫嬢に近いかもしれん。じゃが、研究の時以外のジールは結構はっちゃけておったぞ。暇さえあればヴィクターをからかって遊んでおったほどじゃ。ヴィクターが泣かされてるのを何度見たことか。まあ、それでもあ奴はジールのことを慕っておったがのう」
 昔のことを思い出しているかのうように、エザキがしみじみと語った。
「まあなんじゃ。雪姫嬢は、ジールの研究者としての面を切り取ったかのような子ってことじゃ。ジールも、ヴィクターとの決別以後は感情を見せることはなくなったがのう」
 昔語りはそこまでだった。
 そこから気を紛らわせるかのようにベアトリーチェに抱きつこうとしたので、美羽はまた彼を蹴り飛ばした。

* * *


「ヴェロニカくん!」
 イザナミ搭乗のため旧イコンデッキに向かうヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)に、十七夜 リオ(かなき・りお)は声を掛けた。
「あ、リオさん」
 いつもの彼女に比べ、足取りが少しぎこちない。顔もわずかに強張っている。
「緊張してるみたいだね。初の宇宙戦だから無理もないか」
「一応、シミュレーターで訓練はしてるんだけどね。ツクヨミの一件もあって、それからニルヴァーナでイコンが使えるようになった時に備えて、宇宙空間に慣れといた方がいいと思ったから」
 そのシミュレーターは当然リオも試している。ただ、やはり実際の宇宙空間となると多少勝手が違ってくる。
「ま、僕らもヒュムーン探索の時くらいだから、そんなに変わらないけどね。上下感覚が掴み辛いから、その辺だけ注意かな? あとはスラスター制御。といっても、ヴェロニカくんたちは後方支援だから大丈夫だと思うけどね」
「アドバイスありがと。精一杯、私にやれることをやってみる」
 そんな彼女に、フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)が微笑みかける。
「終わったら、皆で抹茶アイスでも食べよう?」
「うん! あそこのアイス、すっごく美味しいよね」
 ヴェロニカは声が弾み、嬉しそうだ。緊張も大分ほぐれているように見える。
「あそこのアイス、確かに美味いよな。ただ、そういう『この戦いが終わったら〜』的な言い回しは、戦いの前にするもんじゃないぞ」
 死亡フラグだから、とまでは続かなかったが、リオはその言葉の主を探した。
「辻永くんにアリサくんか。そういえば、二人はイザナギに乗るんだよね」
 辻永 翔(つじなが・しょう)アリサ・ダリン(ありさ・だりん)だ。
「ドミニクがずっと乗ってたせいか癖が強い。だけど、剣主体の俺としてはむしろ近接特化になっているのはむしろありがたい」
「翔はいいかもしれんが、姿勢制御をするのは私だ。それを忘れて無茶な戦い方をしようとするなよ」
 アリサが釘をさした。機体のスペックが高かろうと、それに振り回されては元も子もない。
「ま、辻永くんもヴェロニカくんも安心しときなって。デカいのはそっちに行かせないように足止めしとくから」
 今回の任務は敵の殲滅ではない。衛星を破壊すればそれでいい。だから、本気で臨むが無理をするつもりはない。
「それじゃあフェル、僕たちも行こうか」
 リオとフェルクレールトは天沼矛のイコンベースへと歩を進めた。

「翔くん、ヴェロニカちゃん」
 天沼矛のイコンベースに向かっている時、館下 鈴蘭(たてした・すずらん)はヴェロニカたちと顔を合わせた。
「鈴蘭さん。今回は別小隊なんだね。行き先は違うけど、お互い頑張ろう」
「ええ。お互い頑張りましょうね」
 鈴蘭とヴェロニカたちでは発進場所も、宇宙での行き先も違う。次に会うのは、無事に帰ってきてからだ。
「そっか、イザナギとイザナミの整備は旧イコンデッキの方なんだ。後で、それぞれの感想を聞かせてね」
 霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)が翔たちに言う。空自で試験運用が開始されたイザナギ・イザナミについて鈴蘭も沙霧も興味はあるが、今はそれを聞いている時間はない。
「分かった。それじゃ、お互い無事に帰って来よう」
 軽く言葉を交わし、二人は彼女たちと別れた。