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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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・Chapter2


 天沼矛内、管制室。
「イコンOSのアップデートは完了。あとは整備士に任せれば大丈夫」
「ありがとうございます。それでは、こちらの準備も始めましょうか」
 事前に召集をかけた司城 雪姫が到着したところで、ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は各機関への協力要請に移った。
「アレンさん、お願いします」
 海京区役所情報担当官兼天御柱学院監査委員であるアレン・マックスに連絡し、確認を行う。
 各国の天文台と観測衛星の一時利用許可、あるいは観測データの提供。ロザリンドそれを、国連経由で依頼しようとしているのだ。
『そろそろだと思って、先に動かせてもらったよ。観測衛星の使用許可はもらった。一時的に、海京のコンピューターで制御できるよう、データリンクも完了している』
「雪姫さん、新OSもこれまで通り天御柱学院のデータベースと連動してますよね?」
「肯定(イエス)。機体の情報はすべてこちらからモニターできるようになっている。裏を返せば、こちらからデータを送って指示を出せるということになる」
 つまり、こちらで観測データを取ることができれば、実際に宇宙空間を飛んでいる機体が得た情報との差異を見出すことができる。敵のシュヴァルツ・フリーゲIIとシュメッターリンクII、およびモスキートは高いステルス性能を誇っていることは、周知の事実だ。
 リアルタイムの情報と、光学望遠鏡と電波望遠鏡を併用し、戦闘宙域の延長線上にある恒星観測に絞って過去のデータと比較することによって、食い違いをはじき出す。そうすることで、ステルス機の位置を特定しようというのである。
『それと、ついでにアメリカ国防総省にハッキング仕掛けて今回のミッションに役立ちそうなデータを集めようとしたけど、無理だったよ。一日かければあのくらいのセキュリティは突破できそうだけど、あまり時間がないから』
 アレンが画面越しで悔しそうにしているが、これだけの準備が整っただけでも僥倖だ。
 データ解析はこちらでいくらでもできる。各方面から送られてくる情報を統合し、宇宙に展開されるイコン部隊に送信。それによって、全体の動きを把握できるようにしつつ、パイロットと機体の負荷を減らすことが可能となった。
「データの解析の一部は雪姫さんに任せることになると思いますが、よろしいですか?」
「肯定。問題ない」
 無表情のまま、雪姫が頷いた。
「それにしても……今は地上からモニターできるからいいですが、場合によっては通信が届かない可能性もあります。情報収集と解析、通信特化のイコンを造って、同様のことはできないものでしょうかね?」
「可能。聖カテリーナアカデミー所属のウルガータ試作3号機【ラファエル】がその機能を有している」
 雪姫が言うには、パイロットにはブルースロート以上に高い情報処理能力が求められることになるため、造ったとしても使いこなせるパイロットは、天学全体で一人いればいい方だという。そんなパイロットが頼んできたら造ってもいいと、雪姫は淡々と告げた。
「雪姫さん、いつの間にそんな情報を?」
「さっき、ドクター・エザキから聞いた」
 海京に先ほどやってきた、F.R.A.G.の技術局長である。あのジール・ホワイトスノー博士とヴィクター・ウェストの師ということもあり、ロザリンドはその名に聞き覚えがあった。
(しかし、敵のイコンの中にあった二機のカスタム機……ヴィクターが何らかの形で関わっているのは間違いないでしょうが、彼の思惑は何なのでしょうか?)
 会ったことはないが、あの人物が動いているのは確かだ。
 そこに、樹月 刀真(きづき・とうま)から連絡が入る。
「はい……分かりました。シャロンさん、アレンさんと一緒に調べておきますね」
 話を終え、シャロン・ヘルムズ(しゃろん・へるむず)に目配せをした。地上の発射施設の情報分析は、彼女が担当する。
「アメリカ軍との交渉はどうなってますか?」
『占拠された軍事施設の地図は送ってもらった。冷戦時代のはダメだったよ。というより、軍のデータベースにはその情報が残っていなかった……って方が正しい」
 アレンによれば、四十年以上前の建物ではあるが、いくつかの施設が閉鎖されたことを除き、建設当初と変わっていないとのことである。
『その中で最も大きなものが、電波塔だ。内部への入口は存在しない。外装材で覆われたその姿は、まるでオベリスクだ。だがおそらく、これがレーザーの発射台だと思う』
 アレンの言葉をメモしつつ、シャロンが発射施設に向かう人に渡せるよう、情報を整理し始めた。

「そちらの状況はどうだ?」
 クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)は、司令室に足を踏み入れた。これから発射施設攻略に当たり、現在の状況を把握するためである。
「たった今、施設内部の地図が送られてきたところです」
 それに目を通した上で、クレアは画面の向こう側にいるアレンに確認を取った。
「アメリカとの協力体制が確立しているという前提で聞く。現在、テロリストが発射施設を占拠しており、施設そのものは現在も公的な軍事研究所として稼働している。場所はグアム島付近にある小島。件の研究所以外の施設は存在しない。では、その研究所で研究しているのは何だ?」
『それについては、直接問い合わせてもらった方がいい。ということで国防長官殿、あとはよろしく』
 クレアは直接国防長官から話を聞いた。占拠された軍事研究所では現在材料工学、要は軍事利用可能な新素材の研究を続けているとのことである。至近距離での爆発にも耐えうる耐熱・衝撃吸収材がその一例だ。施設に被害を出さないでほしいというのは、新素材のサンプルが失われると困るからである。
「そちらは当該施設に、レーザーの発射装置が今も残っていることを把握していなかった。そのため、そちらも現在事実確認を進めている。そういう認識でよろしいか?」
 国防長官が首を縦に振る。厳密には結局発射装置は完成せずに放置され、世界的な軍縮路線の流れの中で忘れ去られていった。三十年以上手つかずになっているそれを、今更使おうとする者が現れるなど、夢にも思っていなかったことだろう。
「研究所のエネルギー供給はどうなっている?」
 施設のある島には火力発電所があり、それで全ての電力がまかなわれているという。仮にそこが止まっても施設の予備電源が自動的に稼働し、半日程度は施設を運用可能とのことだ。だが、発射装置の方にはさらに別の電源が存在する可能性があるらしい。
(あるとすれば、この地図にある閉鎖区画か……)
 地下二階。地図には閉鎖区画と記されており、地下一階にそこへ通じる階段は書かれていない。
「確実なのは、予備電源を探して止めることより、この電波塔を破壊する方か。どのみち三十年以上放置されていたのだから、これに関しては壊してしまっても問題あるまい?」
 国防長官の顔には迷いがあるように見受けられたが、しばらくして頷いた。三十年越しとはいえ、実用化できるのなら……と考えたようだが、地球とシャンバラの関係を憂慮したみたいだ。
 ここまでの話で、クレアは今回のミッションにおける勝利条件を導き出した。
『稼働中の研究施設への被害を最小限に留め、レーザー発射設備である塔を破壊する』
 問題は、塔を囲う外装だ。この施設で開発された素材であり、核攻撃にも耐えうるほどのものであるらしい。そうなると、地下から塔の基礎を崩すしかない。
「状況は把握した。これから、施設奪還部隊に作戦内容を伝える」
 行うべきは、塔の破壊による占拠の無意味化と、敵の誘導。後者は、あえて逃げ道を残すことで敵を一ヶ所に集中させ、そこに配置した契約者が一網打尽にするというものだ。敵の動機や情報源を知るためにも、テロリストの身柄は押さえておきたい。
 施設奪還部隊の指揮を執るため、クレアは管制室をあとにした。