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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

リアクション


・Chapter29


(まったく、あんな戦いに巻き込まれたらたまんないな)
 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、施設の裏口から密かに侵入した。すぐ近くでは教会の執行官が戦っていたが、誰と戦っているかを気にしている余裕はない。
『正悟、無事に侵入できた?』
「ああ。ほんと、シスター・エルザには感謝しないとな」
 エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)からの通信に答え、苦笑する。エルザ校長が直接情報をくれたわけではないが、手に入れるためのヒントはくれた。あとは、地球・シャンバラの輸送機の後を追えばそれでよかったのである。
 なお、ここまでの足はリヴァイアサン・メルビレイだ。現在はエミリアが機体に残り、待機している。
(今回の一件にヴィクターが関与しているとすれば、おそらくどこかで高みの見物を決め込んでいるはずだ。あの男が、衛星に興味があるとは思えない。それに、イコンに乗れるわけでもないだろう。となれば、施設の中で契約者たちが攻める様子をにやにやしながら見ているはずだ)
 もしかしたら、もう他の契約者が彼を討っているかもしれない。それならそれで構わないと思う。
 しかし、彼の目の前に思わぬ人物が現れた。
(あれは、フューチャー・エレクトロニクスの……)
 ヘンリーだ。ツクヨミ事件で逮捕されたが、脱獄した。その情報を得てはいたが、まさかこんなところにいるとは。
 こっそりと彼の背後に回り込み、剣を突き付ける。
「動くな」
「……私としたことが、油断しましたね」
 思いのほかあっさりと降参した。
「あんたは評議会の残滓の一部だな?」
「懐かしいですね、十人評議会。もっとも、その席に座っていたことを、ずっと忘れてましたが」
 元十人評議会。それを相手が認めた。
「あんたが一人でこんなところに来たとは思えない。ヴィクターはどうした?」
「彼は地下ですよ。まあ、巻き込まれるのは勘弁なので、こうして彼からは離れたわけですが……このままだと、彼は死ぬでしょう」
「どういうことだ?」
「発射台にセットした機晶石のエネルギーを暴走させているんですよ。契約者とちょっとした知恵比べをするとか言ってましたね」
 今から行っても間に合わない、とヘンリーが告げた。
「あなたは彼を殺しに来たんですか?」
「必要ならば。俺は歪みを潰しにきただけさ」
 それを耳にしたヘンリーがいやらしく笑った。
「何がおかしい?」
「いえ、別に彼を殺したところで何も変わらないのに、と思いまして。そうそう、一ついいことを教えてあげますよ」
 彼が正悟に問いかけた。
「あなたは、戦後の企業間競争が自然に起こったものだとお思いですか?」
「イコン技術が地球に流れたんだ。それを発展させようというのは自然だと思うが?」
 ヘンリーが語り始める。
「あれは、意図的に引き起こされたものですよ。SURUGAの手によって。パラミタから機晶石を輸入しているのはSURUGAであり、地球圏内の取引を管理しているのも同じです。つまり、SURUGAが出荷停止をすれば、機晶石は地球に流れなくなるのですよ。正規ルートではね。もっとも、勝手にパラミタで採掘している闇業者もいるようではありますが」
 イコン開発に黎明期から関わってきた日本企業だ。最初から頭一つ出ていたが、機晶石の管理まで行っていたとは。
「一見、イコンが増えたように見えますが、実際にはF.R.A.G.と海京以外にはほとんど配備されていません。機晶石の数には限りがあり、しかもそれほど多くないからです。その少数の機晶石をSURUGAは均等に各国にばらまき、『成果を上げたところには多目に機晶石を輸出し、成果が上がらないところは輸出を停止する』と告げ、競争を煽ったのです。その少ない資源をめぐり、各国の企業は争ったのです。最終的には機晶石取引の主導権を、SURUGAから奪うために」
 ですが、と残念そうに声を落とした。
「無論、それは叶わぬ話です。日本とシャンバラ政府の間には強固な結びつきがありますからね。しかも、SURUGAは『地球での成果物はパラミタに輸出する』という協定を結んでます。これを破棄すれば、機晶石がパラミタから地球に流れなくなるのですよ。しかし、地球には一つ技術開発に問題があります」
「イコン国際条約か」
「そうです。軍事転用可能なものや、軍事用途のものに関しては厳しい開発制限がかけられています。ですが、今パラミタでは強力な兵器を欲しています。しかし、改正して兵器開発を是認すると、地球にとっての脅威をパラミタに託すことになる。ですが、その前にこちらで機晶技術を解析し、現行兵器で対抗する手段を見出せばイコンや機晶技術は脅威ではなくなります。しかしそうなる前に、兵器を開発して実力行使に出ようとした者たちがいました」
 ツクヨミ計画を知り、それをものにしようとしたアスター・エアクラフト、そして、欲に目がくらんだ目の前にいるヘンリー。
「しかしSURUGAは、不祥事を起こしたAAとFEの技術部門を買い取り、そこにあった兵器技術――シュメッターリンクII、シュヴァルツ・フリーゲII、モスキートの技術を手に入れました。いずれ解析が完了すれば、SURUGAの技術力は盤石なものとなる。それをパラミタで活用すれば、ニルヴァーナとやらにいる化物に対抗できる戦力を用意することができるようになるでしょう。その一方で、機晶技術解析は地球側に続けさせる。パラミタ崩壊を食い止め後も、三つの世界のバランスを保てるように。ツクヨミを手に入れただけでは足りないと考えているのですよ、SURUGAは」
 そして、ヘンリーが最後に、正悟に問うた。
「未来の歪みを潰すため、現在にあえて歪みを生み出す人たちがいます。五艘一族のように。それでもあなたは、『今』にこだわり、『現在』の歪みを潰して回るというのですか?」
 正悟は考え、答えた。
「未来のことは、誰にも分からない。今を生きる人たちが苦しむなら、それを見過ごすことはできない。だから俺は今を生き、現在のこの世界を歪ませる者は潰していく」