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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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劇場版 月神のヒュムーン ~裁きの星光~

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・Chapter30


「かなり割を食ったな……」
 樹月 刀真(きづき・とうま)は、地下二階の通路を駆けていた。
 彼は一直線に発射装置へ向かうことはしなかった。宇宙に大規模な戦力を用意しようとも、肝心のレーザー発射装置がなければ何の意味もない。それに地上施設を奪おうとも、最悪空爆して施設ごと発射装置を破壊、という手段も取れるのである。
 リスクこそあれ、必死になって手に入れる価値があるものとは思えない。いくらレーザーの出力が確保できようとも、四十年前の技術で造られたものだ。まともに使えるかどうかさえ疑わしい。
「ロザ、何か分かったか?」
 海京にいるロザリンド・セリナに通信を送り、頼んでいた調査の結果を確認する。
 現在はアメリカが国で管理している施設だが、ここは冷戦時代から何度も所属が変化している。
 特筆すべきは十年前から五年前にかけて。この五年間は、アメリカとイギリスが共同でこの施設を運用していた。一種の共同研究という体だったようだが、研究の出資者はエドワード・F・アルバートという英国貴族である。それも、どこから集めたのか小国の国家予算規模という多額の金額であった。イギリスが離脱する際に、この施設からの撤収作業を行ったのは英国のとある財団関係者だが、その中にヘンリー・ロスチャイルドという男が加わっていた。それが2017年のことである。
「ヘンリー・ロスチャイルド……ツクヨミ事件の関係者か」
 それに、エドワードという名にも聞き覚えがある。十人評議会の中核メンバーであると噂されていた人物だ。すでに故人となっているが。
「……この区画は、地図にある閉鎖区域。この通路は、書かれてない」
 漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)が銃型HCで地図を確認し、刀真に告げた。
「さっきの倒れていたヤツが起きていれば何か聞き出せたかもしれないんだけどな……」
 途中、金髪の少年が倒れているのを見つけた。辛うじて生きてはいたが、気を失っていた。時間が限られているため、あえて起こそうとしたり治癒を施そうとしたりはせず、二人は地下二階を探索していたのである。障害になる者には容赦はしないが、そうでない者を相手にすることは、基本的にはない。
「さっきの部屋、何だったんだろ……」
「多分、保管庫だろう。誰かが入った形跡はあったが、これといって目ぼしいものはなかった」
 階段を下りてまっすぐ進まずに左に曲がると、壁と同じ色になっている隠し扉があった。防火扉であり、本来は万が一に備えて研究機密を保管しておくための場所だったようだ。
「あれは……」
 刀真たちの前に、六人の人影が見えた。その奥には、白衣を羽織った男の姿がある。
「クク、このタイミングで新たな客人カ。生憎だガ、時間はもうほとんどなイ。あと五分ダ」
「……状況を」
 刀真は七枷 陣たちから現状を確認した。
 発射装置が暴走状態にあり、間もなく臨界点に達し爆発が起こること。
 目の前には透明だが頑強な壁があり、決して壊せない強度ではないらしいが、壊せば爆発の範囲が現役施設にまで拡大してしまうこと。残り時間を考えれば、仮にヴィクターを拘束したとしても、脱出は間に合わない。
 そして、発射台の前で余裕な様子で煙草をふかしているヴィクター・ウェストに対し、有効な手段が取れず手詰まりであること。
「初めから発射装置を使うつもりはなかったということか」
「人を集める餌としてちょうどよかっただけダ。まア、連中はただシャンバラが気に食わないって吠えてるだけノ、取るに足らない連中ダ」
 初めから捨て駒にするつもりだったという。
「ならば、目的は何だ? さっき、この階に隠し扉があるのを見つけた。そこから何かが持ち出された形跡があったが」
「あア、これカ。そうダ、忘れてた忘れてタ」
 頭を掻きながら、ヴィクターが懐から紙束を出した。
「超大統一理論、あるいは万物の理論。ここにハ、未だ未完成とされている『M理論』の完成されたものも記されていル。この宇宙の理に至る究極の理論が書かれた究極の論文ダ。もっとモ、これは記した者以外でまともに理解した者はいないようだがナ」
「それを手に入れるために、これだけのことをしたのか?」
「まさか」
 クク、とまたもヴィクターが笑った。
「単純な興味だヨ。あの『二十世紀最後の天才』、実際にはあんなジジイなんて足元にも及ばない『真の天才』であるその孫娘が記したらしいガ、それを一目見てみたかっただけダ」
 ヴィクターが煙草の火を紙束に押し付け、燃やした。炎が広がっていく。
「何を!?」
「究極だとか完全だとカ、下らないとは思わないカ? 万物が理解できてしまったラ、未知なるものを探求するという楽しみを味わえなくなル。興味も何もあったものではなイ。不完全であるからこソ、極まっていないからこソ、先を目指せるのではないカ?」
 ただ「下らない」というだけで、世界を覆しかねない理論をこの男は闇に葬ったのである。
「オレが知りたいのハ、進化していく過程ダ。進化の果てになど興味はなイ。完成された存在がどれほどオレを落胆させたことカ、あの女狐がどれだけオレを失望させたことカ……」
 一瞬だけ、どこか寂しそうな顔を見せたが、すぐに元の顔に戻った。
「衛星兵器は使うつもりはない、論文を手に入れても別にそれを利用して何かを成すわけでもない。なら、何のために?」
「言っただろウ、知りたいのは進化の過程だト。契約者がその一形態であると仮定すれバ、それをこの目で確かめたいと思うのは当然だろウ。そのため二、『組合』の中でも契約者殺害数ナンバー1ノ、パッチワーカーに依頼したんダ。キミたちの力がどれほどのものカ、そのデータを取るため二。もう一つハ、試験運用ダ」
「試験運転?」
「せっかくだから教えてやろウ。減るものでもなけれバ、知ったところですぐに対処できるようなものでもあるまイ。
 宇宙にいる大半の機体はどうでもいいガ、二機ほどオレがカスタムした機体を送っタ。【ヴァイス・フリーゲ】ハ、機体にAIを搭載シ、パイロットは機体に乗り込まずにブレイン・マシン・インターフェイスによる思考転送による遠隔操作を行う半無人機ダ。契約者認証のたメ、機体にはパイロットの一部を移植してあるがナ。細胞の一部があれば大丈夫なようダ。思考は最大で四十倍まで加速が可能であリ、コックピットに人が入っていないことかラ、有人機では決して不可能な機動も行えル。
 もう一機ハ、パイロットありきの実験機ダ。BMI搭載、双子による思考同調、もっともその双子には遺伝子操作と調整を加えてあるがナ。『新世代の子供たち』の一組ダ。契約者にするの二、片方はパラミタ化させたがナ。同じク、こっちにも一人連れてきているガ……途中で会っているはずだゾ?」
 あの倒れていた子供のことであろうか。
「現在の人類とは異なる遺伝子コードを持ツ、進化した新世代の子供たチ。その力が契約者に対抗し得るものカ、それを確かめるために連れてきタ。まア、課題はあるがまずまずといったところだろうナ」
 あくまで自分の興味と実験のため。
 この男は涼しい顔でそう言い放った。
「さア、間もなくダ。祭りやパーティにハ、花火がつきものだろウ? 最後は派手にいこうじゃないカ?」
「そこにいれば、死ぬぞ?」
「死んだらその時はその時ダ。優秀な助手はいるシ、子供たちもいル。オレが死んだところデ、別の誰かがオレと同じような道に走るサ。まア、死ぬつもりなどさらさらないがナ」
 サングラスを外し、発射装置と通路との境界に向かって投げつける。
「また会おウ、諸君!」
 直後、光が迸り、耳をつんざく轟音が響いた。
 爆風は眼前の壁に阻まれ、ここまでは来ない。
 ヴィクター・ウェストが光とともに、その姿を消した。