リアクション
* * * 「まさか変形するとはね……」 {ICN0003896#不知火・弐型}を駆る綺雲 菜織(あやくも・なおり)は、即座に行動に出た。 (他小隊の戦闘も佳境に差し掛かっているようです。ここを凌げば、目的は達成されます) 有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)に、他小隊の報告が入った。 (無線ビットに注意して下さい。有線とは違い、あの機体のコントロール圏内ならば、どこまでも追ってきますから) 早速、無線ビットが【不知火・弐型】に照準を合わせてきた。 無線は確かに厄介だが、だからといって動揺はしない。有線とは異なり機体のジェネレーターからエネルギーを供給することができないため、稼働時間は短いだろう。あの一つ一つに、ジェネレーターが搭載されているようには思えない。 (問題は、あれ単体でエネルギー吸収ができるかどうか……) モスキートの特徴として、ビットの先端の針部分でジェネレーターからエネルギーを吸い出せるというものがある。無線でもその機能が持続しているのなら、複数に囲まれるのは避けたい。 機体を旋回しつつ、無線ビットを引き付ける。 (……三基か) ものは試しだ。ビームの機動を事前に予測した上でそれをかわしながら、誘導していく。最小限の動きで避けるとなると、小刻みなサブスラスターの噴射が必要となる。回避行動を取るたびに、菜織の身体に衝撃が伝わってくる。 風のない宇宙では、その大きさが彼女に速さを感じさせる。 アンチビームソードを抜き、腰部のサブスラスターを稼働させて急転。勢いを利用し、ビームを弾く。それは無線ビットに命中した。 (この距離だと、プラズマライフルは効かないな) モスキート・カスタムには、ビーム系の兵器は効きにくい。新式プラズマライフルも、シールドが展開されていない状態――主砲発射のタイミングでもない限り、有効ではない。 マルチエネルギーシールドは厄介だが、地上の場合は排熱の関係で、一定時間使用した後はしばらく展開できなくなる。初代マリーエンケーファーは三つの排熱口で常時冷却を行えたため、この問題をクリアできていたがモスキートはそうではない。 だが宇宙空間では、陽のあたらないところにいれば温度はマイナスであり、マルチエネルギーシールドを常時展開しても熱がこもることはない。 このモスキート・カスタムはそれを踏まえた上で位置取りを行っているから、始末が悪いのだ。 (目下の危険因子をこちらに定めたか。ありがたい限りだ) 同じ要領で二基目、三基目と無線ビットを落としていく【不知火・弐型】だが、今度は五基がひとかたまりでやってきた。 連結し、威力の高いビームとなって一直線に【不知火・弐型】へと向かってくる。 むしろ、こちらの方が好都合だ。ビームの範囲が広ければ、それだけアンチビームソードで斬りやすい。 「無線ビットを潰すのが最優先だね。行くよ、エル!」 ジャックの高峯 秋(たかみね・しゅう)は、宇宙を徘徊している無線ビットに照準を合わせた。 宇宙には光がない。そのため、ミラージュによる幻影を生み出すことはできない。だが、敵の目を欺き、機体の位置を誤認させることはできる。 (おそらく、無線ビットは思考制御。カメラは……) スナイパーライフルを覗き込み、確かめる。無線ビットにカメラは搭載されていない。 (アキ君、仮に無線ビットが【ジャック】と同じようにBMIで制御されているんだとしたら――シンクロ率を上げることで、支配権を奪えないかな?) エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)から思わぬ提案があった。 確かに、同じ技術が使われていれば、こちらで制御を行えるかもしれない。もっとも、敵の機体からなるべく引き離さないと難しいだろうが。 複数の無線ビットを同時に操っているとしても、それら全部を同時にコントロールするというのは、難しいだろう。例えばテレビ画面を四分割して、それぞれで別のゲームを表示し、一人で同時にプレイすることができるだろうか。これは極端な例であるが、ある程度の自動制御が行われていなければ、十基程度備わっている無線ビットをバラバラに動かすことは容易ではない。そしてその自動化がなされていれば、付け入る隙はある。 (やってみるよ) シンクロ率を70%まで引き上げる。身体への負荷は強くなるが、多少はやむを得ない。 (イメージして、射線上に来るように……) (それ、わたしの……とらないで) 脳内に直接声が響いてきた。モスキート・カスタムのパイロットだ。 (ごめん、エル。難しい。多分、無理すると持ってかれる) おそらく、相手のパイロットは学院でいうところの「完全適合体」だ。まともに精神力で勝負したところで、勝つのは難しい。 やはりここは、自分の得意分野で攻める。 「変形しようと、接近すればやりようがあることには変わりない。援護するよ!」 スナイパーライフルF.R.A.G.仕様を構え、前衛を行くトニトルス・テンペスタスとメイクリヒカイト‐Bstの援護に戻った。 変形前の異形が名前の通りの「蚊」であるとするならば、今のモスキート・カスタムの姿は、「蠍」と言えるだろう。 主砲のある頭部と、前面に出た前脚はその形状からハサミのようにも見える。後脚のように見えていた部分は畳まれ、三角状になっていた。有線ビットが伸びていれば、それはさながら蠍の脚に見えていたことだろう。 「あえて言うなら【スコルピオン】ってところかな、変形形態は」 十七夜 リオ(かなき・りお)は機体の形状を見て、声を発した。 『今のところ、変わったのはビットが無線化したくらッスね。まだ他にありそうな気もするッスが』 狭霧 和眞(さぎり・かずま)の声が伝わってくる。 『兄さん、高エネルギー反応――来ます!』 モスキート・カスタムの両腕が開き、頭部の主砲も含めた三点からビームが放たれる。それを【トニトルス】と【メイクリヒカイト】はなんとかかわした。 と思いきや、 「照射時間が……長い!」 約十秒間だろうか。その間、ビームが放出されっぱなしになっていた。 (一つに収束することも、三方向に放つことも可能ときたか。また厄介なものを) 食らったらひとたまりもない。 遠距離からの攻撃はほぼ無効。敵の主砲の斜角は広くなったばかりでなく、照射時間が長い。加えて、接近しようものなら無線ビットだ。しかも、通常のモスキートと異なり主砲との同時稼働が可能。 【不知火・弐型】と【ジャック】が援護してくれているが、なかなか隙が見つからない。 『皆、聞いてくれ』 そこに、星心合体ベアド・ハーティオンから通信が入った。 『たった今、鈿女博士からの連絡があった。先ほどの同時砲撃の際、マルチエネルギーシールドが解除されていた。エネルギーの消費が激しいため、シールドを展開したままでは攻撃が行えないようだ。 だが、相手は……これは私の勘だが、機体・パートナー間でこちらのレイヴン以上の思考同調を行った上で、戦場全体を把握している。死角というものを見出すのは困難だ』 ハーティオンからの声は続く。 『今伝えたように、最大の機会は主砲発射時だ。できることなら、三つを一点に集めておきたい。ただ、マルチエネルギーシールドを抜いても、モスキートの装甲はかなり頑丈だ。唯一、主砲の砲口付近だけが薄くなっている。主砲発射直前から照射中というシビアなタイミングだが、破壊できれば敵の大きな攻撃を防ぐことができる。無線ビットだけでは守りにも限界があるだろう』 主砲の破壊。だが、それを成し遂げるためには、誰かが主砲発射を誘導するしかない。 『私が、主砲を誘導する。三つの砲口が全部私に向いていれば、その間に接近することが可能だろう。むろん、私も主砲を破壊するつもりで飛び込むつもりだ』 「だけど、かなり危険だよ」 リオはハーティオンに不安な声を返した。主砲の速度は、見た目の割に速い。それに、かすっただけでも装甲を大きく削り取られる。 『確かに、リスクはある。だが、誰かがやらねばこの強敵を撃破するのは困難だ。そこに望みがあるならば、この身を賭ける価値はある!』 ハーティオンが意気込み、モスキート・カスタムの主砲の射線上へと移動した。 「僕たちも行くよ。砲口にブレードを食い込ませることができれば、あのデカブツを一気にぶった切れるからね」 【メイクリヒカイト】の狙いは、頭部だ。そこにブレードを突き立て、機体を裂いていければと思う。 『では、皆。ともに行こう!』 ハーティオンがモスキート・カスタムに向かって、一直線に飛んでいく。彼を破壊しようと寄ってくるのは、無線ビットだ。それを【ジャック】が狙撃する。 モスキート・カスタムの三つの砲口が開き、光が収束していく。 「来るよ!」 【メイクリヒカイト】が加速準備に入る。ここで下手に前に出れば、ハーティオンがビームを一点に集中させてくれる意味がなくなってしまう。 『ハート・エナジーフルパワー!』 敵主砲、発射。 『輝け! 心の光よ!』 三点から放たれた高出力のビームが一点に収束していく。 『コスモハート・ブラスターッ!』 ハーティオンがユグドラシルの猛き枝を突き出した。その先端から強力な光のエネルギーが撃ち出され、モスキート・カスタムの主砲と激突する。 「行くよ、フェル!」 フェルクレールト・フリューゲル(ふぇるくれーると・ふりゅーげる)にフルスロットルの指示。そのまま一気に加速していく。 リオの身体に、強烈なGがかかる。敵がハーティオンから【メイクリヒカイト】にビームの照準をずらそうとしてきたため、機体を急上昇させたからだ。 『く、さすがに私の力では突破までは無理か……頼んだぞ』 ハーティオンのコスモハート・ブラスt−が打ち消され、彼は敵主砲を回避しようとした。しかし、完全には間に合わず、装甲を削り取られてしまう。 外側に弾かれるようにして、主砲から離れていく。今のでスラスターも片側が消失した。残った方のスラスターを吹かそうとしたようだが、時既に遅く地球の重力に引っ掛かっていた。 そのまま彼は、地球に向けて落下していった。 そして、【メイクリヒカイト】は斜めに急降下し、モスキートの頭部へと差し迫る。 「気にするなよ、フェル……これ位の無茶……とっくに覚悟の上だ!」 主砲の照射時間終了まで、あと二秒。一秒。ビームの照射が終わり、主砲部分が閉じようとした――その時、 「届いた!」 大型超高周波ブレードを主砲に突き立て、リミッター解除。 「フェル、フルスロットル! このまま一気にいくよ!」 「……押し……斬るっ!」 ブレードを差し込んだまま、【メイクリヒカイト】のスラスターを全開にする。そして、頭部から胴体にかけて突き進んでいった。 切り口から、火花が上がった。 機体の両腕が【メイクリヒカイト】に向く。 が、その腕部で爆発が起こった。まだ十分な時間が経過していないのに、撃とうとしたからだろう。 制御を失ったモスキート・カスタムは各部で爆発を起こし、機体を崩壊させながら、大気圏へと落ちていった。 重力に捕まるころには、ほとんど原形をとどめていなかった。 |
||