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リアクション
翌日。
午前中から早速出かけることにしたレモにつきあってくれたのは、月見里 九十九(やまなし・つくも)だった。
「せっかくだから、デパートとかぶらぶらしましょうよ」
「うん、そうだね。なんか、どのお店も大きくてすごいね」
近代的な都市もだいぶ見慣れてきたとはいえ、やはり緊張する。人も多く賑やかで、すでにちらほらと浴衣姿の人々もいた。
一通りデパートや路面店をまわり、レモは空京限定品のフルーツケーキや、キーホルダーなど、定番の土産物を楽しそうに買い求めた。
「ごめんね、九十九さんにまで持ってもらって」
「いいんですよ。みんな、喜んでくれるとよいですね」
「うん! ……あ、でも、お腹すいてきちゃったね。戻ろうか?」
両手に買い物袋を提げ、歩き出そうとするレモを、九十九は「ちょっと待って」と引き留める。
「まだ、案内したい場所があるんです」
そう言うと、レモの手をひいて九十九が連れて行ったのは、空京の街角のとある店だった。
「俺が紹介する場所は『ここ』です!」
「……え?」
胸をはって九十九が指し示した店は、一見なんの変哲もない、チェーンの喫茶店だ。買い物の間もよく見かけた。
「さ、入りましょ」
「う、うん」
やや訝りながらも、レモは九十九について店に入る。甘党の九十九はミルクレープとアイスコーヒー、レモはアイスのカフェオレとツナ卵サンドイッチを頼んだ。
すぐに出てきた商品をさっそく頬張り、レモは「美味しい」と微笑む。
「『なんでこんなところを?』と思われたでしょう?」
「え? あ……うん、少し」
「理由をお答えする前に、1つ質問をさせて下さい……イルミンスールや、葦原島、ヴァイシャリー……色々巡ってきて、どうでしたか?」
九十九が小首を傾げて尋ねると、レモは瞬きをして、それから、訥々と口を開いた。
「ええと……どこも、それぞれに特色があって。一言でシャンバラ地方って言っても、全然違うんだなぁって思ったよ。それに、いろんな事があって、……」
レモは一度言葉をきる。
どうやら、旅行のあれこれを、じっくりと思い出しているらしい。
「でも、一番覚えてるのは、そこに何があるかじゃなくて、どんな人と過ごしたかってことだな。いろんな人と話せて、それが一番、思い出になったよ」
「良い旅をしてきたみたいですね。でも、それらの殆どが『特別な場所』であると言えるはずです……あ、誤解しないでくださいね? だからどうだと言う訳ではないですから」
「うん」
「ただ、それらを見てきた上で『日常の生活』も体験してもらいたかったんです」
「日常?」
九十九は頷いた。
観光名所だけではない、日常。
それは、どこの土地にでも当たり前にあるものなのに、時として忘れてしまう。違う土地、違う人々、だけど、自分と同じように、一生懸命『生きて』いることを。
レモは改めて、周囲を見つめた。友達同士、デート中のカップル、待ち合わせの人、そして、笑顔で働く店員。……様々な人が、その店にはいた。
「手を伸ばせば届く場所にそれはある。何をするか、如何したいか、全ては自分次第。相談すれば今回の様に協力してくれる人は沢山居るんです……だから、恐れないで、少しづつでも良いんですから、立ち止ってないで、ゆっくりと前へ進んでいきましょう、ね?」
「……うん。ありがとう」
喫茶室に差し込む日差しの中、レモは以前よりずっと穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
その後も少し、おしゃべりをして過ごしてから、席を立つ。
「さて、と。早川先輩たちもそろそろ到着したと思いますし、そろそろ宿に帰りましょうか」
「そうだね。花火、楽しみだな!」
再び買い物袋を下げると、二人は空京の街を仲良く歩き出した。
「よぉ、レモ!」
「昶さん!」
宿の玄関で出迎えてくれたのは、もふもふ尻尾のオオカミ、白銀 昶(しろがね・あきら)だった。
レモは大喜びで昶に飛びつき、毛皮にほおずりする。
「暑いだろ、今の時期じゃ」
昶が苦笑いし、レモはあわてて「あ、ごめんね」と離れた。
「思ったより元気そうだな」
「うん。今ね、みんなにお土産買ってきたんだよ。ね、九十九さん?」
九十九とレモの両手に提げられた紙袋の大きさに、昶は「すごい量だな」と思わず呟いた。
「北都さんたちは? みんな一緒なの?」
「ああ、そうそう。用意して待ってるはずだぜ」
「用意?」
なんのだろう、とレモは小首を傾げた。
一方、その頃。
「悪ぃな、面倒かけて」
「いいえ。お気になさらず」
カールハインツは、クナイ・アヤシ(くない・あやし)に頼み込んで、浴衣の着付けを手伝ってもらっていた。なにせドイツ生まれのカールハインツには、せいぜい温泉宿の浴衣が精一杯で、普通の着方はわからないのだ。
先に浴衣姿になっているクナイは、慣れた手つきでカールハインツに浴衣を着せつけていく。本人の着こなしも見事なものだが、手つきも丁寧で素早い。
「それに、カール様には、お礼を言わなくてはと思っておりましたし」
「お礼?」
「ええ。今回、カール様がレモ様を誘ってくださったおかげで、私たちも同行して花火を楽しめるのですから。ありがとうございます」
「いいって、別に。たいしたことしちゃいねぇよ」
わざとぶっきらぼうに、カールハインツは答える。
そんな横顔を見つつ、クナイは、レモだけではなく、カールハインツも少し変わったなと思っていた。
今までは、カールハインツは他人に積極的に関わるような事はしていなかったはずだ。レモへの感情が何であれ、『守りたい』と思う人が出来るのは、喜ばしいことだとクナイは思う。
自分もまた、そう思う相手ができたことで、無目的な生き方を変えることができたのだから。
「これでいかがですか? きつくないでしょうか」
「大丈夫だ……けど、なんだか、変な感じだな。スカートみたいだ」
「そのうち慣れますよ」
支度を終えて、二人は部屋を出た。
「お、着替えたのか」
廊下にいた昶が、クナイとカールハインツにそう声をかける。
「へぇ、案外似合うな。俺も一応、浴衣なんだぜ?」
「そうなのか?」
カールハインツが驚くのも無理はない。黒地に渦潮模様の浴衣を着用しているのだが、オオカミ姿ではよくわからないのだ。
「暑かったら、無理するなよ。そういや、レモは? まだあいつ、買い物行ってんのか」
「いや? あっちで、北都が着替えさせてるとこだぜ」
昶に教えられ、クナイとカールハインツはレモたちがいる和室の前に行く。すると、薄い襖越しに、ぼそぼそと声が聞こえてきた。
「苦しくない?」
「……は、い。平気」
「大丈夫、優しくするから……」
「ぁ、……っ」
(は????)
漏れ聞こえた怪しい会話に、三人が一瞬固まる。
「レモ?!」
カールハインツが、思い切り襖を開く。すると……。
「ね、これくらいなら大丈夫?」
「うん。思ったより、ぎゅって締めるんだね」
浴衣の兵児帯をぎゅっと引き絞っている北都と、おとなしく立っているレモの姿があった。
「ああ。そっちは支度終わったんだね」
「どうかしたの?」
「……いや、なんでもない」
なんとなくぐったりした気持ちで、カールハインツはそう答えた。
「さ、できたよ」
「北都さん。この模様って、おかしくないかな」
向日葵の柄は、自分でも気に入って選んだ物だが、他の人に比べるとかなり子供っぽい気がしてきて、レモはそう尋ねる。
「いいと思うよ? レモさんはまだ子供だから、男の子用女の子用とか気にせずに、好きなのを選ぶのが一番だよ」
「可愛いし、似合ってるぜ?」
昶に褒められ、レモは嬉しそうにその場でくるんと回って見せた。高い位置で締めた赤い兵児帯のリボンが、ふわふわと揺れる。
その帯には、密かに北都が禁猟区を施してある。万が一を考えての、北都からのお守りだ。
「そうだ。花火の前に、出店もずいぶん並んでるみたいだよ? 回ってみるのも、楽しいんじゃないかな」
「出店?」
「お祭りの屋台のことです。いつもの露店やお店とは品物も違いますし、楽しいですよ」
北都とクナイにすすめられ、レモは早速興味津々だ。
「ね、今度は、カールハインツもつきあってくれる?」
「……しょーがねーな」
億劫そうながらも、カールハインツは断らなかった。
「いってらっしゃい。僕たちは、宮殿のほうで待ってるね」
「うん。また後でね。……あ、そういえば、ジェイダス様は? まだいらしてないのかな」
「ジェイダス様は、花火師の方達に会いに行かれています」
「ラドゥ様は、いらっしゃるはずだよ? 見せに行くのも、いいね」
「あ、うん。そうするね! お話したいことも、たくさんあるし」
レモはそう笑って、慣れない浴衣にやや動きづらそうにしつつも、昶の先導でラドゥとジェイダスの部屋へと向かったのだった。