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リアクション
「ジェイダス様。こりゃ、わざわざご足労、ありがとうございます」
「準備は順調か?」
「はい。ごらんの通りですわ」
宗家花火鍵屋の初代弥兵衛が、そうジェイダスにむかって大きく両手を広げて見せた。
ここは、空京島の端にある空き地であり、今回の花火の打ち上げ場所でもある。総指揮をとるのは、鍵屋初代弥兵衛。関西訛りのある、いかにも職人気質といった渋い風情の初老の男だ。そして、同時に。
「初代様! こちらの仕掛けはいかがでしょう?」
そう駆けよってきたのは、玉屋 市朗兵衛(たまや・いちろうべい)だ。
かつて鍵屋からのれん分けし、江戸の花火屋として人気を二分したかの玉屋の英霊である。
彼女の協力ということで、江戸時代以来の鍵屋玉屋の共演が見られると、花火大会はいよいよ盛り上がっているのだった。
「なるほど、おまえが手を貸してくれるのか」
「さすがに筋がええ娘っこですわ。今日の花火、ジェイダス様にもご満足いただけると思っとります」
「初代様にそうおっしゃっていただけるとは……感激です」
市朗兵衛は頬を上気させ、ぺこりと頭を下げる。
今回のことは、市朗兵衛にとっても願ったり叶ったりのことだった。なにしろ、鍵屋初代の技を近くで見られる上に、さらに自分の技を見てもらえるとあっては、自ずと気合も入るという物だ。
「それで、頼んでいたものはどうなった?」
「それはもう。後ほど、ご覧にいれますわ」
弥兵衛はそう答え、自信満々の笑みを口元に浮かべた。
「この空京の空に、大輪の薔薇、お目にかけますよって」
「楽しみにしているぞ」
ジェイダスはそう微笑んだ。
(薔薇色の花火ですか……)
市朗兵衛にとっても、その瞬間は楽しみでならない。
地球では、花火には多くの薬品を混ぜることによって、色や明るさを変化させる。弥兵衛はそれらを取り入れつつも、さらに、パラミタでだけ手に入る鉱石なども利用し、地球では見られない、全く新しい花火を作り出しているのだ。
それは、同じ花火師として、鳥肌がたつほどわくわくする話だった。
今回、ジェイダスの依頼もあって作り出したのは、名前の通り、薔薇色に発色する花火だ。しかし、ただ赤いといったわけではない。最初は桃色、そして赤、紫に、やがては白く明滅して散るという、色合いが変化しながら咲く花火だという。
弥兵衛の指示で、すでに仕掛けは済んでいるが、空に打ち上がるその瞬間が待ち遠しかった。
その、一方で。
(花火はおとなしくしているといいですが……)
花火といっても、打ち上げるそれではない。市朗兵衛の契約者、六尺 花火(ろくしゃく・はなび)のことだ。
「今日も全力で爆破します!」と言ってきかない花火は、なにせ爆発に命を賭けている。
その情熱たるや、パートナーの市朗兵衛にとっても予測不可能な上に、まずもって会話が成立しない。
連れて来たところで、初代になにを言い出すかもわからず、そもそも仕掛けの済んだ花火をかたっぱしから爆破しかねない。いや、する。確実にする。それだけは、市朗兵衛にも予測可能な唯一のことだった。
それを防ぐため、市朗兵衛は強攻策をとった。
簡単にいえば。寝ている好きに、ぐるぐるの簀巻きにして置いてきたのだ。
(明日には帰りますし、一日くらいは大丈夫でしょう……おそらく)
そう簡単に、弱る花火ではない。
「あ」
そんなことを考えていると、どこからか飛んできたゴミが目に入る。薄い紙らしきそれを、あわてて市朗兵衛は拾い上げた。万が一でも、花火の火が引火するのは避けたい。過去のいきさつ故に、市朗兵衛は安全に関して人一倍神経を配っていた。
「ええ心配りやな」
市朗兵衛の動きに気づき、弥兵衛がそう褒める。
「いえ、そんな……」
かつて、火の不始末で江戸を負われた身だ。そのいきさつを、弥兵衛が知っているのかどうかはわからない。弥兵衛はただ、今日、この花火大会で、大輪の花を咲かせること以外には、ほとんど興味はなさそうだ。
「雲もない。風もええ案配や」
「そうですね」
花火のときは、ほどよく上空に風が吹いていたほうがよい。花火から出る煙が上空にとどまっていては、次の花火が美しく見えないのだ。
「市朗兵衛の花火も、楽しみにしとるで」
「はい!」
久しぶりに腕が鳴る。市朗兵衛は、口元に笑みを浮かべ、次第に藍色に染まっていく空を見上げた。
弥兵衛への陣中見舞いを終え、ジェイダスは宮殿に向かう。
なお、宿からここへ来る道中も、これからの道も、案内兼護衛として、教導団の松平 岩造(まつだいら・がんぞう)と武蔵坊 弁慶(むさしぼう・べんけい)、ドラニオ・フェイロン(どらにお・ふぇいろん)、そして武者鎧 『鉄の龍神』(むしゃよろい・くろがねのりゅうじん)が側についていた。
ガタイの良い丈夫たちをひきつれた、怪しい美少年、といった風情だ。ある意味、弁慶は似合っているかもしれない。
ジェイダスが用意させておいた豪奢な車に乗り込み、すでに交通規制が敷かれた道路や、人混みを避けつつ宮殿に向かう。そのため、ルートはかなり大回りにならざるをえない。
「パラミタで花火を見ることは滅多にないですから、楽しみですね。ジェイダス殿は、花火はお好きなんですか?」
「ああ」
岩造の問いかけに、ジェイダスは頬杖をついたまま頷いた。
「やはり、美しいからですか」
「それもあるが……花火は、素晴らしい発明品だからな。火薬というものを、最も美しく昇華させているものだ。そしてあの、儚さが良いな。その美しさを、真に永遠に留めることはできない。一瞬の輝きだ」
「なるほど」
岩造は頷いた。たしかに、元は同じ火薬だが、岩造が戦場でかぎ慣れたパウダーのそれとは、花火は遠い存在に思える。
「ジェイダス殿はそれが美なのですか?」
「そうだな。美しく、強く、そして、自由なものだ。そういった意味では、花火はまさに、俺にとっての美に近しいな」
ジェイダスはそう答え、どこか妖艶な笑みをたたえた。
「おまえたちも、花火を見て行くのだろう?」
「はい。せっかくの機会ですので」
「楽しんでいくといい。今夜は、美しい夜になりそうだ」
宮殿では、リア・レオニス(りあ・れおにす)や黒崎 天音(くろさき・あまね)をはじめ、多くの生徒がすでに準備を整えていた。
「どうぞ、ジェイダス様」
日が没した空京の街を一望できる特等席へと、天音はジェイダスを案内する。
「久しぶりだな」
「ええ。お元気そうで、なによりです」
天音に「おまえもだ」とジェイダスは笑みを浮かべて返した。
「ジェイダス様、お待たせして申し訳ございません!」
出店巡りを終えたレモも、ちょうど到着したところだ。
「私も今着いたばかりだ。旅行は、楽しかったか?」
「はい! とても、……とっても、楽しかったです」
レモは弾んだ声で答え、「機会をくださって、ジェイダス様、ありがとうございました」と深々と一礼をした。今回の旅費に関しては、ほぼ全て、ジェイダスの私財から出している。とはいえ、ジェイダスにしてみれば、ほんの些細な話なのだが。
レモが旅行でのあれこれをジェイダスに報告しはじめたのを見計らい、天音はそっとその場を離れる。
「見ていかないのか?」
尋ねてきたカールハインツには、天音は「少し、用事があってね」とにこやかに答えた。
彼が向かったのは、宮殿の裏の森だった。
「やれやれ、こっちでもひどい目に遭った」
そうぼやいているのは、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)だ。薄暗い森の中に、漆黒の体は溶け込んでしまっているが、天音は過たずブルーズを見つける。
「ブルーズ。迎えに来たよ」
ここに来たのは、主にそのためだ。
「天音……」
「せっかくだから、花火を見て行こうよ」
そう誘いかけ、天音はブルーズの手をとった。