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第20章 悪友の来訪

 葦原島――シャンバラ南西部に浮かぶ、小さな島。
 その島にある学校、葦原明倫館に籍を置く紫月 唯斗(しづき・ゆいと)は、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)リーズ・クオルヴェル(りーず・くおるう゛ぇる)と一緒に明倫館近くを歩いていた。
 唯斗にとって何事も無い、極々普通で平和な昼下がりの筈だったのだが。
(ななな、なんであいつが葦原に居るんだ!?)
 いきなり足を止めた唯斗に、エクスとリーズは訝しげに眉を顰めた。
「どうした唯斗」
「何か、幽霊でも見たみたいな顔してるけど」
 唯斗は、愕然としてある一点を凝視していた。2人は自然と、視線を追おうと首を振り向かせかけ――そこで、我に返った唯斗に押し留められた。彼は2人の腕を取り、進行方向を強引に変える。
「何でもない……。さあ行くぞ」
「待て唯斗、帰るのか?」
「今、出てきたばかりじゃない」
「よお唯斗、久しぶりだな」
 明らかにおかしい。彼が何に反応したのか、見ておきたい。声が掛かったのはエクスとリーズが後方に目を向けた時で、そこに居たのは――どこの雑誌モデルだというような、およそ欠点の見つからない容姿の、男性だった。やや細身で、さらさらの黒髪には軽くシャギーを入れている。
「何でお前がここにいる!?」
 観念したのか、呼ばれた唯斗は男に向き直り、苦々しさ全開の表情で彼――本条 彰に。
 章は、唯斗の幼少時からの悪友である。“悪”はつくが、確かに“友”と呼べる存在だ。しかし、見た目通りに章は非常に女性にもて、唯斗の周囲にいた女子に片端から告白されていた。章を前にしたら、エクスとリーズも彼に目を奪われてしまうかもしれない。あまり長時間は、一緒に居たくない相手だ。
 彼に自分の居場所は教えていない。それなのに、何故葦原島に居るのか。
「前にテレビに映ってただろ? ほら、聖火リレーでこの島を走ってたじゃねえか。そこのエクスちゃんが、お前に聖火を渡してたよな」
「え! 2人ともテレビに出てたの? 知らなかった」
「そんなこともあったな。もう2年程前になるか」
 リーズは驚き、エクスは思い出を懐かしむように目を細めた。
「まさか章、エクスを落としに来たんじゃないだろうな?」
「ん? 落として良いのか?」
「良いわけあるか!」
「ところで、あんた唯斗とはどういう関係なの? 友達っぽいのは何となく分かるけど」
 リーズが訊ね、章はああ、と彼女達に関係を説明した。それを聞き、エクスはほう、と声を上げた。
「そうか、幼少時からの……私が知らぬ頃の唯斗を知っているのか。そういった人物が居るのは当然の事だが、何か、不思議な気がするな」
「子供の頃の唯斗か。ちょっと、興味あるわね」
 話の流れに、唯斗は慌てる。こいつに話をさせたら、自分の信用というか株というかが大暴落してしまう。彼女達が章に惚れるかもという危惧と同じくらい、それは避けたい。
「! 2人共、何言ってんだ。そんな話、面白くねぇ……」
「聞きたいか? じゃあ、立ち話もなんだしどっか飯屋にでも入らないか。何でも話してやるよ。俺と唯斗でどれだけ女子にもてるか勝負した時の事とか……唯斗も昔は、かなり好きにやってたんだぜ?」
「待てこら! エクス達を連れて行くな! ……俺も行くからな!」
 自分の周囲の色々なものを守るため、唯斗は3人を追いかけた。
 ――くそう、何とかしねぇと!

 だが、何ともならなかった。信用や株はともかくとして、その後唯斗はエクス達に“青かった頃のあれそれ”という弱みを握られたのだった。