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 第23章 恋人ができたから

 ――ミスティルテイン騎士団・イナテミス支部。
 今日は、ヨーロッパの本部から視察が来る予定になっている。フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)は支部の責任者として、本部の要人を迎えるべく一室で待機していた。
「え? 予定が変わったの? 来たのは1人だけ? ……分かったわ」
 連絡を受けたフレデリカは少しだけ緊張を解き、椅子に座って深呼吸する。複数での来訪も1人の来訪も重要性に変わりはないが、集まる視線が少なければプレッシャーも軽減される。
 やがて、扉をノックする音がしてフレデリカは立ち上がる。
「どうぞ、こちらです」
 だが、案内役のフィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)が連れて来たのは、思ってもみなかった人物だった。
(パ……パパ!)
 目前に立つのはクラウス・レヴィ、彼女の父親だ。公的な立場でこの場に居るものの、やはり驚きは隠せない。確かに、父は騎士団員でもあるのだが――
(……フリッカさん?)
 フレデリカの様子がおかしいことにフィリップはすぐに気付いた。二の句が継げなくなっている彼女とクラウスを見比べる。涼しい顔で、クラウスはフレデリカに自己紹介した。
「視察官として参りました、ミスティルテイン騎士団本部所属のクラウス・L・ヴィルフリーゼです。本日はよろしくお願いいたします」
「責任者のフレデリカ・L・ヴィルフリーゼです。よろしくお願いいたします」
 何とか、フレデリカは挨拶を返した。改めてそれを聞き、フィリップは理解する。2人共、ファーストネーム以外が同じである。歳の差や彼女の表情から見ても、親子と考えるのが妥当だろう。
「では早速、案内をお願いできますか」
「は、はい……」
「フィリップさんにも是非、共に来ていただきたい。よろしいでしょうか」
「分かりました。同行させていただきます」
 部屋を出る直前、クラウスはフレデリカに父親としての視線を送った。フレデリカは何の意図があるのかと、小声になって彼に訊く。フィリップと付き合い始めたことは、まだ伝えていないのだが。
「パパ、どうして彼も一緒に……?」
「なに、ここまで案内してくれた彼を気に入っただけだよ。それに彼は、ザンスカール家次期当主のパートナーだろう。これも1つの経験になる」
 同じく小声で答えると、クラウスは仕事の顔に戻って歩き出した。
「視察官、ではまず、こちらからご案内しますね」
「よろしくお願いします」

「これまた、偶然とはあるものじゃのう。いや、同じ騎士団に所属する者同士、ありえんことでもないじゃろうが」
 イナテミスの各施設、イルミンスールの要人への挨拶を済ませ、締め括りにアーデルハイトを訪ねると、フレデリカとクラウスの関係を知った彼女は面白そうにそう言った。
「偶然じゃろうな?」
「ええ、勿論です」
 笑顔で確認され、クラウスも笑顔で返す。業務の一環というのは真実だ。だが同時に、娘の様子を見に来たというのも来訪理由の一側面であったりする。それを本人に言うつもりはないが。視察を通じ、クラウスはフレデリカの日頃の仕事ぶりや、彼女への周囲の評価を感じた。最後に、アーデルハイトからも娘の話を聞きたかった。
「最近のフレデリカはどうでしょうか。生徒として、また、騎士団員として」
 先生として、騎士団の開祖として、両面からのフレデリカが吃驚した顔を向けてきたが、どこ吹く風である。
「そうじゃな……。どちらの立場から見ても、よく頑張っていると思うぞ。今後もまた励むがよい」
「は……はい!」
 自分に向けられた後半の激励に、フレデリカは気を引き締めて返事をする。その彼女と、そしてフィリップをちらりと見てアーデルハイトは続けた。
「特に、最近は充実した生活をしているようじゃ。実に良いことじゃな」
「えっ……」
 思わず、フレデリカは赤くなる。その言葉の真の意味には気付かなかったのか、クラウスは「ほう……」と頷くだけだった。

「もう、パパったら……いきなり大ババ様に何を言うのよ……」
 一通りの視察が終わり、仕事から離れてフレデリカは言う。
「丁度良い機会だったから訊いたまでだよ。……ところでフリッカ、今お前に上流貴族とのお見合い話が来ているんだ。会ってみないか」
「え、ええっ、また!? ……あ、じゃなくて……」
 19という年齢の為か、クラウスはよく彼女に見合い話を持ってきた。一族の為にも早く身を固めて跡継ぎが欲しいと思っているらしい。後ろめたいことではない筈なのに、フィリップには聞かれたくない。そう思ってしまう。
「私は会わないわよ。いつも言ってるじゃない。お見合いなんてする気ないって!」
「どうしてそう頑なに嫌がるんだ。会ってもみないで断ることはないじゃないか。大体、先方にも失礼だろう」
「だから、そもそもそういう話を勝手に進めないでよ!」
 フィル君の前でお見合いの話なんて――と、フレデリカは恥ずかしさと動揺、申し訳なさが混ざり合って、つい語気を荒げてしまう。彼氏がいるのを知らないんだから仕方ない、と割り切れることではなかった。
 というか、クラウスは先程のアーデルハイトの言に何も感じなかったのか。
「……フリッカ……」
 強い反発を受け、クラウスも穏やかな表情ではいられない。叱りつけようとして、だがそこで彼はフィリップに止められた。
「ま、待ってください、クラウスさん。フリッカさんの言い分も聞いて……」
「悪いが、これは私達ヴィルフリーゼ家の問題だ。君には関係が無い。見苦しいところを見せて申し訳ないとは思うが、口を出さないでくれないか」
「違うんです。僕は……あの……」
 そこで、フィリップは言い淀んだ。口を開きかけ、また閉じる。どう説明しようか、話をしようかと必死に考えているのが見て取れて、フレデリカはそんな彼を見てはっきりと父に宣言した。
「パパ、私、フィル君……フィリップ君とお付き合いしているの」
「何? ……本当か?」
「……はい。僕はフリッカさんが好きです。一番に守りたいと思っている、女性です」
 今度は目を逸らさず、フィリップは言い切る。クラウスは厳しい目で、彼を見返した。心の内を探るような視線だった。
「だからパパ、お見合いは断って。出来れば、私達の交際を認めてほしい」
「…………」
 張り詰めた空気の中で、クラウスは暫く黙っていた。話の流れとはいえ、正に突然の告白だった。しかも、自分が同行を求めた男がその相手だったとは。アーデルハイトの言葉ではないが、これは本当に偶然だ。内心では驚き、戸惑っていたが沈黙したまま、考える。
 今日1日の間に見せていた、2人の様子を思い出す。そして、生活が充実しているようだというアーデルハイトの言葉――
 ――それに、彼ならば家柄としても悪くはない。
「そうか……何故だろうな。私はいつの間にか、フリッカには恋人が出来ないものと思い込んでしまっていたのだな……」

 後日、クラウスは見合い相手の家に断りの連絡を入れた。プライベートで見合いというものに触れるのは、恐らくこれで最後だろう。