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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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ひとりぼっちのラッキーガール 前編

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第9章


 ビルの地下からは、頻繁に爆発音が響いている。
 その中を、緋柱 透乃(ひばしら・とうの)は複数のコントラクターと共に進んでいた。
 目的は四葉 恋歌に協力して、アニーを救い出すことである。
「ずいぶん爆発が多いね。動きやすくするために誰かがやってるんだろうけど、目立ちすぎだよね」
 透乃の疑問に、緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)が応えた。
「透乃ちゃん。ひょっとしたら逆かも知れませんよ」
「逆?」
「ええ……あまりにも目立ちすぎていますから……陽動というよりは……」
 少し間を置いた陽子の言葉を、霧雨 泰宏(きりさめ・やすひろ)が継ぐ。
「逆に目立つことが目的か? まぁ、秘密裏の研究と強化人間、なんて碌なくみ合わせではないからな。
 四葉 幸輝の裏の顔を暴くのが目的……か?」
 そして、月美 芽美(つきみ・めいみ)が機晶ロボの残骸を蹴っ飛ばした。
「なるほど……事件を派手にして衆目を集めるのが目的かも知れないわね……。
 というか……つまらないわね」

 何がつまらないかと言うと、敵がつまらない。

 そもそも透乃や芽美は今でこそ恋歌に協力しているが、それというのも恋歌のメールに『警備員などを実力で排除しても一切構わない』とあったからである。
「そうだよね。もうちょっと気合入った奴がいるのかと思ったのに、どうして私たちの方には雑魚ロボしか来ないわけ?」
 いかにも不満そうに、透乃が芽美に迎合した。
 透乃は可愛らしい外見とは裏腹に戦闘狂で、いつも強敵との激しい戦いを求めているのである。
 今回のようなキナ臭い事件であれば、さぞかし腕利きのコントラクターが雇われているのかと期待して乗り込んでみれば。

「行けども行けどもロボの山……破壊もまぁ楽しいっちゃ楽しいけど……物足りないわ」

 芽美のため息が地下施設の通路を吹きぬける。
「おいおい……何を言っている。特に戦闘せずに進めるならそれでもいいだろう。
 目的はあくまでアニーという娘の救出であってだな」
 そんな中でただ一人、泰宏だけは常識的な感覚であった。
「はいはい、やっちゃんはいい子だからね」
 そんな泰宏を透乃は呆れ顔で受け流した。
 そもそも、この地下施設は研究施設というには入り組みすぎている。

「迷わせて、大量の警備ロボやトラップで追い詰めて殺す……。
 今回は私たちのような契約者が相手だから楽勝ですが……。
 ……最初から、襲撃を受けることを想定して作られているんですよね……」

 ぼそりと、陽子は呟いた。

「そうだね。ここは研究施設というよりは、恋歌ちゃんの父親が彼女のパートナーを閉じ込めるためだけに作ったのかな?」
 と、透乃が呟いたその時。


「かもな」


「透乃ちゃん、危ないっ!!」
「――!!」
 先頭を歩いていた透乃の前方の天井が爆発を起こした。
 咄嗟に透乃を後ろに抱きかかえた陽子のおかげで影響はないが、多少の驚きと共に透乃はその光景を見つめる。

「――誰っ!?」
 爆発した天井を突き破って、一人の男性が透乃たちの前に着地する。どうやら、上の階から床や天井を機晶爆弾で爆発して移動しているようだ。
 煙の中、その男は名乗る。

「儂の名は、未来からの使者 フューチャーX!!」

 一行の前でキメポーズを取ったフューチャーX。その左手に陽子の訃刃の煉鎖の鎖が巻きついた。

「……つまり、敵ですね」
 陽子の表情に透乃たちと会話をしていた時のような表情はない。
 生粋の暗殺者である彼女は、可能な限り戦闘は早めに終了させる。もちろん、彼女の勝利、敵の死をもって。

「……若い奴は短気でいかんな」
「――っ!?」
 フューチャーXが力を込めて左手を引くと、その力で陽子の態勢が崩れる。
「かなり出来るみたいだねっ!!」
 次の瞬間には、透乃はフューチャーXの至近距離まで踏み込んでいた。
 透乃に敵の目的や動機などはどうでもいい。単純に彼女の享楽――つまり強者との戦闘――を楽しむことができればいいのだ。

 そこに、自分や相手の生死は考慮されない。

「――ふっ!!」

 透乃の拳がフューチャーXの腹部をかする。陽子が鎖を引く力を利用して、透乃の拳よりも一瞬早く前方に飛んだのだ。
「ほほぅ、こりゃすごい! まともに当たっていたら即死じゃないか!!」
 フューチャーXは呟いて、緩んだ鎖を辛うじて解く。
 その隙に、芽美のすらりとした脚がフューチャーXの死角からめり込んだ。
「そのワリには余裕ね」

「ぐわぁっ!!」

 派手に吹き飛ばされるフューチャーX。
 その向こう側で、また爆発が起こった。

 再び視界が爆煙で覆われる。その煙の向こうに、泰宏は叫んだ。
「ちっ、またか!! おいフューチャーXとやら、随分派手に動いているようだが、一体何が目的だ!!
 恋歌の邪魔をするというなら――!!」
「いいや。儂の目的もアニーの救出さ。だが、今の恋歌ではアニーを助けられない」

 その言葉の続きはない。煙が晴れると、フューチャーXが吹っ飛んだ方向の床に、また大きな穴が開けられていた。

「さっきの爆発で空けたんだね。追うよ!!」
 迷いなく透乃は飛び込んでいく。
「はい、透乃ちゃん!」
 陽子もその後に続いた。
「ま、ロボ相手よりは殺し甲斐がありそうだったしね」
 芽美も同様だ。
 更にその後に続きながら、泰宏は呟いた。

「今の恋歌ではアニーを助けられない……どういう意味だ……」


                    ☆


「……買われた、ちゅうんは尋常やないな」
 地下施設への道を進みながら、七枷 陣(ななかせ・じん)は四葉 恋歌に尋ねた。
 敵陣営と戦いながら、ファイアストームなどで牽制を繰り返す。
「……うん……そう、だよね」
「……」
 歯切れの悪い恋歌を特に追求もしない陣。
「まぁ、言いにくいような内容なんやろうけどな」
 とはいうものの、ここまで事態が進んでしまった以上、恋歌とアニーとの関係を無視したままというわけにはいかない。

「……そもそも、これが君の『しなければいけないこと』、なのかい?」
 そこに参加したのが樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
「どういう意味や?
 囚われたパートナーを助け出すために皆に協力を仰ぐ……まぁ犯罪行為云々っちゅうことは置いとくとしても、行動の理由としては充分やろ」
 陣は聞き返す。
 しかし、刀真は恋歌の瞳を見据えたまま、動かない。
「うん、そうだね。……刀真さんの言いたいことはきっと『正しい』よね。
 父……四葉 幸輝の娘――社長令嬢である私が、幸輝が裏でしていることの証拠を掴み、それを社会的に明らかにすることでアニー助けようとする方が普通だよね」
「……」
「でも……私がしたいこと、しなければいけないことは違うんだ。
 私がしたいことは、アニーを地球に帰すこと。私との関係なんて……パラミタとの関係なんて全部なかったことにして……」

 ぎり、と。
 恋歌が歯噛みする。

 刀真は、そんな恋歌の頭をぽんぽんと撫でた。
「……刀真さん」
「わかった。もとよりそのつもりだけど……協力しよう。
 パートナーを救出する際にしなければならないことがあるなら、するといい。
 君ももう18歳……君はもう、パラミタで一番ラッキーなセブンティーンじゃない。
 でも、これからは――俺たちみんなが、君の幸運だ」
「刀真さん……」

 陣もまた笑顔で恋歌に語りかける。
「ま、そういうこっちゃ。オレらもまぁ、こういうのは慣れてるからな、気にせんとき。
 それでも、恋歌ちゃんが後ろめたく思うなら……せやな、色々片付いたら報酬、払ってもらおかな」
「……うん。私にできることなら……何でも」


「ほな、コーラかジュースでオナシャス」


「え?」
 恋歌は陣の提案に戸惑った。確かに彼らは名うてのコントラクターだが、この依頼が命がけであり、社会的には犯罪行為にあたることは恋歌が充分に分かっている。
「陣さん? その報酬おかしいでしょ? 犯罪行為の報酬がジュース一本って!!」
「……そうかな。オレはそれで充分や言うてんのや。
 モノの価値なんてのは、その人間によってころころ変わるからな」
「……うん、陣さん。ありがとう」

 そこに、刀真のパートナー漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)も同意した。
「そうよ、恋歌を助けようと集まったみんなは、報酬目当てなんかで動くような人たちじゃないでしょ。
 皆がいるから大丈夫だよ。恋歌がんばれ!」
 月夜が取り出した銃型HC、そこにはパーティ会場からここに至るまでの恋歌の様子が記録されている。
「月夜さん、それは?」
「ああうん、刀真がね。
 『恋歌がもし社会的に父親の行為を告発するつもりなら、証拠として必要になるだろう』って」

 そのハンドヘルドコンピューターを見た恋歌の瞳に、ある光が浮かんだ。

「月夜さん……それ、貸して」


                    ☆


 いよいよ爆発の影響がパーティ会場にも現れてきた。
 一般客の退避はほぼ完了している。

「ぐるらららろらぁ!!」

 テラー・ダイノサウラスとトトリ・ザトーグヴァ・ナイフィードが頑張って誘導したり、危険な方へは人をいかせないように動いていたりしたからである。

「あーお客さん。そっちは危ないよ、こっちこっち。はいあまり慌てないで、大丈夫。逃げる時間は充分あるからねぇ〜」

 パートナーを楽しんでいた緋桜 遙遠と紫桜 遥遠もさすがにマイペースというわけにはいかない。
 が。
「うんまぁ、直接遙遠たちには関係ないんですよねぇ」
「そうなんですよねぇ。何か地下では大変なことになってそうですけど、この会場自体は危険というほどではないし」
「さっきから爆発音みたいなのが地下の方から聞こえてきますからねぇ。あ、車で来た皆さんは大変ですよね」

 そんなことを呑気に話しながら、周囲に多少の気を配りつつ、やはりマイペースな二人なのだった。

「おい紫翠、大丈夫か?」
 シェイド・ヴェルダは会場で一般客の誘導をしていた神楽坂 紫翠を気遣う。
「ええ、大丈夫だと思います……たしかに人ごみは、苦手ですけれど」
 度重なる爆音に一時パニックになりかかった一般客を紫翠たちはなんとかなだめ、今は落ち着かせていた。
「ようやく収まりましたわね……まぁ、片付けるのは大変そうですけど」
 と、レラージュ・サルタガナスは肩を撫で下ろす。
 それに対し、シェイドも答えた。
「ああ、そうだな……と、紫翠。服が破けかかっているぞ」
「あ、そうですか? さっき、誰かに踏まれましたかね?」
「まったく呑気なもんだ……」
 ひょいっと、シェイドは紫翠をお姫様だっこで抱えあげてしまう。
「っと、シェイド?」
「ちょっとルダ!! 独り占めはずるいわよ!!」
 だが、シェイドはこともなげにレラージュの抗議を無視して、紫翠を運んでいく。
「破けた服じゃ動きにくいから別室で着替えさせてもらおう。
 着替えは手伝ってやるから心配するな。一人でいいからレラは来なくていいぞ」
 涼しい顔のシェイドと、その後を追うレラージュを見て、つい笑ってしまう紫翠だった。

「ああもう……心配しなくても大丈夫ですから……喧嘩しないで……」


「まぁ。何とか一般客に怪我なく誘導できたのはいいのだけれど……ピョン」
 スプリング・スプリングは霧島 春美と共にため息をついた。
「どうしたの? スプリングちゃん?」
「まぁ、とりあえず様子見ピョンね」
 懐から携帯を取り出して、スプリングはメールをチェックする。
「……そうね、今のところ恋歌ちゃんの情報はここではあまり得られなかったわけ、だからね」
 そう応えた春美の顔を見たスプリングは、意外そうに言った。
「……でも、さほど残念そうには見えないでピョン」
「そう? とっても残念だよー?」
 すると、スプリングはすっと、形のいい人差し指を伸ばした。


 ふに。


「す、スプリングちゃん?」
 突然、スプリングが春美の頬をつついた。柔らかい。
「……春美なりのポーカーフェイス……なのかな、その笑顔は」
 ふにふに。
「そういうわけじゃないけどー? まぁ、いろんな人を相手にしてるとねー」
「そういえば、私も数千年くらい誰とも会話しなかったことあったけ……そうするとね、やっぱり感情の表し方とか……いろいろ忘れるんだよね……大丈夫かな……って」
 ふにふに。
「ふふ……私は大丈夫だよ、スプリングちゃん。それに……何の情報も得られなかったわけじゃないもの……ほら」
「?」
 春美の視線を追うと、その先には四葉 幸輝がいた。

「……幸輝でピョン。……ああ……」
 スプリングは春美の意図を理解した。
 幸輝はパーティ会場から連絡を取り、客の対応をして、一見冷静かつ誠意ある対応をしているように見える。
「……無表情、でピョンね」
「……うん。それこそ何があったら、ああいう人格が出来上がるんだろう……」
 表面上は取り繕っていても、観察眼に優れた人間には内面を見抜くことはできるものだ。

「この期に及んで、慌ててもいない、焦ってもいない……。顔は微笑のまま、動かない……いったい、何が彼をそうさせるのか……」
 春美とスプリングは、その様子を遠巻きに眺めていた。