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リアクション
第3章
「がれるろりげれげれぎゃるるるる!!」
テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)は、パーティ会場の料理をほお張ることに夢中だった。
なぜ彼がこのパーティに参加することになったのかは定かではない。
「ぎるげろられりるれげりるるれろ!!」
まあ強いて言えば、おいしいものがいっぱ食べられると小耳に挟んだパートナー、トトリ・ザトーグヴァ・ナイフィード(ととりざとーぐう゛ぁ・ないふぃーど)の功績であると言うべきかも知れない。
「さぁテラー、ごっはん、ごっはん、ごっはんだよ〜♪」
そのトトリはというと、テラーの為に各テーブルからおいしいものを集めている最中である。
「ぎゃるろるる! ぎゃるろるる!!」
と、トトリの持ってきたごちそうを発見しては、歓喜の声を上げるテラー。
その食欲はとどまるところを知らず、まさに野獣の勢いで次々と運ばれてくるごちそうを平らげていくのだった。
「何の! こっちだって負けてないでスノー!!」
と、そこに現れたのがこの地方の冬を司る雪の精霊、ウィンター・ウィンター(うぃんたー・うぃんたー)である。
ウィンターもまたおいしいものをたらふく食べるためにこのパーティに参加している者の一人であった。
このままではパーティ会場のおいしいものを全部テラーとトトリに食べられてしまうかもしれないのだ、ウィンターとしては黙っているわけにはいかない。
といいつつ、トトリがせっせと運んできたごちそうをテラーの横からかっさらうように食べていくウィンターのお行儀の悪さはいかがなものかと。
「おいウィンター。人の食べ物を横取りするようなことをしてはいかんぞ」
と、ウィンターの襟首をまるでネコのように持ち上げたのは、ヴァル・ゴライオン(う゛ぁる・ごらいおん)である。
「あ、帝王でスノー。こいつらが会場のごちそうを独り占めしようとするのがいけないのでスノー!!」
ウィンターは、ヴァルに持ち上げられてじたばたと暴れた。そこに、キリカ・キリルク(きりか・きりるく)が油や食べかすで汚れたウィンターの口元を、そっとナプキンで拭ってやる。
「はい、綺麗になりましたよウィンターちゃん。……たとえそうだとしても、横取りする前に相手方にそのような不満をきちんと意見として通してからでなくてはいけないでしょう?」
じたばたと騒ぎ立てるウィンターも、真正面からの正論には弱く、キリカの言葉に黙り込んでしまう。
「むぅ……相変わらずド正論でスノー」
「ふふ……それに、こういうパーティなんですから、ウィンターちゃんもレディとして振舞わなくてはね」
微笑むキリカ。見ると、確かに今夜のキリカは上品なイブニングドレスに身を包み、きらびやかなパーティ会場にとても馴染んでいた。
「レディ……素敵な響きでスノー。いつもかっこいいキリカが今日はキレイでスノー。
……ヴァルのほうは馬子にも衣装でスノー?」
「大きなお世話だ。似合っていないのは承知のうえだが、ドレスコードというものがあるからな」
ウィンターの憎まれ口に苦笑をこぼすヴァルだが、鍛え抜かれた体躯でテールコートを着こなしたその姿は、とても堂々としている。
「そんなことはありませんよヴァル、とても似合っています」
まるで成長した息子を眺めるような瞳で、キリカはヴァルを眺めていた。
対するヴァルはというと、普段はあまり女性らしさを感じさせないキリカのドレス姿には不慣れなようで、どこかぎこちない対応になってしまうようだ。
「そ、そうか? まぁ、堂々としていれば自ずと馴染んでくるものだ……それに、しても」
あまり凝視するわけにはいかないと、ちらちらと横目でキリカを盗み見るような格好になってしまう。
「?」
こういう場であるから、キリカも派手ではないもののきっちりと化粧はしている。嗅ぎ慣れないほのかな香りが、ヴァルの鼻先をくすぐった。
「その……キリカもその……とても、綺麗だ」
ようやっと搾り出したその一言を、くすりと口元の微笑みでかき消してしまったキリカ。
「ふふ、ありがとうございます。でも、いつも通りいきましょ、ね。
何しろ今夜は――ご挨拶したいお相手がいるのですから」
その一言でヴァルの表情に緊張が戻る。
「ああ……せっかくのお招きだ。帝王として恋歌の父――四葉 幸輝がどのような人物なのかきっちり見定めなくてはならん」
パーティ会場を見渡すヴァル。会場は広い、まずは幸輝がどこにいるのかを探さないと。
「よう、ちゃんと仕事さぼらねーでちゃんとやってっかコノヤロー」
と、そこに現れたのがアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)である。
「あ、アキラでスノー。失礼なことを言ってはいけないでスノー。しっかりやってるでスノー」
胸を張ったウィンター。アキラはその様子を微笑ましく眺めながらも、ちょっと離れたところにいたスプリング・スプリング(すぷりんぐ・すぷりんぐ)の方を見る。
「おっす、ひねくれうさぎ。本人はこう言ってるけど、実際のことはどうなんだ?」
「……さぁ?」
軽く肩をすくめるスプリング。それだけで充分な答えだった。
「ははは……まぁそんなモンだろうな。どうだ、いいヤツは見つかったかー?」
微笑が苦笑いに変わったアキラ。それはスプリングにも伝染した。
「ふふ。まぁ、気が向いたらね。――で、ピョン?」
そこに、アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が現れた。
「あ、ここにいたのネ。さすがにおいしそうなモノがいっぱいヨ〜!!」
「え?これは何でスノー?」
ウィンターが振り向くと、そこには巨大な壁があった。
「ここよ、ココ!!」
頭上からの声に見上げると、確かにアリスはいた。そこは、約3mほどの壁――もといぬりかべ お父さん(ぬりかべ・おとうさん)の上であった。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
ぬりかべ お父さんはぬりかべである。いわゆる妖怪。そのお父さん。
色々あってアキラと契約、現在に至る。
「すごいでスノー!!おっきいでスノー!!」
基本的に「ぬ〜り〜か〜べ〜」としか喋らないお父さんであるが、そのような細かいことを気にしていてはこのパラミタでは生きられない。そもそもウィンターやスプリングは精霊、本来は人間よりも妖怪側に近い生き物だ。
「とうっ!!」
掛け声と共にお父さんの肩口に乗っていたアリスがテーブルの上に華麗に飛び降りた。
ふわりと、ウィンターの前に着地する。
身長30cmもないアリスには普通のサイズの料理は大きすぎるので、お父さんが切り分けてアリス用に準備してくれたのだ。
「これならいっぱい食べられるネ〜!!」
「むむ、こちらも負けてはいられないでスノー!!
というか、アリスは人形ではないのでスノー? その大量の食べ物はどこに消えるのでスノー?」
「ノーノー!! レディの秘密はシークレットネ!!」
アリスやウィンターのやり取りを眺めたアキラ。その横から、ツァンダ付近の山 カメリア(つぁんだふきんのやま・かめりあ)が話しかけてきた。
「お主も来ておったか」
「おっす、久しぶりだなぁ。初詣には行くからちゃんとおみくじとか用意して待ってろぃ」
軽く挨拶を返すアキラ。
それに、カメリアも苦笑いで返した。
「ふん、じゃから儂は神ではないからおみくじなど何の意味もないというに。
……まぁ、興が乗ったらの」
といいつつ、アキラとカメリアの視線はパーティ会場の中、誰かを探すようにさまよっている。
「……例のメールじゃろ?」
「……まぁな。さすがに放っておくわけにもいかねーし」
ちらりと、アキラの視界の端に恋歌と幸輝の姿が映る。
「――ん。じゃ、ちょっと行って来るわ」
「――ん」
言葉も短く、アキラはカメリアのそばを離れる。
カメリアとアキラのつきあいもそろそろ2年。カメリアにもいい加減アキラの性格は読めてきているのだ。
「あ、カメリアさん。 お久しぶりですね♪」
そのカメリアに話しかけたのは、クロス・クロノス(くろす・くろのす)だ。
「やぁ、クロスではないか。カガミはまだ来ておらんぞ。ちょっと用があって遅れると言っておったからの」
カガミ、とはカメリアの山で暮らす狐の獣人 カガミである。カメリアとは仲がよく、いつもは行動を共にしている。
「え、カガミさん今日は来てないんですかー?」
露骨に残念そうな表情を浮かべるクロスに、カメリアは笑う。
「ははは、クロスはカガミの尻尾が大好きじゃからのぅ」
「そうなんですよ、今日は冬毛のカガミさんをもふもふしたかったんですが……」
何かを手探りするようにクロスの両手が動く。
「まぁ、そのうち来るじゃろう」
「そうですねぇ。カメリアさんとお話しするのも楽しいのですが、やはりカガミさんがいないと……ねぇ?」
「ぬ……まるで儂がオマケのようじゃな」
ちょっとだけカメリアの眉間に皺が寄る。
「ふふ、冗談ですよ。本当は今夜――」
「……ああ、それならたぶん、あっちの方じゃな」
クロスの言葉が冗談なのはカメリアにも分かっていた。
多くのコントラクターに送られた恋歌のメール。クロスにもそれは例外ではない。
カメリアは、先ほどアキラたちが向かっていった方を示す。
「ええ、それでは、また……」
軽く会釈して、クロスは去っていく。
「……さて、何が起こるものか……」
その様子を眺めつつ、カメリアは呟いた。
☆
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
先に幸輝に接触したアキラとぬりかべ お父さんは、まずは主催者である四葉 幸輝に挨拶を交わしていた。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
とはいえ、お父さんの言葉は全て『ぬ〜り〜か〜べ〜』で構成されている。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
パートナーであるアキラやアリスにはその意図を読み取ることができるのだが、そうでなければ普通の人には何を言っているかは分からない。
「ぬ〜り〜か〜べ〜」
今も、お父さんの言葉を訳するとこうなる。
『初めまして、四葉 幸輝様。ぬりかべ お父さんと申します。
本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます。
会社運営も順風満帆。お体もご健康そのもののようで何よりでございます。
これからも貴社のますますのご発展をお祈りしております』
というような意味なのである。その意図をアキラが通訳しようとした時、幸輝が口を開いた。
「初めまして。四葉 幸輝です。いつも娘の恋歌がお世話になっております。
一般の方からのご参加はこちらも嬉しく思っておりますよ。
会社の方も3年でここまで軌道に乗せることができましたが、いよいよここからが本番と言ったところですね。
私どもも健康などに気をつけてこれからも邁進して参ります。
皆さんも、今夜はパーティを楽しんで行って下さい」
「!?」
「……わ、わかるノ?」
アキラとアリスは驚きの声を隠せない。初対面でお父さんと会話を成立させることの出来る地球人は、非常に稀なのだ。
だが、幸輝はさらりとアキラに応える。
「ええ。幸運にも以前、このような普通に聞いたのでは同じ言葉にしか聞こえない言語――私は勝手に『ニュアンス言語』と呼んでいますが――について研究したことがありまして。
……まぁ完璧とはいかないまでも仰っていることはおおむね理解できるつもりですよ」
「へぇ……すげーな。んじゃまぁ、通訳は必要ないか」
と、幸輝の相手はお父さんに任せて、アキラは少し離れた恋歌のところへと挨拶に向かう。
「おっす」
「……ごきげんよう、アキラさん」
「まぁ、いろいろ聞きたいこともあるんだけど、さ」
「……仰りたいこと、分かります。
けれど、今この場では……」
アキラは黙って頷いた。もちろん恋歌本人からメールの件、アニーとの事情を聞くのが一番早いのは当然だ。しかし、この場では幸輝の目もあるし、仮に幸輝と恋歌を引き離したとしても、簡単に説明できる話ではない、というところだろう。
「ああ。もちろん構わねーよ。今夜は、長いパーティになりそうだしな」
☆
さらにその様子を遠巻きに見つめていたスプリング。
「……基本的にみんな、おせっかいなお人よし、ってところでピョンね」
その横には、霧島 春美(きりしま・はるみ)がいた。
「うんまぁ、そうかもしれないね」
パーティの料理やスイーツなどを食べながら、春美は会場の様子を眺める。
「そういうスプリングちゃんは、どうしてパーティに来てるの?」
同じように会場の様子を眺めながら、スプリングは応えた。
「うーん、たぶん。春美と似たような理由だと思うでピョン」
「え、スプリングちゃんも私とおいしいものを食べるために参加したの?」
春美の顔を見直すスプリング。
「……そんな理由、だったでピョン?」
「あははっ、冗談冗談。まぁ……粘土を拾うため、かな」
油断なく動く春美の瞳を追うように、スプリングも会場の方を向いて、続けた。くすりと笑う。
「粘土ね……レンガでも作るの?」
「そうよ、粘土がなければレンガは作れないってね」
「うん……じゃあ、やっぱりおおむね同じでピョンね。
恋歌のことはあるけれど……果たしてそれが正しいのか見極めたいってところ……でピョン。
恋歌の依頼は、下手すると犯罪行為でピョン」
スプリングもまた恋歌からのメールを受け取った一人ではある。
しかし、状況もわからず地下施設に殴り込みを掛けられるほどスプリングは直情型ではない。まずはパーティに参加して可能な限りの情報を集めたい。
恋歌の気持ちが分からないわけではないが、一歩引いた視線がもたらす益もあるだろう。
そしてそれは、春美も同じだった。
「……うん、そうね。でも別に私は警察や軍のために動いてるわけじゃない。必ずしも法律的に正しい方に味方するとは限らないけどね」
「……春美らしいでピョン。私も別に……それでいいと思うでピョン」
テーブルから少し離れたスプリング。
「会場の間取りもだいたい把握したピョン。
まだあちこち動いても不自然じゃないように……ちょっと踊る?」
つっと伸ばしたスプリングの手を、春美もまた取る。
「うんっ、そうね。せっかくだし、ちょっと楽しんじゃおっか」
そのまま二人は、パーティの音楽に合わせてワルツを踊る。
くるくる、くるくると。
運命の歯車を回すように。
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