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リアクション
第4章
「研究施設の警備たぁ、これまた退屈そうな仕事だなぁ、おい?」
ハッピークローバー社ビルの地下施設の一室で、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は呟いた。フカフカのソファに腰掛けながら、目の前のテーブルに行儀悪く足を乗せる。
戦闘狂の竜造。どうせ裏の仕事ならもっと物騒な仕事はなかったのかよ、とその目が語っていた。
その視線をさらりと受け流しつつ、短くなった煙草を灰皿に押し付けた松岡 徹雄(まつおか・てつお)は苦笑いを浮かべる。
「まぁ、そう言うなよ。今回の依頼者、あれで裏の方じゃ結構な噂が流れてるからねぇ。
特に今夜はコントラクターのほうにキナ臭い動きがあるらしいから、きっと何か起こると思うよ。
それに、何もなければ『楽な仕事』でいいじゃないか?」
「くっくっ、まあな。何もなければただで金が入って満足。何かコトが起これば俺もそれで満足。
どっちに転んでも満足ってワケだ。
――ま、それなら、やっぱ奥のほうに引っ込んでたほうが得策だな」
ちらりと、竜造は部屋の奥に目をやる。そちらには幸輝の研究施設の本体ともいうべき、研究室に繋がるドアがあった。
「……そうかもねぇ。あの部屋が警護の要なのは間違いないし……我々のパートナーは研究自体にも興味津々のようだしねぇ?」
徹雄もまた研究室のドアを眺める。その奥に何があるのか二人は知らない。仕事上の秘密にはさほど興味がないからだ。
「……」
魔鎧であるアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)もまた、そのドアの横で静かに立っていた。
☆
そのドアの向こう、幸輝の研究室の中では数人のコントラクターが揃っていた。
「おおぉう、これが四葉さぁんの研究なのですねぇ!!」
竜造のパートナーであるゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)は研究室の中心に設置された大きなケースを前に、感嘆の声を上げていた。
そのケースは何らかの液体で満たされていて、中には褐色の少女の裸身が浮かぶ。
四葉 恋歌のパートナー、アニーだ。
「いいえ。これが幸輝さんの研究成果、というワケではありませんよ」
そこに声を掛けたのは、天神山 葛葉(てんじんやま・くずは)である。
「ま、とは言うものの、今回の依頼はこの娘を奪われないようにすること。お得意様からの依頼だからなぁ」
横には、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)の姿がある。斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)もまた、大きなケースの少女を眺めていた。
「ハツネ、侵入者が来たらいっぱい壊してあげるの♪
でもこの娘、どうしてここに入ってるの……?」
そして、その一行に声を掛ける者があった。
「そうですね、厳密にはその娘――アニーが私の研究成果というわけではありません。
ですが、彼女なしには研究が進められないというのも事実ですよ。
何しろ――彼女は私と恋歌を繋ぐ大切な絆ですからねぇ」
四葉 幸輝だ。
「葛葉さんとはパラミタに来てから何度か研究のことでお世話になっていますからね。今回もお仕事という形でですが、よろしくお願いしますよ」
幸輝は軽く葛葉に頭を下げる。
「いえいえ、ここしばらくは幸輝さんの研究に関わる機会もなかったですからね。
それに僕も幸輝さんの研究に協力することで、自身の『魔科学』の研究のヒントが見つかることも多いですし、お互い様ですよ」
ゼブルや葛葉もまた幸輝と同じように研究者である。研究対象やそのスタンスはそれぞれ違うが、何らかの研究者同士として通じるところもあるのだろう。
特に葛葉は、幸輝がパラミタに渡った頃から興味のあった、魔法の分野において幸輝と共に研究を進めた間柄であった。
そこに、鍬次郎が口端を歪めながら語りかける。
「ククッ……しかしよぉ。俺が言えた義理じゃねぇが、娘のパートナーを使って実験とは、幸輝の旦那も非道だなぁ?」
鍬次郎もまた、葛葉と共に幸輝とは何度か『仕事』を請け負った仲だ。
幸輝の研究の性格上、非合法なルートを利用することも多々あり、裏稼業として鍬次郎のような人間を使う必要があったのだ。
しかし幸輝は、鍬次郎の軽い皮肉に特に気分を害した様子もなく、軽い微笑で返した。
「いいえ鍬次郎さん……アニーが私の研究対象なわけではありません。葛葉さんは知っていますが……私の研究対象は、私自身です。
ですがそのために、恋歌の力が必要なのです」
「ほぅ、娘さんのチカラですか!?」
ゼブルもまた幸輝の研究内容となれば黙っているわけにもいかない。
「ええ。パートナーであるアニーを通じて恋歌の『能力』に干渉しているのです。
パラミタに来てから恋歌の能力はさらに強くなり、安定している。その方向性を決定しているのがアニーです。
しかし強化人間手術の影響か、彼女の生命力はここしばらくで弱り始めています。
……ですから、葛葉さんを呼んだのですよ」
ちらりと、幸輝は部屋の奥に目をやる。そこはこの部屋のコントロールルームになっていて、アニーの状態をモニターしたり、機械を操作したりできるようになっている。
そして今、その部屋にはハツネのパートナーであり未来人、葛葉の娘であるところの天神山 清明(てんじんやま・せいめい)がいた。
「おお……難病により意識不明の少女を助けるために清明のフューチャー・アーティファクトが必要だとは……っ。
しかも、悪人とばかり思っていた父様が人助けをなさるなんて……っ!!」
一人部屋のなかで感涙にむせぶ清明。彼女の持つフューチャー・アーティファクトの能力を葛葉と幸輝で解析し、研究施設に組み込むことで、アニーの生命の維持を試みているのである。
本来悪事になど加担しない清明だが、『難病により死にかけている少女を救いたい』という葛葉の作り話にまんまと引っかかった形だ。
「……僕の娘ながら、清明はちょろいですね。……将来的には変な男に騙されないか心配ですよ」
自分で騙しておいて、ひどい言い草である。しかし、清明のちょろさについては鍬次郎やハツネも同意見のようだ。
「……うん、お姉ちゃんとしてもちょっと心配。清明はちょろすぎなの」
「ああ、そうだなぁ。将来的にはちょっとなぁ」
しかし、いかに未来の技術であるフューチャー・アーティファクトがあるとはいえ、未知の技術であるそれをアニーの回復施設に難なく取り入れた幸輝の手腕は驚嘆に値するものであった。
「清明さんのフューチャー・アーティファクトを組み込むことができたのは……『幸運』でした」
と、涼しい表情で語る幸輝。
「オー、『ラッキー』!! すぅばらしぃことデス!! しかし先ほど、アニーさんは研究の対象ではないと……!?」
表情の読めない幸輝の顔を覗き込むように、ゼブルは食い下がる。
その視線を合わせないように天を仰ぎ、幸輝はしかし冷静に応えた。
「ええ、私の研究対象は私自身……。しかしその為に、アニーという存在が不可欠。
ですから、恋歌もアニーも失うわけにはいかないのです……まぁ、そんなことはありえませんがね」
「ありえない……大した自信だなぁ?」
端で聞いていた鍬次郎も口を挟む。幸輝の言っていることには、多少の矛盾が感じられる。
葛葉を通じてアニーを治療できる技術を求めたのは、他ならぬ幸輝自身。それなのに、彼はアニーや恋歌を失うことはないと、いささかの疑いも感じていないではないか。
「ええ……それこそが私の……そして恋歌の能力ですからね。
私自身に生まれつき備わった『能力』……それをコントロールし、解明することが、私の研究なのです」
幸輝の顔に張り付いた微笑は崩れることがない。その場にいる全員が分かっていた。これは、微笑という名の無表情なのだと。
「そう……そして僕の魔科学と融合することにより……幸輝さんの能力は、人の『運勢』から『運命』に干渉するまでに至るかも知れない……。
これは僕にとっても興味深いことです。ですが幸輝さん……常々思っていましたが、それでもアニーさんを通じて娘さん能力に干渉することで、アニーさんが弱っていることもまた事実ですよね。
実験を続けることで、娘さんにパートナーロストが起こったら――どうします?」
葛葉はあえて幸輝の微笑に疑問を投げかけた。
幸輝は何を言おうと、どんなに自信があろうと、娘である恋歌とそのパートナーを研究の犠牲にしていることは、紛れもない事実なのだから。
しかし、それでも幸輝の微笑は揺るがなかった。むしろただ淡々と、機械のように語る。
「そうですね……葛葉さんもご存知ないでしょうが……私の大切なものはもうこの世には何もありませんから……。
もし本当に万が一、恋歌を失うことになるのだとしたら、確かにそれは相当な痛手ですが……」
「痛手、だけれど……?」
アニーの入ったカプセルを背に幸輝は……微笑んだ。
「それがもし研究に必要なプロセスであれば、致し方ないと言うべきでしょう。
――私は知りたいのです。幸運とは、運命とは何か。人間は何故にこうも不公平なのか。
私にとっての……レンカはもういない……けれど……」
そう言って、幸輝は研究室を後にした。残ったコントラクターにアニーの警護を命じつつ。
☆
「……兄様、何をしてらっしゃるんですか?」
研究施設のまた別の一室。懸命に警備のセキュリティロボを整備する本名 渉(ほんな・わたる)に、パートナーの雪風 悠乃(ゆきかぜ・ゆの)が訊ねた。
「うん? 見てのとおりです、セキュリティロボの調整をね」
渉は、幸輝に雇われる形で研究施設に入り込んでいた。役割は、セキュリティロボの整備工。多くのコントラクターを撃退するのは白津 竜造や斎藤 ハツネに負かされるところが大きいが、あまり実力の高くない侵入者なら、幸輝が独自に研究開発したセキュリティロボで充分に発見あるいは排除できるだろう。
「……でもそれって、あの。恋歌さんのパートナーさんを助けるのに、邪魔になるロボじゃ……」
「しっ」
悠乃の言葉を、渉は自分の口に指を当てて遮った。
「いいですか悠乃。今日の僕達は四葉 幸輝さんに雇われてここにいるんです。仕事はちゃんとこなさなくてはいけません。
それにホラ見てごらんなさい。ここのロボたちはパラミタの機晶技術を独自に取り入れているんです。この研究施設は確かに怪しいところがあるけど、これはすごい技術なんですよ」
もとより機晶技術に魅せられてパラミタに渡った渉。様々な機晶技術に触る機会はどうしても見逃せるものではなかった。
「で、でも兄様……」
悠乃の瞳には、不安の色がありありとうかがえる。そもそも渉と悠乃は、恋歌のパートナーを助けるためにあえて幸輝の研究施設に潜入したのではなかったのかと。こんなところで敵側のロボを調整している場合なのかと。
「大丈夫……僕達はみんなのように戦いに向いているわけではありません。けれど、いやだからこそ、僕達にも出来ることがあるはずなんです。
だから悠乃。今は不安かも知れないけれど、僕に任せてくれませんか……でも、時間はかかる。間に合うかどうか……」
「……はい、分かりました。兄様を信じます」
渉と視線を合わせ、悠乃は力強く頷いた。
「ありがとう悠乃……それに、他にも僕達と同じような人もいるみたいですね」
渉は、手元のセキュリティロボを操作して、手元のモニターにえいぞうを映した。
そこには、七刀 切の姿が映る。
「この人は……さっきこの施設の警備の配置を指示していましたよね?」
「うん……この人も、僕と同じように設備のトラップやセキュリティの調整をしているんですよ。
たぶん彼が何かの行動を起こせば、この施設にみんなが突入するきっかけが得られるんじゃないかな。
だから僕も、調整を急がなくては」
その切は、渉の言葉通りに施設のトラップやセキュリティをもう一度見直しているところだった。
「ふー……準備完了っと、あとはチャンスを待つだけだな。
仮に首尾よくアニーを助けられてもそれで終わりってわけじゃないし。ワイはワイで裏方としてベストを尽くすとするかぁ」
調整と仕掛けを終えた切は、各所に潜ませた仕掛けを発動させるスイッチを隠し持った。
「さて、今頃パーティはどんな感じかねぇ?」
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