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第7章 街の救済

「ここがステラレの街か。確かに隔絶されている、な。スフィア、よい性能テスト場所がみつかったぞ」
 佐野和輝(さの・かずき)は、街の中を興味深げに観察しながら、上空に声を投げた。
「試運転開始。解析。街中に盗賊や魔物が徘徊しています。周辺は異常気象あり」
 鷹型のギフトとして上空を飛行する、スフィア・ホーク(すふぃあ・ほーく)から機械的な口調の返事がかえってきた。
「ここなら、試験内容が漏洩する危険は少ないだろう。悪天候という悪条件を想定しての試験もできるし、情報収集テストは、敵や要救護者の発見にもつながる。おっと、そうだ。リモンにとってもよい臨床試験の場になるか?」
 和輝は、地上の別の仲間に声をかけた。
「病人やケガ人が大量にいる。臨床試験の素体にはことかかない、な」
 リモン・ミュラー(りもん・みゅらー)は、ふっと笑ってみせていった。
「それじゃ、さっそく、動けなくなって困ってる人を保護しに行こうよ!!」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)が、空飛ぶ箒に乗って浮遊しながら、いった。
「ああ。リモンは、腕は確かだからな。臨床試験のついでに治療することなど、たやすいだろう」
 和輝は、ニヤッと笑っていった。
 ブラックバードは街の外に置いてきていた。
 和輝たちは後方支援を行う予定だが、何しろ危険な街である。
 闘っている生徒たちも、人手が不足しているだろう。
 用心には越したことがない、と思った。
 スフィアなら、危険をすぐに察知できるし、得られた情報を他の生徒にも流せば、さほど怪しまれないはずだった。
「ステラレの街、か。解放される前に、やることをやっておくか」
 和輝は、不安げにこちらをみつめる住民たちをみやって、微笑んでみせた。
 あの素体は、どのようなデータをリモンに提供してくれるのだろう?

「ここは……?」
 十文字宵一(じゅうもんじ・よいいち)は、気がつくと、リモンの簡易診療所のベッドに寝かされていた。
「気がついたか。君の仲間が、君をここまで運んできてくれたのだ」
 リモンが、異様な笑みを浮かべて宵一をみていた。
 医者というよりも、科学者に近い、どこかさめた視線を宵一は感じた。
「君の症状は一時的な疲労だが、点滴は打っておいた方がいいだろう。治療の報酬はいらないが、血液等のデータはとらせてもらうほか、新開発の薬剤のモニターになってもらおうか」
 リモンは、宵一の身体データに目を通しながらいった。
「モニターって? おいおい、実験台にされるのか」
 宵一は、うめいて、ベッドから起き上がろうとしたが、鎖できつく拘束されていて、自由に動くことはできなかった。
 治療が終わるまで、待つしかないのか?
 宵一は、うんざりした心境になった。
「心配は要らんよ。医療に関しては、真摯に取り組んでいる。君は、死ぬような患者ではないし、私は、死ぬはずがないものを死なせてしまうようなヤブ医者ではないよ。まあ、悪魔といえば悪魔かもしれないが、きちんと計算しているということだ」
 リモンは、宵一に背を向けたままいった。
 悪魔、という言葉に宵一はゾッとした。
 くっくっくっ
 リモンは、何が面白いのか、含み笑いをもらした。
「さあ、飲みたまえ」
 リモンは、さっそく、開発した薬剤を宵一に飲ませた。
 拒否できず、宵一は飲み込む。
「うっ」
「どうだ?」
「身体が火照るようだ。全身に、力が……うわーっ!!」
 宵一は、絶叫した。
 無性に暴れたくなって、腕を振りまわした。
 ぶちぶちっ
 宵一を拘束していた鎖が、宵一が突如発揮したものすごい力の前に、あっさりちぎれた。
「ちょっと走ってこよう!! あー、熱い!!」
 起き上がると、宵一は、さっそうと外に駆け出していった。
 もう、戻ってはこないだろう。
「くっくっくっ。効きすぎたようだが、効果は確認できた。もう少し薄めてから他の患者に投与するとしよう。どんな患者も、たちまち元気になること請け合いだ。何と、効率のよいことか」
 リモンは、宵一が薬剤を飲んだときの体内の諸数値を確認しながら、楽しくてたまらないという笑いを浮かべた。
 リモン・ミュラー。
 医学会の常識を覆す悪魔的名医は、ここ、ステラレの街の治療で、後世に残る偉業を達成するのである。

「ヒヒヒ。死体が山ほど転がってるぜぇ!! さぞかし無念だったろうなあ。よし、俺様が癒してやるぜぇ!!」
 ゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は、死臭漂う街の路地に転がる屍の山を目にして、ゾクゾクするものを感じた。
 アンデッド:屍龍に乗って、ここまでやってきた甲斐があったというものだ。
「まだ息があるものは、私が治療しよう。再び盗賊に蹂躙される機会を与えるために、ね」
 シメオン・カタストロフ(しめおん・かたすとろふ)も、冷酷な笑みを浮かべながら、ゲドーの死体集めを手伝った。
「とりあえず、順番に並べていくぜ!!」
 ゲドーは、死体を空き地に並べて、ニヤニヤとした。
 住民たちは、ゲドーたちが弔いをしてくれると思って、他の死体を運んできたりした。
「おや? ここで死体を引き取っているのか?」
 スフィアからのデータを受け取っていた和輝が、ゲドーたちの活動を目にしていった。
「おう。逝っちまったのがあれば、運んできてくれ!! 最高の癒しを行う予定だ!!」
 ゲドーは上機嫌でいった。
「ちょうどよかった。リモンのところに運ばれた時点で既に息絶えていた者や、数は少ないが、リモンの手でも治療が難しく、ベッドで亡くなった者がいるのだ。どんどん運んでこよう」
 和輝は、ニヤッと笑っていった。
「おう、よろしく頼むぜ!!」
 ゲドーは、和輝に片手を差し出した。
 がしっ
 二人は、握手をかわした。
「ふふふ。病院とは、死体を流通させる場でもあるからな」
 シメオンも、死体が無限に増えていく様子を、満足げに眺めていた。

「ゲドーさん、この人もお願いします!!」
 少年は、ゲドーに、袋に入った女性の死体を差し出して、いった。
 この少年こそ、決死の覚悟で街を脱出し、ステラレの街の救援を外界に呼びかけた当人であった。
 そして、いま差し出した死体は、呼びかけの際に提示したものだったのだ。
 全裸の状態で、何度も暴行を受けて殺された女性の死体。
 その有様には、ステラレの街の無惨さが凝縮していた。
「おお、これは、またとないブツだな」
 ゲドーは、女性の死体を検分して、口笛を吹いた。
 そのとき。

「ちょっと、その死体を調べさせてくれないか?」
 グンツ・カルバニリアン(ぐんつ・かるばにりあん)が、ゲドーにいった。
「おっ? いいけど、何をするんだ?」
 ゲドーは、グンツを探るような目でみていった。
「知っている人間だから興味を持った。別に、変な関心はない」
 グンツは、真面目な口調でいった。
「どうするんですか?」
 少年も、率直な疑問を口にした。
「埋葬を手伝いたいと思ってな」
 グンツは、少年をみていった。
 実際は、グンツは、少年に疑惑を抱いていたのである。
(それじゃ、サイコメトリを使って調べてみようか。過去にいったい、何があったか? 何が、この娘を死に至らしめたか?)
 ゲドーは、女性の髪にさしてあった髪飾りに触れて、目を閉じた。
 すると。
 ゲドーの脳裏に、吐き気を催す光景が広がってきた。

 娘は、盗賊たちに拉致されて、街の奥にある館に連れこまれたのだった。
 そこには、盗賊たちのボスと思われる、小山のような巨体を誇る男がいた。
 娘は、何日も監禁され、そのボスを始め、多数の盗賊たちにかわるがわる暴行されたあげく、最後は弱って亡くなってしまった。
 盗賊たちは、その娘を、まるでゴミでも捨てるかのように、全裸のまま、街中に放置したのだった。

「むう。なるほど。この街の娘の死に方としては、通常どおりか。てっきり、何かの罠かと思ったが。潔白なようだな」
 調査を終え、ゲドーは、少年をみていった。
「え? 何がですか?」
 少年は、きょとんとしている。
「何でもない。ときにおまえ、恐竜騎士団に入らないか?」
 ゲドーの提案に、少年は驚いたようだ。
「ええっ、僕が!? いったいなぜ?」
「決死の覚悟で街を出て救援を求めにくるところに感心したからだ。少年。力は欲しくないのか? 強くなれば、もう二度と蹂躙されることはないぞ」
 ゲドーは、真剣なまなざしで少年をみつめて、いった。
「急にいわれても……。僕は、今後は街の復興に努めていきたいと思っていますので」
「そうか」
 少年の返事を、ゲドーは一応は受け入れた。
 だが。
 まだ、ゲドーは、少年に思うところがあるようだった。

「おお、これがステラレの街か!! みろ、盗賊のほかにも、魔物がうようよといやがるぜ!! こいつぁ、ひとつ、お近づきになるしかないんじゃないか?」
 フルフィ・ファーリーズ(ふるふぃ・ふぁーりーず)はたてこもっている建物の中から外を観察して、通りを行き過ぎる怪しい影を目撃しては、興奮に息を荒げていた。
「オー、モンスターネ!! モンスターは、フルフィに任せたヨ!! ミーは、シーフどもを相手にするヨ!! イッツ、オーケー?」
 オーケー・コラル(おーけー・こらる)は、笑ってフルフィの肩を叩いて、いった。
 盗賊たちの徘徊が目立つが、この街に巣食う魔物たちも、ときおり姿をみせているようだった。
 あまりみかけないように思うのは、昼だからだろうか?
 フルフィは、そんな魔物たちとの交流に興味があるようだったが、オーケーはあくまで人間と闘うつもりだった。
「ミーは、ココで功績をたてて、街の解放後にこの拠点が観光地になることを狙うヨ!! そして、マネー、ゲット!! 体験記も書いてセールス、セールス!!」
 オーケーは、壮大な収益プランを想い描いていた。
「この建物、どなたのものか存じませんが、補強するだけで立派な要塞になれそうですわ」
 ノコギリとカナヅチを持って、分厚い板を窓や扉に打ちつけている旅芸人のネタ帳『偉大で強力な仕掛』(たびげいにんのねたちょう・ぐれーとあんどぱわふるぎみっく)がいった。

「おっ、さっそく、面白そうな魔物がきたぜ!! ファーストコンタクト、いってみようか」
 フルフィは、簡易な要塞の前をノコギリウサギが通るのをみて、胸を躍らせた。
 ノコギリウサギは、その名のとおり、ノコギリを持った危険なウサギであった。
「ウサ?」
 ウサギは、フルフィに話しかけられて、機嫌悪そうに睨みつけた。
「やあ。こっちで、お茶でもしようぜ。ニンジンあげるからさ」
 フルフィは、ナンパのノリで誘ってみた。
「ウザ!!」
 ウサギは、フルフィの臭いをかいでみて、そう叫んだ。
 不快感をもたれてしまったようだ。
「一匹で不安なら、仲間を呼んできなよ。いくらでも、ここに入れてあげるぜ」
 フルフィは、冗談めかしていった。
 ウサギは、フルフィを睨んでいたが、そのまま行ってしまった。
「失敗かな?」
 フルフィは、ため息をついた。

「オー、シーフども!! こっちコーイ、殺してやるよ!!」
 オーケーは、自作の要塞の中から、外の盗賊たちを睨んでいった。
「ダコラァ!!! いい度胸だ!!」
 盗賊たちは挑発に怒って、要塞に攻め寄せてくる。
 そんな盗賊たちを、オーケーはニコニコ笑いながら、一人ずつ、窓から狙撃していった。
 ドキューーン!!
 ドキューーン!!
「ぐわっ」
「おわっ」
 一人、また、一人。
 盗賊たちは倒れて行った。
「はっはっは、悔しかったらココニ入ってくるとイイヨ、無理だけどね!!」
 オーケーは、堅牢な要塞の壁を誇示していった。
「ちっきしょー!! てめえ、覚悟しろよ!!」
 盗賊たちは、怒りで顔を真っ赤にしたが、確かにその要塞の守りは堅く、簡単には入り込めなかった。
 そのとき。

「ウサー!!」
「ウサー!!」
 ノコギリウサギの大群が、フルフィたちの要塞に押し寄せてきた。
「ありゃ? 本当に仲間を連れてきたの? でも、多すぎないか?」
 フルフィは、絶句した。
 100匹近いノコギリウサギたちは、要塞に押し寄せると、手にしたノコギリで壁や扉を破壊し、また、自分の牙でもかじり始めた。
 ガリガリ、ガリガリ
 100匹近くが、一瞬にして、要塞の壁や扉を解体した。
「アレ? 大きな穴があいてしまいましたよ?」
 オーケーは、茫然として、ウサギたちが壁に開けた大穴を凝視していた。
 そして。

「おーし、これで中に入れるぜ!!」
「さんざんやりやがって!! 覚悟しろよ!!」
 盗賊たちが、いっせいに要塞に押し入ってきた。
「わー!!」
 フルフィたちは慌てて逃げようとするが、もう遅い。
「ウサー!!」
「死ねー!!」
 ウサギと盗賊たちに蹂躙されて、フルフィたちは半殺しにされ、救護班に収容されたとのことである。