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第9章 特攻

「空賊さんたちの船を、住民たちの仮設の避難所にしたいと思うんですが、どうでしょうか? 甲板を解放して、移動拠点として使ってもよいと聞いたので」
 非不未予異無亡病近遠(ひふみよいむなや・このとお)は、着地していたアイランド・イーリの操縦席で、ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)に提案した。
「避難所に? まあ、構わないかな。このまま街の外にいてもしょうがないしね」
 ヘイリーは、一瞬考え込んだが、承諾することとした。
 街の中での闘いは順調に進んでおり、ヘイリーは仲間の帰りを待つのみであった。
 リネン・エルフト(りねん・えるふと)がさらわれていったと連絡があった点は不安だったが、他の仲間が救出にあたるといっており、ヘイリーとしては、何かあれば船から指示を出せばよいことだった。
「ありがとうございます。それでは、傷ついている住民たちをここまで連れてこようと思いますわ」
 ユーリカ・アスゲージ(ゆーりか・あすげーじ)がいった。
「我も行こう。救出班にも護衛が必要だろうからな」
 イグナ・スプリント(いぐな・すぷりんと)は、ユーリカの側についた。
 ユーリカが、そんなイグナを頼もしげにみつめる。
「アルティアも行かせて頂きます。この街では、何が起きるかわかりませんから」
 アルティア・シールアム(あるてぃあ・しーるあむ) が、ペコリと頭を下げていった。
 そして、ユーリカ、イグナ、アルティアの三人は、要救護者の姿を探し求めて、街に入っていった。

「助かりました。やはり、敵に襲われる心配のない場所が必要だったので。他の空賊さんたちは、闘っているんですか?」
 近遠は、ヘイリーに尋ねた。
「うん。実は、リネンが捕まったみたいでね。心配なんだけど」
 ヘイリーは、率直な想いを打ち明けた。
「リネンさんが!?」
 近遠が、驚いて声をあげたとき。
「もしもし」
 イーリの扉を、コンコンと叩く音があった。
「誰だい? 入りな」
「失礼します」
 山葉加夜(やまは・かや)が、船に入ってきた。
「ここが、避難所になると聞いたので。ここの方も、癒していきたいんです」
 加夜は、ヘイリーに許可を求めた。
「いいよ。好きにやって」
 ヘイリーはうなずく。
 そのとき。

「いってー!! ちっきしょお!!」
 外から、誰かのぼやく声が聞こえてきた。
「大丈夫ですか? あともう少しで避難所ですから」
 ユーリカの声がする。
 誰かケガした人を運んできたのかな、と近遠が思ったとき。
「ああ、もう少し丁寧に!! 揺らさないでくれよ!!」
 腕と足に血のにじむ包帯を巻きつかせ、担架の上でわめくリョージュ・ムテン(りょーじゅ・むてん)が、イーリに運ばれてきた。
「大丈夫か。ずいぶん派手にやられたようだな」
 イグナが、リョージュに声をかけた。
「……まあ、な」
 ベッドに寝かされたリョージュは、ぷいっと横を向いてしまう。
「やれやれ。もう少し癒し系の女性の方がいいか?」
 イグナは肩をすくめると、ユーリカを促した。
 うなずいて、ユーリカは、リョージュの手を握りしめる。
 普段ならやらないことだが、リョージュは弱っていたので、特別だった。
「何をしてたのですか? あたくしたちが盗賊を止めなかったら、いまごろ、なぶり殺しにされてましたわ」
 ユーリカの甘い息の匂いをかいだリョージュは、やや機嫌を直したようだった。
「いや、元気のない住民たちを慰めようと思って、歌を歌っていたらさ、あの盗賊野郎どもが、『耳障り』だといって、絡んできやがって……人を癒すのも楽じゃないな!! いててっ」
 肩に受けた傷が痛んで、リョージュは顔をしかめた。
「あまりしゃべらないで下さい。みなさんを癒すために無理をなさっていたんですね。お可哀想に」
 アルティアが、リョージュのもう一方の手を握りしめて、自らの胸に押し当てた。
「おっ!? ま、まあな。ありがとう」
 さすがに美女2人に両手を握りしめられては、リョージュも舞い上がるような心地になって、照れ隠しに何か話さずにはいられなくなってきた。
「まったく、忍もどこかへ連れていかれちまうし、最悪だったよ」
「えっ、リネンさんのように、連れていかれた人がいるんですか」
 近遠は、驚いて尋ねた。
「そうだよ」
 リョージュは、人々を癒していたところを襲われて連れ去られた、白石忍(しろいし・しのぶ)のことを話した。
「オレがもっと近くにいたら、守ってやれたのかもしれないんだが。後でまた、忍を探しにいかないと! 盗賊たちにいろいろ奉仕させられている無惨な姿ばかりが、想い浮かぶしさ。いててっ」
 リョージュは、再び激痛に顔をしかめた。
「さらわれていった女性の仲間が、心配ですね」
 加夜も、リョージュの近くにいって、いった。
「ああ」
「ときに、血に汚れた全身をタオルで拭いて、癒してあげたいと思いますわ。服、脱げますか?」
 ユーリカが尋ねた。
「えっ? いいのか?」
 リョージュは、ドキドキしていった。
「はい。恥ずかしがってる場合ではありません。どうか、肌をさらして下さい」
 アルティアもいった。
「わ、わかった」
 リョージュは、ドキドキしながら、服を脱いでいった。
 だが、全部は脱げない。
 無理にやろうとすると、また激痛がはしった。
「大丈夫ですか。脱がせてあげます」
 加夜が、リョージュが脱げないでいる衣や下着を丁寧に外した。
 こうして、リョージュは、女性3人のみつめる前で、すっぽんぽんの状態になってしまった。
「な、なんていうか、恥ずかしいような」
 リョージュは、さすがに赤面した。
「本当に、傷だらけですね」
 ユーリカは、タオルでリョージュの身体を拭き、癒しの術を施した。
「でも、結構鍛えていらっしゃるんですね」
 アルティアは、リョージュの胸板を優しくさすった。
「あ、ああ」
 リョージュは、いよいよ赤面した。
 女性3人に素肌のケアをしてもらっているうちに、興奮して、股間が大変なことになってしまったのだ。
「……」
 女性たちは、リョージュのその様子をみてみぬ振りをしながら、ケアを続ける。
「うらやましいことだな。傷は哀れだが」
 イグナが、どこか冷ややかな口調でいった。
「それにしても、さらわれていった人を、何とか助けないといけませんね。はっ!!」
 そういったとき、加夜は、ふいに手を止めて、頭を両手でおさえた。
「どうしたの?」
 ヘイリーが尋ねた。
「はい……声が、するんです。この声は、海人さんの!!」
 加夜は、目をつぶって、その突然のメッセージを聞き洩らすまいとした。

(山葉加夜。聞こえるか)
 加夜の脳裏に響くその声は、強化人間海人(きょうかにんげん・かいと)にほかならなかった。
(海人さん。私の呼びかけが、届いていたんですね)
(遅くなってすまない。実は……コリマ・ユカギール(こりま・ゆかぎーる)校長が僕の……介入に反対していて、妨害してくるんだ。だから……そんなに長く、は、話せ、ない)
 海人の声は、途切れがちだった。
(コリマ校長が!? なぜですか?)
 加夜は、思わず尋ねていた。
(校長は……ステラレの街に……危険を犯すに値しないとみている……。学院の一般の生徒が街にいくのは黙認しているが……)
 海人は、メッセージを伝えるのも辛そうだった。
 おそらく、コリマ校長の一瞬の隙をついて呼びかけているに違いない。
 コリマ校長は、海人の存在をいまだ重視していて、危険を犯すに値しない街に赴くのを禁止しているのだ。
 海京アンダーグラウンドのときのように、早急に解決すべき緊急性のある案件でもないし、また、海底のように、海人の力がより強化される状況でもない。
 コリマの計算は、正確だが、冷徹でもあった。
 学院としての街への対応は、一般生徒が赴くのを黙認していれば十分。
 それが、コリマ校長、そして、学院の方針であった。
(時間がない……ステラレの街を透視した……事態は深刻だ……街の奥の館に、娘たちがとらわれている……盗賊のボスがいて……そこにさらわれた仲間もいる……町長の娘が屈辱をこらえている。一刻も早く……救援を)
 そこで、海人の声は途絶えた。
 おそらく、校長に勘づかれそうになって、自ら呼びかけを中止したのだろう。
「はあ。海人さん。ありがとうございます。あとは、私たちが!!」
 加夜は、いま聞いた話を、ヘイリーたちに伝えた。
「街の奥の館? そこが盗賊たちの拠点なのかな?」
 ヘイリーは、加夜の話に興味を持った。
「リネンさんがそこにとらわれているなら、すぐに行った方がいいですね」
 近遠がいった。
「ああ。忍も、きっとそこに……オレが行くぜ!! いててっ」
 リョージュは身を起こそうとして、激痛に顔をしかめた。
「ケガをしている人は休んでいて下さい。私は、他のみなさんにも知らせてきます!!」
 加夜は、急いで船から出て、街で救援を行っている仲間たちに、海人の話を伝えにいった。
 海人が、危険を冒して知らせてくれたこと。
 その想いを、無駄にしてはいけないと思いながら。

「よし、そうとなったらさっそく救出にいきましょうか。ほかにも街の娘たちがとらわれているといいますからねぇ。これ以上放ってはおけないでしょう」
 加夜の話を聞いた、ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)はいった。
「俺たちも行くぜ。そこは本拠地のようだから、盗賊たちの殲滅を狙える」
 レギオン・ヴァルザード(れぎおん・う゛ぁるざーど)がルースに続いた。
「あたしは、レギオンと一緒に盗賊を倒す!!」
 カノン・エルフィリア(かのん・えるふぃりあ)もいった。
「とりあえず、3人ですかねぇ。ほかには?」
 ルースは、周囲をみまわした。
「私は、ここに残って、みなさんのケアを続けるつもりです」
 加夜がいった。
「まあいいですよ。住民たちの治療も大事ですからね。オレたちを援護したい人は、勝手にそうして下さい。それじゃ、出発です」
 ルースは、レギオンとカノンを連れて、盗賊たちにとらわれた女性たちを救出するべく、さらなる修羅の道へ踏み出す覚悟をかためた。
 即断即決。
 戦場では、重要なことだ。
 タイミングを外せば、目的を達成することはできない。
 ルースは、ステラレの街でも、軍人として行動するつもりだった。
「気をつけて下さいね。みなさんを救出できたら、こちらに案内して下さい」
 加夜は、祈るような気持ちでいった。
「はいはい。みなさんは、ここを守って下さいねぇ。もしかしたら、オレたちがここに担ぎこまれるかもしれませんけどねぇ。それとも」
 担ぎこむ暇もなく、即死しているかもしれない。
 その言葉を、ルースは飲み込んだ。
 自分は覚悟できているが、他の連中がどうかはわからない。
 それに、これを任務ととらえれば、まずはきちんと遂行することを前提に行動すべきだ。
 死の危険は常にあるが、無駄死にはしないつもりだった。
 軍人気質の抜けないルースは、他の生徒たちと比べると、どこか異彩を放っていた。

「何だてめぇら!! どこに行くつもりだぁ!! この先には、ボスのいる館があるんだぜぇ!!」
 ルースたちの前に、怒りに頬を紅潮させた盗賊たちが、刀や斧を構えて襲いかかってきた。
「あんたたちこそ、どいて欲しいんですけどねぇ? 街を解放する義勇軍の邪魔をしちゃいけませんよぉ!!」
 ルースは叫んで、銃弾を放った。
 どぎゅううううううううううん
「ぐ、ぐわあ!!」
 胸を撃たれた盗賊が倒れた。
「容赦はしない!! ひかないなら撃つ!!」
 レギオンもまた、盗賊を撃った。
「あたしも! レギオンを襲うなら、許さない!!」
 カノンも剣を振るった。
「う、うわあああああ」
 何人かの盗賊は、ルースたちの勢いに負けて逃げ出した。
「死ね! 死ねぇぇぇぇぇ!!」
 レギオンは、逃げる盗賊にも銃を乱射した。
「レギオン?」
 カノンは、執拗に攻撃を続けるレギオンに、若干の違和感を覚えた。
「どうしたの? そんなに熱くならないで」
「はあはあ。大丈夫だよ」
 レギオンは、煙をあげる銃口を降ろしていった。
「さあ、いきましょうか。ん?」
 ルースは、レギオンたちをうながそうとして、足を止めた。
 いつの間にやら、周囲に、多勢の盗賊たちがいまにも襲いばからん様子ですごんでいた。
「てめぇら。あまりナメてっと、本気でブッ殺すからな!!」
 低い声で、唸るように盗賊たちはいった。
「おや。本気でつぶしにきましたかぁ。それじゃ、やっと戦場らしくなったと」
 ルースは、怖い笑いを浮かべていった。
 そのとき。

「話は聞いている!! 俺たちも、連れ去られた娘たちを助けるのに協力するぞ!!」
 叫びとともに、無限大吾(むげん・だいご)が、盗賊たちとルースたちの間に割って入ってきた。
 盾を構え、盗賊たちの攻撃からルースをかばう構えに入った、大吾。
「はっ、何じゃい、こんなものがぁぁぁ!! ああっ、いてえ!!」
 ペッと唾を吐いて大吾の盾に拳を打ちつけた盗賊が、悲鳴をあげて飛びあがった。
「無駄だ!! 俺という盾は、誰にも破ることはできない!!」
 大吾は、竜鱗化も発動させ、いよいよ、堅牢な人間要塞と化した。
「大吾ちゃん、がんばってね!! あたいは上空を警戒しながら、みんなを先導するよ!!」
 空飛ぶ箒にまたがっている廿日千結(はつか・ちゆ)が、上空から大吾に声をかけた。
「大吾はそのまま、守っていて!! 困っている人たちを助けるために、ボクも闘うよ!!」
 いって、西表アリカ(いりおもて・ありか)が、盗賊たちに突進していった。
「とあー!!」
 アリカの疾風突きが、盗賊たちの包囲網にぶち込まれた。
 ずぶっ
 ぎゃああああああ
 アリカに突かれた盗賊は悲鳴をあげ、鮮血を吹きあげる。
「くそがぁ!!」
 盗賊たちは、いっせいにアリカに襲いかかった。
「とらえられるもんなら、やってみろ!!」
 アリカは素早い動きで攻撃をかわし、ベルフラマントを羽織って気配を消すなど、神出鬼没のファイトを展開した。
「平然と罪のない人をおもちゃにして!! ふざけるな!! ボクは、そういう人たちが一番嫌いなんだ!!」
 アリカの怒りの拳が、盗賊たちをうちすえた。
「そうだ!! さあ、来い!! どんな攻撃だろうと、防いでみせる!! 絶対に、護ってみせる!! 俺の後ろには、何人たりともいかせはしない!! うおぉぉぉぉーーー!!
 押し寄せる盗賊たちの攻撃をひたすら受ける、大吾も絶叫した。
「こ、根性だ!! こいつら、根性があるぜぇ!! だがよ、俺たちもここまでされちゃ、もう負けられねえんだよぉ!!」
 盗賊たちは大吾たちの気合に圧倒されながらも、その凶暴性をフルに発揮して、相手を何とか叩き殺そうと大暴れした。
 そして。
「おお、いいですねえ。みなさん、真剣に闘っている!! まあ、こいつらは確かに、女性を誘拐して陵辱するのが楽しくて仕方がないというような、最低の連中ですからね!! 当然ですよね!! 私も闘いましょう!! ふふ、うふ、あはははははははは!!」
 興奮極まったセイル・ウィルテンバーグ(せいる・うぃるてんばーぐ)が、大吾の後ろから走り出て、ヒステリックな笑い声をあげながら、荒れ狂う盗賊たちに斬りかかっていった。
「な、なんだぁ!! 今度はイカれた奴かぁ!!」
 セイルの目の色をみて、盗賊たちは一瞬ゾッとした。
 既にセイルの戦闘モードはオンになっており、感情的で凶暴な悪鬼がその本性を剥き出しにしていた。
 というか、狂っていた。
「ヒャッハー!! 殺戮の宴の始まりだぁ、虫けらども!! 地獄みせてきたてめぇらが今度は地獄をみるんだぜぇ!! オラオラァ、泣け、わめけ!! そして、死ね!! 地獄で懺悔しなぁ!! クククッ、アハハハハハッ、アヒャヒャヒャヒャヒャッ!」
 セイルは、唇の端に泡を吹き出させて笑いながら、剣で盗賊の首をはね、その身体を焼いた。
 狂気に満ちた特攻の始まりだった。
「お、おわああああああ!! カオスがきた!! カオスがきたぞおおおおお!! 負けらんねえけど、突っ込んだらそのまま死ぬだけってか!!」
 盗賊たちは、悲鳴をあげ、涙を流しながらセイルにうちかかって、たちまち斬り刻まれていった。

「おお、何だか、セイルのおかげでものすごい修羅場になってきましたねぇ」
 セイルの残忍な闘い方に、思わずルースは苦笑した。
 戦場では誰もが正気でなくなるが、だからといって、本当の狂気に身を染めるのもよくない。
 よくないが、一度そうなってしまった奴は、いくところまでいくしかない。
 とはいえ、ルースは、本来の目的を見失うわけにはいかなかった。
「とりあえず、包囲網を突破して、少しでも館に近づいていきましょうか」
「それじゃ、あたいが案内するよ!! 上からなら、盗賊たちの包囲が薄いところもわかるし!!」
 千結が、上空を箒でびゅんびゅん飛びまわりながらいった。
「ありがとう。それじゃ、前進しましょう」
 ルースは、レギオンたちをうながして、街の奥へ向かおうとした。
 そのとき。
「う、うがああああ!! ダメだ。身体が動かねえ」
 セイルに足を斬られた盗賊が、ルースたちの前に転倒してきた。
「……おい」
 レギオンは、その盗賊の襟首をつかんで、引き起こした。
 ルースたちから離れて、盗賊を路地裏に連れ込むレギオン。
「教えろ。娘たちは無事か? ボスは何をしている?」
 レギオンは、盗賊を痛めつけ、情報を吐かせようとした。
「く!! 殺せ!!」
「教えろといってるだろ!!」
 どごおっ、どごおっ!!
 うめく盗賊に、レギオンの拳が叩き込まれる。
 何度も、何度も。
「うう。許してくれ」
「まだ足りないようだな」
 ぐったりした盗賊に、「その身を蝕む妄執」を使用して、さらに悪夢をみせるレギオン。
「う、うわああああああ!! やめろ、これ以上頭をひっかきまわさないでくれ!! 娘たちは、ボスのいうことを聞いている限り、生かされている!! ボスは、普段は館にいて、娘たちを侍らせて楽しんでいるんだ!! 娘たちは、ボスに求められれば、すぐに身体を差し出すんだよ!! そうしなきゃ殺されるからな!!」
 悲鳴をあげる盗賊の喉を、レギオンはかき切ろうとした。
 だが。
 その手を、カノンがおさえた。
「レギオン、いなくなったと思ったら何をやってるの? ダメ!! 自分を汚れ役にすることばかり考えてる!! 必要以上に相手を痛めつけたら、それこそ、悪党と同じになっちゃうよ!! わかったら、もうやめて!! わあー!!」
 カノンは、レギオンの胸に顔を埋めて、泣いた。
 レギオンが心のうちに何を抱えこんでいるのかはわからなかったが、普段のレギオンらしくない言動をみているのは、切なかった。
「カノン。先に行けといったのに」
 レギオンは、泣きじゃくるカノンを抱きしめた。
 ふんわりとしたカノンの髪の匂いが、鼻腔をくすぐる。
「わかったよ」
 レギオンは、自分とカノンの頬をすりあわせ、確かなあたたかさを感じて、いった。
「レギオン!! 無理はしないで!! あたしが、レギオンの代わりに斬る!!」
 カノンは、レギオンの耳元にそう囁いた。
「ふ」
 足を止め、路地裏での二人のやりとりをそっとみていたルースは、含み笑いをもらした。
「盗賊が押し寄せてきているというのに、お熱いことですね。何だか、オレも、余裕が出てきましたよぉ。こんなに情熱を燃やせる仲間たちがいるなら、きっと、娘たちも解放できますよねぇ。おっと」
 いいながら、ルースは、背後に忍び寄ってきた盗賊に振り向きざま、銃弾を放った。
 ずきゅうううううん
「ぐぎゃあ」
 盗賊は呻いて、倒れた。
「ルース。みていたか」
 レギオンは、銃声でルースに気づいて、いった。
「はい。さあ、いきましょう」
 ルースは、ニッコリ笑っていった。
 気がつくと、レギオンとカノンが、互いの手をきつく握りしめていた。