校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
リアクション公開中!
24−14 「わ、この指輪可愛いかも♪ ねえプリム君、これ買ってよ!」 「え? どれ? て……高っ! さ、さすがにちょっと無理だよ!」 その頃プリムは、花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)と夜のショッピングモールを訪れていた。ジェットコースターに乗った後はお化け屋敷に入り、しきりに聞こえる悲鳴の度、ゴーストやリアルなメイクをしたお化けに遭う度、花琳は「きゃーっ!」と必要以上にプリムにくっついた。お化け屋敷を出てからもその距離感はあまり変わらず、常にどこかが触れている状態で1日を過ごして、今はこうして買い物をしている。 何かを買いたい、というよりは2人で歩いていることが楽しい、のか、花琳からは笑顔が絶えなかった。 要求してくる物の値段が桁2つとか3つとか違うこともままあって、それには少し困ったけれど。思い返してみると、慌てることが多くても、それを含めて楽しいと感じられる1日だった。 「ね、じゃあ、これは?」 アクセサリーショップのガラスケースを順番に見ていた花琳がまた違う指輪を示してみせる。覗いてみると、それはプリムの手持ちでも充分に買える値段だった。 「あ、これなら……」 店員の女の人に声を掛ける。彼女は、小さな箱を丁寧に包装して渡してくれた。 「彼女へのクリスマスプレゼントですね」 その笑顔からはプリム達を微笑ましく思っているのが感じられて、そしてプリムは、彼女の言葉で初めて“プレゼント”というのを意識した。 海での一件以来弱みを握られて色々と奢って、花琳を“断れない相手”だといつの間にか思い込んでいたけれど。そういえば今日はクリスマスイブで、これは、デートなのだ。 「はい、花琳ちゃん」 買って、と言われたからではなく、少しだけ別の意味をイメージして渡してみる。 「ありがとう、プリム君♪」 掌に小箱を乗せて笑う花琳は、わがままで悪戯好きの少女というよりは、普通に素直な女の子に見えた。半信半疑だったものが、この1日で『もしかして』『やっぱり』という方向に強く傾き始めている。 「ねえプリム君、ホテル行こうよ」 「うんそうだね、ホテル……って、ええっ!?」 「部屋は取ってあるんだよ。ほら、こっち」 まさかの言葉に驚くプリムの腕を、これまでと変わらぬ調子で花琳は引っ張る。 ――花琳ちゃんは、本当にオレのことを……? 混乱するままに、プリムは彼女についていった。 ◇◇◇◇◇◇ 「綺麗ですね。歩きながら近くで見るイルミネーションも素敵でしたが、こうして遠くから、夜景全体を見るのもいいものですね」 「そ、そうね……」 シャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)の言葉に、セイニィ・アルギエバ(せいにぃ・あるぎえば)は心半ばという感じで返答した。窓にそっと片手を添え、園内をまわるパレードを上から眺める。 クリスマスらしい衣装の着ぐるみキャラクター達やアトラクションをイメージしてドレスアップした役者達が、耳に馴染みのある明るい音楽と共に踊りながら、皆に手を振りながら行進していく。子供の頃に何かで触れた、どこかで読んだ憧れの乗り物が具現化して園内をゆっくりとまわっていく。 ちらちらと振ってきた雪が電飾に反応して虹色に光り、それがまた、聖夜という特別な夜を彩り幻想的に見せていた。イブという日を締めくくる、最後の光だ。 2人がいるのは、デスティニーランドのすぐ傍にある高層ホテルの一室だった。デスティニーランドの全景が拝めるとあってクリスマスのこの時期は特に人気で、当日に部屋が空いていることは滅多にない。 クリスマス・イブ。 その前の週末にシャーロットに予定を訊かれて暇だったからOKした。当日の今日はシャンバラ宮殿のクリスマスコンサートを見に行って、終了後、空京の街を歩いている時――シャーロットに、何度目かの告白をされた。愛している、と、そう想ってくれることに対して「ありがとう」とだけ答えた。 そして今、セイニィはシャーロットと一緒にホテルにいる。 『ゆっくりと夜景を見るには、ここがいいかなとお部屋を取っておいたんです』 シャーロットはそう言っていたし、実際、夜景はとても綺麗だけれど。 想いを伝えられたすぐ後に2人きりでホテル、というのは少しだけ、緊張する。部屋はダブルではなくツインであり、分かってはいるけれど―― 抱きしめてほしい――という一言を思い出してちらりとシャーロットを見ると、いつからだろうか、夜景ではなくセイニィを見ていた彼女と目が合った。どきりとして反応が遅れたセイニィに、シャーロットは笑顔を向ける。 「パレードも終わりのようですし、休むようにしましょうか」 「え? う、うん、そうね」 寝巻きに着替え終わる頃にはパレードが終わり、外ではデスティニーランドの楽曲メドレーが流れていた。2人はそれを聞きながらベッドに座って雑談した。 「では、そろそろ休みましょうか」 曲が終わったのを締め括りに灯りを消すことにし、その直前、シャーロットはセイニィに言った。 「セイニィ、パジャマ姿のセイニィも可愛いですよ」 「! ……な、何よいきなり。ほ、ほら、もう寝るわよ!」 慌てたように、セイニィはベッドの中に潜り込む。恥ずかしそうなその表情をほほえましく思いながら、シャーロットは室内を暗くした。 「今日は、素敵なクリスマスをありがとうございました。おやすみなさい」 「うん、おやすみ……」 ◇◇◇◇◇◇ 観覧車が一周し終え、フレデリカとフィリップはゴンドラを降りて歩き出す。ナイトパレードも終わり、華やかな時間の後にはどこか落ち着いた日常が混じり始めている。来園者達の多くも、夢の世界から現実の世界に帰ろうとしていた。 彼女達も、また。 だが、フレデリカは入場ゲートに向かう最中で、ふと足を止めた。 今日1日、とても楽しかった。あまりにも楽しすぎて、このまま1日を終えてしまうのが名残惜しくて―― 「!? ど、どうしたんです?」 振り返った彼女が何かが張り裂けそうな切ない表情をしているのを見てフィリップは驚いた。その胸に飛び込み、フレデリカは彼をぎゅっと抱きしめた。白いシャツの襟元に、リップの色がつく。 「私、今日は……」 耳元に微かに震えたそんな声が届いて、フィリップは全てを言えない彼女の気持ちを察した。心臓が大きく跳ねて、顔が熱くなってくる。 今日は、クリスマス・イブ。雪が降る中、抱き合う恋人達に注目する者は誰もいない。そっと彼女の背中を抱き返し、フィリップは緊張の混じった声で言った。 「フリッカさん、僕も……同じ気持ちです」 一度身を離して彼女の唇に唇を重ねる。空から降ってきたブーケを思い出す。今日はきっと、2人の関係をまた一歩――進める日。 そして、ポケットからナンバーの入った鍵を出してみせた。 「……行きましょう。今日は……帰らせません」 彼女の身も心も魂までも、全てをその身で感じるために。 ◇◇◇◇◇◇ 「展望レストランのお料理、とっても美味しかったね♪ 途中で何か、ガスマスクの2人組が来たりもしたけど……」 結婚式の後、羽純と展望レストランで食事をした歌菜は、予約していたホテルの部屋に到着するとコートを脱ぎ、室内を見回しながら窓際へと歩いていった。 「このホテルも、内装が可愛くて大満足♪」 ここから羽純と夜景が見られるなんて――今年のクリスマスは、どこまでも幸せだ。 「歌菜」 ワインボトルとグラスを手に、羽純が窓際へと近付いてくる。グラスを受け取ってワインを注いでもらって、軽く乾杯する。 「ふふふ……私も20歳になったから、ワインだって飲めちゃうもんね♪」 口内に広がる大人の味を堪能しながら、歌菜は外の景色をゆっくりと眺める。青白く輝くお城に、観覧車やアトラクションの――デスティニーランドという1つの街の中の、生きた光。 「綺麗……」 夜景に見入る歌菜の隣で、羽純は空になったグラスをサイドテーブルに静かに置いた。昼に買っておいたホレグスリを出して口に含む。 穏やかな夜も悪くはない。けれど、思いついてしまった、悪戯。 今更彼女に飲ませて効果があるか分からないが――反応が見てみたい。 そっと歌菜の肩を抱き、こちらを向かせてキスをする。口付けと共に、彼女にホレグスリを流し込んでいく。 ――羽純くん……、最高に幸せ…… 目を閉じた歌菜の喉が、羽純の喉が、こくんと動く。 どちらからともなく、目を開ける。あれ? というように、歌菜が瞬きする。胸に手を当てて、もう一度、羽純を見上げてくる。 (……これは……予想以上に……) 衝動が、湧き上がってくる。いつも以上に彼女が愛しく、いつも以上に、彼女を求めたいと思う。自分を抑えられる自信が、ない。 (効果はある……って訳か) 歌菜の潤んだ瞳と、視線が合う。 「……大好き、羽純くん」 ぎゅっ、と、歌菜は羽純に抱きついた。クリスマスだからかな……何だか、変な気分で。 ――羽純くんを眺めていると、凄くドキドキして。 ――羽純くんにたくさん触れたいし、触れて欲しい。 「歌菜……俺もだ」 そして、強く抱き返される。背中を包むドレスが開かれていく音を聞きながら、歌菜はもう一度目を閉じた。 ◇◇◇◇◇◇ 真っ暗な部屋の中で、桐生 理知(きりゅう・りち)は辻永 翔(つじなが・しょう)とデスティニーランドの夜景を2人揃って眺めていた。一面が硝子張りになっているホテルの窓の前に立つと、何の隔てもなく遊園地の全てを鑑賞出来る。 昼の間にはその中を歩き、直に触れ、乗り込み、用意された在るがままを体験したりしたアトラクションが今は眼下で光っている。 明るく楽しい乗り物が大人っぽく、落ち着いた雰囲気のものが賑やかに。色彩豊かにライトアップされると、そのそれぞれがまた違う顔に変化する。 「今日は楽しかったね! クリスマスも翔くんと一緒に居れて幸せだよっ」 「うん、お互い、クリスマスに休みが取れて良かったな」 この日1日のことを思い返し、翔は理知に笑顔を向ける。今年のバレンタインに告白してもらって付き合い始めて、今年最後の、恋人同士として1番一緒に居たい日のほぼ全てを2人きりで過ごすことができた。 一緒にいるだけで心が満たされて、楽しいと感じられて。 だから、やっぱり、とても幸せだ。 電気が消えていても、夜景の灯りが理知の顔を淡く照らし、いつもの屈託の無い笑顔を見せてくれる。同時に、自分の顔も見えているのだろうなと思って翔も笑った。実を言えば、バレンタインのパーティーよりも緊張していたりするのだけれど―― (…………) ちらりと、背後の暗がりにあるダブルベッドに意識を向ける。シングル2つではなく、ダブル。恋人同士だから、ダブルでも全然、もう全然良いのだが。 その時、ふと顔に当たっていた灯りが消えて翔は一瞬びくっとした。外を見るとアトラクションの1つから灯りが消えたところで。それを皮切りに、遊園地は徐々に夜闇の中で眠りについていく。 「ホテルからの夜景も綺麗だね……」 緊張も忘れて消えていく光を見ていると、隣からそんな声が聞こえてきた。理知はどこか大人びた表情をしていて、硝子窓に手を添えて夜景に見入っている。 「消えるのは寂しいね……。でも、また来ようね!」 「ああ、また……」 眩しい程の明るい笑顔に、翔も自然と笑顔になる。そして、そこで最後の1つ――観覧車の光が消えた。光源を失った部屋が突然暗くなり、お互いの顔も見えなくなる。 「わっ、真っ暗!?」 びっくりしたような声と共に、理知が翔に抱きついてくる。ぎゅっ、と、込められた力から咄嗟の驚きが伝わってきて、何となくどぎまぎした。 数秒間、そのままの状態で時間が経って、「あ」と言って理知は離れる。思い出してみれば、突発的事態でも何でもなくて。 「暗くしてたの忘れてた。翔くん、ごめんね」 電灯を点けようと、入口の方へと向かう。方向感覚が掴めなくて、何だかふらふらとした。とりあえず壁を伝えばスイッチに触れるだろうとそちらを目指し、その途中でベッドの端にぶつかった。 「足、打っちゃった……。痛いよ〜。灯りどこ〜?」 そう言いながら壁に手を這わせていると窓の方から「ぷっ」という笑い声が聞こえた。見えないと分かっていても、思わず頬を膨らませてしまう。 「もう、笑わないでよ〜」 そんなやりとりをしながらも何とかスイッチを探し当てて灯りをつける。室内が光で満たされると、何となくほっとして翔と顔を見合わせて笑い合った。 「ね、翔君、手を繋ごうよ」 「あ、ああ……」 ダブルベッドの部屋を選んだのは、手を繋いでも狭くないように。 ベッドの中に入って、お互いに向かい合って、布団の中で手を繋ぐ。翔はどこか緊張しているようで、その気持ちが繋いだ手を通して伝わってきて。 すぐ近くに、すぐ傍に居ることが多くなっても、でも、一緒に寝るというのはまた違う特別だから。 「私も、すごくドキドキしてる……」 手を当てなくても、胸の鼓動が感じられる。緊張しているのに確かな安心感もあって、こうしていられる嬉しさが、どこか気持ちいい。 ――夢の中でも、2人で過ごしているといいな。 鼓動の音を聞きながら、目を閉じる。 (あ、もう寝たのか……) 繋いでいた手の力が緩くなり、それと共に翔も力を抜いて理知に近付く。至近距離から彼女の顔を見つめてみる。その表情はとても安らかで、どこまでも幸せそうで。自分と一緒にいてそんな気持ちになってくれるのだ、と、そう感じて暖かい感情が広がってくる。 「翔くん、大好き……」 むにゃむにゃとしながら理知がぎゅっと抱きついてきた。眠ったままに、無自覚に、先程とはまた違う種類の力で純粋な想いを伝えてくる。 「ありがとう……」 三つ編を解いた彼女の髪をそっと撫でる。もう、何を緊張していたのかも分からなくて。 今日は安眠できそうだ、と彼は思った。