校長室
四季の彩り・冬~X’mas遊戯~
リアクション公開中!
25−3 「めりーくるしみます、あくあサマ、ふぁーしーサマ、ぴのサマ」 その頃、望はヒラニプラにある機晶工房の椅子に座って、サンタ服に着替えたファーシー達に挨拶をしていた。完全に固定された笑顔で、目が完全に、死んでいる。膝にはリボンが巻かれた三二一のサンタぬいぐるみを持っていて、カクカクと口を動かすその様は、デスティニーランドの室内アトラクション内で見る人形のようだ。 誰かがパクってきて、風森望人形でも作ったのだろうか。 「ど、どうしたの……? 望さん」 「精巧に作られた機晶姫か何かでしょうか。とても本物とは思えません」 「本物ですわ」 ファーシーは若干前屈みになって望を見詰め、アクアは大真面目な顔で工具を取り出す。ノートが解説に現れたのは、その時だった。 「魂が抜けているようですが……」 「昨日の弱点克服訓練の後、こうなってしまいましたの。自立して動くことは出来るので、ここまで来るのに特に困りはしませんでしたけど。ああ、後、そのぬいぐるみは“この”状態になってからショップで買ったものですわ」 ノートが言うと、望はぬいぐるみをピノに向けて掲げてみせる。 「ぴのサマ、くりすますぷれぜんとデス」 「え、あたしに?」 こくこくと首肯され、ピノはびっくりしつつ三二一のサンタぬいぐるみを受け取った。 「ありがとう、望ちゃん!」 またこくこく、と望は首を上下させる。心なしか満足そうだ。 「キノウ ハ アリガトウ ゴザイマシタ ぴのサマ」 「昨日? あ、懐中電灯のこと?」 またまたこくこく、と望は頷く。自動で反応しているように見えるが、会話として成立しているあたり、魂の欠片くらいは残っているようだ。残りの行方は分からないが。 「やりすぎでしたかしらね?」 望を見て、反省も後悔もしていないが自覚はしている、という口調でノートは言う。ピノも、正面から望の顔を覗きこんだ。 「何か、壊れたロボットみたいだよ。元に戻るのかなあ……?」 「はははは、ワタシ ハ イタッテ フツウ デスヨー」 ほぼ棒読みで、そんな言葉が返ってくる。彼女は続けて、音の外れた歌を歌い始めた。 「キョウ ハー タノシーイ くりすますー♪」 「まあ、数日すれば元に戻ると思いますわ。ああ、わたくしはブッシュ・ド・ノエルを持ってきたんですの。良ければ召し上がってくださいね」 ノートはどこまでも動じない。さすがパートナーというところか。 「ブッシュ・ド・ノエル? あ、これね。美味しそう……」 ファーシーは切り株型のチョコレートケーキを見つけ、顎先に指を当てて食べたそうな顔をする。それに、上にちょこんと乗っているサンタが可愛らしい。埃が乗らないように透明プラスチックのボウルが乗せられているが、それを外せばすぐにでも食べられる状態だ。彼女の様子を見て、暇そうにしていたラスが一応釘を刺した。 「まだ食うなよ」 「食べないわよ! 私だってそのくらいの分別は持ってるわ。もうオトナなんだし。でも、これだけあるんだし少しくらいなら……」 部屋の隅にはクロスを掛けられたテーブルが寄せられていて、箱に入ったままの手作りケーキとチョコレートケーキ、アップルパイが乗っている。ケーキは手作りのものがエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)、チョコレートはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が持ってきたもので、アップルパイはレンが持ってきたものだ。レンは他にも手作りクッキーを持ってきていて、皿にあけられていたそれを、ファーシーは「あ、これなら……」と摘んだ。 「ピノちゃん、アクアさん! ノートさんもクッキー食べない? 美味しいわよ!」 「あっ! 食べる! 食べるよ!」 「…………」 「そうですわね、いただきますわ。……望の口に入れたら食べますかしら」 しかも、仲間を呼んだ。ノートがクッキーを口元に持っていくと、望は歌うのを止めてもぐもぐと食べた。シュールだ。そして5人で食べれば確実にパーティー開始前に、クッキーは無くなる。 「……誰がオトナだって……?」 「まあまあラスさん。ファーシーさん、オードブルを作りましたから、メイン料理が仕上がるまでこれを摘みながらおしゃべりをどうぞ」 台所からワゴンを押して出てきたエオリアが、テーブルの空いた場所に平皿を置いた。クラッカーの上にハムやチーズをトッピングしたものだ。他にも、テリーヌなどの簡単に準備できるものを次々と置いていく。 「そうね、リリアさんもそろそろ出てくると思うし……」 ファーシーは、更衣室代わりに使った部屋を振り返った。リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)もクリスマス衣装を持ってきていて、身に着けるものが多かった彼女よりも自分達は早く出てきたのだ。 そして、噂をすれば何とやらならぬ振り返れば何とやらでリリアが出てくる。彼女は、真っ白いフード付きのロング衣装に身を包んでいた。一見白い衣装だが、良く見るとそれが透明感のある上衣の重ね着であることが判る。生地にはほんの少しだけラメが入っていて、キラキラと、だが控え目に光っている。たリリアは工房内をきょろきょろと見回すと、ハイローチェアで寝ているイディアを見つけた。迷わずに最短距離を使って近付いていく。 「この子がイディアちゃんね。きゃあ、可愛い!」 イディアもまた、赤ちゃん用のサンタ服を着ていた。色は親子お揃いの水色だ。 彼女の傍には、着替えていたファーシーの代わりに子守をしていたレンが座っていた。隣にはフリューネも立っている。 「今さっき、寝たところなんだ」 「それじゃあ、起こさないように気をつけないとね」 リリアはそっとしゃがみこむと、イディアのほっぺたをつんつんと触った。なめらかで、そしてぷにぷにしている。 「赤ちゃんって、本当に小さくて可愛いわね」 「でしょ? わたしも、初めて近くで見た時はびっくりしたわ!」 ファーシーは嬉しそうにリリアに言う。赤ちゃんを間近で見たのは去年の春頃のことで、その可愛らしさは彼女の想像以上だった。それだけではないけれどその経験も手伝って、母親になろうと思ったのだ。 「ファーシーさん」 そこで、メティス・ボルト(めてぃす・ぼると)が声を掛けてきた。微笑んだ彼女は、ぬいぐるみを2つ持っている。その見目で、誰を模したものなのかファーシーはすぐに分かった。 「あれ? それって……」 「はい。イディアちゃんにプレゼントを持って来ました。何処かの王様を似せて作ったぬいぐるみです。でも、王様だけ作るのは寂しかったのでファーシーさんに似せたぬいぐるみも作りました」 「わあ……手縫いで作ってくれたの?」 驚きと喜びを満面に現し、ファーシーは2つのぬいぐるみのすぐ傍まで顔を近付けた。自分と良く似たぬいぐるみの隣にいるのは、頭の部分にブルーグレーの布を使った、彼女が人生のパートナーに選んだお調子者だった。 メティスはその2つをそれぞれ、イディアの右手と左手の近くに置いた。 「これで家族全員……ほんわかです」 暖かさを感じる優しい笑顔に、ファーシーは大切な心を貰ったような気持ちがした。 「ありがとう! 大切にするわね!」 メティスは眠っているイディアにもう一度笑顔を向けると、奥の方でインスタントコーヒーを入れていたモーナ・グラフトンの元へと歩いていった。彼女を見送ってから、フリューネはレンに言う。 「銀髪のぬいぐるみ……やっぱりあんたじゃない。瞳も赤いし。家族って言ってたし」 「…………」 それを聞き、レンはぬいぐるみを愕然とした表情で見下ろした。驚き過ぎて、口が僅かに開いている。改めて見ると確かに、首から上のパーツがほぼ同じだ。 「素直に認めたら? 友人の子って言ってたけど、つまりはこの娘の……」 「よ、よく見てくれ。サングラスを掛けていないだろう。そ、それに目つきも若干違うぞ。ほら」 「……誰?」 慌ててサングラスを外すと、フリューネは真顔でそう言った。それから「しょうがないわね」というように苦笑する。慌てるレンには、少しばかり愛敬があった。 「冗談よ。違うってことは彼女の様子で分かるわよ。ファーシーって言ったわね」 「そう、ファーシー・ラドレクトよ!」 何の話だろう? と2人のやりとりを聞いていたファーシーは、名を呼ばれて笑顔になった。その彼女に、フリューネは自己紹介と共に手を差し出した。 「私はフリューネ・ロスヴァイセ。よろしくね」 「うん、よろしく!」 握手をして挨拶をして、そして次に、フリューネはリリアに目を向けた。 「それは、聖女の仮装?」 アレンジはしてあるが、イディアの近くにいる為だろうか、クリスマスの起源でもある救世主の母、という聖女と被って見える。 「そう。私1回、聖女様な格好をしてみたかったの!」 リリアは嬉しそうに、はしゃいだ声でフリューネに答える。立ち上がると、衣装の裾を軽く摘んでみせる。 「これ、クリスマスの時期を逃すと何の扮装しているかビミョーでしょ。しかも、サンタよりももっと判りにくいのよ」 それからちょっとのろけるように、顔を綻ばせる。 「それで、聖女にはお付きの天使が必要だしメシエに無理言って天使の扮装してもらうことになったの! どんな感じになってるか楽しみだわ!」 「メシエさんとエースさん、今、上で着替えてるのよね」 「今日は、みなさん仮装をしてらっしゃいますの?」 メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)とエースがいる2階を見上げながら、ノートが言う。 「クリスマスパーティーは仮装をするものだと、エースが言うのね。だから、衣装を持ってきたのよ。エオリアには断られちゃったけど」 「僕は台所で暖かい料理を作りたかったので、仮装はちょっとご勘弁してもらいました」 1人執事服を着たエオリアは、困ったような笑みを見せる。 「提案されたサンタコスでの料理はちょっと……。あ、運んでもらう分には仮装も大歓迎ですよ」 そしてクリスマスの仮装をした皆を見て、ピノに対して微笑んだ。 「ピノちゃんのビンクサンタさんが可愛いですね」 「ほんと? わあい、やったあーーーー!」 「ええ、可愛いわ可愛いわ。もう言うことなしの可愛さよ! ピノちゃんぎゅーっ!」 「ぎゅーっ!」 無邪気に喜ぶピノに、リリアは思い切り抱きついた。ピノも嬉しそうに抱き返す。エオリアは彼女達に穏やかな目を向け、そうだ、と何かを思いついた表情でラスに言った。ラスはいつもと大して変わらない黒いセーターを着ていた。 「いっそ、ラスさんも正当な赤白のサンタのコスチュームを着てみてはどうでしょう。結構似合うと思うのですけど」 「お、俺がサンタ……? いや、その前に衣装が無いだろ」 「おにいちゃんの分もあるよ?」 普段着ないのは当たり前としても、恥ずかしすぎる。とはいえ、予定に無い物は持ち合わせも無いだろうと油断したら、そこでピノがリリアと抱き合ったまま普通に言った。 「は? な、何で……」 「わたし達がこの服を買う時にね、トルネさんが他に色んな服を貸してくれたの。その中に、男性用のサンタ衣装もあったと思うわ」 「服を貸す……? あいつん家は商店だろ」 ファーシーも続けて説明する。だが、納得がいかない。 「何でも、クリスマスセールの時に売り切れなかった衣装のようです。1年寝かしておくのも何だからと、古着屋か貸衣装屋に卸す予定なのだそうですよ」 白サンタなアクアがファーシーの話に補足した。普段は自分からは話しかけてこないのに珍しいことだ。しかし、ざまみろ的な何かを感じるのは気のせいだろうか。 「だから、いくらでも試着して良いそうですよ」 ――否、気のせいではない。 「クリスマスパーティに仮装が必要だとは聞いていないが……」 その頃、メシエはエースにされるがままに天使の姿に変わっていっていた。リリアに「一生のお願い!」と言われたら聞かない訳にはいかない。何しろ、2人は昨晩、結ばれたばかりなのだ。 『仕方ない。エース君、君の好きなように扮装させてくれたまえ……』 と諦めたように言って暫く。 「必要なんだよ。ほら、そこにも沢山衣装があるだろう?」 真っ白な、いかにも“天使”という格好になったメシエに、エースは楽しそうな口調で言った。彼の目の先には、様々なコスプレ衣装の入った衣装ケースがある。 (普通に参加してもつまらないからな。にしても……愛の力って偉大だね) まさか、メシエがこんな企画に乗ってくれるとは思わなかったから、ノリノリで扮装に気合を入れてしまった。エース自身は、地上の聖者というか、賢人な雰囲気な衣装を身に纏っている。神の慈悲を説いて回る旅人のようなイメージだ。リリアやメシエよりは、幾分地味だろう。 「また派手だな、お前ら……」 だが、そう思わなかった人物もいるようで、階段の方を見ると、ラスが驚いたような呆れたような顔をして中に入ってきた。 「そうかな? 俺はそうでもないと思うけど……、ラスさんも仮装しにきたんだ?」 「いや、なんか成り行きで……お前んとこの執事の発言が発端でだな……」 げんなりした様子に、エースはつい笑ってしまう。 「エオリアか。衣装だったらそこのケースに入ってるよ」 「…………」 渋々と衣装ケースに近付いていく彼に、エースは言おうと思っていたことを口にする。実は昨日は、ちょっと切ないクリスマスだったのだが。 「あ、そうだ。ラスさん、今日は招待ありがとう。ピノちゃんからのメールにあったから」 「招待? ああ……」 そういえば、とラスは昨日の朝の会話を思い出す。ピノは、エースに招待の連絡をしたらしい。どんな文面だったのかは分からないが―― (あいつも、色々と見てるんだな……) そう思いながらケースを漁る。件の赤白のサンタ服はすぐに見つかった。だが、その下に目を疑うような種類の服を見つけ、つい広げてしまった。性別的な仕分けをしなかったのかわざとなのか。 「メイド服……だと……!?」 ――そこには、ひらひらなメイド服が入っていた。 「どうしたの? 折り入ってのお願いなんて。何かあった?」 「いいえ、特に何かがあった、というわけではなく……」 一方、部屋の奥ではモーナとメティスが対面し、話をしていた。メティスはイディアを前にしていた時の柔らかな空気を纏ったまま、真面目な面持ちでモーナに言った。 「私を、モーナさんの弟子にしてくれないでしょうか。機晶技師の勉強を一からやり直したいんです」 「弟子?」 それは、全く予想していなかった言葉だった。いや、何らかの予想をしていたわけではないけれど、モーナにとっては虚を突かれる申し出だった。マグカップを片手に持ったまま動きを止めた彼女と目を合わせ、メティスは静かに想いを話す。 「以前、ある人を救う為に技師の勉強をしていることは話したと思います。……それから自分の力不足を感じることが多くて、もう1度、学び直そうと思ったんです。今日より先、目の前に技師が必要な誰かが現れた時――ちゃんと、力になれるように」 それがどんな人物なのかは分からない。もしかしたら、考え方や立場が相反する人物であるかもしれない。でも、誰かが悲しんだり、沈んだ顔をするのは見たくないから。 その時に、手を拱いてはいたくないから。 「弟子、か……」 モーナは自問するように、呟いた。 弟子を取る程、自分が習熟していると思ったことはない。上には上が居て、足りない事も、勿論ある。だが、今持つ知識と腕を使い、彼女は機晶工房を営んでいる。専門の技師として、生活を成り立たせている。そういう意味では、未熟とは言えないし言いたくもない。人に教えるだけの力は―― 「確かに、あたし達には技術が――力が必要だ。『頑張りました、でも、知識が、経験が足りなかったから失敗しました』なんて言い訳にもならない。一生懸命にやったから許されるという世界じゃなくて、何より、失敗した時は自分自身が一番、それを許せない」 取り返しがつかなかったとしたら、自責の念がずっと、その後をついてまわる。 取り返しがついたとしても、その時の苦い思いが消えることはない。 だから、先に進みたいと思う。 「……知識を得たいという気持ちは分かるよ。あたしだって、機晶姫の全てを知ってるわけじゃない。最近は、機晶生命体なんてもんも出てきたしね」 そこまで言って、モーナはメティスと改めて視線を交わした。自分の根底にある自信を声に乗せ、軽く笑う。 「でも、失敗しないという自負と実績だけはあるつもり。だから、そういった“やり方”くらいなら教えられると思うよ」 「じゃあ……」 真剣な表情で話を聞いていたメティスの瞳が、熱を帯びる。 「いいよ。誰かの笑顔を、見たいんでしょ?」 「はい……」 メティスは嬉しそうに目を細める。ふわりとした空気が2人を包んだ。そこで、プライベートな話が終わったと見たか南部 ヒラニィ(なんぶ・ひらにぃ)が2人にびしっと指を差す。 「ほれ、そこの者達も手伝うのだ! 飾りつけがまだ終わってないのだぞ!」 「……あ、そうだね。まだ時間あるかなー、とか思ってたんだけど……」 「お手伝いしましょうか」 モーナが慌ててコーヒーを飲み干して席を立ち、メティスもそれに続いて飾りつけに参加した。天井に届きそうな程の大きなツリーの近くでは、アクアと琳 鳳明(りん・ほうめい)、ピノ、ファーシー達が箱に入ったキラキラしたボールや人形、電飾等を取り出してデコレーションを始めている。あまり真面目とは言えず、オードブルやお菓子を食べてお喋りをしながらのデコレーションだ。 「それ、早く来たそこの3人も手伝うのだ! おぬしも! おぬし……は見なかったことにしておいてやろう」 ノートとフリューネ、リリア、レンにもヒラニィは指示を飛ばす。望だけは、冷や汗と共にスルーされた。 「あら、せっかく着替えたのにー。……って、きゃうん! あなた可愛いわ!」 「な、何をする……!? む、むむ……?」 リリアにロックオンされたヒラニィは、抱きつかれてほっぺたぷにぷにされて目を白黒させた。 そこで、メシエとエースが2階から降りてくる。リリアはメシエの姿を見て、嬉しそうに駆け寄っていく。 「すごく素敵よメシエ、言ってみてよかった!」 「君が喜んでくれるなら、着た甲斐があったというものだな」 まんざらでもなさそうに少しの照れを見せて、メシエはリリアの背を抱いた。何だか、とても良い雰囲気だ。 「むう、ちょっと驚いたのだ……」 片やヒラニィは、リリアが離れた後も驚き醒めやらぬという様子だった。だがそれも束の間、すぐに気を取り直して自信満々の表情で場を仕切りだす。 「さ、さあ、突っ立ってないで手を動かすのだ!」 ――とはいえ、口を動かすだけで自ら手伝うことはないのだが。 「準備からパーティは始まってるからね。みんなで楽しくやろうっ!」 皆が準備を再開する中、鳳明も積極的に声を出す。こちらは、きちんと動きも伴っている。軍人したりアイドルしたりと24日までお仕事だった鳳明は、クリスマスパーティーというものに飢えていたのだ。誘われてホイホイとやってきた彼女は、わくわくと嬉しそうに、部屋を煌びやかに可愛く飾り立てていく。 「最近、ようやくアイドルとかでステージに立つのも楽しめるようになってきたんだけどやっぱりこういう季節行事って大事だと思うんだっていうかやっぱりプライベートでも楽しみたいよね!? 誘ってくれてありがとうアクアさん!」 「え? あ、あの、は、はい……」 アクアの手がぴたりと止まった。誰か誘ってね! とファーシーに言われて思い浮かんだのが彼女の顔で、お化けが苦手なもの同士、連絡をしてみたのだが。 こうして、真っ直ぐに純粋100%な笑顔でお礼を言われると心が慌てて、どう答えていいのかわからなくなってしまう。顔が熱くなるのを自覚しながらしどろもどろにそれだけ言うと、彼女は何だか周囲が静かになっているのに気がついた。 何か、注目を浴びているような。皆がびっくりした顔をしているような。 「な、何ですかっ!?」 「何でもありませんわ。さあ、ツリーの飾りつけが出来ましたわよ。後は、これを部屋の真ん中に運びませんと……」 「それなら私に任せて! 体力にだけは自信があるから!」 そして、天井にも届きそうな背の高い大きなツリーを、鳳明が運んでいく。作業の最中に使われていた脚立なども片されて、隅に寄せられていたテーブルが室内に万遍なく配されていく。ケーキも箱から出して、1カットずつに切り込みを入れた。 「ケーキ、本当に美味しそうねー……食べたいなー……」 綺麗に並んだケーキを見て、ファーシーは少し物欲しそうにする。台所からはエオリアが焼いている七面鳥の香ばしい匂いがそこはかとなく漂ってきていて、お腹がぐう〜、と鳴りそうだ。 「そういえば、わたし達も食材とか買ってきてたのよね。何か作ろっか、アクアさん!」 「構いませんが……何を作る気なのです?」 「そうねー、ケーキとか……」 「これだけ在るのにまだケーキですか!?」 どういうチョイスなのか、とアクアはつい声を上げた。 「やふぅー! ファーシー様、アクア様、そしてイディア様! 今日はパーティーでありますね!」 そこで、機晶ドッグと共にスカサハが工房に入ってくる。いつも連れている“クラン”とは違う機晶ドッグだ。後から歩いてくる花琳はにこにこしていて、その彼女の隣ではホールケーキらしい箱を持ったカリンが、気掛かりを含んだ、頭痛を感じさせるような表情を浮かべている。 「……ったく、昨日はヒデェ目にあったぜ……」 絶叫マシーン巡りの地獄を思い出しながら苦々しく言い、昨晩、花琳と合流した後のことも思い出す。 (結局、花琳が何悩んでたかもよくわからなかったしな……) ケーキ屋で突然宣言されたことに頭がついていかなくて、どういうことだ、と朝までずっと考えていた。花琳を見ると、彼女は相も変わらず笑顔を浮かべていて内心が読めない。 「……ああ、心配で胃が痛てェ……」 頭ではなく胃が痛かったようだ。その言葉を聞きつけて花琳がひょこ、と覗き込んでくる。 「お腹痛いの? 大丈夫?」 「…………」 誰の所為だと思ってんだ、と突っ込みたくなった。 「メリクリであります! お三方にはスカサハサンタからプレゼントであります!」 一方、2人の前では、スカサハが溌剌とした元気さを見せてファーシー達にクリスマスプレゼントを渡していた。 「まず、イディア様には機晶ドッグであります! 大切なお友達でありますから仲良くしてください!」 「ばぶ?」 目を覚まして両脇のぬいぐるみをふにふにと触っていたイディアは、機晶ドッグにぱちぱちと瞬きする。 「あ、その子、イディアへのプレゼントだったのね。ありがとう!」 何か違うな、と思っていた理由が解ってファーシーはスカサハに笑顔を向けた。イディアがお礼を言えるようになるまでにはまだちょっと時間が掛かりそうだし、彼女の代わりだ。機晶ドッグはハイローチェアの前で尻尾を振っている。 「お2人にはE.G.G.をプレゼントなのです! 立派なアーティフィサーを目指すなら電子工学も重要でありますから絶対に覚えてくださいね、ファーシー様!」 「え? う、うん……」 E.G.G.を受け取ったファーシーは目を白黒させながら少し操作してみた。内部に入っている情報も勿論だが、使い方が良く、解らない。アクアが額を押さえて軽く息を吐く。 「先端テクノロジーを身に付けるところから始める必要がありそうですね……」 「先端テクノロジー? 何それ?」 「……本当に、私よりも早くアーティフィサーになったんですか?」 きょとんとした顔をされて、アクアはつい半眼になる。それから、スカサハに向き直った。 「……ありがとうございます。使わせてもらいますね」 「うん、ありがとう! 頑張って勉強するわね!」 「…………」 何とはなしに閉口するアクアの傍ら、ファーシーは「あ、そうだ」と思い出したように言った。 「お料理のお手伝いしようって話をしてたのよね。ケーキを作ろうかなって……」 手伝いというより参加してみたい、という気が強い感じだったが、彼女は台所を振り返る。それを聞いて、カリンがはっ、と我に返ったように持っていた箱を突き出した。 「ちょっと待て! ケーキなら、料理下手な奴が作る前に作ってきたぜ! ほらよ!」 「クリスマスケーキ? え、これって……」 「…………」 箱を開けてみて、ファーシーとアクアはそのデコレーションにびっくりした。表面に生クリーム等で、彼女達2人とイディアが再現されている。それがまた、細かく器用に描かれていて可愛らしい。 ファーシーは、きらきらと瞳を輝かせた。 「うわあ……ありがとう!」 「……つっても、テメェ等も何か作りてぇなら面倒見てやるぜ! ボクの教えはスパルタだぞ」 「そう? じゃあ、お願いしようかな」 スパルタの意味が解っていないのか、ファーシーは早速、カリンと揃って台所に向かう。 「……何か、ファーシーと同レベルにされていませんか……?」 一応、最低限食べられる料理は作れると自負しているアクアは、カリンの背に釈然としない視線を送る。ちゃんと自炊が出来る事を証明しようと歩きかけたところで、彼女は同じくカリンを見ていた鳳明にちょこん、と袖を摘まれた。 「……ねえアクアさん、1つ質問なんだけど。そのサンタの衣装って着ないと参加できないとかそういうの?」 「…………」 そういえば、とアクアは改めて周囲を見回す。仮装をしているエース達3人を含め、殆どのメンバーが何らかの扮装をしている。自分達もサンタ服だし、カリンとスカサハも、帽子まで入れたサンタコスフルセットだ。 「そういうわけではありませんが……」 そこで、赤白のサンタ服を着たラスが2階から戻ってきた。サンタ率がまた、これで上がった。 「サンタの格好をしていた方が、クリスマス、という感じがして楽しいと思いますよ。……!」 そして“楽しい”と言った瞬間、アクアはびくりと固まった。 「こんにちは、皆さん!」 工房にルイ・フリード(るい・ふりーど)が入ってきて、隅の方に置かれた椅子に腰掛ける。いつもより、笑顔に輝きが無いような気がするのは気のせいだろうか。昨日のセラとの会話を思い出して微妙に心が乱れたが、それが彼自身を由来とするものなのか彼を見て昨日何度か聞いた『楽しいですか?』という問いに由来するものなのかは解らない。自分でも無意識に今、楽しいという言葉を使っていて―― いつの間にか思考が逸れてしまっていたが、一方でアクアの答えを聞いた鳳明が、明るく言う。 「そっか! じゃあ私もサンタコスしようかな。赤で!」 「あ、鳳明ちゃん、こっちに着替えがあるよー!」 ピノが鳳明を女子更衣室代わりの部屋に案内していく。 「アクアさん、どうしたの? 始めるわよ!」 先に台所に入っていたファーシーが顔を出して声を掛けてくる。アクアは一度思考を切って、とりあえず自分の料理の腕を見せることにした。 「そういえば、これなんだろう……」 台所に飾ってある香辛料の束に、ファーシーは首を傾げた。もっとも、彼女にはそれが香辛料なのかどうかも判別できてはいなかったが。 「そりゃ、ブーケガルニだな。煮込み料理や、魚や肉の生臭さを消したりするのに使うんだ」 「今日は特に使う予定は無かったんですけどね。魔除みたいなものです」 カリンがあっさりと解を示し、エオリアがそこに解説を加える。彼はちょうど、出来上がった七面鳥のローストを運び出すところだった。 「ところでファーシーさん、これから何を作る予定なんですか?」 「うーん、そうね……」 ファーシーは以前、バレンタインのパーティーに行った時のことを、その時に並んでいた料理がどんなものだったかを思い出す。 「パスタみたいなパーティー料理とか、それと、ケーキも作りたいな。これからだとちょっと時間が被っちゃうかもだけど……。でも、ケーキはどれだけあっても困らないわよね!」 「そ、それはどうでしょう……」 明るく言われて少し困りつつ、エオリアは料理を運んでテーブルに並べた。エースはその一角でラスと2人で話をしていて、そちらに近付き話しかける。 「ラスさん、やっぱり似合ってますね」 「そうか? 何か落ち着かねーんだけど……」 「段々と馴れますよ。それと、お土産にシャンパンを持ってきたのであとで楽しんでくださいね」 「あ、ああ……ありがとな」 エオリアはエースの近くにあった荷物からシャンパンを取り出した。それを受け取ったラスは準備がほぼ整った室内を見回した。すっかりクリスマスな雰囲気になった工房に、幾つものケーキが並んでいる。 「何か、ケーキが増えてないか?」 「……ファーシーさんも1つチャレンジするみたいですよ。ケーキはどれだけあっても困らない、とか」 「いや、困るだろ」 まあ、人数も多いし6ホールくらいなら意外と直ぐなくなるのだろうか……否々。 「こんにちは、ケーキを作っていたら少し遅くなってしまいました」 「皆さんお集まりのようですね〜」 (ピ、ピノちゃんがサンタ服……!?) そんな事を考えていたら、志位 大地(しい・だいち)がシーラと諒と3人で機晶工房を訪ねてきた。それぞれに、お菓子の箱を持っている。 「わあ、何か甘い匂いするねー! 諒くん、それ、何?」 「しゅ、シュークリームだよピノちゃん、良かったら一緒に……」 「うん、後で一緒に食べよっ!」 「いらっしゃい、お菓子持ってきてくれたんだ。ありがとう。あれ、で、作ってきたケーキっていうのは……?」 ピノと一緒に大地達を出迎えたモーナが首を傾げる。大地はパーティー会場となった工房の様子をざっと見てから、少しばかり苦笑した。 「外の小型飛空艇に積んであります。お菓子を持つと運べない大きさのものなので……」 そして、テーブルに設置されたケーキは、3段重ねの豪華なものだった。ウエディングケーキとまではいかないが、確かな大きさと重量感がある。重ねたケーキを生クリームで繋げる作業をしながら、大地は言う。 「ちょっと、大きすぎましたかね……?」 「……もういいんじゃね? でかくても……」 クリスマスというよりはケーキの大食い大会になったような印象も拭えないが……これはこれでまたパーティーだろう、と投げやり気味にラスは思った。