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リアクション
●サプライズ・アフター・サプライズ(2)
野外ステージ付近。
バンドの奏でる激しいビートがウルディカ・ウォークライ(うるでぃか・うぉーくらい)の耳を打つが、彼の耳に音楽は届いていなかった。『音』を感じることと『聴く』こととは違う。それを彼は体得している。
精神を研ぎ澄まし、彼は探した。
「脱走癖でもあるのか、エンドロア……」
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)の姿を探した。
先日の事件のあと寝込んでいたグラキエスだが、無断で忽然と消えたのである。
「しかも一人で出歩くだと? 何かあったらどうする!」
ウルディカは腹を立てていた。何かあってからでは遅いのだ。
グラキエスはもう少し、自分の状況というのを知るべきだとウルディカは思っている。禁紋、それにガルム等の補助でやっと活動していながら、隙を見ては脱走する。そんなことをしていい状況でも体力でもないはずだというのに……追跡する側の立場も考えてほしいものだ。
ポートシャングリラ方面までグラキエスの足跡を追うことができた。広大なシャングリラ内で彼を見つけられるかはわからないが……。
ステージが終わった。ローザマリアが手を振って舞台から降りる。
「やはり来ていたか」
バラバラと散り始める人々のなかに、ウルディカはグラキエスの姿を見つけた。グラキエスは炎のような赤毛の長身、見つけやすいといえば見つけやすい。
「……む?」
だがウルディカは駆け寄ろうとして足を止めた。
グラキエスが女性と話している。
やはり長身の彼女は、下手をするとグラキエスより背が高いかもしれない。
「これは覗きではない。見守っているんだ」
自分に言い訳するように言って、ウルディカは身を隠し双眼鏡を取り出した。
見守るとしよう。
グラキエスがここに来たのは単なる偶然だ。
だが、派手なステージに興味を持って近づいたというのは事実だった。
バンドの演奏が終わった後、散り散りになる観客のなかに、彼はローラの姿を認めた。
「Ρ(ロー)……」
かつての『グラキエス』、記憶を失う前の彼は、彼女と親しかったという話である。
どれくらい親しかったのだろうか。以前の『グラキエス』ではないということを告げたとき、ローラは激しく落胆した。涙すら流した。
それを思うと、浅からぬ関係であったとは想像が付く。
親友だったのだろうか。
恋人、だったのだろうか。
「グラキエス!」
グラキエスの姿に気づいたローラは、連れ(エメラルド色の髪をした少女)に別れを告げて彼の元にやってきた。
「会えてよかった」
グラキエスは心からそういった。
「オロチの一件について、謝りたかった」
それを聞くやローラは意外そうな顔をする。
「グラキエス、ワタシのこと、救ってくれたね。謝ること、なにもないよ」
「いや、あのとき、緊急時とはいえΡのデータを持っていた事と、それを利用して追ったことを謝っておきたい。もっと早く会えれば良かったんだが、しばらく寝込んでしまってな……」
「寝込んでた? 大丈夫なのか?」
「ああ、今はな」ウルディカが聞いたら激怒しそうなことを彼は言った。
「ならよかった。データのことならワタシ、気にしてないね。むしろありがとうと言いたいよ。グラキエスには、いっぱい、よくしてもらった」
ふわりとローラは笑みを見せた。
――そうか、俺が見たかったのはΡの笑顔だ。
グラキエスは静かに息を吐いた。これが見たくて、抜け出してきたような気がする。
八岐大蛇の一件で彼は自覚した。
破壊の為の力……自身の体に潜在的にある能力は、まぎれもなく『グラキエス』のものだと。
『核』の制御を失って乱れた魔力に、体も精神もかき回された。それが記憶を失う元になったということは想像が付く。
つまり、こういうことになる。
魔力を完全に制御できるようになれば、記憶も戻るかもしれない。
そうしたらΡは、この、彼にとって謎めいた女性は……心から笑ってくれるだろうか。
しかしそれを告げるのはためらわれた。ローラをぬか喜びさせるだけに終わりかねないからだ。
「Ρ、俺は」
「うん?」
「記憶を失って以来、皆が生きろと言うから生きてきた。自発的な理由なんてなく、受身で存在してきたといえるかもしれない。
けれど最近は……うまく言えないが、皆と一緒に生きたいから生きている。皆がいる世界は居心地がいいから……Ρのいる世界が好きだから」
すまん、わけのわからないことを言ってしまって……と早口で告げるも、ローラは、うん、と言ってくれた。
「ワタシも、グラキエスのいる世界が好きよ」
しばらく、言葉なく二人は見つめ合った。
そして、再会を約して別れたのである。
緑の髪の少女の元へ戻るローラの背を見送り、来た道を引き返したグラキエスを、なんとも表現しがたい複雑な表情をしてウルディカが待っていた。
「――ああ」
「『ああ』、じゃないだろう、まったく、どれだけ探したと思っている……帰るぞ」
ウルディカは彼の腕を取った。
「帰ろう」