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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●ハートせつなく

 つてをたどって聞いたら、と、息を弾ませながら柚木 桂輔(ゆずき・けいすけ)は言った。
「バザーに行ってる、って話だったから」
 ローラ・ブラウアヒメルはそんな彼を見て、目を丸くしているのである。
「うん、そうだったけどワタシ、午前中は別のとこ、いたし、ステージで友達のライブ、観てたりしてたから……よく見つけたね?」
 でも、と彼女は満面の笑みを見せた。
「会えてうれしいよ。ワタシ、一人になったとこ。だから、一緒に行けるひとができて嬉しいネ」
 なんだろう、ローラが笑うと、それだけで世の中が明るくなるような気がする。大輪の花が咲いたときのように。
 あえて言っていないが今日、ローラと会うためには非常に苦労した桂輔なのである。歩いた距離だけでも、ポートシャングリラを二週くらいしたに違いない。けれどその疲れも、彼女の笑みで吹き飛んだ。
 コホン、と咳払いして息を整え、桂輔は言った。できるだけ、何気なく。力んでいると思われないように……。
「ああ、じゃあこれからデートしよう。ローラ」
「デート? デートってなにすること、だっけ?」
 きょとんとしたその表情からして、ローラはとぼけているわけではなさそうだ。
「ええと、仲良し同士で遊びに行くことだよ」
 恋人同士とか好きな人同士とか、そんな言葉を出せなかったのは……まだ桂輔にためらいがあるからかもしれない。あるいは、拒絶されることへの怖れか。
 けれど杞憂だったようだ。
「うん、行こう行こう。桂輔とローラ、仲良しね!」
 仲良し……『友達』と同じ程度の言葉だろうか。
 やはりいっそのこと『好き合っている同士』とか言うべきだったどうか。
 いや、それでもローラのことだから、あっさりと「ワタシ、桂輔のこと好きよ」とか言いそうな気がする……深い意味ではなくて――などと悶々、色々考えてしまう桂輔は、まだティーンエイジャーの青春盛りなのである。
 バザーといっても出されている商品は色々だ。もちろん服も数多い。
「そういえば、ローラの服の好みって知らないなあ」
 今日だって彼女は、蒼空学園の制服姿なのである。
「ワタシ、あまり服ってもってないね。休みの日もほとんど制服……桂輔、ワタシ、どんなのが似合う思うか?」
「う〜んローラに似合いそうな服か。ローラはスタイルいいからノースリーブにショートパンツとか似合いそうだなぁ、でもマキシ丈のワンピースとか着ても可愛いだろうなぁ……」
 本当に、どれを着ても絵になると思う。
「でもワタシ」
 少し寂しそうにローラは言った。
「背がおっきいから、あまり服を選べないね……」
 おっきいのは背ばかりではないわけで、バストは豊かでウェストは締まり……要するにモデル体型の彼女なのである。
「そぉなんですよ、ローラちゃん!」
 唐突にそんな声がして、二人は驚いて立ち止まった。
「背があったらどうしても着る服が限られてくるのよ……! メーカーさんはもっとサイズに幅を作ってほしい! これ、切実な願い1」
 と言うのは五十嵐理沙だ。野球チーム『SPBワイバーンズ』のユニフォームをアレンジした服装である。たしかに理沙は、ローラに匹敵する身長の持ち主だった。ちゃんと測ればローラより大きいかもしれない。
 くるりと理沙は振り返って明るい声でキャッチを入れた。
「はい、『ワイバーンドールズの旅して乾杯』! 一転してバザー会場にやってきました〜☆ 大盛況ね!」 、
「いきなり驚かせてごめんなさいね。深夜番組のロケ中なのですわ。ほら、あそこ、カメラ回ってますでしょ?」
 やはりユニフォームアレンジのコスチューム、こちらはセレスティア・エンジュだ。
「わ、テレビ!? 恥ずかしいよ」
 ローラは桂輔の後ろに隠れようとするのだが、案の定はみだしている。
「まあまあ、そんなに長時間は映らないと思うから」
 と理沙はローラを引っ張り出して続けた。
「私たち、野球応援アイドルやってるのよん。これウチのチームの応援歌」
 理沙の言葉にあわせて、どこからか(セレスティアの携帯音楽プレイヤー)から彼女たち(ワイバーンドールズ)の唱う応援歌が流れてきた。
 明るいポップソングということもあって、ローラもすこし和んだようだ。まだカメラを意識しているが出てきた。
「今日は偶然、友達のローラちゃんとバザー会場で出会っちゃったわけなんだけど……」
 カメラを向いて理沙は言い、続けてローラに聞いた。
「それで、お二人は今日、お買い物?」
「うん、デートね」
 おおっ、と理沙とセレスティアは顔を見合わせた。
「ということはそちらの彼はもしかしてボーイフレンド?」
「そう、仲良しさん」
 今度は桂輔がインタビューされる番だった。
「あ、はい、仲良しさん……だよ」
 実際の番組放映時はここに『柚木桂輔さん(17)』とかテロップが出ることだろう。
「さっき服の話してたみたいだけど、柚木さんはローラちゃんにどんな服を着てもらいたい?」
 普通の状態であれば、桂輔も穏便な回答をしただろう。ところがカメラの魔力か、
「俺の好み的にはスカートは短めのが好きなんだけど、怒られそうだから言わないでおこう……」
 緊張した彼は、ついポロリと本音で話していたのだった。
「えっ? 声に出てた!?」
「スカートが短いとなにかいいことあるのか?」
 ところがどうもローラはずれているので、そんなことを聞いたりする。
「いや、それは……長い脚と下着が見えやす……」
 これもローラは普通に受け止めるかと思いきや、
「桂輔のエッチ−!」
 どーん。桂輔を両手で突き飛ばした。
 ……さすがにローラも、そのくらいはわかるようになったということだ。
 
「……ごめんね桂輔、痛くなかったか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。それに俺が悪かったわけだし……」
 ワイバーンドールズと別れ、二人はバザー会場内のベンチで休息を取っていた。
「それで、お詫びのしるしってわけじゃないけど」
 桂輔はポケットから何か出してローラに渡した。
 小さなケース。開けた中身は……ペンダントだ。若葉のような飾りとペリドットがあしらわれている。
「ローラを探している途中で見つけたんだ。ローラの瞳と同じ緑色してて……つい買っちゃった。似合うと思うぜ……まぁ俺の好みだけどな」
「わあ!」
 嬉しさで目を輝かせたローラだが、はっと気づいて首を振った。
「……だめよ、こんな高いもの。嬉しいけど、もらえないね。気持ちだけでいいよ」
 ケースの蓋を閉めて返してきた。
「いや、そんなに高いものじゃないぞ」
「嘘、これのために三日飲まず食わず、とか、するはめになってない?」
「まさか」
 実際、そこまで高いものではないのだ。説得してついに、桂輔はローラにケースを渡した。
「かけてあげるよ」
 ペンダントが彼女の胸に下がった。予想通りだ。よく似合う。
「飲み物買ってくるからローラは先にここで座って待っててくれ。何か飲みたい物あるか?」
 と聞いてベンチを立ち、自動販売機に桂輔は向かった。
 少し振り返って見ると、ペンダントを手に取って、ローラがニコニコしているのが見えた。やっぱり、年頃の女の子なのである。
 ローラは炭酸飲料、桂輔は冷たい缶コーヒー、二人並んで腰掛けた。
「今日は楽しかったぜ。付き合ってくれてありがとな」
「こちらこそ。本当に、ペンダント、ありがとうね。大事にするよ」
「それは嬉しいな」
 頭上は青い空、バザーはやっぱり賑やかで、隣には大好きな女の子がいる――なんていうか、今日は満点という気分だ。
 本当のところを言えば桂輔は彼女に、自分と出会う前のクランジ時代のことも聞きたかった。 
 でも、焦ることはないと思う。だから自分から過去のことを質問したりはしない。
 待つとしよう……ローラが自分から話してくれるまで。