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若葉のころ~First of May

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若葉のころ~First of May
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●再会の街角

 耀助の姿を見るなり、那由他は拳を振り上げた。
「遅い! どこ行ってたのよ!」
 だから集会のあと直行しようと言ったのに……と那由他は怒り心頭の様子だ。
「悪い悪い。荷物が多すぎて困っている人を手伝ったりしていたもんで……」
「嘘言いなさい! ナンパでしょ、どうせ」
「いや本当なんだけど……」
 まあまあ、と度会 鈴鹿(わたらい・すずか)が二人の間に割って入った。
「いいではないですか。待っている間、私たちも立ち話できて楽しかったですし」
「おたがいの共通点などを見つけ、親交を深めることができました」
 アルセーネ・竹取(あるせーね・たけとり)も言う。
「二人とも、そうやって耀助を甘やかすと、この人つけあがるわよ」
 ところが那由他はまだ怒っており、耀助に「そんな殺生な〜」などと言われている。
「ま、良いではないか」
 織部 イル(おりべ・いる)が言った。
「今日は晴れの日、妾は寛大な心で遅刻を許そう」
 その言葉通り、本日のイルは普段とは扮装が違う。曰く、「ふわふわのシフォンのわんぴーす」とのことで、たしかにお嬢様風の装い。加えて髪はツインテールで、お人形さんのような美少女ぶりなのだ。
「我も気にせん。ようやく揃ったゆえ、そろそろ行こうではないか」
 たまき(鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ))の提案に、ありがとう……と耀助は目をうるうるさせた。那由他の折檻がよほど恐ろしかったのだろうか。
 本日、鈴鹿が呼びかけて、那由他と耀助、アルセーネを誘って、イル、たまきともども買い物に行くことになっていたのだ。
 それにしても、なんとも和風な一行だ。珍しく洋装のイル以外は、鈴鹿とアルセーネと那由他が巫女装束、耀助は忍者で、たまきもアレンジが入っているとはいえ和装なのである。ちょっと眼を惹く集団といえよう。
 自然、会話は服装のことになった。
「那由他さんもアルセーネさんも、お洋服をお召しになった事はおありでしょうか?」
 鈴鹿の問いにまず応じたのはアルセーネだ。
「そうですね……どうしても制服を着用する必要があるとき以外はほとんどありません。持っている洋服も季節で二着程度でしょうか」
「私は夏場なら結構着るけどね。まあ、楽なのは巫女装束なんだけど」
「たまきさんも機会がなさそうですね」
 たまきは首肯した。
 地球時代は鈴鹿もセーラー服を着用していたと言う。
「ですが私も、パラミタに渡ってからは時々しか洋装しないのですが、たまにはいつもと違うお洒落をしてみませんか?」
「いいですね」
「やってみよう!」
 目指すは、女性向けのブランドショップが並ぶ一角だ。
 これからの季節をテーマに、一行は初夏向けの服を次々と手に取る。互いに見せ合ったり、「これなんてどう?」と意見を聞いたり……。
「可愛らしいデザインの新作が出ていますね」
 鈴鹿がアルセーネに見せたのは、澄んだ蒼色のサマードレスだ。
「素敵ですけれど……似合うでしょうか」
「なあに、ならば試せばよかろう。妾がこーでぃねーとの手伝いをばして進ぜる」
 イルがそそくさとアルセーネを試着室に案内した。
 つづいて鈴鹿は、那由他にも服を渡す。
「那由他さんは淡いピンクが入ったものがお似合いになりそうです」
 可愛らしい花柄のチュニックだ。控えめな桃色がお洒落である。
「うわー、いいの見つけてくれたわね。よし、試着してみよっと。あとこれとこれとこれも試したいなあ」
「うむ。じゃが試着室への持ち込みは、二着までじゃ」
 しかし心配無用、とイルは残りの服を手にして試着室の前にスタンバイした。
「終わったら渡すがよい。交換に別のを渡すぞ」
「ありがとう、恩に着ちゃうよ」
 かららっとカーテンを引いて那由他は試着室に消えた。
「たまきさんは、赤やモノトーン系ですかしら……?
「うん……」
 こくっと一礼してたまきはシックなワンピースを受け取った。
「そんな鈴鹿ちゃんは服を選ばないの?」
 女の子が楽しそうにしているのを見るのが好きなのだろう。耀助はにこにこして言った。
「あっ、皆さんに提案するのが楽しすぎて、つい」
「なら俺が選んであげるよ。えーっと、露出度が高いのは……っと」
「もうっ、耀助さんったら」
 ――こんな風に穏やかな時が過ごせるなんて……。
 鈴鹿は改めて思った。
 あの日それぞれの場所で闘った皆様に感謝しなければ、と。
 皆の奮戦がなければ、こうして彼らと再会することもかなわなかっただろう。

 敷地が広いポートシャングリラには、腰掛けて休憩できるスペースが随所に用意されている。
 ここもそのひとつ。通称、水瓶座(アクエリアス)の広場だ。円形の噴水が描く放物線は、見ているだけで涼しくなる。
 その噴水の前を通って、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)はカジュアルウェアの専門店に入った。
 手にはすでにいくつか袋を提げているが、いずれも日用品や食料品の店のものだ。本日、レジーヌのパートナーたちは思い思いの休日を楽しんでおり、彼女は独り、日用品や食料品の買い出しに来ているのだった。
 といっても絆創膏やノコギリ、砂糖にジャガイモばかり買って帰るのも味気ないだろう。春物一掃バーゲンで私服を買おうと、彼女はこうして店に立ち寄ったのである。やはり女子、服の店に向かう足取りは軽い。
 さて店に入ったはいいのだけれど……。
 レジーヌは立ち尽くしてしまった。
 自分にどんな色の服やデザインが似合うか、よくわからない。
 パートナーたちと来ているなら、色々とアドバイスももらえるのだが、自分で選ぶとなると途端に自信がなくなる彼女である。アーミールックだったら実用性重視で選べるけれど……可愛い服にどんな実用性を求めよというのか。
 かといって、店員に訊くというのもためらわれる。
『こんにちは、私、普段は軍服を着ているんですが、女の子らしい服ってどう選べばいいんですか』
 ……なんて言うのはちょっと恥ずかしい。それに、男女兼用の店だからか妙に男性の店員が多いし……。
 それでもおずおずと、パーカーなんかを手に取ってみる。
 ――そういえば、小山内南さんってどうされているんでしょう。
 ふとレジーヌはそんなことを思った。
 噂で聞いたのか直接本人から聞いたのかは忘れてしまったが、彼女も服を選んだり買ったりするのは苦手だという話だ。普段はあまり服を買わず、バーゲンでまとめて買うとか……。
 ずいぶん彼女とは会っていない。最後に会ったのは去年の春で、もう今は夏の足音が聞こえはじめた若葉のころ。
 ――もう1年もお会いしていないのですね、お元気でしょうか。パートナーのカエルさんと無事に再会できたと噂で聞いていますが本当に良かったですね。一度カエルさんにもお会いしてみたいですね。
 もしかしてここでお会いできたりして、まさかね。
「レジーヌさん?」
 そのまさかだった。
 小山内南が肩にカエルのぬいぐるみを乗せ、買い物カゴを下げてやってくるのが見えた。
 やはり契約者(コントラクター)同士には、引き合う力のようなものがあるのだろうか。
「お久しぶりです!」
 ぺこっと二人、ほぼ同時に頭を下げた。
「お元気でしたか?」
「おかげさまで……レジーヌさんは?」
「はい、相変わらずといったところです」
 南は本当に嬉しそうだった。
「なあなあ、ワイのことも紹介したってや〜」
 ぬいぐるみがしゃべった。そう、彼(?)こそゆる族のカースケ、見た目は愛嬌があるが、口を開けば小さいおっちゃんといった風情である。
 カースケの紹介がすんで、二人は話に花を咲かせた。
 聞けば南は『授業』の帰りで、レジーヌ同様買い物に来ているのだという。
 レジーヌと南、境遇も育ちも所属の学校も違うが、どことなく共通したところのある二人だ。一年以上のブランクなどあっという間に埋まって、級友のように他愛ない話に興じた。
 学校のこと、最近のできごと、どんな服がほしいか。それに食べ物のこと、読んだ本について……。
 話しながら服を選ぶ。南にないセンスはレジーヌが、レジーヌに不足しているところは南が、というように補い合って買った。とくに目的を決めず何軒か、店を回ってはおっかなびっくりのぞいてみるのも楽しい。
 やがて南が言った。
「レジーヌさん、電話番号を交換しませんか? 長く会えないと寂しいので」
「いいんですか? つまらない用件で電話するかもしれませんよ?」
「むしろしてください、なんでもないことで」
 だって、と南は言った。
「私、レジーヌさんのこと、お友達と思ってますから」
 レジーヌは軽く頬を染めて、
「私も」
 と言った。
 友達同士、お茶にでも行こうじゃないか。