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東カナンへ行こう! 4

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東カナンへ行こう! 4
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リアクション

 小島はくびれのゆるいひょうたん型をしていた。たいして面積はなく、一番離れている端と端で約1キロ程度だろうか。もっと短いかもしれない。汀線に沿って歩いても、ほんの十数分で1周できてしまうだろう。
「お姫さま……こんな小さな所に……閉じ込められているの?」
 及川 翠(おいかわ・みどり)は目をこすりこすり下を見下ろした。昼間の水遊びの疲れが出ているのは間違いない。クレアに連れられたジャファルから、これから一緒に塔に入ってシャディヤ姫を助ける手助けをしてほしい、と乞われたとき、翠は眠る寸前だった。
 夜風にあたったり移動したりでなんとかここまでは意識を保ってこられたが、そろそろ限界か。
「おっと」
 ふらふらしている翠を危なっかしいと見守っていたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)が、いち早く気づいて手を差し伸べた。ほぼ同時に翠の集中力が霧散し、空飛ぶ魔法↑↑が消失する。
 ドサッと音をたてて抱きとめた翠に、ふうっと思わず息を吐いた。
「ミリア、翠は大丈夫?」
 心配してティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)が空飛ぶ箒シュヴァルベを寄せてきた。
「ええ、大丈夫。昼間の疲れで眠っちゃっただけよ」
「そっか。翠、すっごくはしゃいでたもんね」
「このまま起こさないでおきましょ」
 ミリアは抱き方を変えて翠の位置を調整すると聖邪龍ケイオスブレードドラゴンを下に向けた。
「ふぇ〜、こうして見ると、結構大きな塔さんですねぇ〜」
 先に下りていたスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)は、ぼんやりと下から塔を見上げて感想をつぶやいた。
 のどをめいっぱい伸ばしても、屋根が見えなかった。まるで月に突き刺さっているようだ。
「こんなに大きかったですかねぇ〜?」
 ふむ、と考える。
 昼間翠たちと一緒に泳いでいたときは特に興味も持たず、何も考えていなかったので、どんなふうに見えていたかほとんど記憶に残っていなかった。上から見たときは、普通に小さく感じられたのだけど。
 次にスノゥは塔の壁に着目した。何で造られているか不明だが、円筒のような壁はうす桃色をしている。ほのかに白く発光しており、じーっと見ても継ぎ目が全く分からない。触れようとしたとき、翠を背負ったミリアが呼んだ。
「スノゥ! こっちよ、来て」
「……はいですぅ〜」
 スノゥはひょこひょこミリアたちの元へ向かった。


 塔を回り込んでみると、ミリアの向こう側に全員がそろっていた。
「では、今から塔を入口を開きます」
 ジャファルが前に進み出る。懐からガラスの鍵を取り出し、頭の高さで塔にかざした。
 発光する塔に呼応するようにガラスの鍵が輝き始める。まるで人間には聞こえない領域で会話をしているように、塔の光が強まり、波打ちだす。ガラスの鍵が発する光も同じように波打ち始め、そのリズムがだんだんと重なって、ガラスの鍵の輪郭線がぼやけだしたときだった。
「!!」
 塔と鍵に注目していた全員の背筋が、一斉にぞわりと総毛立った。
 不可視の圧力というのだろうか? すさまじい圧迫感に心臓をつぶされそうになりながら、全員そちらをふり仰ぐ。
 そこには、夜空を背景に1人の老人が浮かんでいた。
 夜風になびく房飾り付きのカフタン、シャルワール、サッシュベルト。フェズと呼ばれる帽子、バブーシュにまですべて宝石飾りが配され、まるで王族を思わせる豪華な衣装をまとっていたが、その面も杖を持つ手も、何千年も経た古木のように深いシワの溝が刻まれている。フェズにほとんど隠れているが、きっと髪は真っ白だろう。
 今にも倒れ、起き上がることなく死してしまいそうな老人。しかし窪んだ眼窩の奥の青い両眼は狂気を宿し、憎悪に爛々と輝いていた。
「ジャファル。またきさまか」
 嗄れた声からもはっきりと分かる、今にも悪意がしたたり落ちてきそうだ。
「フッ。もとよりうぬ以外、この地に来ようはずもないか」
「ハディーブ。わたしはあなたと争う気はない。ただシャディヤを解放してあげてほしい」
 ハディーブは答えず、彼の周りにいて身構えている者たちに視線を向けた。
「ふむ。今回は知らぬ顔を集めてきたか。しかしいくら数をそろえようとも無駄なことだ。全員――」

「そうとは限らぬぞ!!」

 唐突に、どこからともなく高らかと、突き抜けていっそ爽快と思える声が降ってきた。
 いつからそこにいたのか、ハディーブとは塔をはさんで対象位置に、機晶戦闘機 アイトーン(きしょうせんとうき・あいとーん)の姿があった。普通の戦闘機にホバリングは不可能だが、アイトーンは厳密には機晶姫なのでそういったことも可能なのだ。
 その上にドクター・ハデス(どくたー・はです)が颯爽と立っているのを見ても、もう下にいる全員(クレアから説明を受けている最中のジャファルを除いて)すでに予想済みで、だれも驚きはしなかった。
「きさま?」
 ハディーブがうさんくさそうにハデスを見る。
「フハハハハハ!! 我が名は天才科学者、ドクター・ハデス! 秘密結社オリュンポスの若き幹部だ!!」
 まるで知っているのが当然とばかりの堂々たる名乗りにハディーブは少しとまどいを見せ、警戒を強める。しかしハデスはなぞの落ち着きで大胆不敵にもハディーブにこう言い放った。
「ククク、ハディーブよ。こんなところに愛する姫と2人だけでは寂しくないかね? よければ、我らオリュンポスと同盟を結び、共に世界を征服しないか? そうすればおまえたち2人の邪魔をするものなど、誰もいなくなるぞ?」
「……よけいな世話だ。わが魔力を持ってすれば、だれもシャディヤに近付くことはできぬ」
「ほう。それは大きく出たものだ。
 まあしかたあるまい。なにしろおまえは数百年前のカナンの魔術師。秘密結社オリュンポスの威光を知らずとも不思議ではない。
 ペルセポネ!」
「は、はいっ!!」
 後ろで控えていたペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)が、やや緊張した面持ちで立ち上がった。
「我が発明品、『時空間歪曲システム』を起動させるのだ!!」
「わ、分かりました、ハデス先生っ!!」
 ハデスの背中に向かってピッと敬礼し、いそいそとペルセポネがハデスの 発明品(はですの・はつめいひん)の元に近付いたときだった。

「待って!!」

 風馬 弾(ふうま・だん)が叫んだ。
 声の勢いに押されたように、思わずペルセポネは動きを止めて弾を見下ろす。
「待ってください! あなたたちが何をしようとしているかは分かりませんが、どうかジャファルさんの邪魔をしないであげてくださいませんか? この塔には閉じ込められているお姫さまがいて、彼はその人をここから出してあげたくて来たんです!!」
「そ、そうです!」
 彼らを必死に説得しようとしている弾を見て、ノエル・ニムラヴス(のえる・にむらゔす)も勇気を振り絞って懸命に呼びかける。
「ずっとここに閉じ込められて、だれとも会えないなんて、かわいそうです!」
 ノエルも弾も、状況は違えどかつて孤独に生きた経験があった。そのときの思いから、自分の意思でなく突然家族や友人から引き離され――しかもその者たちはとうにこの世から去り――塔に閉じ込められている姫君の孤独を思うだけで、胸が痛いほど締めつけられるのだった。
「お願いです……。あなたも機晶姫です。だれからも忘れ去られて、それでも何百年と生き続けなくてはならない孤独が分かるでしょう……?」
 ノエルはペルセポネに切々とうったえる。
 しかしペルセポネは若干15歳。もともとの天衣無縫さもあいまって、まだそういった孤独を我がことのように感じるには難しかった。それに、すでに彼女はハデスから微妙に誤った説明を受けていた。
「お孫さんと2人で静かに暮らしているおじいさんを、みんなで寄ってたかって悪人に仕立てあげて襲おうとするなんて、ひどいです。絶対あなたたちの方が間違ってます! そんな人たちは、私が追い払ってあげます!!」
  ――ガチャコッ!

 ペルセポネはハデスの発明品のスイッチを入れた。
  ピーーーーッ、ピーーーーッ、ピーーーーッ、ピーーーーッ

 緑のランプがついて、ハデスの発明品が作動開始する。
「フハハハハハッ!! ハディーブよ、今我がオリュンポスの最高傑作を見せてやるぞ!! これはな、なんと年老いたおまえを若返らせることができる装置なのだ!!!」
「……ほう?」
 それまで何の関心も見せなかったハディーブが、初めて興味をひかれたような声を発する。
「名付けて『時空間歪曲システム』!!」
 そのときハデスの発明品から音声が流れた。
「時空間歪曲しすてむヲ起動スルタメニハ、高出力ノ機晶えねるぎーヲ注入シテクダサイ」
「よかろう! 我が力を受け取るがいい!!
 ペルセポネ! アイトーン! おまえたちもだ!!」
「了解ですっ、ハデス先生っ!!」
「おうともよ!!」
 ハデスの発明品に3人のタイムコントロールがそそがれる。これにハデスの発明品自身のタイムコントロールが加わり、混ざって、未曽有の、ビックバン的な力が生まれて、一条の光もない混沌とした闇から、超科学的な何かが放出――――――……
  ピーーッ、ピッ、ピビッ、ピビビビビッ


「……んっ?」

 ハデスの発明品があきらかに異音を立て始めたことに全員が気付いた。
 ブルブルガタガタ、まるでダンシングドールのような変な動きをして、いたる所から黒煙を吐き出し始める。
「しすてむニえらーガ発生シマシタ。コレニヨリ、当機ハ自爆シマス。繰リ返シマス。しすてむニえらーガ発生シマシタ。コレニヨリ、当機ハ自爆シマス」
「なんだと!?」
「爆発マデアト1分。59、58、57、46、35、24……」
「ちょっと待て! おまえそのカウントおかしい!! 俺はそんな設定してないぞ!!」
「ハデス先生! 機械にツッコミ入れるより先に、逃げましょう!!」
「……13、2、1」
 ハデスを抱えたペルセポネがアイトーンから飛び降りると同時に、ピカッと閃光が走った。爆発音が響いて、爆風と黒煙が広がる。
「いまだ!」
 けほっけほっと咳き込む影に向かって、光条兵器を手に弾が斬り込んだ。もちろんハデスを殺さず捕縛する目的で人を斬れないように設定してあり、使用方法は鈍器だ。
「やあっ!!」
「ぬをっ!?」
 これを偶然避けることができたハデスはあたふたと弾から距離をとる。
「ぺ、ペルセポネ! アイトーン!」
「任せろ、ドクターハデス!」
 上空でアイトーンの力強い声がした。あの爆発に何の影響も受けなかったらしいことが分かる。
「ペルセポネ、俺様と機晶合体だ!」
「分かりました!!」

「「機晶合体!!」」

 アイトーンとペルセポネ、2人から同時に言葉が発せられた瞬間、アイトーンがバラバラにパーツ分離した。それらが地上のペルセポネ専用パワードスーツにウィングやブースターの形で次々と合体していく。そのすべてが収まるべき所に収まったとき、そこには機動力と防御力が強化された『合体機晶姫スカイ・オリュンピア』が立っていた。
「ハデス博士を傷つけようとする者には、容赦しない!!」
 雄々しい宣言とともにスカイ・オリュンピアは龍覇剣イラプションを手に弾へ斬りかかった。
「速い!?」
 アイトーンの機動力を駆使したスカイ・オリュンピアの一撃は、反応できずにいた弾のかまえていた光条兵器にたまさかぶつかった。スカイ・オリュンピアとしては彼が動き、そこががら空きになると読んでいたのだろう。弾が思った以上に戦闘慣れしていなかったことが幸いした。
「弾、逃げてください!!」
 ノエルがバニッシュを次々と放ち、スカイ・オリュンピアの接近を阻もうとするが、スカイ・オリュンピアはそれらをすべてかわしてさらに弾への距離を詰めていく。
 そのとき、空を裂き走る2つの銃声が2人の間を分けた。アクロバットで即座に回避行動に入ったスカイ・オリュンピアの元いた位置に柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が下り立つ。
「これ以上おいたはさせねーぜ、お嬢ちゃん」
 ニッといたずらっ子のように笑って立ち上がる。動きは緩慢で一見無防備に見えるが、その手に握られたイーグルアイの銃口はしっかりスカイ・オリュンピアを捉えていた。
「こっちは制限時間つきで、手加減してやってるヒマがねえ。
 ちょーっとばかし痛い目を見てもらおーか」
 連射された銃弾を、スカイ・オリュンピアはイコン装甲に匹敵する防御力を誇るアブソリュート・ゼロで防御する。氷壁の破片が飛び散るなか、スカイ・オリュンピアは再び攻撃を開始した。目標は恭也だ。放たれたショックウェーブは周囲の砂塵を巻き上げながら恭也へと迫る。
「ちっ」
 舌打ちをしてポイントシフトでこれを回避した恭也は、そのままスカイ・オリュンピアとの間合いを詰めた。
「そのアブソリュート・ゼロで、これを防げるかな?」
 鼻を突き合わせる距離で意地の悪い笑みを浮かべ、MK3改のピンを歯で抜くと、4まで数えてスカイ・オリュンピアの体に引っかけた。そして相手がそれに目を奪われている隙に、思い切り湖に向かって蹴り飛ばす。
 再びポイントシフトで十分距離を稼いだ直後、激しい爆発音とともに巨大な水柱が上がった。
 水煙が周囲をぼやかせ、雨のようにふりそそいだ湖水に視界を奪われる。
 そのすべてが収まったとき、しかしスカイ・オリュンピアと思われる物体は浮かんでこなかった。わずかに破片が湖面に散っているだけだ。
「……逃げられたな、こりゃ」
 恭也が予想していたよりずっとスカイ・オリュンピアの防御力と装甲は強化されていたらしい。スカイ・オリュンピアとの戦いの前にディメンションサイトで把握していた位置にハデスの姿もなく、そして空中にいた老魔術師ハディーブもいつの間にか消えていた。
「さあ、お姫さん助けに行こーぜ」
「あ、はい……」
 今しがた目にしたコントラクター同士の戦いに、いまだ驚きから覚めないジャファルだったが、すぐ気を取り直し、再びガラスの鍵を塔に向かい掲げる。ガラスの鍵は塔の光と同調するにつれて輪郭をぼやかせていき、ジャファルの手のなかから完全に消失すると同時に塔の壁に扉が出現したのだった。