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東カナンへ行こう! 4

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東カナンへ行こう! 4
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リアクション

 階段を駆け上がった一同は、やはり上からくるアンデッドたちと出くわすことになったが、しょせん相手は動く死体というだけにすぎない。下の階のときのように階段が見えないほどならともかく、わずか十数程度のアンデッドでは、足止めにもならなかった。
「どきなさい!!」
 レゾナント・テンションとアブソービンググラブをつけたリカインが蹴散らしていく。
 やがて彼らは階段をのぼりきり、次の階へとたどり着いた。
 そこは広間のように広々とした空間で――壁が全く見えない。天井と、床と、数十本の柱があるだけだ。
「これは……」
 ミリアがとまどっていると、ぐるると獣の威嚇の声が聞こえてきた。殺意を含んだ低音のうなり声。広間を反響して、どこから聞こえてきているのか、出所が分からない。
「どこなの?」
「ミリア、あそこよ!」
 ティナが真っ先に気づいた。
 ギリシア遺跡を思わせる、左右シンメトリーに並んだ柱の両方から有翼のライオンが2頭現れる。全身から魔法のにおいがする2頭は、1頭は赤くゆらめく炎のたてがみをして、もう1頭は白氷舞う氷のたてがみをしていた。目も、やはり赤と青だ。
「ティナ、スノゥ、用心して」
 ライオンから目を離さず、危険な兆候があればすぐさま対処できるようにしながら、ミリアは背中ですぅすぅ寝息をたてているを柱の影に下ろす。そして向かいの柱の影で腰を落とし、柱にしがみついて震えている河馬吸虎を見た。
「河馬吸虎さん、この子をお願い」
 なんだか先からずっとビクビクして震えるばかりの頼りなさそうな女性だけど、ほかにいないから仕方ない。
 河馬吸虎はミリアから声をかけられたことに驚き、目をしぱたかせたあと、徐々に意味が飲み込めていったのか目を見開き、やがてこくんとうなずいた。そろそろと四つん這いになって翠の元へ行き、眠る少女を柱についた両手で囲む。
 この様子なら、任せても大丈夫だろう。きっとこの人が守ってくれる。
「お願いね」
 ミリアは機晶魔剣・雪華哭女を手に、シンメトリーに並ぶ柱の中央を走った。
「これはどう!?」
 柄を両手で持ち、くるりと上下を回転させて機晶魔剣・雪華哭女を床に突き立てる。
 刀身が床にめり込んだ瞬間、まるで女性の叫び声のような高い音が響き渡った。ひび割れた床を伝い、氷が走る。氷は瞬時に2頭のライオンを凍らせたが、すぐに1頭は氷解し、翼で舞い上がった。そして凍りついたままのもう1頭に口から吐いた火炎をぶつけ、やはり氷を溶かす。もう1頭も凍りついていたのは表面だけで、ブルブルっと身震いして、残りの氷片をふるい落した。
「向こうは私が受け持つわ」
 横をリカインが走り抜ける。
 リカインは震える魂を用いて仲間の魔法攻撃力を強化し、自身は咆哮を上げつつ青いたてがみのライオンへ打ちかかっていった。
「スノゥ、リカインさんの補助をお願い。私はミリアにつくから!」
「はいですぅ〜」
 おいしいねるねを振り上げ離れていくティナに応えて、スノゥはリカインの後ろについた。
 スノゥはのんびりとした口調やおっとりとした外見でそうは見えないが、使う魔法はかなり過激だ。
「リカインさん〜どいてください〜。まず〜2頭をもう少し引き離すのですぅ〜」
 声がけをしたあと、ファイナルレジェンドを青いたてがみのライオンにぶつける。青いたてがみのライオンははじけるように後方へ飛び、勢いよく床を滑ったが、勢いが衰えるやすぐさま飛び起きた。たいしてダメージを受けているように見えない。
 ガアアッと咆哮し、開けた口の奥で青白い光がまたたいたと思った瞬間。
「はあっ!!」
 走り込み、直前で跳躍したリカインが空中のライオンの顔面にこぶしを入れ、たたき落とした。
「吹かせたりしないわよ!」
 そのまま猛打をたたき込む。
 その間に、スノゥが魔法の詠唱を終えた。
「リカインさん〜、どいてください〜」
 蹴りを入れ、ライオンの体勢を崩したあと、リカインは横へ跳んでその場を離れる。直後、スノゥは喰滅を用いた。
 ライオンの近くの空間に、巨大な口が出現した。すべてを食らいつくす暴食のあぎとは、飛びかかってくるライオンを丸のみにする。
「お粗末でしたぁ〜」
 振り返ったリカインに、スノゥは屈託ない笑顔でそう言うとぺこっと頭を下げた。 
 一方、ミリア、ティナ組は火炎魔法を操る赤いライオンと対峙していた。
 ミリアが機晶魔剣・雪華哭女を振り回して前衛に立ち、ライオンの爪や牙を防ぎつつ、火炎を吹く兆候を見れば即座に剣を床に突き立て、床を凍らせながら疾走する氷花で相殺を図る。
「ティナ、まだ?」
「待って……今よ!」
 ミリアが離れた瞬間、おいしいねるねで強化したワルプルギスの夜を真正面からぶつけた。
 火炎を操る生物といえど、闇黒の炎までは防ぎきれなかったらしい。炎が流れて消えたあと、ライオンの姿はどこにもなかった。
「終わったの、かしら……」
「アンデッドにキメラのライオン。わたしが知る、塔の守護者たちは彼らだけでした」
 きれた息を整えながらつぶやいたミリアの独り言に、ジャファルがためらいがちに答える。
「ですからたぶん――」

「ジャファル!!」


 突然、何もない空間が扉の形に切り抜かれ、光のなかから少女が飛び出してきた。
 長く豊かな黒髪、はちみつ色の目。さくら色の唇。目を瞠るほど美しい、まるで本の世界から抜け出てきたかのような絶世の美女。
 だれに紹介されなくても、それがジャファルのシャディヤであるのは疑いようもなかった。
「シャディヤ!!」
 ついに彼女を我が目で見ることができた喜びに我を忘れ、飛び出そうとしたジャファルの肩をララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が掴み止めた。
「待て、ジャファル!」
「何を――」
 直後、バンッと振動音がして、すぐ前方に巨大な闇が開いた。直径3メートルはあるか、その穴はまるで奈落の底にでも続くような漆黒の闇で、はるか底の方では複数のヘビが身じろぐように小さく何かが渦巻いている。ララが止めてくれなかったらまっすぐ落ちてしまっていただろう。
 しかしシャディヤには、ララのように止めてくれる者はいなかった。
「ジャファルーーーッ!!」
 シャディヤが絶望の声をあげて闇のなかを落ちていく。
 底の渦に腰まで飲み込まれ、それでも必死にジャファルの名を呼び、手を伸ばしていた。決して届くはずのない手を。
「シャディヤ!!
 くそっ!! 放せ!!」
「落ち着け! よく見ろ! あれは人間じゃない!」
 躍起になってふりほどこうとするジャファルの両肩を掴み、ララは揺さぶった。胸の奥、頭の隅々にまで届くように耳元で叫びながら。
「――えっ?」

「ふむ。今回は落ちなんだか」
 
 ガッカリしたようなハディーブの声がした。
 穴の底で助けを求めていたシャディヤの姿が消えてなくなる。
「ジャファル……」
 かわりに、たよりなげな声で彼の名を口にする女性が、先ほどの光でできた扉のすぐそばにいた。
 今度こそ本物のシャディヤだ。
 胸元に何か握り締めるようにして持ち、片手をハディーブに掴まれている。
「ふん。「今回は」と言ったな。やはりこれが時空の穴か」
 ララは暴れるのをやめたジャファルを放すと、足元に開いた黒穴の縁を蹴って見せた。
「ど、どういうこと?」
 ティナが目を丸くする。
「簡単なのだよ」
 答えたのはリリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)だった。
「ジャファルは本来ならさっき、この穴に落ちて過去へ飛ばされるはずだったのだ。そしてジャファルがベルゼンの街で出会ったという老人が、過去に飛ばされたジャファル本人なのだ。彼はこのループを何度も繰り返してきていたのだよ」
「そうです」
 シャディヤが認めた。
「わたしのためにこの塔へ来て、過去への穴に落ちた彼にわたしができるのは、この塔の入口の鍵を投げることだけでした……」
 本来この鍵は、外に出たいと願ったシャディヤのためにハディーブが作った物だった。ハディーブの魔法で作られた、ハディーブの塔を開けるための鍵。それとともに過去へ落ちたジャファルは長い時間を生き、やがてベルゼンに現れる若いジャファルに鍵と想いを託す――。
「とんだループなのだ。一体何度ジャファルはこれを繰り返してきたのだ?」
 忌まわしいものを見るように時空の穴を見下ろして、リリは吐き捨てるように言う。
「でももうそれも終わりだ。彼は落ちなかった。無限の輪は断ち切られたのだ」
「それは分からんぞ? きさまたちを始末して、わたしがそやつを突き落としてやろう」
 くつくつハディーブは笑い、憎々しげな視線をジャファルに向ける。
「わたしからシャディヤを奪おうとするそんな小僧など、永遠に地獄を味わい続けるがいいのだ」
 ハディーブの双眸が危険な光を放った。ハディーブの小柄な体からヘビのように黒い瘴気がにじみ出てくる。
「リリ、下がれ」
 反射的、聖騎士槍グランツを盾のようにかまえてララがかばい立った。白銀色の聖光を放つ槍はハディーブの放つ暗黒の気に反応してか、いつもより光を増しているように見える。
 彼らの前、瘴気のヘビはうねりつつ互いに絡み合い、合体を繰り返し、巨大な闇となると、そこからアンデッドモンスターを吐き出し始めた。今度は人型のゾンビだけではない、竜やライオン、トラ、オオカミといった類いのものとの混合だ。彼らは断末魔にも似た、聞くに堪えがたい咆哮を発し、その声は空間を揺るがす。
「来たれ! ロードニオン・ヒュパスピスタイ(薔薇の盾騎士団)!!」
 リリは素早く詠唱を終えると薔薇の文様が描かれた盾持つ鋼鉄の騎士兵団を呼び出し、我が身の盾とした。
 さらに手を頭上へ高々とかざして命じる。
「なんじらが主、黒薔薇の魔導師リリ・スノーウォーカーの召致に応え、この地へ疾く馳せ参じよ!! フェニックス!!」
 リリの手の先の空間に、紅蓮の炎に包まれた鳥が現れる。
「その身より生ま出る聖なる炎であの不浄の者どもを焼き払うのだ!!」
 鳴声を発し、フェニックスが飛ぶ。
 リリの召喚した兵団とアンデッドモンスターたちがぶつかり合う。それと同時に、場は総力戦へと移行した。
「ジャファル、私たちのそばから決して離れないように」
 ライジング・トリガーでアンデッドモンスターの頭部を撃ち抜きながらアルクラントが背後のジャファルに言う。
「アルくんの後ろから出ないでね。絶対ワタシたちがシャディヤさんに会わせてあげるから」
 彼らの近くでシルフィアが、紅蓮の炎をまとった槍炎天戈セプテントリオンをアンデッドモンスターに突き込み、切り裂く。
「そうだよ。安心して、ジャファルさん」
 少し先でが振り返って、明るく聞こえるよう努めて笑顔で言った。直後、
「弾、よそ見してんじゃねえ」
 武器を白刃一閃に切り替えて戦っていた恭也がチッと舌打ちを漏らす。
「アンデッドだからって舐めてかかると痛ぇ目見っぞ!」
「は、はいっ」
「おめぇに必要なのは経験だ! 俺がサポートしてやっから、とっとと突っ込め!!」
「はいいっ!」
 かなり緊張した様子で光条兵器を手に敵前に走り込んで行く弾を、はらはらしながらノエルが後方援護の魔法を飛ばす。
 魔法が飛び交い、耳が痛いほど激しい剣戟で満たされる。
 彼らが最も警戒すべきなのはアンデッドモンスターではなく、時空の穴なのだとやがて全員が気付いた。
 アンデッドモンスターたちを壁としてハディーブが次々と時空の穴を放ってくるせいで、広間のあちこちに黒い穴が出現している。詠唱に時間がかかるため、穴の数はさほど多くはないが、1個できたら前の1個が消えるという類いのものでないため、床や壁(があるのではないかと思われる位置)にどんどん穴が開いて、前衛で剣や槍をふるう者たちはかなり足運びに注意が必要となっていた。
「うっわー、何? この穴落ちたら即終了、ゲームオーバーな戦い。勘弁してほしいわ」
 ワイバーンウイングで床の穴を徹底回避しながらティナがつぶやく。
 そのときである。
「……ん……?」
 最初にこの広間へ入った場所の柱のあたりから、小さな声がした。
「うるさいの……」
 眠そうに目をこすりながら柱の影からが現れる。
「あ、やば。ミリア、翠が起きちゃったみたい」
「えっ?」
 振り返ってそちらを見るが、前衛に立ってアンデッドモンスターの壁を切り崩そうとしているミリアから翠のいる位置までは遠かった。
 後方なのでアンデッドモンスターはいないが、何箇所かに時空の穴が開いている。
「これ……あな……?」
 寝ぼけまなこであくびをしつつふらふらと危なっかしい足取りで、まっすぐ穴に向かっている。
「翠、駄目ーーーっ!!」
 ミリアが走った。しかし穴を避けながらなので、そのたびブレーキがかかり、速く走れない。
「間に合わない!?」
 翠の出した足が穴の真上にきて、あわやというとき。
「あぶない!!」
 ジャファルが飛び出し、翠にタックルをかけた。
 後ろに引き倒し、自分の体を下にして転がる。
「うきゅうう〜〜」
 翠は目を回してジャファルに抱かれていた。
「ジャファルさん、早く戻ってください!!」
 ノエルが血の気の失せた真っ青な顔で、悲鳴のように叫ぶ。
 彼らの防御の輪から出たジャファル。しかも床に仰向けに転がっていて、すぐには反応できない状態。これを、ハディーブが見逃すはずがなかった。
「今回もわたしの勝ちだ!! 消えろ、ジャファル!!」
 哄笑し、ハディーブは翠を抱いたジャファル目がけて時空の穴を放った。