校長室
そんな、一日。~夏の日の場合~
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10 今年の夏は本当に暑い。 健康そのものである茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)でさえ、くらっとすることがあったくらいだ。 となると、あいつは大丈夫だろうか、なんて心配に思う相手がいたりするわけで、ならば。 「リンスー、様子を見……、ライバル店の視察に来たわよ!」 衿栖は、理由を誤魔化して工房にやってきた。リンスの様子に変わりはない。まったくいつもと同じだった。 「視察?」 「そう、視察よ。同じ人形工房だからね。ライバルでしょ? ライバルの情報収集は大事でしょ? ね、何もおかしなことはないわ」 「別に普通に来ればいいのに」 と、リンスはさらりと言うが、普通に来れたら苦労はないのだ。何かともっともらしいことを言って、心を隠しておかないと。恥ずかしくて正常でなんていられない。 「あと」 「何よ」 「視察に浴衣って向いてないよね」 「プロはね、その気になれば格好なんて関係ないの」 「なんのプロだよ」 「細かいことよ! 気にしてたらハゲるわ。というわけではいこれお土産」 「会話に脈絡ないね」 「いつものことよ。じゃ、冷蔵庫借りるわね。冷やして食べると美味しいものなのよ。お店閉めるの手伝うから、終わったら食べましょ?」 言ってからはっとした。これでは勘違いされるかもしれない。そして、自分の気持ちに勘付かれるかも。慌てて衿栖は口を開いた。 「べ、別に一緒に食べたいとかじゃないんだからね!? なんとなく食べたくなって買いに行ったら、なんとなくリンスのこと思い出したからついでに買ってきただけなんだから!」 そして普段通り言いすぎた。ここまで否定しなくても良かったかもしれない。でも元々は視察なわけだし……と考えていると、ぐるぐるしてきた。頭を使うのは、良くない。頭ではなく手を動かそうと慣れた調子で閉店準備を手伝った。 順調に閉店作業を終えた頃には日も落ちて、辺りは真っ暗になっていた。 「じゃ、お茶淹れてくるわ」 衿栖が席を外したので、すかさず茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)はテレビをつけた。あるチャンネルに合わせ、にこにこ笑って椅子に座る。 ほどなくして衿栖が戻ってきた。お皿の上にはとろなまドーナッツ。カップの中身は各々の嗜好に合わせて紅茶とコーヒーが入っている。 衿栖が、それぞれの前にと並べているとき『それ』が映った。 「あっ、えりすおねぇちゃんだ」 いち早く気付いたのはクロエだった。計画通り。にやりと朱里は口端を上げる。 合わせたチャンネルは、夏の遊び場を紹介する番組。そして今流れているのは、この夏新たに公開されたレジャープールのオープニングイベントの様子だった。このイベントに、衿栖はアイドルとして参加していた。勿論、水着で。 「ああ、それで焼けてたんだ」 と呟いたのはリンスだ。衿栖が僅かに赤くなる。肌の色に気付いてもらったことが嬉しいのだろうか。それとも水着姿をテレビ越しとはいえ見られて恥ずかしいのか。どっちもだろうか。ともあれ、そんな衿栖を見ているとにやにやする。 「日焼け止めは塗ってたんだけど、陽射しが強くて――」 と、撮影の時の話を聞いて閃いた。 「そうそう、陽射しすごかったよねー」 言うが早いか、朱里は衿栖の浴衣の裾に手をかけた。ばっ、と勢いよく捲り上げる。 「ほらこんなに日焼けしちゃってさー」 みてよこの小麦色の足、と朱里は笑う。頭上で、衿栖が声にならない叫び声を上げていた。リンスも固まっている。 硬直した場を動かしたのはクロエだった。 「そういうことしちゃ、だめ!」 「あはは。ごめんごめん」 ぱっと裾から手を離す。衿栖が慌てて乱れを正した。リンスはすっと、顔を背ける。 「ごめん」 「あっ、あああ謝らないでよ! なんか余計に恥ずかしいでしょ!!」 「あははは」 「朱里は! あははじゃない! あとで覚悟しておきなさいよ……!」 「それより衿栖ー、ドーナツぬるくなっちゃうよ。食べようよ」 「誰のせいだと……!!」 散々場を掻き乱し、朱里はドーナツに手をつける。 衿栖は気付いていないのだろうか? 顔を背けている彼の、耳が赤いことに。 気付いていなくてもいいか、とも思った。 こんな楽しい現状を、自分だけが把握しているというのもいいではないか。 くすくす笑うと、衿栖に睨まれた。 それも含めて、楽しかった。
▼担当マスター
灰島懐音
▼マスターコメント
お久しぶりです、あるいは初めまして。 ゲームマスターを務めさせていただきました灰島懐音です。 参加してくださった皆様に多大なる謝辞を。 夏ですね! みなさまは、今年の夏何をなさいましたか? 具合を悪くしたり、しなかったでしょうか。思い出作りはできたかしら。 何にせよ、楽しく過ごせていたら良いと思います。 そしてこのリアクションが、その楽しさにちょっとでもプラスできたら、とも。 それでは、最後まで読んでいただきありがとうございました。