空京大学へ

天御柱学院

校長室

蒼空学園へ

そんな、一日。~台風の日の場合~

リアクション公開中!

そんな、一日。~台風の日の場合~
そんな、一日。~台風の日の場合~ そんな、一日。~台風の日の場合~ そんな、一日。~台風の日の場合~

リアクション



11


 その前日、七刀 切(しちとう・きり)は冒険屋の依頼で遠出をしていた。依頼は無事に終わり、帰還の運びとなったわけだが――。
「いやー帰りに台風直撃とかないわー。ないわー」
 嫌になって吐き捨てた自分の声さえ雨音に消されそうになる。どんだけー、と半笑いで呟くと、前を歩いていた黒之衣 音穏(くろのい・ねおん)が振り返った。
「切、いちいちうるさいぞ」
「ごめんね。いやでもさ、この雨やばいよね。視界も悪いし風も強いし。強行軍するにゃちと厳しい。となるとー……」
 答えながら切は辺りを見回した。街道から大きく離れたこの場所に、雨宿りできそうなところはない。大きな木はあるが、遠くで雷鳴が轟いているので却って危険だろう。
 なのでできる手立てとしては、ここから一番近い知り合いの家にお邪魔する、ということくらいだ。そしてこの場所から一番近いのは人形工房である。


「というわけでお邪魔しに来たんだけど、いいかね?」
 クロエの持ってきてくれたタオルで身体を拭きつつ、リンスに聞いた。頼む立場であるにも関わらず、我ながら横柄である。まあでもリンスなら断らないだろう。
 ちらちらとリンスの様子を窺うと、テーブルに向かっていて聞いていなかった。仕方ない。
「雨が弱くなったら帰ろうと思うんだけどね。いやしかし全然弱まらないね。むしろ強くなってませんかこれ。困ったなー」
 あからさまに声に出して呟き、再度様子を窺う。やはりリンスは仕事とにらめっこしている。このワーカーホリックめ。
「いやほんと困ったー。お邪魔どころかこれ家に帰れないなー。困ったなーこれ」
 あからさまパートツーの返事はデジャヴだった。ここまで聞こえていないとなると、逆にこれは無視をされているのではないかと思えてくる。無視。いやまさか。でも。いやいや。
「…………」
 黙ったままリンスの方を見ていると、不意に視線が合って戸惑った。
「いやあのっその。ほんとすみませんごめんなさいちゃんと頭下げますから! 無言のプレッシャーやめてくださいお願いします!」
「?」
「泊めてくださいお願いします! いやそんな厚かましいこと言いません。雨脚が弱まったら帰りますのでせめて豪雨の今だけでも雨宿りさせて下さいませんかお願いします!」
「?? よくわかんないけど、いいよ」
「……あれ?」
「何?」
「……ワイの横柄な態度にイラついて無視してたんじゃないの?」
「横柄?」
「あ、いや。なんでもないです。ごめんなさい」
 でも、次回からは最初から普通に頼もうと決めた。リンスからの無言の圧力は切の勝手な被害妄想だったが、今こちらに向けられている音穏からの身内の恥を見るような目は紛れもなく本物だ。
「泊まれたら嬉しいくせに……」
 と言うことで反撃を試みるも、無言のまま外に蹴り出された。しかも鍵までかけられた。ドアの向こうで、音穏とクロエの声がする。
「きりおにぃちゃん!?」
「なに、そのうち戻せば大丈夫だ」
「だめよ。かぜひいちゃうわよ?」
「いや、平気だよ。昔からこう言うからな。『馬鹿は風邪を引かない』」
「引きます! 馬鹿でも風邪は引きます! ていうかこれ肺炎か何かになりそうだからね命の危機だからねマジ! 調子乗ってすみませんでした冗談だから中に入れてくださいお願いします!」
「…………」
 返答はないまま鍵の開く音がして、部屋に入ることができた。ドアの傍にいたのはクロエなので、彼女が開けてくれたようだ。音穏は腕組みをしたままそっぽを向いている。
「おかしい、雨宿りに来たはずなのに余計濡れてる……」
「諦めろ、これが現実だ」
 音穏の言葉についツッコミを入れたくなったが、今は何も言わない方が吉だと思って黙っておいた。追撃はなかったので、たぶんこの判断は正しかったのだろう。


 切を粛清してから少しして。
「ねおんおねぇちゃん、おとまりできたらうれしいの?」
 クロエが不意打ちで訊いてきたため、音穏は淹れてもらったコーヒーを吹きそうになった。辛うじて耐えたが今度は器官に入った。噎せる。
「だいじょうぶ?」
「あ、ああ。平気だ。しかしクロエ、急に何を」
「さっき、きりおにぃちゃんがいってたから」
 あの馬鹿、だから余計なことを言うなと。反射的に音穏が切を睨むと、切はびくっと肩を震わせた。こっちは見ようとしなかった。心中で罵っておく。
 まあ切の発言がきっかけだったとしても、今はクロエの言葉だ。音穏はそれに答えようと、自分の気持ちを言葉でまとめた。
「泊まれたら、その……嬉しいぞ」
 なにぶん恥ずかしさが勝ってしまって、語彙も何もあったものじゃなかったけれど。たぶん、顔も赤い。みっともない。……それでもきちんと言葉にすることができるようになったのは、成長と取っていいのかもしれない。正直なところ、複雑だが。
「ほんとう?」
 だけどこうしてクロエが本当に嬉しそうな顔をするので、複雑な気持ちなど吹き飛んでしまうわけで。
「……ああ。その、クロエと、……少しでも多く、一緒に、いられるわけだし」
 恥ずかしいし、柄でもないし、切に聞かれていると思うと身悶えそうになるけれど。
 それでも正直になることでクロエの笑顔が増えるなら、まあ、いいだろう。