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そんな、一日。~台風の日の場合~

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そんな、一日。~台風の日の場合~
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15


 足音がする。
 カルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)は右目だけ開け、そして再び目を閉じた。
 足音は、相変わらずある。
 小さいものがいつつ。大きいものがひとつ。
 ぱたぱたばたばた派手な音を立てて廊下を駆けたと思ったら、今度はドアを開ける音。続いて閉める音。足音のひとつは、カルキノスが昼寝の場として選んだ書庫へと向かっている。なんだ、誰か来るのか。カルキノスは寝返りを打ってドアの方へと目をやった。丁度そのタイミングでドアが開いた。
「お邪魔しますなのだ」
 闖入者――ポムクルは、入り口で礼儀正しく一礼すると、そっとドアを閉めて部屋に入った。書庫の中をきょろきょろと見渡し、机の下に隠れたり本棚の隙間を探したりと動いていたが、やがてじっとカルキノスを見上げた。
「なんだよ」
「お邪魔しますなのだ」
「おい」
 部屋に入ってきたときと同じ抑揚で言い、礼をし、ポムクルはカルキノスの翼の下にもぐり込もうとした。
「何やってんだ」
「かくれんぼなのだー」
「なんでまたそんなことしてんだよ」
「台風でお外に出られなくてつまんなかったのだ」
「おめぇらが出てったら吹っ飛ばされるだろうしな。懸命だ」
「だから隠れさせてほしいのだー。かくれんぼに勝ったら夜ご飯に好きなものを作ってもらえるのだ」
「別に、いいぜ」
「ありがとうなのだ」
 カルキノスが翼をちょいと持ち上げてやると、ポムクルは機敏な動きで隙間に滑り込んだ。
「どきどきするのだ」
「喋らねぇ方がいいんじゃねぇの? 見つかるぞ」
「じっとしててもつまらないのだー」
「おめぇ、かくれんぼ向いてねぇよ」
「カルキ殿がおうちにいるのは珍しいのだー」
「今日は雨で外に出られねぇからな」
「いつもお外で何をしているのだ?」
「空の散歩したり、ヒラニプラの山ん中でのんびりしたり、庭でのんびりしたり。あとは狩り行ってるか書庫で寝てるかのどれかだな」
 翼の下のポムクルが動く気配がした。狩り、という言葉に反応したらしい。怯えているのか好奇心強く興味津々なのかは判別がつかないので、変わらぬ調子で喋ることにする。
「狩る時は腹が減ってる時だけだな。無性に温かい生肉を食いたくなる時があるんだよ」
「人も食べるのだ? 僕らも食べられてしまうのだー?」
「いや。ルカと契約してから人は食ってねぇよ。あとお前らのことも食ったりしねぇから」
 何しろポムクルは小さい。これが人相応に大きければ魅力を感じたかもしれないが、いかんせんこのサイズでは食いでがない。そもそもそこまで飢えていない。
「……っと。静かにしてろよ。誰か来たぞ」
 遠く、聞こえてきた足音にカルキノスは目を閉じた。ポムクルは翼の下で大人しくしている。
 足音は、近くの部屋へ出入りを繰り返し、そして書庫のドアが開かれた。
「カルキ、みーっけ」
 開くや否や、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が明るい声音と笑顔で告げた。カルキノスは今起きた、という体で片目を開ける。なんのことだよ。視線に言葉を込めて見ると、ルカルカは笑顔のまま「かくれんぼ」と言った。
「ポムクルさんたちと淵が逃げてるんだけど、誰かここに来なかった?」
「知らねぇな」
「ふぅん、じゃあ別の場所探そっと。昼寝の邪魔してごめんねー」
 カルキノスの端的な返しに、ルカルカは踵を返して書庫を出た。あっさりすぎる、ような。それに、足音も聞こえない。これは、もしかしなくとも。
「行ったのだ?」
「あ、馬鹿。出てくんな」
 ポムクルが油断してカルキノスの翼から顔を出した瞬間、ドアが開いた。してやったりという顔で、ルカルカが立っている。
「ポムクルさん、みーっけ」
 そして、宣言するとまたすぐに書庫を出て行った。今度は遠ざかる足音が聞こえる。
「待ち伏せされてたのだー」
「あの調子でさくさく見つけてたらすぐに遊び終わるんじゃねぇ?」
 鬼をルカルカにしたのは間違いだろうと思いながら、カルキノスは目を閉じた。
 そもそも彼は、まだ昼寝の途中なのだ。


 男の娘扱いを受けてはいるが、夏侯 淵(かこう・えん)はれっきとした大人の男だ。そして一般的な男性は、物を操縦することに少なからず憧れを抱くものだとダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)は聞いたことがある。
 だから、淵がイコンを操縦してみたいと思うのは自然な流れだった。けれど操縦席に座ることを許されたのはダリルとルカルカのふたり。淵がそれを不満に思っていることに気付いてはいたが、どうすることもできなかった。
 そのうち淵はイコプラに手を出した。最初は不満の捌け口にしていたようだが、いつしかどっぷりはまってしまったらしい。今では細部にまでこだわりを持ち、また大会に出たりといった活動も積極的に行っているようだ。
 そしてダリルは今、淵に頼まれてイコプラ用のプログラムを組んでいた。
 新型の模擬戦の相手にするのだ、と淵は頬を赤くして語っていたが、正直あまり興味がないのでダリルは「そうか」としか返さなかった。淵はそれでも構わず喋り続けたので、話し相手が欲しかったのかもしれない。きっと今頃居間あたりでルカルカを捕まえて話しているだろう。
 黙々とプログラムを組み始めて一時間。
 コンピューター室のドアが開いた。入り口にはポムクルが立っている。一瞥すると、ポムクルは「匿ってほしいのだー」と必死な様子で言った。開口一番匿えとは穏やかではない。何か悪さでもしたのか。
「静かにしているなら突き出すことはしない。ただし、自分の身は自分で守るように」
 ダリルに助けてやるような義理はないので断っておくと、ポムクルは問題ないとばかりに大きく首を縦に振った。ならば良し。ダリルは視線をパソコンに戻した。
 それからまたしばらくして、コンピューター室のドアが開いた。今度はルカルカが立っている。
「ダリル、みーっけ」
「何がだ」
「かくれんぼ」
 それでポムクルが来たのか。表情ひとつ変えぬまま納得を済ませると、ダリルはプログラムの続きに戻った。
「ポムクルさん見なかった?」
「俺が見たと言ったらルカはそれを信じるのか?」
「意地悪な返答ね。あ、そうだ。ダリルもやらない? かくれんぼ」
「あと少しで組みあがるから遠慮しておく」
「じゃ、終わってから」
「トレーニングくらいさせてくれ。ある程度動かないと身体の調子が狂うんだ」
「ならゲームをかくれおにに変えようか。これなら走れるよ」
 ルカルカは、どうしてもダリルを巻き込みたいらしい。楽しいことはみんなで、という主義なのでわからなくもないし、それが彼女のいいところだけど。
「トレーニングが終わったら遊びに混ざるよ」
「本当? なるべく早くね!」
「はいはい。それより探すんじゃないのか?」
「あ、うん。探す探す。探すよー」
 機嫌良さそうに鼻唄を歌い、ルカルカはコンピューター室を探して歩いた。彼女は引き出しの奥に隠れたポムクルを見つけることができないまま部屋を後にした。
 運が良かったな、とダリルは心中で呟く。機嫌が良くなったからか、ルカルカは無意識に手を緩めてしまったらしい。
 中立の立場でいるつもりだったのに余計な手を貸したな、とも思いながら、ダリルは改めてパソコンに向かった。プログラムはほとんどできている。そしてこの家は広い。もしかしたらかくれんぼが終わる前に合流できるかも、と思った。直後、終わる前に合流したいのか? とも思った。
「まあ、楽しそうではあったしな」
 ダリルの呟きを聞いていたポムクルが、「楽しいのー」と暢気な声を上げて笑った。


 かくれんぼは結局、コンピューター室にいたポムクルの優勝で幕を閉じた。
 淵はというと、一緒に隠れたポムクルと遊んでしまって開始十分で見つかった。ひどい体たらくだと我ながら思う。けれどあれは俺が悪いんじゃない、と言い訳をした。だって、ポムクルが増えるのがいけない。奴らときたら、一瞬目を離しただけで増えていたのだ。そうなると、その増える瞬間が見たくなっても仕方がないだろう。
「その最中見つけるなんて油断も隙もない鬼だな」
「隙だらけだった淵が悪いでしょーが」
 ルカルカに嫌味で抗議すると正論で返された。まったくノリが悪い。頬を膨らませ、淵は衣をつけた肉を油の張った鍋へと投げ入れた。
 コンピューター室に隠れたポムクルの希望メニューは、からあげ。それを今、負けた全員で作っている。
 鬼として全員見つけたルカルカは負けというカウントではなく、次に何をして遊ぶかを居間で喋っていた。次からはダリルも混ざるらしく、時折口を挟んでいる。カルキノスは参加する意思があるのかないのか、茶化すような物言いばかりで判然としない。
「次は負けぬぞ」
 キッチンから居間へ向かって声をかけると笑われた。
 なぜ笑われたのかわからない。むっとして睨んだらまた笑われたので、ぷいとそっぽを向いた。からあげが良い色になっていたので取り出しておく。
「夕飯を食べたら腹ごなしがてら第二ラウンドをするぞ」
「またかくれんぼ?」
「リベンジマッチだ」
「よーし。受けて立つ」
 台風が来ていようといなかろうと、ルカルカ宅は賑やかなのだった。