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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~

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人形師×魂×古代兵器の三重奏~白兎は紅に染まる~
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リアクション

 
 ピノの後を追ってきた部下さんが、男に手錠をかけた。連れて行かれる。
 ――連れて行かれる。
 ――連れて行かれる。
 ――笑っている。馬鹿みたいに、笑っている。
 ――くだらない。くだらないよね。
 おにいちゃんが、男をモブ男って呼んでいた。モブ男。こんなやつ、それで充分だ。
 どうしてだろう。許せないよ。
 あたしは、アクアちゃんを怒っていた。だけど、許すことができた。
 アクアちゃんが、普通の女の子だって分かったからかもしれないし、アクアちゃんの悩みや苦しみや痛みが分かったからかもしれないし、おにいちゃんがすっごく怒ってくれたからかもしれない。
 チェリーちゃんのことも、怒る気になれなかった。いっぱい罰を受けて、後悔して、心を知って、色んなものを背負って、一生懸命に生きようと、罪を償おうとしていたからかもしれない。
 山田さんのことも――
 山田さんになにがあったかは知らないけど、チェリーちゃんがとても悲しんでいたから。
 山田さんがいなくなって、心から泣いていたから。
 そんなに悪い人じゃないんだろうなって、そう、思えた。
 だけど、この男は、許せない。
 何をどう言われても、許せない。
 うすっぺらいよ。ぜんぶ、ただのわがままじゃん。ぜんぶ、あんたが起こしたことじゃん。なに、被害者ぶってんの? 馬鹿じゃないの? ううん、馬鹿なんだよね。馬鹿じゃなきゃ、こんなことできないもんね。自分が作った薬? 最高傑作? あんたが作ったんじゃないじゃん。その友達が作ったんじゃん。あんたは、それを真似しただけじゃん。
 第一、その作った薬だって、自慢できるようなものでもないじゃん。誰のためにもならない、ただ、自己満足なだけの毒薬じゃん。
 殺された? あたりまえだよ。
 悪いことをしたら、殺されるんだよ。
 悪いことをするということは、それだけのリスクを背負ってるんだよ。
 反省しなよ。殺されたら、反省しなよ。何、人のせいにしてんの?
 アクアちゃんの逆恨みは、勘違いから起きたものだった。
 けど、モブ男さんは勘違いしてないよね。ううん、してるけど、全てを知った上で勘違いしてるんだよね。
 ねえ、モブ男さん。
 救えないほどの、愛せる要素なんかどこにもない、そんなあんたが、生きていけると思ってるの?
 それで、済むと、思ってるの?
「……ピノ!」
 ラスの声が聞こえる。気がついたら、両手から炎を放っていた。何も考えていなかった。否、正しくは、男を焼き尽くす事だけを考えていた。
 ――だが。
「……!」
 炎はモブ男に届かず、その前に立ったガルディアに直撃した。もともと大きなダメージを負っていた彼は、遠慮無い炎を受けて膝をつく。
 他の誰かを攻撃してしまった。
 だけど、ピノの心は微塵も動揺しなかった。
 一歩、二歩とガルディアに近付いていく。彼の更に後ろにいるモブ男は、立ち止まっていた。正しく言えば、巻き込まれかけた部下が目を丸くして立ち止まったからなのだが――顔に笑顔を貼り付けて、こちらを見ている。
「部下さん……ごめんね。そこ、どいた方がいいよ」
「ぴ、ピノちゃん……?」
 ピノの本気を感じ取って、部下が慌ててモブ男から離れていく。次にピノは、膝をついたままのガルディアを見下ろした。
「どいて」
 まだ十歳くらいにしか見えない少女にそう言われて、ガルディアは怯む。子供の頼みを断るのは、それがどんなものにしろ、苦手だ。だが、ここで退いてはいけない。
「それはできない……この男には、生きて罪を償わせないと……」
「生きて罪を償う? そんなの、ただの綺麗事だよ。二時間ドラマの最後に、もっともらしいオチをつけるための定番の言葉だよ。ううん、確かに、生きることで罪を償っていける人もいるかもしれない。あたしの友達みたいに。でも、ダメだよ。モブ男さんは……犯した罪が大きすぎるよ」
 そうだ、大きすぎる。生きて償うなんて。
「そんな、生易しい罰じゃ駄目なんだよ。その程度で許されるような、そんな罪じゃないんだよ。千二百……それが、どれだけ凄い数字だか解ってる? お客さんが全員助かったからそれでいいって、そんな問題じゃないんだよ。……ねえ、想像してみなよ。千二百の『人』が死んだら、このデパートに来たお客さん全員が死んだら、どうなるのか」
 このデパートに千二百人のお客さんがいたかどうかは、知らないけど。
「小さいからって……ちょっと小さいからって、兎を、動物をナメてるんじゃないかな。動物にもね、個性があるんだよ。ひとりひとり、全部性格が違うんだよ。色んなことを毎日吸収して、毎日、あたしたちなんかよりずっと一生懸命生きてるんだよ。言葉さえ通じれば、あたし達と……人と、なにひとつ変わらないんだよ。それを、モブ男さんは……あたしの、あたしの大切な人達に殺させたんだよ!」
「…………」
 誰も、何も言わなかった。モブ男も、逃げようとしなかった。ただ、あたしを見て笑っている。観察対象を発見したかのように、気持ち悪い笑顔を浮かべている。
 それって、殺してもいいってことだよね?
「酷いことを、させたんだよ。酷いことを、したんだよ。許せるわけないよ。有り得ないよ、こんなの……」
 何をしても納得できない、殺したって納得できない。そんな事、分かってる。だけど、殺さずにはいられない。こいつが生きてるなんて、同じ空気を吸い続けるなんて、我慢できない。
 ――それに。
「モブ男さんは……今ここで捕まったって、どうせすぐに出てくるんだよ。兎をいくら殺したって、殺人罪にはならないもんね。実験自体は、罪にすらならない。たった数年で……数年で、自由になっちゃうんだよ! そんなの、兎さんたちが可哀想だよ!」
「……ピノ」
「ピノちゃん」
「おにいちゃん……エースさん……止めないで。おにいちゃんには、悪いと思うよ。人殺しの兄になるんだもんね。でも、おにいちゃんなら……その位、受け止めてくれるよね? その場限りの綺麗事を言って、あたしを止めたりしないよね?」
 近付いてきたラスとエースに、ピノは笑いかけた。それは、どこか挑戦的だったかもしれない。歪んでいたかもしれない。自分でも、鏡を見るのが怖いくらい。――でも。
「ピノ、この世界は……人が死んでも死ななくても、大して変わらない世界だ。死は、ある意味でそこまで重要な事じゃない。ここで肉体を失っても、皆、ナラカで生き続けるんだ。こいつも、存在が向こうに移るだけだ。意識が消滅するわけじゃない。だから……」
 だから? だから、何だっていうの?
 だから、生かしておいても良いっていうの?
 それとも――おにいちゃんは、モブ男さんをナラカに送りたくないだけ? ナラカに送って、あの子と同じ世界に行かせたくないだけ?
 ……ああ、ダメだ。
 どんどん、心が汚くなっていく。
「だから……」
 ラスは壊れた携帯電話から武器を取り出す。それを見て、ピノはこんな時なのに妙に冷静に納得した。ああ、携帯壊れてたんだ。それで、途中から連絡出来なくなったんだ……
「俺がこいつを殺しても、同じ事だよな」
「……! え……!」
 その言葉に、意識が引き戻される。混乱する。冷たい目を、ラスはモブ男に送っている。……怒っている。もの凄く、怒っている。もしかしたら、ずっとずっと怒っていたのかもしれない。それが何に対してなのかは解らないけれど、多分……あたしの為に。
 熱かった頭が、心が、すっと冷えた気がした。いきなり、周りがよく見えるようになった気がした。
「お前がそれで満足するっていうなら、俺が殺してやるよ」
「だ……ダメだよそんなの! だって……!」
「だって?」
「だって、だって、あたしは……」
 嫌だ。おにいちゃんにこれ以上何かの命を奪わせるなんて、そんなのダメだ。そんなの、嫌だ。モブ男さんが生きている事より、そんなの嫌だ。
「俺は、お前が人殺しになる事だけは受け止められない。それを考えれば……こいつを殺すことくらい、大したことじゃない」
 ぶんぶんっ、とピノは首を振る。ラスの腕を抱いて、それ以上先に行かないように押し留める。彼女は、自分でも気付いていなかった。この頃には、モブ男――クラヌへの殺意など、殆ど消えてしまっていたことに。
「ピノちゃん」
 クラヌから離れていた部下が近付いてくる。彼は優しい眼差しで、ピノに言った。
「クラヌの刑が決まったら、ピノちゃんに真っ先に伝えるよ。約束する。……それでいいかい?」

              ⇔

 その後、クラヌは連行されていった。
 彼は連行されていく車の中で空を見る。果たしてその狂気を宿したその眼には何が映っているのだろうか。
 力なく静かに笑いながら、窓の外の空を眺める……彼の胸中を知る者は誰一人としていない。

             ⇔

 ピノは、それを少し追いかけて。
 そして、しばらく立ち尽くしていた。クラヌが連行されていった先を、ただただ見詰めて立ち尽くしていた。
 その中で、ラスは何とか場を和まそうと考える。そこで、初めて気付いた。ピノが、見たこともないようなアイドル衣装に身を包んでいることに。
「あー……ピノ、その服、可愛いよな、どこで……」
「……ピノちゃん」
「……!」
 そこで、諒が先んじてピノに近付いた。そっと、彼女を抱きしめる。あまりの衝撃光景を前に、ラスは一瞬固まった。それから、急いで二人を引き離そうと一歩を踏み出しかけ――
「お前ら……」
 大地とシーラに腕を掴まれて止められた。構わずに腕を振り払おうとするが、思いの他、力が強くて先に行けない。ある意味、先程のピノよりも制止力が強い。特に、シーラの方が。親心か。親心なのか。というか、シーラはあの二人を応援しているのか。
 大地の方は、半分面白がっているようだが。
「〜〜〜〜〜〜〜!」
 何とかしようともがくが何ともならない。残念ながら、腕力では敵いそうもない。三人の前で、ピノは今度は諒を拒絶しようとはせず、彼の胸に額をつけてその背に腕を回し返していた。他意は無いのかもしれないが、とんでもない光景だ。
 ――あの犬……あとでコロス。
 ラスが内心でそう決意している中で、ピノは諒に抱かれたまま話し始める。
「諒くん、あたし……あたし、立派なドルイドになるよ。絶対に、ドルイドになる。二度と、こんな事が起きないように。二度と、動物さん達が無駄に殺されないように。その為なら……あたし、何でもやるよ」
「ピノちゃん……」
 諒は、その言葉にどきっとした。ピノがドルイドになった時の自分の将来が目に見えるようだったからだ。
 ――相手の飼い犬になるでしょう――
 彼はふと、この一文を思い出した。