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リアクション
【空京: 公園】
先程の往来から少々歩いた、ある公園。
そこの芝生で壮太とポチの助と一緒に翠やサリアと戯れるアレクの姿は、権杖を持っているより、余程ラフな服装に相応しく思えた。
「……あの服は、魔法陣描く格好じゃないわよね」
「逆に怪しさ満点でしたよねぇ〜……」
ミリアとサリアの会話に余裕が出来てきたジゼルが小さく吹き出すと、丁度向こうからカガチがやっくる。
「どばるだーんおにいちゃん」
公園で刀は出せないので軽く拳で挨拶していると、葵が追いついてきた。
「よくあの観客遣り過ごせたな?」
感心しているアレクに、葵は何時ものギリシア彫刻の不自然な笑みを浮かべる。
「僕が旅先で路銀尽きる度に、友人が通り掛るのを只管待っているとでも?」
逆さまにしたキノコハットの中には、それなりの金額が入っていた。
「へぇ……凄いじゃないか」
「んじゃこれは回収!」
アレク達が覗き込んでいたのを隙に、カガチがハットごと中身をサッと取り上げた。
「ちょっと冗談それは僕が――」
「葵ちゃんの今迄の使い込みの分って事で」
「成る程、だったら仕方ないな。葵が悪い」
「アレクまで!?」
「が、俺“は”鬼じゃない方の、お兄ちゃんです!
お手伝いにきてくれた楽しい仲間達に何か奢ってやろう。ジゼル――」
「わーいっアイスクリームっアイスクリームっ」
呼ばれて財布ごと渡されたジゼルが葵の袖を引っぱり、ミミ、フレンディスとジブリール、翠とサリアと公園の外へ向かう。
残されたものたちは、芝生の上に座り込んだ。
アレクは頭の上からポチの助を下ろし、膝の上に乗せて腹をくすぐる。
「フレイと行かないでいいのか?」
少しは和らいだとはいえ、未だフレンディスとポチの助の関係はぎくしゃくしたままらしい。こちらから言える事は少ないのは分かっているが、ポチの助に第二の主人と呼ばれるアレクも二人の関係を心配しているのだ。
「……僕はご主人様の元へは帰れませんが……
ご主人様とアレクさん、二人の飼い犬稼業は辞めてません。だからこれからは今日のようにお手伝いをすると決めたのです」
「そっか。偉いなお前は」
抱き上げて背中を軽く叩いて、ポチの助がまた頭にのったタイミングで、アレクはカガチへ視線を向ける。それに気付いたカガチの方が先に口を開いた。
「どうよ最近」
「魔法世界のあれのでプラヴダの所属先が変わったというか正式所属になったというか……偉い人たちに挨拶回りとか色々めんどくさい。地球帰って帝国行ってシャンバラ戻ってそのまま東カナン行ってシャンバラ戻ってもう……眠くて…………」
実際眠そうに目を擦り欠伸混じりに答えるアレクに、カガチは頷いて本題に入る。
「つーかこの間悪かったね。助けるつもりが――」
「いいよそんなの。今も手伝って貰ったし。
それよりなぎさん……なんかいくらなんでも様子おかしかったろ。
あれから大丈夫か?」
先日の空京で起きた共鳴事件の際、カガチのパートナーはカガチやアレクの前で動けなくなってしまった。それだけなら他の共鳴の犠牲者と変わりはなかったが、気になったのは彼女が吐き出した、幾つかの言葉だ。
そこには第三者が詳しく突っ込むべきではないと考えたのか、事情は上っ面だけなぞりながら心配する部分だけ強調して問うアレクに、カガチも微妙な表情だ。パートナーの彼自身分かっていない部分があるのだろうか。
「多分大丈夫、だと思う。
あー……何かもっと言いたい事も訊きたい事もあるはずなんだけどうまくいえねえからとりあえず、
葵ちゃんが“それあとどのくらいかかる?”ってさ」
「…………そうだな……。
さっきのところは終わってて、次は――」
言いながら端末を取り出して、アレクは画面に地図を表示させながら軽く説明した。
「こいつは……なんつー大規模な魔法陣を――!
だがこのくれぇやらねぇといけねぇ程、連中は手強いって事か」
ベルクが胃の辺りを抑えるのに、アレクは経緯について漸く口を開く。
「ウィリはこの世には存在しない、広義的に解釈すれば幽霊みたいなもんだろう。
それと戦うにはどうしたらいいか。
考えて行き着いたのは、逆にしてみればいいんじゃないかと」
「逆って……?」
「もしかし私達が、沼に行くんですかぁ〜?」
ミリアとスノゥが聞き返すのに、アレクはゆっくり首を横に振って否定した。いくらなんでも死ぬのはご免だ。
「俺はこの魔方陣で空京とウィリの沼を繋げるつもりだ」
暫く考えが追いつかず、皆が沈黙する。
「先日ディオン先生(*アレクの恩師イルミンスール魔法学校古代魔法教師ディミトリアス・ディオン(でぃみとりあす・でぃおん))が帝国からお帰りになられた時に伺ってきたんだ。
俺の話に、先生は要素と要素を繋げて、此方側に沼を再現する事は可能だと仰られた」
「なあおにーちゃん。難しい部分は省いていいからさ、単純に。
これ失敗したらどうなんの?」
「沼の他にパラミタとナラカの間――っていうと恐らくザナドゥ辺り……要素が要素だから、もしかしたら『危険な地域』と繋がってヤバい事になるかもな、ヒヒッ」
「マジか……」
言葉を失う壮太に、アレクはいつもの表情の薄い顔に戻り答える。
「まあその辺は大丈夫。
魔方陣自体はディオン先生監修済みだからな。余程俺がやらかさなきゃ、そこまでアホな展開にはならないだろ。
それに今の段階では完全に発動しないんだ。俺は沼もウィリも知らないし。
見たのはベルク達だけなんだったか――」
一瞥されてベルクが頷いた。あの事件の時、沼を見たのはベルク、ウィリの姿を見たのはリカインで、ミルタを見たのは陣だった。
「要するにこの魔方陣は、ただの基盤だ。道路作って看板書いて同じ中身作っても、外観が違ったら客が疑って入ってくれないだろ?
だから見た目どうにかしなきゃ意味無い」
ふむと納得しさあどうするのかと注目する仲間に、アレクは間を置いて答える。これは勿体ぶった訳ではなく、感情的に躊躇する『何か』があったからだ。解決方法とは別の部分で、アレクは『何か』を掴んでいるのだ。
「ハインツの歌で偽物の沼を作り出す。あいつは一回彼方側に行ってるから、他のワールドメーカーより、細部まで再現出来るだろう。それに…………、否これは俺が言う事じゃないから置いとくか。
兎に角ウィリがハインツの作った沼を一瞬でも本物だと錯覚してくれさえすれば、此方におびき出す事は可能だ。
魔方陣を通って現世に現れたウィリは、魔方陣に加えた要素の影響を受けて、実体に近い器を得た状態になっている……予定」
「これってあれ? この間のヒニプラ採石場凍らせたみたいに効果永続するやつ?」
カガチの質問をやんわり否定し、アレクは端末の画面を天気予報に切り替えた。
「付与した主要属性が氷だから、やっぱり余計な水があると『溶ける』んだよ。
……次の雨が降る迄…………、ああ予報通りでも数日しか持たないねガッカリだ。まぁ……それまでに網に引っかかってくれればいいが。
要するにこれが終わったら頑張るのはハインツ。一番相性のいい空き地を探しながら毎日毎時間歌わなきゃならないんだからな。
……それで、ベルクは何なんだ難しい顔して。胃腸酷使し過ぎて遂に死ぬのか?」
「おまっ! 死なねえよ!
…………ただよ、あれからずっと色々考えちまってな。一度考えちまうと止まらねぇんだよ」
頭をポリポリと掻いて切り替え、ベルクはアレク達を見据えた。
「ミルタは後継型とかではなく逆……ジゼルのオリジナルじゃねぇか?
そうなると『三賢者』がどういう経緯で、死んだ際にミルタに出会ったのか。
あの『海底の城』に居たジゼルへの指示は、何処か研究施設から端末連絡していた可能性……っつーのも考えたが、連中は“現世の器を求めていた”し、実際器にされそうになった感覚からして既に魂だけの存在で間違い無さそうだ。
ただあの身体を奪う力はナラカ人の憑依と異なる性質……ミルタと同じものか?」
ベルクの考えを聞いているアレクはくすりと笑いを漏らした。
「お前の考えはそもそも、ミルタがセイレーンの関係者である事が前提になってるな。
それで三賢者の誰か……或は全員が地球人であると考えて、ミルタが地球の話を聞いたと思ったんだな?
俺が持っている情報はお前とは前提から違うからフェアじゃないが、考え方としては逆だ。
ミルタは地球の話を聞いたんじゃない、知っていた。
彼女はハインツをアルブレヒトと呼んだ。彼女はドイツ語を話した。それは彼女が元々、地球の文化を知っていたからだ。彼女は地球人だ」
アレクの言った通りなら、三賢者が死んだ際にミルタに出会ったのでは無い。そしてミルタがセイレーンと関係しているのなら、また異なる事情がある事になるだろう。視線を公園の外に飛ばしているアレクに、壮太は何かを感じたようだ。
「あのさ、おにーちゃん、その辺て聞いていい話?」
少し困った表情を浮かべる壮太の言葉に、アレクは息を吐き出した。
「ベルク以外は事情ごと知らないから、この辺で話してもいいかもな。ただ俺も又聞きだが――」
「ふぇ〜……? 誰からですかぁ〜?」
「大ババ様(*アーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす))。
俺がジゼルと契約した後、エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)校長のところへ挨拶に行った時に「“こんな事もあろうかと!”昔からあれについては調べていたんじゃ」って、わざわざ話をしに着て下さったんだよ。まあその前に前提からか――」
そう言ってアレクは、彼も関わっていないジゼルが契約者達に初めて関わった頃の話を始める。
『海底の城』に住んでいたジゼルが、姉達を蘇らせようと、巨大なアクアマリンに魂を宿した『三賢者』を名乗る族長達に指示され、契約者達を集めた事件の話だ。
事件の顛末は、セイレーンが種族ではなく三賢者に作られた存在で有り、彼等はジゼルを騙す事で『現世の器』を手に入れようとしていた――というものだ。
ベルクはその器として選ばれ、肉体を奪われかけた張本人だった。
「――で、順を追って話そうか。
大ババ様によると、アクアマリンはザナドゥのとある一族が、機晶石をベースに作り上げた秘宝のようなものらしい。
その石を動力とする特殊な霊体の機晶姫――セイレーンを作り出した彼等は、例の如く魂の加工を重ねた。だが少女型で無いと暴走リスクの高くなる機晶姫で、非人間的形状取るっていうのは、当然危険を孕んでいた訳だ」
ベルクはかつての事件の際に、城の中で彼等を襲った霊体のモンスターと言うべき容姿のセイレーンを思い出していた。あれが今アレクの話したものなのだろうか。
「その後一族間で起きた争いの果てに、二人の女悪魔がアクアマリンを持ち出し、シャンバラの領海に城を作り住み着いた。
それがベルク達の連れて行かれた、『海底の城』だ。
二人の悪魔は、そこでも研究を続けた。セイレーンに幾つもの種族の魂を重ね合わせた。結果暴走は収束するが、成功体の魂をコピーして増やしたため、今度は短命というリスクを負った。
彼女達の研究はそこで行き詰まり、その後アクアマリンを狙う者達との戦いの果てに、肉体を失った」
「…………それで?」
「さあ? それ以上は俺も知らない。聞いて無いし」
そこですぱっと話を切ったアレクに、話の聞き手達は妙な感じを覚える。彼がかつてゲーリングの集めた資料を、誰かの手に渡る前に握りつぶした事は確実だ。しかしジゼルもまたセイレーンの欠陥を持っている。パートナーに肉体的に心配な部分ががあると知れば、彼の性格上どんな資料でも手に入れた時に閲覧していると考えるのが妥当だろう。
アレクの話の中に意図的に抜かれている部分に気がついた時、重ねようとした問いかけは、公園へ戻ってきたジゼル達の笑い声で掻き消された。
皆がにこやかに会話を交わすのを遠目に、アレクは一人考え込んでいる。
彼がセイレーンとあの海底の城の話を聞いた時に、一番に疑問に思ったのは、ジゼル達が何故嘘を教えられていたかという部分である。
単純に当てはめるなら、海の外の者を悪しき存在と仕立て上げ、彼女達の憎しみの感情を煽る為のギミックであると考えられるが、他の機晶姫のような種族を見ていれば必要性が感じられない。それこそマスターを――クローディス・ルレンシア(くろーでぃす・るれんしあ)を絶対の存在としている彼女のパートナーのように、プログラム段階で忠誠心を植え付けてしまえばいいだけだし、それが出来ないのであればマインドコントロールや洗脳と言う手も取れる。軍人として戦ってきたテロリスト達の一族に対する忠誠心の高さを考えれば、ああいったものが有用な手段なのは、身にしみて理解しているところだ。
要するに無意味なのだ。更にセイレーンが精神的なショックに弱いのなら、何れ戦いになればバレてしまう嘘で塗固める事こそ、ハイリスクだ。そもそもあの嘘は、ジゼル以外のセイレーンにも教えられていた事だろうか?
嘘をつくのは何の為か。嘘をつくのは誰のためか。
疑問が解消された時にアレクが思ったのは、自分も嘘をつくべきか否か。である。
あの嘘をついた人物――三賢者となった男を、アレクは彼を知っている。
(如何にも彼がつきそうな嘘……作り話だ。
確かにそうやって口を噤んでいれば、彼女の笑顔は曇らず、無邪気な幸福を幸せに眺めていられただろうな。
だがそんなものは所詮夢で、まやかしでしかない)
それが分からない程、彼は馬鹿な男では無かった筈だ。子供だましの誤摩化しでも何でもいいから、そこに縋っていたかったのだろうか。
「So am I」
呟いた声に、ポチの助がぴくりと反応したのに気付いて、アレクは苦笑する。
事件が起こらなければ、『彼』が動かなければ、自分も一生口を開かないつもりだった。だがもう確証を得てしまった。最悪の結果に気付いてしまった。
「ポチの助、悪い。ジゼル呼んできて」
「はい、お任せ下さい!」
駆けて行くポチの助に気付いて振り返ったジゼルの笑顔に、アレクの表情は一層険しくなる。
彼はこれから、彼女に真実を告げなければならない。
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