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リアクション
【空京: ホテル】
「こちらはハインリヒの恋人のリカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)と、パートナーのシーサイド ムーン(しーさいど・むーん)よ」
ミリツァの紹介に、コンラートとカイは衝撃と困惑、両方を顔に出した。まずパートナーのシーサイド・ムーンが何処に居るのか分からないという部分が困惑で、衝撃は――。
「ハインツ、お前の恋人はそこに居る彼だったんじゃないのか?」
「………………彼は…………男の恋人で、こっちの彼女は女の恋人なんだ。
僕は性的に奔放なところがあるんだよ。詳しい部分は――、ここではちょっとね」
とことん下種な事を言いつつも美しく微笑みながら、ハインリヒはティエンを一瞥する。恐らく下品というか下世話な話題になりそうだったのを察知して、コンラートはそれをティエンの前で吐き出させるのは良く無いと判断する。
「分かった。言いたい事はあるが、今はやめておこう」と、神妙な顔で頷いた。
「しかし君たちはそれでいいのか?」
「俺は構いません。彼の性的に奔放な部分も愛しているんです」
親身な表情で問うコンラートに、羽純が――無理があるだろと思いつつ――営業スマイルで答える。
が、リカインは押し黙ったままだ。スイートルームの広い空間の中に沈黙が訪れた。
[どういうことでしょう?]
こちらを向いてふってきた舞花たちも首を横に振った。彼女達にはリカインの意図が分からない。
「君、大丈夫か?」
遂にコンラートが立ち上がった瞬間、リカインは突然口を開いた。そこからこぼれ落ちたのは、ワールドメーカーが紡ぎ出す美しい旋律だ。
「彼女は喋れないのよ。
だから何時も私達とは、こうやって歌で会話しているのだわ」
ミリツァの言葉に仲間達は“幾らなんでもそんな!!”と思うが、パラミタの常識は地球のそれとは大分違うと知っているコンラートは――そしてそうは言っても常識というのは大体どの世界も共通しているのだと知らないコンラートは、大真面目な顔で頷いている。
歌を紡ぎ、リカインが作り出したのはK.O.H.に似た小さなキャラクターだった。彼女は一切喋らずに、このキャラクターで会話を進めるつもりなのだ。
「コンラート、カイ。彼女はね、喋れないからこの歌の能力が必要なのよ。
もし地球でこんなことをしていたらどうかしら? 確実に皆の非難が待っていてよ?
そう、リカインはパラミタで無ければ暮らしていくのは難しい……悲しい女性なのよ!」
「そ、そうだったのか……!」
「それは…………うん、一緒に地球に帰ってもらう訳にはいかなさそうだね……」
茫然とした二人の兄達を見て、リカインは密かにほくそ笑む。
(兄……
そう、それは踏み潰してでも超えなければならない壁)
という私怨というか邪念の部分は置いておいて、リカインにとって“『友人』と言い切っていいのか分からないけれど顔見知りではちょっとさびしいハインリヒ君”が困っているのだ。協力してやるのが筋というものだろう。
(しかもアレ君との痴話喧嘩? に介入したとかプレゼントもらったとかすでに夫婦喧嘩までしてるとかゼロからでっちあげるよりはそれっぽいエピソードを持ってる分好都合でもあるし)
以上の三件はK.O.H.の事件の際にアレクから注意されそうになったハインリヒとの間を持った、多忙だったアレクの代理で彼からのホワイトデーのプレゼントを渡してもらった、訓練でやり合った、というのが正確なところだが、その部分は置いておいて。
彼女の考える通り、ハインリヒとリカインの関係はエピソードに事欠かない為、歌の人形劇である程度を誤摩化してしまえば、聞き手が納得のいくものになっていた。
大体が終わった所でやり取り――といってもほぼリカインのターンだったが――が終了すると、主人に成り代わって口を開いた? のは、彼女のギフトシーサイド・ムーンである。
シーサイド・ムーンが手招き――見た目はリカインの髪の毛がにょんと伸びてぐねぐねうごくというとんだホラーだった為、コンラートは泡を食った――すると、部屋に入ってきたのはスヴァローグ・トリグラフ(すゔぁろーぐ・とりぐらふ)らハインリヒの5体のギフトだった。
本来ならフランツィスカに会い、受け取るものを受け取ったら即帰るつもりで居たハインリヒは、彼等を基地に置いてきていた。
しかしシーサイド・ムーンは敬愛する彼等の為に一肌脱ごうと、トリグラフを此処迄連れてきたのだ。
「二人とも一回会った事あるよね、僕のパートナー」
忘れようが無いフォルムに、コンラートとカイは微妙な表情だ。
一度ハインリヒが家族の集まりに彼等を連れて着た事があったのだが、兄弟の子供達の玩具になって以来、ハインリヒは彼等を連れて来ようとはしなかった。彼等はハインリヒにとって何物にも代え難い大事な存在であるし、冷静に考えて子供が兵器で遊ぶというのは、感心出来たものでは無かったからだ。
そんな経緯が有った所為でコンラートとカイは、面識の薄い末弟のパートナーの事を理解してはいない。二人が彼等について知っているのは、めーとしか鳴かないという事くらいだ。
「めめーっ!」
「話を聞いて欲しいって」
「だが彼等は…………めーしか話せないだろう?」
気まずそうに言うコンラートだったが、その顔の、本当に目の前にリカインの髪がグワッと伸びてきた。
壮年の男性だろうが思わずひっと息を呑んでしまう程、自分が特異な状況を作り出しているという自覚はあるのだろうか――、シーサイド・ムーンは満を持して、トリグラフの訴えを二人の兄達にテレパシーで通訳する。
「めー!」
「めめめっめー!」
「めーめーめー」
「めめっめめめめーっ」
「めめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめめ」
最早めかぬか分からなくなる程一生分のめを聞いた二人の兄弟を待っていたのは、更に疲れる展開だった。
「フハハハ! 待たせたな、ハインリヒよ!
今日は親友であるこの俺と遊べることを喜ぶがいい!」
いきなりの白衣……じゃなかったドクター・ハデス(どくたー・はです)の登場に、皆が目を見張る。友人であるミリツァの要請を受けた高天原 咲耶(たかまがはら・さくや)は、兄にハインリヒの親友役を頼んだのだ。
何で……?
と突っ込みたいところだが――そして実際陣はそういう顔なのだが、ミリツァはしたり顔であるし、発案者の咲耶は廊下に隠れているし、大体突っ込んでしまえば作戦は失敗に終わる。
もうなるようにしかならないと、彼等はハデスが困った事を言い出さないよう願うばかりだ。
だがそんな仲間達の心配は、ある意味外れた。ハデスは自己紹介――勿論フハハ!以下略のあれである――をした後、普段のエキセントリックな性格と騒がさをひっこめて、妙に静かになってしまう。
「ハデス君? どうしたの?」
ハインリヒが顔を覗き込むと、ハデスは俯いて何かを逡巡しているようだった。そして彼は隠れている妹へ、精神感応する。
[ところで、咲耶よ……。
友人というのは、何をすればいいのだ?]と。
そう、実はハデスは、友達がいないボッチだったのだ!
否、まあ大体皆が知っていたハデスが厨二病で引きこもりなコミュ障だという事実を、他ならぬ妹はすっかり忘れていたらしい。
[兄さん、そういえば友達居ないんでしたっけ……]
[お、俺は孤高の天才科学者なのだから、
今まで友などというものとは無縁だったので……、仕方なかろう!]
[そ、そうですね。仕方ありません。
ではえっと…………私が指示しますので、そのとおりに動いてくださいね]
そんな風に言っている咲耶だが、実は彼女も友達が少ない為、まともな指示が期待出来なさそうという事実は、此処に伏せておこう。
気を取り直して、咲耶は一緒に待機していたデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)に向き直った。
(さて。こうなったらハインツさんにも、兄さんに合わせてもらうように指示を出さないと……)
「デメテールちゃん、ハインツさんに指示を伝えてもらえますか?」
が、ここで咲耶はまたも失念していたのだ。
このデメテールが働く事が大嫌いだと公言する、ニート悪魔だという事を!!
……本当に何故忘れているのかは分からないが、兎も角廊下を歩き出したデメテールは、8歩歩き、廊下の角を曲がって咲耶の姿が見えなくなった途端こう漏らしたのだ。
「え〜。伝令役なんてめんどくさいな〜。
代わりによろしくー」
余りにあっけなく、即効で彼女は自分の任務を放棄し、特殊作戦部隊員に仕事を押し付けた。ただ、コンラート達にバレてはいけないと言う部分だけは失念していなかったようで、彼女はハインリヒに最終的に伝言を届ける役を、室内に居るものに頼む事に決めた。
さて、ハインリヒや仲間のフォローが入ったお陰で、喋らずに済んでいる間、ハデスは咲耶の指示を貰い状況を正しく理解した。勿論状況だけで、相変わらず空気は読めていないが、今回に至ってはそれが悪い方向には作用しない。
エキセントリックな人物とてそれが妹の為になるのであれば、彼也に真面目に取り組むのだろう。
[――ふむ、次はこの兄たちの説得をすればいいのだな?]
そうして開き直ったハデスは、真面目な表情でハインリヒの二人の兄を見据えた。
「カイおよびコンラート・ディーツゲンよ。
ハインリヒを連れ戻すのは待ってもらいたい!」
はっきりと言うハデスの言葉の真摯な響きに、部屋の皆が驚いた。まるで嘘とは思えない。
「我が親友ハインリヒは、俺にとって(世界征服に)必要不可欠な存在(トリグラフの列車砲モード的な意味で)!
そのハインリヒを連れ戻させるわけにはいかんのだ!」
そう、ハデスの言葉は嘘ではないのだ。彼が瞳に宿らせているのは世界征服への熱意なのだが、カッコの部分を天然で省いてくれた為、コンラートとカイ、更に他の仲間にすらそれが感動的な演説に思えてしまう。
「ハデス君…………君は僕の事をそんな風に考えて居てくれたのかい?」
「そうだ、俺(の世界征服)にはお前(のトリグラフの列車砲モード)が必要だハインリヒ」
見つめ合う二人。熱い友情が兄達に伝わった時だった。
咲耶の伝言がデメテールに伝わり、デメテールの伝言が特殊作戦部隊員に伝わり、特殊作戦部隊員の伝言が部屋の中の仲間――トリグラフ五匹を介してハインリヒへと伝えられた。
[めー! めぇ〜]
[めえぇー]
[めっ]
[めめえ〜]
「めめめっめめっめぇ〜!」
七回経由された結果の指示を聞いたハインリヒは、隣に座るハデスを見た。
「ハデス君」
「なんだ?」
ハデスがこちらを向いたのに、ハインリヒが身を乗り出した直後、ちゅっという可愛らしいリップ音が部屋に響いた。
突っ込みの声など出てくる訳も無い。皆一様に固まって、口からも何も出て来ない。
「なっ、なっ、なんだ!?」
「……分かんない………………何で!? ええっ? 咲耶ちゃん何で!?
何で僕がハデス君にキスするの!?」
伝言の原型――つまり咲耶がハインリヒに送った指示が元々どういうものだったかは定かでは無い。ただハインリヒに送られてきた最終的なものは“兄たちの前でハデスに口付けしろ”というもので、兎に角皆のやる事にノッておこうという勢いのままに動いていたハインリヒは、無心でそれに従ってしまったのだ。
当事者だけがわたわたして、皆が真っ青になる程の大混乱の中で、更に事態を悪化させる人物が部屋に到着した。
「ひどいですわっ!
ハインリヒ様、私との関係は遊びだったのですねっ!」
ミネルヴァ・プロセルピナ(みねるう゛ぁ・ぷろせるぴな)が、身に纏った古代シャンバラの上流階級が社交パーティーで着ていたドレス――つまるところ場違いなくらい華やかなそれを翻して、登場し、ハインリヒの隣にちょこんと座る。
「き、君は一体……」
もう困惑しきりのコンラートとカイに、ミネルヴァはもう一度立ち上がり、微笑んでこういった。
「ふふふ、お兄さま方、お初にお目にかかります。
ハインリヒ様の恋人のミネルヴァですわ。よろしくお願い致します」
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