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Buch der Lieder: 夢見る人

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Buch der Lieder: 夢見る人

リアクション

 先程まで歌が包んでいた劇場内に悲鳴が木霊しているのを異常と思いながらも、真は冷静を務めようとする。
(俺に出来る事……それを全力でやる!)
 誰が何をし、自分は何をすべきか。落ち着いて周囲を見渡せば、此処に居るのは今迄幾多の戦いを共にしてきた仲間達だと思い起こさせる。
 それが分かればこの後どうすべきかは、自ずと理解出来た。
「京子ちゃん、兄さん、皆のフォローを頼むよ!」
 パートナーの声に呼応して京子がその場を飛び立ち、左之助が劇場スタッフへ襲い来る水を凍らせようと動くのを確認し、真は『ナラカの瘴気石』を用いる事で憑依させた奈落人椎葉 諒(しいば・りょう)の肉体を分離させた。
「最近憑いた途端に即分離してないかおい!」
 諒は現れて即ぼやくような突っ込みを入れるが、真は京子の祝福の力を浴びながら、左之助の魂龍【一文字】が放った冷気で凍らせた沼を槍で砕き進んで行く。
「ったく、ここで大量にナラカに来られても割のいいバイト口が減るだけだ……」
「此処で殺されても、魂はナラカへは行けない――!」
 避難する人々の背中へ氷壁で守りながらのアレクの発言に、諒は「は?」と言葉と動きで反応した。
「それってどういう……」
「あの『沼』は、『ウィリ』の溶けた意識、恨みそのものだ。
 その『ウィリ』は沼に仲間を集めようとしている。
 あの水に囚われたら、天国も地獄も輪廻も土に戻る事も無く何も無い場所でドロドロに溶けて自分を見失ったまま、永遠を生きなきゃならないんだよ!」
「…………なんだそりゃおっそろしいな……」
 悪寒を感じ諒は先をゆく真の隣へつけた。生前の記憶が無い存在とはいえ、アレクの言う沼の世界が普通で無い、あってはならない事くらいは分かる。
「手伝ってやるよ!」
「頼む!」
 パートナーに一言だけ答えて、真は突き進み続けた。

「お兄さん! ですよね、ハインツさんの」
 力強く腕を掴まれて、ステージを見て硬直していたカイがゆっくり真の方を向いた。この状況で、まして劇場内は今地球人ばかりだ。皆パニックを起こしながら逃げようとしているのに、その場に留まっている人物が居れば彼等が何者なのかは直ぐに分かった。
「逃げて下さい…………とは言えません」
 真がかけてくれた言葉に、コンラートが強く頷いた。彼はそういう覚悟を持って、此処で立っていたのだと分かり、真も
「俺達が護ります」と言う。
 警護をしていた数人――動きからその対象はコンラートだと分かった――が、慌てた様子で「閣下!」と制止するが、コンラートは何処かへ手早く連絡を済ませ、彼等の任務を解いてしまった。
「――君たちは逃げなさい。此処迄の働きに感謝しているよ。有り難う」
 警護班達は警護対象がいきなり消えた事に動揺していたが、コンラートのこの最後の挨拶に、踵を返して行く。
「もし邪魔なようであれば直ぐに言ってくれて構いません。
 しかしこの事件の発端は私の弟――アロイスにある」
「最後まで見届けたいんですね」
「…………頼みます」
 こちらを向いた顔に、諒が盾となり先を進んで行く。
「二階に行きます」
 真の提案に、カイがぐるっと振り返るが、コンラートは
「カイ、俺達が此処にいても何も出来ない。彼に従おう」と、落ち着いた調子で弟の背中を押した。
 上階へ向かいながら、真は拳を握りしめる。
(誰が欠けてもしっくりこない
 だから、持てる力をすべて使って……戦わせてもらうよ)

* 

 それが起こったのは、次百 姫星(つぐもも・きらら)が何時ものようにアルバイトをしていたときだった。
 姫星は「いや〜、今日は賑やかで売り上げも上々。実に良い日ですね」などとのんびりしていたものだから、いきなり現れた不思議な少女たちに悲鳴を上げてしまった。
 それから彼女は今日を『良い日』から『厄日』に前言撤回し、パートナーの呪われた共同墓場の 死者を統べる墓守姫(のろわれたきょうどうぼちの・ししゃをすべるはかもりひめ)と合流して動き出した。
 自分達の容姿は避難誘導には不向きだ。
 そう割り切っているから、姫星は今居る二階を中心に、戦いに専念する事にしたのだった。
 墓守姫にスキルを駆使して少女達の気配を察知してもらい、姫星は見つけたターゲットに向かって警告する。
「止まりなさい! 止まらないと痛い目見ますよ!」
 少女は箒の乗った魔女であった。姫星の存在に気付いて此方を一瞥するが、反応はそれだけで、姫星たちとは反対側の女性客へ向かって術を放った。
「キャアアア!!」
 それを受けた客は突然金切り声を上げ、吹き抜けへ向かって走った。
(――危ない!)
 声を上げる暇も無く、女性客は落下して行く。姫星が吹き抜けのガードに飛びつくように下を覗き込むと、女性客は落下した先でリボンのようなものに受け止められている事が分かった。
 じっと目を凝らしてみると、その人物が軍人で、姫星も知っている軍服を着込んでいると気付く。
 あれが『プラヴダ』のキアラだと確認出来た時には、彼女は腰部からワイヤーを射出する装置を装着した武尊と共に、吹き抜けから上階へ上がって来ていた。
「病院のでアル兄様が言ってたっしょ。あの魔女、ソウルアベレイターっスよ。
 スキルがあたったらあんな風に精神が壊れちゃう、気をつけてっス!」
「『ウィリ』が現れたんだよ。俺達は上に行くからそこは任せた!」
 キアラの警告と武尊が言う名前で事件を思い出した姫星は、墓守姫を振り返る。
 先日ハインリヒは、ウィリについてこう言っていた。

『セイレーンに使われた彼女達は、他人と混ぜられた事で自分を見失い、“複数の魂が寄り集まった個体”という中途半端な存在になってしまった。
 結果ナラカに行く事も出来ずに、真ん中の場所に留まり、新たな仲間を欲している』

「肉体が滅び自我が崩壊しても未だ彷徨う魂……見ていられないわね。
 言葉も通じないなら、屠るしか無い!」
 墓守姫は奈落の鉄鎖を放ち、飛行していた魔女の箒の柄に巻き付け、下へぐいと力任せに引っ張った。
 魔女はぐりんっと身体を反らせて墓守姫を見つけ、闇黒の凍気をぶつけてくる。
「ぐっ!……ぅ…………」
 凍気に包まれた身体は、凶悪なドライアイスの海へ落ちたかのように痛みを越えたものを墓守姫へ訴えるが、痛覚を鈍らせる事で彼女はそれに耐えている。
 パートナーが戦う中で、姫星は力を溜め、足をぐっと踏み込んだ。
「はぁぁぁっ、チェストォォォーーーー!!!」
 槍の穂から放たれる爆炎波に、魔女の姿が消えていく。
「有るべきところへ……。
 ――せめて、安らかに眠りなさい」
 そう言って、墓守姫はそっと瞼を閉じた。



 ドアノブを捻り傾れ込むように一階へ出たグループは、劇場のある八階から全速力で下りてきた為、皆荒い息を上げていた。
 なんとか息を整える中、ビル全体の様子が妙な事に気付き始める。
「此処でも何か起こってるようですね……」
 周囲を見て状況を文字通り分析しているツライッツに、ベルクは
「劇場が気になる」と言う。
「はい、でもハインリヒさんからは連絡がありませんから――」
 何かあれば真っ先に自分に連絡してくれるだろうという自負はある。ツライッツが端末を取り出して改めて着信画面を確認していると、ふとジゼルが動きを止めたまま明後日の方向を見つめているのが目に入った。どうやらテレパシーの通信がきているようだ。
「アレクよ」
 ジゼルはそう言うので精一杯だったようだが、出て来た名前が一人劇場へ戻った人物だと考えれば、これであちらの様子が分かると皆は口を噤んで彼女の様子を見守る。
 しかし、ジゼルから聞かされた状況は、芳しく無いものだった。
「――さっきの人、やっぱりローゼマリーよね」
「はい。外見と話している内容で判断するなら間違い無いと思います。
 恐らく今このビルは、『ウィリ』に襲われているんでしょう」
 ツライッツの言葉は一部が理解できて、一部が飲み込めない。それを顔に出す仲間に、ツライッツは指示を仰ぐようにジゼルを見た。
 ――全てを話してもいいのか。そう問う彼に、ジゼルは静かに逡巡し、答えを出す。
「お願い……」
 自分で話すのは難しい、あなたが適役だと言うジゼルに、ツライッツは皆へ自分の知る全てを明かす事にした。
「先程の女性は、ローゼマリー・ディーツゲン。
 ハインリヒさんの姉です。
 彼女は数年前、強化人間の手術を受けるため、チェコからパラミタへ渡りました。
 “動かなくなってしまった足を治すため”という目的はあったようですが、彼女が生まれつき身体弱く負担が大きかった事や、まだ技術が実用化されていなかった事もあって、ご家族は強く反対なさったようです。半ば無理矢理――家出同然だった経緯もあって、その後の消息は不明です」
 重い口調に、フレンディスは首を傾げた。
「それでは、きちんと事情をお話すれば良かったのではありませぬか?
 複雑な経緯があるとはいえ、それは昔の事。ローゼマリーさんが元気でいらっしゃると聞けば、お兄様達も喜ばれるのでは――」
「続きが…………あるの……」
 フレンディスの言葉をジゼルが切る。ジゼルが浮かべた表情に気付いて、フレンディスはハッとして、彼女を庇うように隣に立った。
「ジゼルさん達――兵器・セイレーンは元々実体を持たないそうです。
 一定の年齢を過ぎ、条件を満たした個体だけが、制作者に選ばれ肉体を与えられる」
 それは先日アレクの話を聞き、自分が疑問に思っていた部分だと、ベルクの視線が鋭くなった。
「ジゼルさんに与えられた身体を作るのに使われた…………材料の多くは、ローゼマリーさんのものである可能性が高く……
 先日、検査した結果……ハインリヒさんと、ジゼルさんの間には、血縁関係があると、認められました」
 言い辛い内容にツライッツは段々と言葉のリズム淀ませる。その話を聞いている仲間も、皆複雑な反応を見せている。
「ならば、今追ってきているローゼマリーは一体……?」
 ハーティオンが言った通り、ローゼマリーがジゼルの肉体に使われたのなら、彼女は今、生きてはいない筈だ。
 先程彼等が目にしたローゼマリーは、亡霊のようなものなのだろう。存在をその目の映しながら、ツライッツ以外が認識出来なかったのは、その所為だったのだと納得出来てしまう。
「あんたねー、デリカシーないからポンコツって言われんのよ。
 力仕事しか出来ないんだから、黙って皆の盾になってりゃいーの!」
 ラブの軽口に、ハーティオンがしゅんと肩を落とした。と、そこで誰もが問おうとして言えなかった言葉を、子供である自分ならばとジブリールが口に出す。
「セイレーンを作る経緯で命を落としたって事は、ローゼマリーさんはウィリの一人……そういう意味だよね?」
 改めてそう口に出されると、ラブも何かに引っかかったようだ。
「ちょっと待って。
 そこは分かったけど、さっきローゼマリーが言ってたアロイスって、あの兄弟の遠縁で――義兄弟だったのよね?」
 アロイス・グレネマイアーが『三賢者』と呼ばれるセイレーンの制作者の一人である事は、先日コンラート達から聞かされていた。
「じゃあアロイスは、妹を殺したのか……?」
 自分が吐いた言葉に薄ら寒いものを覚えている壮太に、ツライッツは全ては推測に基づくものだと前提し、俯いて口を開く。
「ウィリは個体でありながら、複数の意思を持っています。
 それは幾つもの魂が混ぜ合わされた結果であると、アレクさんは言いました。
 ですが、俺のように機械に当てはめると、擬似的にでも人格を持っているのであれば、意思を並列化する際に中枢になるプログラムが必要になるんです」
 ウィリの魂の中央にたつ人物。ハインリヒが夢で出会い、ウィリの女王と呼んでいた女性――。
「あくまで個人的な推測ですが……ローゼマリー・ディーツゲンは、ウィリの女王ミルタではないかと……」