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リアクション
劇場の二階バルコニー。戦いの中でこちらに飛んでくる来る氷の塊を、諒がミスリルバットをフルスイングし吹き飛ばす。
そんな中、階下からの連絡を受け、バルコニーに身を乗り出していた真は二人の兄弟に振り返った。
「――フランツィスカさんは大丈夫です」
伝えられた言葉に、コンラートとカイは一旦は胸を撫で下ろすが、視線はすぐに末弟へと向かった。
「あれは……ローゼマリーなのか…………?」
コンラートが出した誰に聞くでもない疑問に、カイは「かもね」と軽い言葉を重く吐いた。
「ステージなんてさ、如何にもあの子が好みそうじゃない?
ローゼマリーってそういう子だったよ。
屋敷は彼女のドールズハウスで、オレ達一人ずつに役割を与えてそれを楽しんでた。
兄妹を纏めるコンラート、そんな兄を支えるカイ、大らかで楽しい姉のフランツィスカ。オレ達は彼女に優しく接するが、理解者では無い。彼女を助けるのはアロイスじゃないといけないからね。
オレはそれが嫌でちゃらんぽらんにしてたけどさ、自分の考えたシナリオ通りに演じないからって、凄く怒ってた。
丁度あんな風にさ……」
妹の抱えていた闇を夢にも思わなかったコンラートは、弟から出た発言に、暫く言葉が出ない様子だった。
「お前は良く分かってたんだな……俺は何も…………」
「良く分かっても何も出来なかったよ」
兄の自らを恥じる言葉を聞いて、カイは彼の肩を叩く。
「……ハインツは? カイ、ローゼマリーはハインツにどんな役割を与えていたんだ――?」
コンラートの質問に、カイは逡巡し
「童話でお姫様を助ける小さな動物。或は…………犠牲者かな」
「――ッ!」
バルコニーの手すりを掴み、沼に――ローゼマリーに囚われたハインリヒを見つめていたコンラートだったが、息を吐くと同時に身体から力が抜けていく。
手すりに額をつけ、何かに耐えるような彼に、断片的にしか話を理解しなかったが真は声を掛けた。
「大丈夫です。俺の仲間が、ハインツさんの事を必ず助けますから」
諒がこちらを見て舌打ちをしたのに、真は個人的な思いを付け足した。
「絶対に上手くいきます。いえ、いかせます。まだ俺、ハインツさんと手合せしてませんから」
一階。戦う仲間達を銃撃で援護しながら、舞花はハインリヒにテレパシーを送っていた。
しかし以前ハインリヒとローゼマリーの事情を知った彼女は、状況に徐々に違和感を覚え始めている。フランツィスカを助ける為葵がステージに上がった時、二人を護ったのは確かにハインリヒだった。陣も彼の声にハインリヒが答えたと言っていたが、今呼び掛けに答えないのは何故なのだろう。
[私はローゼマリーさんの心を知りました……。
それでも私たちで倒さなくてはいけないと思います]
[――それでどうなる。ローゼマリーがそれで救われるとでも?]
此処へきて初めて聞こえたハインリヒの声に、舞花の表情が僅かに揺れた。
[彼女の魂はもう沼から離れる事は出来ない。
確かに殺せば二度と現世に現れる事はないだろう。そしてまた誰に知られる事も無い水底へ逆戻りだ。
彼女の仲間は契約者に導かれ、無事にナラカへ還るだろう。そしたら水底の住人はローゼマリー、一人だけになるね!!]
自分の発言が状況に矛盾しているのを理解するハインリヒの声は、自嘲を含んでいる。彼の告げた事実に舞花は言葉に詰まり、俯いてぎゅっと唇を噛み締めた。
[…………部外者だからこんなに簡単に割り切れる……と思われるかもしれません。確かにその通りです、反論はしません。
ですが、それでも人々に襲いかかり、フランツィスカさんを引きずり込もうとし、今もハインリヒさんを捕らえている……]
だからどんなに批難されようとも――、舞花は銃を握りしめた。
ブリザードを使う皐月に睦月が、スノゥにティエンが力を送り続ける。縁はもうスキルを使う為の力が尽きかけてきており、肩で息をしながら氷術で沼の広がるのを何とか食い止めていた。
「もうそろそろッ、キツいわね!」
スノゥの隣で機晶魔剣・雪華哭女を沼に突き立て振り回しながら、ミリアがそうぼやく。
これ以上は皆が限界だというところで、歌菜がステージを見据え、パートナー達を呼んだ。
「――羽純くん、アレクさん、お願いします!」
彼女の声を合図に、アレクの魔法陣が青い輝きを帯びて一閃すると、そこから光りがぎゅんと伸びていき下手側の沼が、まるで時間を止めたかのように完全に凍結する。
羽純と共に飛び進む歌菜は上手側から向かってくる人形を槍で払いのけ、止まらない。彼等をサポートする動きを続けながら、ユピリアはハインリヒに向かって叫んだ。
「いい、ハインツ。さっさと帰ってきなさい。
素のあなた、私結構好きよ。これからもっとバカ騒ぎするんだから、ここで後味の悪い結末を迎える気はないわ。
誰一人沼に沈めたりしない。こっちは沼を干上がらせる気でいるんだから!」
彼等が動く間に、託はアレクの指示で暴れ回るスヴァローグと翠の居る上手側に周り、自分の軌道に襲い来る人形へ氷術を掛け、それを足掛かりにステージへ向かっていく。
「あんまり得意ではないんだけれどねぇ」とごちるように、託が得意とするスピード戦闘と、氷術の相性は余り良く無かった。足場を作る事は出来て、そこへ昇る事は出来ても、次に襲ってくる攻撃を振り切る事は難しい。
足掻いているようにさえ見える。
が、それは彼の作戦なのだ。
こうしていれば沼は一人でも仕留めようと託を狙って動くだろう。そして今度は託の動きをダリルの鞭や、ルカルカの氷壁が援護しているのだ。実際はおいそれと攻撃を喰らう事は無かった。
こうして集中している間に、歌菜が作り出し出した壁に隠れて羽純がハインリヒの腕を掴んだ。
「俺達は絶対にお前を離さない。
死神が来ても殴ってお帰り頂くぞ!」
怒号のような鼓舞に、ハインリヒの顔がふっと羽純を見上げる。
「ハインツさん!」
歌菜が安堵と歓喜を混じらせて名を呼んだ時、劇場のそこかしこで響いていた戦いの音が鳴り止んだ。
ステージから見下ろすと、館内の床、壁、天井まで全てが氷に包まれている。それは魔術の中心に立っているアレクの静かな怒りに他ならなかった。
*
「美羽、あそこだ!」
コハクの示す声に美羽は走る速度を加速させる。
敵が居る位置は、ミリツァが反響で教えてくれた通りだった。
(ミリツァ、戦う力を持ってないのに、皆を救出しようと動けるなんて――)
高潔な彼女の姿は、友人として誇らしい。そんな彼女の事も守り抜けるようにと美羽は意思を強くする。
二人で敵を挟み撃ちにするように動くと、駆け寄る勢いのまま美羽はまるで体重等無いかのようにフリルいっぱいのパニエを翻してふんわりと跳躍し、ガガガガガガと撃ち込むような連続の蹴りを叩き込む。
(――コレで全部だよ!)
「はあッ!」
少女が最後の一発を喰らって飛んだ先には、コハクの蒼炎槍が待っていた。
一方咲耶は、ミリツァに近付く敵の中で、こちらへ追いついたエドゥアルトがガードを頼みながら、自らの手におえそうな相手を選別し、迎撃をしていく。
とは言っても
「なんだか、いつもより力がみなぎってくるみたいです!
これなら!」と爛々と目を輝かせるように、ペルセポネの装甲が融合しメカニカルな魔法少女となった咲耶は絶好調だった。
相手は自ら調律を施しているパートナー達だ。ハデスの改造は一瞬だったが、本当に複雑な――様々な要素を盛り込み、力を限界迄引き上げている。
一人を弾き、一人を吹き飛ばし、そんなところでエドゥアルトの声が上がった。
「まずい、そっちに――!」
彼の炎を切り抜ける程強い能力を有した少女が、ミリツァを目掛けて来たのだ。
「咲耶よ、痛覚を遮断し全能力解放だ!」
ハデスのリミッター解除に、咲耶はミリツァと瞬時に位置を入れ替え、少女の攻撃を受ける。
その間にエドゥアルトの炎が止めをさしてくれたが――
「えっ、きゃああっ、装甲がっ?!」
いつも通りの展開がやってきた。
「だ、大丈夫。見ていないよ!」
エドゥアルトが慌てて背中を向けるのを横目に、ミリツァはふうっと息を吐くと、
「全く…………あなた達と居ると、おちおち緊張も出来ないわね」
涙目で身体を隠す友人に申し訳なく思いながら、小さな笑いを隠した。
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