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真夏の白昼の夢

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真夏の白昼の夢

リアクション

3)

「海だわーーーー!!!」
 その頃。セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は歓声をあげていた。
「ちょっと、セレン。はしゃいでる場合じゃないでしょ」
 セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がたしなめるけれども、セレンフィレティのテンションはあがったままだ。
 目の前にはエメラルドグリーンの海と、白い砂浜が広がっている。日差しは暑く、早く海に入ろうとせき立てているようだ。
 おまけにいつの間にか、二人は大胆な水着姿になっていた。セレンフィリティは花柄に、ティアードフリルの可愛らしいながらも大胆なビキニ、セレアナは黒の大胆にカットが入ったワンピースタイプだ。どちらもナイスバディも手伝って、健康的ながら扇情的な姿だった。
「今年の夏は海にもプールにも行けなかったし、それこそ夢の中でくらい、思いっきり楽しんで癒やされたいじゃない!」
「まぁ……それも、そうだけど」
 セレンフィリティの主張にも一理ある。
 二人は6月に結婚したばかりだというのに、それこそ仕事に訓練にと追われっぱなしだった。タシガンで公務を終えて、遅い夏休みを数日とることはできたが、新婚旅行ですらまだできていないのだ。
「ね、ほら、いこう!」
 万が一なにかあったとしても、対処のできない二人でもない。渋るセレアナの手をとると、セレンフィリティは波打ち際に向かって思い切り駆けだした。
「セレンったら、……!」
「きゃーー!! 冷たいっ!! 気持ちいい!!」
 先ほどまで、足の裏に感じてた砂の熱さも吹っ飛ぶほどの、海の爽快な冷たさ。セレンフィリティは無邪気な歓声をあげ、笑い転げている。
「もう、セレアナ、ノリが悪いよ? ……そんな顔してるとー」
「え?」
 手をのばし、がばっとセレンフィリティはセレアナをお姫様抱っこで持ち上げた。水の浮力も手伝って、たいして力もいらずに、セレアナの体は楽々と持ち上げられてしまう。「そーれっ!」
 そのまま、どぼん! と再び海中に放り込むセレンフィリティ。白い水しぶきが跳ね上がり、キラキラと空中で輝く。
「………あれ? セレアナ?」
 だが、予想に反して、セレアナがすぐに顔をださない。訝った次の瞬間、ぐいっと足をひっぱられ、今度はセレンフィリティのほうが水しぶきをあげて倒れ込んだ。
「ぷは……っ! やったわねーっ」
「セレンが仕掛けるからでしょ?」
 セレアナも吹っ切れたらしい。口ではそう言いながらも、互いに満面の笑みで二人は海でじゃれあった。
 どちらからともなく、さらに沖まで泳ぎ、二人は抱き合ったまま美しい海に揺蕩う。さながら、人形のように。
 他に誰もいない。二人だけの、夢の中の楽園。
 繰り返す波音だけが響く。
「ねぇ……」
「ええ」
 それだけで、心は通じ合う。見つめ合い、それから目を閉じて。人魚達はそっとキスをかわした。
 今までも、これからも。こんな風に、二人の思い出が重なっていくように。そう、願いながら。



「ね、綺麗でしょう?」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は微笑んで、手をつないだダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を見上げた。
 咲き乱れる薔薇の園。ここは、ルドルフの薔薇園だ。一般生徒は通常立ち入ることができない、まさに、『夢』だからこその場所だった。
「数年前に私はここを真一郎さんと訪れて、迷路の中で2人の薔薇を見つけたの。私達はつきあいはじめて間が無い時で、その時の雫が気持ちを伝え合い強くするきっかけにもなったのよ。ロマンチックでしょ?」
 そのときの思い出を振り返りながら、ルカルカは目を細める。
 彼女の記憶が鮮明になるほど、周囲の薔薇はその色合いを鮮やかにしていくようだった。
「そうか」
 ダリルは頷きつつも、何故自分がここに連れて来られたのかはよくわかっていないようだ。そんな彼に、ルカルカは薔薇園を進みながら、そっと口を開いた。
「ダリルとはパートナー契約という名前の”結婚では無いけど永遠の誓い”を交わしたでしょう? だから、愛じゃなくても絆の薔薇を見つけたいの……現実主義者のダリルには、笑われちゃうかもしれないけど」
「いや。薔薇に魔力があっても変ではないし、ルドルフ氏の庭園は一度見たいと思っていた。……俺だって、ロマンチックを解さないわけじゃないんだ」
 ダリルの返答に、ルカルカは目を丸くして、まじまじと彼を見つめてしまう。
「そんな意外そうな顔を…するなよ」
「ふふ、ごめんね。でも、よかった」
 一安心した様子で、ルカルカとダリルはゆっくりと歩を進めていく。薔薇の香りに包まれ、美しい景色はどこまでも続くように見える。
 だが、そのうち、ふとダリルが尋ねた。
「手を繋ぐのはルールなのか?」
「そうよ。それに、今は夢の中でしょう? はぐれてしまったら困るしね」
 強い絆のある二人だ、はぐれることはそうそうないとわかっている顔で、あえて甘えたようにルカルカが言う。
「まあ、誰も見ていないから良いだろう」
「そうそう。……あ、たしか、こっちよ」
 夢の薔薇園を、迷わずルカルカは進んでいく。
 まるで最初から、そこにあるとわかっているかのように。いや、彼女には、わかっていたのかもしれない。なにかに喚ばれるように、二人は迷路を進んでいった。
 そして、ついにその先にあったのは……。
「……うわぁ」
 透き通るほど薄い金色の花弁が重なった薔薇が、一輪。そっと、二人の前に姿を現した。
 その美しさにルカルカは一度声をあげたきり、じっと見入っている。ダリルもまた、「素晴らしい」と呟いて、暫し黙り込んだ。
 神々しいような、それでいて暖かいような。それが、二人の絆の顕現なのだろう。
「どんな色かしら、姿かしらって、楽しみにしてたんだけど……夢みたいね。ああ、夢ではあるのかしら」
 ルカルカが茶目っ気のある笑みを浮かべる。それから。
「でも、夢だとしても、忘れないわ。ダリルも覚えていてね? この薔薇とこの風景を、一緒に見たかったのよ」
「ああ」
 深くダリルは頷いた。
 ポケットから小瓶をだして、ルカルカは金薔薇の雫を一滴、その中に封じ込める。夢が終わったとき、これが手元に残るかはわからない。それでも、この感動と記憶は、きっと消えないだろう。
「ねぇ。もう少し、ゆっくりしていってもいいかしら」
「同感だ」
 繋いだ手に、力がこもる。
 美しい薔薇を眺めながら、二人はしばしそうして、心穏やかな時を過ごしたのだった。


「ここが夢の中か……」
 久途 侘助(くず・わびすけ)は、気づけば、一面の彼岸花に囲まれていた。
 どこかはわからない。けれども、危険だとは感じなかった。
 むしろ、どこか、安らかだ。
 傍らに、香住 火藍(かすみ・からん)がいる。彼岸花に並んで、赤い髪が、ふんわりと風に揺れていた。
「 …あなたの心の中、何が眠っていますか
  きっと綺麗な月が浮かんでいることでしょう
  きっと薄紅の雲が流れていることでしょう……♪ 」
 ふと侘び助が口ずさんだのは、母親が作ってくれた子守歌だった。
「その歌は何ですか?」
 火藍が尋ねる。少しばかり、意外そうに。火藍はてっきり、侘助は音痴だろうと思っていたのだ。
 実際には、その歌声は優しく柔らかく、耳に心地よいものだった。
「ん? んー……昔、母上が歌ってくれた子守歌だ。うろ覚えだけどな」
「つまり侘助さんのアレンジつきですか」
「ふふ、そういうことになるな」
「もう少し、聴いていてもいいですか」
 火藍のリクエストに、侘助は頷いた。物好きだなぁ、と少しばかり思いながら。
 息を吸い、再び、歌声が響く。
「 私は、この暖かい茨の道を歩いてゆく。
  ずっと、ずっと。両手には希望を抱き。
  過去と未来を抱き。今を、生きていく……♪ 」
 まるで、己に言い聞かせるように。
 ――俺は、今を歩いて行く。
 ふと、隣の火藍を見ると、目を閉じ、じっと歌声に聞き惚れている。……なんだか、気恥ずかしくなってしまう。
「もう俺の歌は終わり! 終わりだぞ!」
「侘助さん、顔赤いですよ」
「……」
「でも、もっと聴きたいです。お母様の歌、侘助さんの歌を。こんな機会、滅多にないですからね」
「……歌、そんなに気に入ったのか?」
 火藍がこくりと頷く。
「じゃあ…一緒に歌ってみるか? 俺が教えるから」
 二人で歌うのなら、恥ずかしくはない。それに、母の歌を火藍に教えるのは、悪くなかった。いや、むしろ、嬉しいと思う。
 侘助の誘いに、「はい、もちろん。喜んで」と微笑んで火藍は頷いた。
 今まで歌った箇所も含め、侘助がもう一度、最初から歌い出す。旋律を覚えた部分から、火藍も同じく、歌声をあわせた。だが。
「 ……私は何一つ怖くない。あなたが隣にいるから。
  ほら、手を繋いで。温もりを感じるでしょう…… ♪」
 そこまで歌ったところで、侘助は悲しげに目を伏せた。
「どうかしましたか?」
「ごめん。……この先は、覚えていない」
 母親にも申し訳なくて、なにより、悲しくて。
 瞳を潤ませる侘助の手を、そっと火藍の手の温もりが包んだ。
「でしたら…俺たちで、続きを作ってみませんか?」
「え?」
「新しい歌を、作りましょう?」
「火藍……」
 驚き、侘助は数度瞬きをした。その瞼があがるたびに、少しずつ、表情に明るさが戻ってくるようだった。
「そう、だな。そうしようか」
 続きは、新しく紡いでいけば良い。
 優しい眠りを護る歌。そして、気持ちよく目覚めが訪れるようにと、祈る、歌を。
 彼岸花が揺れる中、優しい歌声が、空へむかって昇っていく。



(……ここは?)
「どうぞ、座ってね」
 桜井 静香(さくらい・しずか)が、下川 忍(しもかわ・しのぶ)に椅子をすすめる。テーブルをはさんで、二人はとある部屋にいた。
(百合園……)
 夢の中特有の感覚なのか、そこが百合園女学院の一室なのだということが忍にはすぐにわかった。
 ここで自分は、静香と面接をしているのだ、と。
「名前は、下川忍さんだね。よろしく」
 午後の陽光が、窓からは斜めに差し込み、微笑む静香の横顔を照らしている。
「あの……」
 忍は、口を開いた。
 夢の中ならば、ちゃんと、告げられるだろうと。
「ボクは男だから、百合園へ通うわけにはいかないよ」
 忍の言葉に、静香は驚いて目を丸くする。
「そうなんだね。大丈夫だよ……! でも、バレないように気を付けてね。バレたら……宦官だよ!」
 声を潜めて、静香は思いやりをこめて忍に告げた。おそらく、自分と同じように、「男の娘」が百合園女学院に憧れて面接を受けにきたのだと勘違いしたのだろう。
 そうではない、と忍が否定をする前に、夢はまた、唐突に場面を変えてしまった。
 百合園の校門近くに、忍は立っている。その表情は、浮かないものだった。
(まだ忍は過去をひきずっているのね)
 そんな忍を見守って、赤坂 優衣(あかさか・ゆい)は心の中で呟く。
 今はもう、忍は蒼空学園の生徒だ。しかし、こうして夢で見るのは、百合園のことなのは、まだわだかまりが残っているのかもしれない。
「忍」
 優衣が声をかけると、忍ははっとしたように振り返る。
「行こう。もっと、楽しい夢もあるよ」
 その手をとって、優衣は笑いかけた。
 忍は、優衣にとって大切なパートナーだ。だから、しっかり支えていきたいと思っている。
(それが私の償いでもあるからね……)
 百合園に入りたいという願いを、一度は叶えてくれた忍だから。
 いつかは、この夢も、見なくなるように。
 二人を取り巻く景色が、やがて変わる。そこは、明るい高原だった。



「ど、どうしたのだ?」
 リリ・スノーウォーカー(りり・すのーうぉーかー)が驚いたのにも、無理はなかった。
「分からない。気付いたらこうなっていた」
 ララ・サーズデイ(らら・さーずでい)が、戸惑いながら答える。……もともと男装の麗人ではあるララだが、今リリの目の前にいるララは、肉体的にもたしかに男性だった。肩幅は以前より広く、身長もこころなしか高くなっている。
「そうか、夢の中だから……。こうか?」
 ふむ、と納得して、リリが集中した途端だった。リリの体もまた、男性のものに変化する。
「男の体なら薔薇の学舎に入れるのだ。あの図書館には貴重な魔導書があるときいている」
 ふふふ……とリリは嬉しげに微笑む。だが、ララは。
「私はルドルフを探すよ。なにか、手助けできるかもしれない」
「そうか。では、別行動ということになるな」
 頷き合った二人は、そこで二手にわかれた。
「ルドルフは、どこだ?」
 初めて足を踏み入れる薔薇の学舎だ。しかも、様々な人々の夢が混じり合い、時間がたつにつれて、ますます不安定な空間になっているようだ。
 長い廊下を歩くうちに、気づけば薔薇園になっている。その花影に、ララはかの人の背中を見つけた……かのように思えた。
「ルドルフ? ……いや」
 そこにいたのは、少年の姿をしたルドルフだ。ララも見たことはないが、おそらく幼いうちはそうであっただろう、というような。
 少年だけではない。筋骨隆々な上半身を晒すルドルフ、あるいはただ眠り続けているルドルフ……。
「違う、君らではない」
 他の生徒達が抱くルドルフに対するイメージや欲求が、おそらく実体化して見えているのだろうとは、すぐに推察できた。その幻たちに背を向け、ララは先を急ぐ。
 だが、突如。
「ララ」
「……っ?」
 予想外に背後をとられ、抱きすくめてきた腕に、ララは息を呑む。
 そんなことが出来る人間は、そうは多くない。なによりも、その声に、ララは聞き覚えがある。
「愛してるよ、ララ。ずっと、伝えられずにいた……」
 ルドルフが、耳元で囁く。
 それは、たしかに、ララが望んでいた言葉。
「君だけを見てるよ。僕の、ララ」
「……違う」
 だから。
 ララには、わかってしまった。
 長い睫毛を伏せ、切なさに胸が張り裂けそうな思いで、ララは己を抱き締める腕に手をやる。
「違うんだよ。ルドルフ様は、そんなことは言わない」
 わかっている。愛してるからこそ、まやかしとララにはわかった。
「消え給え、私の夢よ……」
 ララがそう告げると同時に、薔薇園には夜の帳が落ち、幻のルドルフは灰のように崩れ落ちていった。
 さらさらと、風に散るその様を見つめるうちに、ララは自分の体が元に戻っていることにも気づいていた。
 罰かもしれない。そう、ララは思う。
 男の体ならば、ルドルフに愛してもらえるかもしれない。……そう、望んでいた。
 けれども、しょせん、己を偽ったところで、得られるのは偽りのものでしかないのだ。
「……月」
 ララは、空を見上げた。こぼれ落ちそうになる涙を、堪えるために。
 そこには、冴え冴えと輝く月が、傷ついた彼女を照らしている。
「美しい月だね。……ここは、君の夢かい?」
 聞こえた声は、今度こそ、ルドルフのものだった。
「ルドルフ様……」
 狼狽えそうになる自分を、ララは堪える。幸い、先ほどの幻を、ルドルフは見なかったようだ。
「僭越ながら、お探ししておりました」
 ララは頭を垂れ、片膝をついてルドルフを迎える。
「ありがとう。カルマを探していたのだけど、なかなか見つからなくてね。……でも、君のおかげで、美しい月を見られた」
 空を見上げ、ルドルフは微笑む。毅然としたその横顔こそが、ララが本当に、会いたかった人のものだ。
「……はい、ルドルフ様」
(そうか。誰にも手が届かず、誰の物にもならない。だからこそ、月は美しいのだ)
 それは、ララが夢の中で見つけた、消えない真実だった。