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記憶が還る景色

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記憶が還る景色

リアクション

■二重視点



ここではない、どこかの、だれかの、いつかの、話。




…※…※…※…




 とある建物は見覚えのある廊下と、階段。
 どこか懐かしい雰囲気。空気に混ざるノスタルジー。
 建物を徘徊するように動く視点は上から中身を覗いているような自由さで、
「私達の魔法学校によく似ている」と、視点の持ち主であるセレンス・ウェスト(せれんす・うぇすと)は吐息と共に囁いた。
 似ていて非なる空間。
 そっくりと思う反面、違うと否定に首を横に振る。
 少し、違う気がするのだ。
「ここはどこだろう」
 ならばこの建物は……此処はどこだろう。
 そう疑問を口にしようとして、セレンスは自分の姿が見えなくなった事に気づいた。



…※…※…※…




 とある部屋。
 実験室なのだろうか、素人目では何に使うのか想像も出来ない器具が机の上に所狭しと並べられ積み上げられ、年代物の本なのだろうか読めない文字の背表紙が並ぶ本棚と、薬草独特の匂いに満ちた部屋。
 広くもない部屋の中央に置かれた大きな釜は熱せられ、中身はグツグツと煮えたぎりに泡を噴いている。
 傍らには三人の生徒らしき姿。身形だけで魔法使いという事がわかる。
 三人は、ヒソヒソと暑さに汗が滲む額を突き合わせて何やら話し合っていた。
 一人は、眼鏡を掛けた少しばかり小柄な男の子。真剣な表情で釜の前に陣取り作業に取り組んでいる。手元を見るとどうやら調合をしているようだ。繊細さが必要なのだろう、真剣な目つきと手つきで事を進めている。
 一人は、セレンスくらいの一番小柄な女の子。くすんだブロンドの髪を二つに束ねて、慎重そのものと化した眼鏡を掛けた男の子の手伝いをしている。
 一人は、背の高いカッコいい男の子。二人と釜を交互に見ては一番楽しそうにしているものの、特に何かをしているわけではないようだ。強いて言うなら話題を提供しようと口を開いているくらいか。
 楽しそうに話をしていたが、ふとした瞬間、女の子が背の高い子に向かって怒り始めた。
 それを見て、背の高い子は更に楽しそうに笑い出す。どうやらからかっているようだった。
 そんな賑々しさもどこ吹く風と、眼鏡を掛けた男の子は試験管と睨めっこをしている。
 そんな個性的な遣り取りがしばし続く。慌ただしく、また、微笑ましく。

 と。

 釜から凄い勢いで煙が立ち始め、二人は大慌てに慌て、その様子にもう一人は目を丸くするも、次の瞬間にはお腹を抱えて大笑いし始めた。



…※…※…※…




 ドン、と。
 視界がブレるほど大きな振動を伴う爆発音が響いた。

 気づけばセレンスの姿はその場に戻り、彼女は廊下に立っていた。
 実体を取り戻すとセレンスは爆発音が轟いた部屋へと駆け出す。
 知らない建物の中を、迷うこと無く駆け抜けていく。
 階段を登り、直線の長い廊下の行き止まりにその部屋が在った。
 扉は閉じられている。
 開くために取っ手を掴む彼女の手は焦りにか汗が滲み、ぬめる。
 唇を歪め苦渋の顔で扉を開いた彼女は、
 扉の向こうで、見る事になる。
 そこにはイルミンスールの校舎の全貌が広がっていた。


 しかし、よく見ると景色がおかしい。
 大樹の枝が大きく撓る程風は強く、耐え切れずに千切れ飛んだ葉が吹雪の様に攫われていく。
 空の色も、不穏な事この上無い。雲の流れは早く、自然ではあり得ない渦を描いていた。
 呆然としてしまったセレンスに気づいたかのように、突如草木が枯れ、大地が砕けた。
 暗雲垂れ込める景色は、あっという間に僅かに残っていた彩る色彩さえ失って、みるみる内に崩壊していく。

 崩壊していく。

 理解した瞬間、
「待って!」
 セレンスは手を伸ばし、叫んでいた。
「行かないで!」


『行かないでッ!』



…※…※…※…




 立ち止まった彼女は、ふと、自分の胸を利き手で押さえた。
 風は弱いものの、だからこそか、穏やかで優しい。
「……よし」
 無意識に彼女が選ぶ選択は、彼女は全てが終わった後に、導き出された。

 空飛ぶ箒を手に取って、
 母校へ向かって飛び立つ。


 これは、ここではないどこかの、だれかのはなし。