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記憶が還る景色

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記憶が還る景色

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■命は確かに未来へと続く



「さて、お買い物も終わりましたし、早くハデス先生たちのところに帰りましょう」
 と、空京での買い物を終えて秘密結社オリュンポスのアジトに戻ろうと、買い物袋を両手で持つドクター・ハデス(どくたー・はです)のパートナーペルセポネ・エレウシス(ぺるせぽね・えれうしす)は「さあ、早く帰って、オリュンポスの家族の皆さん用の夕飯を作りましょう!」と公園を突っ切り、
「あれ?霧が出てきましたね……?」
 公園内に広がる異変に気づいた。



…※…※…※…




 昔の、昔。数えることも億劫になるほどにも遠い、遠い、昔の事です。
 古代王国時代と呼ばれていた、遥かに昔の事です。
 ある所に、心臓に重い病を患っているシャンバラ人の少女がいました。
 彼女の病気は特殊で、世の中の不思議を極めた古代王国の魔術では癒やすことが出来ませんでした。
 古代王国中のありとあらゆる魔術医達に掛け合いますが、病を直す方法は無いと門前払いされてしまいます。

 そうです。彼女の病は魔術だけでは治すことができないものでした。

 彼女の心臓を治療するには、ただ単純な魔術ではなく、当時の古代王国――試験的ではありましたが――で用いられるようになったもう一つの技術、機晶技術と魔法医術を融合した、新しい医術を用いる必要性があったのです。
 ですが、最新の医術には危険が付き物です。
 彼女が受ける心臓への機晶リアクター埋め込みによるペースメーカー手術は、生体対応型機晶リアクター技術と、機晶装置を生体と一体化させる為の魔法医療技術、そして、装置を埋め込む為の外科手術という非常に高度な技術の融合が必要でした。
 何より、それに耐え得るだけの体力が彼女には必要不可欠だったのです。
 確率の話になると担当者の口は途端に重たくなってしまいます。手術中の死亡確率も高いと宣言されてしまいました。
 治療を受けなければ、20歳の誕生日を迎えることはできないと言われていた少女は施術の内容をただ静かに聞きていました。
 そして、15歳の誕生日に、彼女は危険を承知で手術を受ける決意をします。
 決意を伝える彼女の緑色の瞳はとても澄んでいて、全てを前向きに受け止めているようでした。

 結果、悲しいことに手術は失敗していまいます。

 少女の心臓への機晶駆動式ペースメーカー埋め込みは成功しました。
 手術自体は成功していたのです。
 彼女もまた死ぬこと無く生きていました。
 ですが、彼女が目を醒ますことはありませんでした。
 時の魔術医達は何が足りなかったのだろうかと原因を突き止めようとしましたが、終には諦めてしまいます。
 それでも未来での可能性を信じた者達の意向で彼女が横たわる医療用ポッドは医療研究所の奥の奥へと厳重に保管されることになりました。
 そして、彼女は意識を取り戻すことはなく、医療用ポッドで眠りについたままとなるのでした。

 それから遙かなる時を超えて。

 数千年後。 ――現代。
 崩壊した医療研究所の遺跡跡地に、奇跡的に無傷で残っていた医療ポッドは、偶然遺跡を発見して盗掘――もとい、調査していたドクターハデスによって発見されます。
 目覚めたものの、記憶の混濁により自分の名前も思い出せない彼女が、ハデスによってペルセポネと名付けられましたが、これはまた別のお話です。



…※…※…※…




「はっ、い、今のは一体……?」
 ポーン、と投げ出されたような感覚に、ペルセポネは足を止めました。
「なんか思い出せないですけど、すごく懐かしいけど悲しいことを思い出したような……。
 にしても、頬が突っ張りますね」
 乾いた涙で突っ張る頬を、一滴の涙を流した自覚の無いペスセポネはちょっと不快感だと二、三度突いてから拭うと、買い物袋をよいしょと持ち直した。
 上げた視界に公園の時計が目に入る。
「あっ、もうこんな時間!
 早く帰って、皆さんの夕飯を作らないとっ!」
 元々が手術の失敗により過去の記憶が曖昧な上、不思議の白霧はすっかりと晴れて、彼女は再び家族や故郷を失くしてしまった。
 どこか妙に遅くなる自分の足取りになんだか理不尽さを覚え、むぅ、と対抗する。
「なんだかよくわからないですが、これだけは分かります! 今日が食事当番だと!」
 宣言に拳を振り上げると気分は切り替わり、くすっとペルセポネは笑った。
 ペルセポネは笑顔で新しい家族が待つ家へと、いつものように、いつもの足取りで帰る。
 凛と顔を上げて、緑色の瞳を真っ直ぐに前へと向けて。