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消えゆく花のように

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消えゆく花のように
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●Ο、Ξ(2)

 灰色の空の下、雪原。
 ジェイコブ・バウアーは至近距離のΞcを相手に、ほぼ五分の戦いを繰り広げている。
 防御よりも攻撃を重視したスタイルだ。援護は戦部小次郎がおこなってくれる。
「R U Crazy? 頭おかシイぞ、てメー!」
 猛打を受けて後退を強いられつつ、Ξcは荒い息を吐き出した。
「頭がおかしい? 違うな。これは、死に物狂いってんだ!」
 ジェイコブは一歩も引かない。
 小次郎の正確な射撃が奏功し、ΟcはΞcに手を貸すことができない。ついに、まず小次郎を片付けると決めたのか、雪原を蹴って黒い怪鳥のように小次郎に迫ってきた。
 それを見ても小次郎は動じず、口調も乱すことなく声を上げた。
「あなた方が変わりたいと願うならば、私はその手を取りましょう。勇気を出して変革を望む者を貶す訳ないじゃないですか」
「世迷い言を!」
 Οcの頬を小次郎の銃弾が掠めた。
 惜しい、とでもΟcは思ったかもしれない。そして笑んだかもしれない。
 単発ばかりの小次郎が、次弾を放つより先に自分の刃が彼の喉笛を切り裂く、そんなところを想像したかもしれない。
 ゆえに彼女は、驚愕を顔に浮かべるまでもなく蜂の巣になった。
 五月雨撃ちだ。
 小次郎は連射できなかったのではない。
 できるのを隠していたのだ。
 牽制や陽動を中心とした射撃手、その印象をできるだけ与えて、この機会をずっと待っていたのだ。味方のジェイコブにすら秘して。
「変われないなら変われないで、きちんと葬るべし……」
 小次郎は呟いて足元を見おろした。
 すでにΟcの姿はなく、そこには泥の塊があるだけだった。
 このとき、Οcの敗北に動揺したΞcも、胴に雷霆の拳を受けて雪の上に大の字に落ちていた。
 落ちた瞬間、Ξcの体は泥土へと還っている。

 作戦司令室で腕組みしたまま、仲瀬 磁楠(なかせ・じなん)はモニターに映し出される七枷陣の姿を見つめていた。
 ――以前に施したあの訓練は、きっとこの時の為にあったんだろうさ。
 画面の中では、雪に半ば埋もれた陣がゆっくりと立ち上がるところだった。

 陣はゆっくりと立ったが、ΟΞcにそれを遮ることはできないようだった。
 なぜなら彼女は、魔方陣の上に立ったまま動けなくなっていたから。
「インビジブルトラップ、っつうヤツや。ここに仕掛けておいたわけ。まさか美空、ホンマに俺が仰天して尻餅ついたって思ったんちゃうやろな? まんまと誘い込まれたのに今気づいた風を見ると……どうもそうらしいが」
 雪をはたき落とすと、やれやれ、と大袈裟に溜息して、陣は顔を上げてΟΞc、すなわち大黒美空を見た。
「お前が来ることくらい想像ついとったわ……まったく、本当に……」
 陣は辺りをはばからず大声を出す。
「……ほんっっとーーにっバカタレやなあいかわらず!」
 言うなり陣は指を鳴らした。魔方陣がふっと消える。
「ようやくまた逢えたな、家出不良娘!」
 美空は驚いて二三歩後退するも、陣は容赦せず双剣を抜いて彼女に斬りかかった。
 この剣、そして今彼が装備している籠手はいずれも、出発前に磁楠に借り受けたものだ。
「ほら! 俺は手加減せんぞ!」
 いたずらを見つかった悪童のように、美空は反射的に左腕を外して仕込み刀を抜いてこれを防いでいる。
「私に……加減ですって? だって?」
 陣は無視して斬りつける。
 次々と斬りつける。
 そのたびに言葉が、彼の口から、いや、魂から吐き出されていた。
「百合園のー、交流会からー、オレが−、どんだけー、イラ壁しつつー、おめーをー、探し回ったかー、知らねーやろー、こらー!」
 しかも陣は句点のたびに切り、付き、払い、薙ぎ、千手観音のように多種多様な斬撃を見舞ってくるのだからたまらない。
 本来の美空ならともかく、今の彼女はすでに陣に呑まれた格好で、防ぐのが精一杯だ。
 剣と剣とが火花を散らす。
 あまりに激しすぎて、陣と美空の周囲だけチカチカとまたたいて見えるほどだ。
「イルミン図書館やー! 空京神社でー! 空気読んだつもりでー! おめーと距離とったらー! 助けに行けずに−! 勝手におっ死にやがってー! KYだろうとー! 徹底的に追い込んで−! 首根っこ掴んで−! 連れ戻すべきやったわー! くそがあああ!」
 陣は怒鳴っていた。嗚咽するような声で怒鳴り続けていた。
「誰がいつ『まともではありません』って決めた?
 誰がいつ『みんなふしああせになるでしょう』って断じた?
 『それはがまんできません』? 『あなたがたにかんしゃしているから』?
 お門違いも甚だしいんじゃボケ!
 感謝してんなら話せ!迷惑かけろ!
 衣食住共にした……家族やっただろうが、居候!」

 これだけ一気にまくし立て、獅子が吠えるような呻り声を上げると、陣は双剣をともに雪に突き立て、腕組みをしてどっかと雪上に座った。
「これで言いたかったことは全部や! せいせいしたわ!」
 顔を見られたくないのか、陣はその姿勢のまま、ΟΞcに背を向けてしまう。
「陣……」
 ΟΞcは立ちつくしていた。
 どう声をかければいいのか、わからないとでも言いたげに。
 やがて義手を腕にはめると、恐る恐る、といった風に陣に声をかけた。
「陣……ジン……陣さん……陣さま……?」
「お前、俺の呼び方を工夫することくらいしかできんのか?」
 ケッ、とでも言いたげな陣の口調である。
 雪の上に座る音が陣の耳に届いた。
 陣の背に、大黒美空は寄り添っていた。両手で、彼の背中から胸に腕を回している。頬を彼の頬に擦り寄せて彼女は言った。
「……ごめん、なさい。そして、ありがとう……」
「………………うん」
 陣は美空の手を握った。
 しかし彼の手の中で、美空の手は溶けて泥土へと変わった。
 陣が振り返るともう、そこに彼女の姿はない。小さな土の山があるだけである。
「………そっか、帰ったんか……」
 陣は空を見上げた。
 灰色の空のどこかに、美空の魂が昇っていくのが見えるような気がした。
「じゃあな美空……See U Later」
 七枷陣は晴れ晴れとした表情で立ち上がった。