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黄金色の散歩道

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新しい住人
 
 
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)は、キマク地方にある聖地モーリオンの村に、これから住む為の家を建てるにあたり、仮住まいとして借りる家を選んで掃除することにした。
「五年、放置されていた場所ですし、住んでいないと家はすぐに傷んでしまいますから」
と、エオリアは、モーリオンからは少し離れているが、キマクのバザールへ買出しに行き、軽トラに色々な資材を積んで運んだ。
 バザールもだが、キマクには何故かドンキがあるので、予想外の品揃えだ。

 村の外れにある家を一軒借りる、という話に、モーリオンの地祇、もーりおんは、エースの手を引いて、一軒の家に連れて行った。
 そこは、村の中心とまでは行かないが、外れの方でもなく、家の構えも他と比べて随分立派だった。
「此処を使えって?」
 訊ねると、もーりおんはこくりと頷く。
「……ビスマス」
 ぽつりと呟いたその言葉が、誰かの名前である、と思い至るのに少しかかった。
 そして気が付いた時、もしかして、と思う。
「ひょっとして此処は……この一族の『守り人』だった人の家、なのかな」
 エースの言葉に、こく、と頷く。
 聖地の守護者だったその人物は、きっとエース達の滞在を喜んでいるだろう。そんな思いが、込められている。
「ありがとう。じゃあ此処を使わせて貰うね」
 エースはぽんともーりおんの頭を撫でて、共に家の中に入った。


「さて、とりあえずは部屋をひとつ使えるようにしないと。
 リビングを使えるようにしたいな。一旦中の物を全て外に出してしまおうか」
 キマク地方は、中東を思わせる地帯だが、人間の住む建物とは少し印象が変わる。
 この村も、守り人の種族はドラゴニュートだったので、全体的に大きかったし、例えば、尾を持つ種族なのだから当然なのかもしれないが、全ての椅子には背もたれが無かった。
 重いものはエオリアと手分けして、リビングを空にして部屋を掃除し、テーブルだけを元に戻した。
 他は持ち込んだ簡易ベッドを運び込む。
 簡単な作業はもーりおんも手伝い、また、つれてきたポムクルさんも精力的に働く。

 いつの間にか、現れていた聖地カルセンティンの地祇、かるせんが、外から様子を覗いていた。
「やあ、かるせん。久しぶりだね。遊びに来てくれたの?」
 気付いたエースの問いには答えず、「何やってるの」と訊ねる。
「この村に家を建てようと思って。
 此処を仮宿に使わせて貰おうと思って、掃除してるんだ」
 ふうん、と答えて、かるせんは手伝うでもなく、そのまま様子を見ている。
「食事とかインフラ関係は、暫くアウトドア的に対応しよう。天気が悪くならないといいけど」
「そうですね。
 さて、もう一部屋掃除して、出した物はそっちに整理しておきましょう」
「それ、俺がやるよ。エオリアはお茶の準備を頼むよ。
 そろそろお腹が空いてきた。もーりおんはどう?」
「空いてきた」
「すいたのだー」
「すいたのだー」
 もーりおんに続いて、ポムクルさん達も主張する。
「解りました」
 エオリアはくすくす笑って、準備に向かった。
 かるせんもどうぞ、と誘って、皆でお茶にする。
 パンプキンパイはあらかじめ作って持って来たが、お茶を淹れる為の火でついでに少し温めた。
「美味しい?」
 訊ねると、無言でこくりと頷く。相変わらず感情が表に出ないもーりおんだが、楽しんでいる雰囲気は、エースにも感じ取れるようになっていた。
「よかった」
 と、にっこりと笑って見せる。
「家が出来たら今度は、この村を少しずつ整理しておこうかなって思ってる。
 放置しておいたら痛むだけだし。
 あとは、遺品も整理して、ちゃんと遺して行きたいと思ってるんだ」
 常時無愛想なかるせんには、そんな話題で、話をした。
 かるせんは無言でパイを貪り食べているが、目や顔がちょくちょくこちらを向くので、ちゃんと聞いてくれているのが解る。
「ね」
とエースがもーりおんを見ると、同じように貪り食べていたもーりおんも顔を上げて、頷いた。

 お茶の時間が終わって、明るい内にもう少しやっておこう、と作業を再開すると、かるせんの姿が見えなくなった。
「退屈してしまいましたか」
 一緒に手伝って、とも言えずに、エオリアが苦笑していると、やがてもーりおんの姿も見えなくなる。
「探しに行ったのかな? 戻らないようなら、その内迎えに行こうか」
「そうですね」
 二人はとりあえず、ポムクルさん達と作業を続けた。



 かるせんは、村の中央の小さな広場に佇んでいた。
 てくてくともーりおんが歩み寄ると、振り返り、じっと見つめる。
 もーりおんは立ち止まり、小首を傾げた。
「よかったね」
 やがてかるせんがそう言って、ぴく、ともーりおんは反応した。
「一人でも、人が戻って……死んでた村が、生き返った」
「……うん」
 答えて、もーりおんは俯く。
 悪夢のような殺戮の後、静寂に支配されていた村。
 けれど地祇達には、この地が死の闇を祓って、小さな命の灯を燈したのが見えていた。
 はたはたと、零れた涙が、地面に染みを作る。
 ついにはもーりおんは座り込んで、声もなく、ぼろぼろと泣き続けた。

 自分はとても不器用で、今はエース達に与えられる優しさを受け取ることしかできないけれど、いつか、もっと色々な話が出来るといい。
 この村のかつての姿。
 守り人ビスマスや、此処に住んでいた人々のことを。