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黄金色の散歩道

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龍魂祭
 
 
 エリュシオン、ミュケナイ地方首都。
 ルーナサズの秋の祭の風景に、黒崎 天音(くろさき・あまね)
「そういえば、祭があると聞いてたっけ……今日だったのか」
と呟いた。
 龍魂祭と呼ばれる秋祭の日。
 ビアガーデンと化した賑やかな大通りを見て、今日はこの道は通りにくそうだね、と苦笑し、脇道を見遣るが、ふと、知った顔を見かけた気がしてもう一度大通りを見渡す。
「オリヴィエ博士?」
 声を掛けられて、顔を上げたオリヴィエは、歩み寄る天音の姿を見て、「やあ」と微笑んだ。
 同じテーブルに、選帝神イルダーナもいる。二人は、既知の間柄だ。
「博士、どうして此処に? イルダーナに引っ張られて来たの? それとも美味い酒につられて?」
「そうだね、美味しい酒が飲める祭があると誘われて」
 笑い混じりの天音の問いに、オリヴィエはそう答える。
 ハルカアイシャも一緒に祭に来ているが、二人はそれぞれ祭り見物に行っているらしい。
「それにしても、二人とも、随分強いんだね……。博士が酒好きなのは知っていたけど」
 天音は、テーブルにずらりと並んだ、ワインその他の空の酒瓶を見下ろした。
「そうかな。少しは酔っているけど」
 答えるオリヴィエは、しかし全くけろりとした顔で、イルダーナも顔色ひとつ変わっていない。
 まるで平然とした様子の二人に、天音は少し笑った。


「ザンスカールでの暮らしはどう? アイシャも家族と一緒の暮らしに慣れたみたいかな?」
 当初このテーブルに相席していた者は、イルダーナが来た時点(あるいは二人の酒量を見て)で遠慮したらしかった。
 天音は二人に断って、空いている椅子に腰を下ろすと、椅子の背もたれに腕と顎を乗せた。
 あまり行儀の良い格好ではないなと思うが、今は気を張る必要もないかなと思う。
 普段より柔らかい天音の様子に、オリヴィエも穏やかに目を細めた。
「楽しそうだよ、二人とも」
「それはよかった」
 天音は、ちらと祭の様子を見た。
「イルミンスールの森は、秋に紅葉したりするのかな?
 博士が自由に行動できるようになったら、ニルヴァーナとかあちこち誘いたいと思ってたけど、いざそうなってみると、最初に何処に誘うか悩むな」
 彼が自由になるのを待っていた。とっておきの場所を見せたい、そう思っているのだが。
 けれどとりあえず今は、何にも縛られることなく、こうして自由に語り合えること、まずはそれを楽しむことにする。
「君はどうして此処に? 見た所、祭見物という様子ではないようだけど」
「僕はちょっと勉強中」
 天音は肩を竦めて微笑した。

 魔道書の写本。
 記されている文字だけではなく、書に込められた魔力ごと写本するというイルダーナを見て、閃いたことがあった。
 カナンの巫女として還った魔道書トゥプシマティの写本はできないか、と。
「僕に魔道書の写本が出来るのか、出来たとして、それが出来るような状態にあるのか、そして、僕が望む結果に繋がるか、まだ全然解らないのだけどね」
 それでも、話を聞いたイルダーナは、「不足があれば協力する」と言い、写本の為の石版として、龍鉱石を預けてくれた。
 曰く、卵岩の龍鉱石は採掘しても再生するが、これは再生されたものではない、原始の石なのだという。
 龍鉱石にも純度があり、初めて採掘された物と、再生が繰り返された物では、価値が違う。
 どれだけの間、母体である卵岩の一部であったかで、その価値は変わった。
 だが、そうして準備が整ったとしても、当のトゥプシマティが、写本の作成に応じるかどうか……。
 つい物思いに耽ってしまい、ふと意識を引き戻してオリヴィエを見ると、彼は沈黙を気にせず飲んでいる。
 この沈黙すら居心地が良くて、天音はふっと微笑んだ。


◇ ◇ ◇


「写本……ですか」
 話を聞いた巫女は、考え込む風だった。
「全てではなくていい。かつて分かたれた一部……彼女を形成した、その部分だけで」
 南カナンにある、建築途中のその神殿で、天音の申し出に、巫女トゥプシマティは苦笑を見せる。
「仮に……写本したとして、新しく作られたそれに、“彼女”の人格と記憶が宿るという保証はありませんよ」
「それでも、試してみたい」
 リューリク帝のもとに、彼女を戻してやりたい。
 一人に戻ることを受け入れながらも、あの時彼女は泣いていたのだ。
「……勿論、一度で説得できるとは思っていないけど」
 了承を得るには、これから信頼関係を築いて行かなければならないだろう。けれど諦めず、通うつもりでいる。
「いいえ、その必要はありません」
 天音の思考に答えるように、トゥプシマティは言った。
 いや、実際に彼女には天音の、全ての思念を読むことができている。
「是非の判断に必要なのは、回数ではありません」
 そう言って、トゥプシマティは微笑した。