校長室
黄金色の散歩道
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月見 涼し気な秋の夜のこと、今年もニルヴァーナではお月見のお祭りが行われている。 ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)はアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)を誘って、ニルヴァーナを訪れた。 「本当に、ここから見る月は良い月じゃの」 感嘆の声を漏らして、アーデルハイトは空を見上げた。 アーデルハイトが着ている黒地の浴衣は、昨年開催されたこの祭りの時にザカコがプレゼントしたものだ。 「ここにこうしてお月見に来るのも、もう三回目ですか……」 落ち着いた色合いの浴衣を着たザカコは、昨年と一昨年の祭りの時を思い出しながら呟いた。 読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋。 秋といえば、と問われれば人によって答えは違うだろう。 ザカコはお月見も秋の大きな楽しみのひとつだと思っている。 それは、アーデルハイトにとっても同じだろう。 「毎年誘ってもらっておったからの。年ごとに違った風情があって面白いのう」 月明かりを受けて、アーデルハイトは澄んだ空を見上げた。 「前回がついこの間の様に感じられますが、月日が経つのは本当に早いものですね」 ザカコも浮かび上がる月を見て、アーデルハイトとともに見てきた月を脳裏に思い浮かべた。 「っと、少しジジくさい感じになっちゃいましたが、思い返せばこの一年も色々な出来事がありましたね。パラミタの滅亡危機とかまでありましたし……」 「うむ、めまぐるしい一年じゃった」 「それでもお互い大事なく、今年も一緒にお月見に来られた事は素直に嬉しいですよ」 ザカコとアーデルハイトは、竹林の中の小道に入り、散策しながら月を眺めた。 お祭りということもあって、遠くから喧噪が風に乗って届いている。 だが、月と灯籠の明かりを頼りに竹林を散策するうちに、あたりは風と葉擦れの音だけになった。 今この世界にはザカコとアーデルハイトしかいないのではないか、と思えるような静かな時間が流れている。 「静かで趣があって、やっぱりお月見は良いものじゃな」 アーデルハイトは竹林から時折覗く月を見上げて、満足げに呟いた。 竹林を抜けて大きな池沿いの東屋に入ったザカコとアーデルハイトは、腰を落ち着けて空を見上げた。 「それで、今年も持ってきておるんじゃろな?」 「勿論用意していますよ。食欲の秋でもありますからね」 アーデルハイトと顔を見合わせてザカコは小さく微笑み、団子と酒を取り出した。 うむうむ、と嬉しそうに頷いて団子を広げ始めるアーデルハイトを、ザカコは月うさぎの餅を後ろ手に持ったまま見つめていた。 二人で分け合って食べると永遠に結ばれるという伝説のある、月うさぎの餅。 「おや、食べないのかの?」 アーデルハイトは目ざとく餅を見つけた。 「えっと……」 ザカコは、丸ごと一個手の中の餅を渡した。昨年は、二人で一個ずつの餅を食べたのだ。 アーデルハイトはザカコの意を汲んだのか、小さく笑みを浮かべた。 「これからは新しい世代の時代じゃよ」 そう言って、アーデルハイトはザカコの目の前で月うさぎの餅を半分に割る。 ザカコの少し驚いた表情を見て、アーデルハイトはいたずらっぽく笑った。 「それって……」 「おや、要らんかの?」 それは、ザカコの想いにアーデルハイトが応えたということでもあった。 ザカコは静かに微笑んで、アーデルハイトに手を差し出した。 「頂きます」 「うむ」 ザカコと一緒に餅を口にして、アーデルハイトは微笑した。 伝説通りであっても、そうでなくても、今こうして隣にいるアーデルハイトとともに幸せな時間を共有している。 それが、ザカコにとってなにより嬉しいことだった。 「来年も、こうして月見に誘ってくれるかの?」 「もちろんです」 月見酒を酌み交わしながら、ザカコたちは団子を食べた。 何も話さなくていい。一緒にいるだけで、心が満たされる。 そんな、居心地の良さと幸福感に浸りながら、ザカコとアーデルハイトは静かに肩を寄せあって月を見ていた。 春夏秋冬、季節ごとに様々な風情あるイベントごとがある。 これからもザカコはアーデルハイトを誘って、二人で出かけるのだろう。 「もうすぐ冬ですね……今度はどこに行きましょうか?」 「そうじゃの……」 アーデルハイトはしばらく月を見つめてから、ザカコを見て笑いかけた。 「ザカコの故郷に行きたいのう」 少しずつ、そして確かに、未来に向かって、二人の関係が進展していく。 ザカコとアーデルハイトは、静かな時間の中で気持ちが通い合っていることを改めて感じたのだった。