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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●所信表明っ!

 今日もまた晴天。
 ここのところ連日、太陽は隠れることなく顔を出している。まるで雲など最初からなかったかのように。
 日一日と夏の気配が高まっていた。外出も半袖のほうが似合うようになっている。
 外ではもう、歩くだけでうっすらと汗ばむことだろう。
 といっても室内は涼しい。窓をすべて開くだけで、さやさやと薄緑色した風が入ってくるのだ。
 そろそろ風鈴を吊したくなってきたな――ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)はぼんやりと思った。窓の外、きめの細かい空色が気持ちいい。
「あの……マスター?」
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)に声をかけられて、ベルクはすっと我に返った。
「ああ、すまない。こうやって改まって膝突き合わせるのなんだと思ったんだが、ちょうど落ち着いた頃だと思ったんでな」
 一同に向き直る。一同、といってもこの畳敷きの部屋には、ベルクのほかはフレイとジブリール・ティラ(じぶりーる・てぃら)、そして結城 霞(ゆうき・かすみ)がいるばかりだが。
 昨日、最後の段ボール箱が空いた。段ボールはもう折りたたまれてビニール紐で束ねられ、今週末の資源ゴミの日を待つばかりである。
 引越が終わったのだ。
 思い出の詰まった長屋を引き払うことになったのは名残惜しいが、そろそろ大所帯が窮屈になってきたということがある。また、ここにはいないがパートナーの一人(一匹?)が空京に居を移したということもある。それにベルク自身、イルミンスールへ通う機会が増えたということもあって、機を見て一家はベルクの実家へと拠点を移したのだった。
 同時に、ベルクも住んでいたマンションからこちらへ越してきた。
 とはいえ長屋は借りたままにしてある。いまだ葦原生ゆえ、寝泊まり用の別邸として置いてあるのだ。『別邸』という立派な表現が似合うかどうかはともかくとして。
「霞には悪ぃと思ってる。長屋に慣れて早々転居ってことになっちまったんでな……」
 と言うベルクに、いえいえ、と霞は手を振った。
「わたくしなどにお気遣いは無用ですわ。おこがましいかもしれませんが、わたくしにとっては場所がどこであろうと、皆様といられることが一番の幸せなのです。それに前のお部屋にもときどき帰るのですから、むしろ行動範囲が広がって良いと思っておりますわ」
 白い着物に水色の髪、畳敷きに正座している霞を見ていると、ベルクはつい、この部屋に前からいるのは、自分ではなく彼女のような錯覚をおぼえてしまう。
「そうか……まあ、たしかに当面フレイが半長屋生活だからな。フレイに付き添ってくれてて助かるぜ」
「こちらこそ、もったいないお言葉です!」
 フレイは思わず、声が上ずってしまった。ひょこっと頭上の耳が両方立ち上がっている。
「霞さんのような上品でお綺麗な方と一緒にいられて、がさつ者の私としては学ぶところ多く、ありがたきことと思っておりますのに……! それを幸福などと言われては恐縮至極なのです!」
「フレイ様こそとても可愛らしくて、わたくしは憧れておりますわ。それに、もうお気づきかと思いますが、わたくし、けっこう粗忽者でしてよ? 学んでいるのはこちらも同じこと、どうぞ、これからもよろしくお付き合いくださいませ」
 霞は長く細い布で目を隠しているため、その表情すべてをうかがうことは難しい。だが微笑を浮かべる口元はやわらかく、それが心からのものであると語っているかのようだ。
 なお霞が己を称した『粗忽者』という表現は、実はそれなりに当たっていたりする。長らく人里を離れて隠遁生活をしていたためだろうか、彼女には極端に常識から疎いところがあるのだ。先日なども押しボタン信号の仕組みというものを理解せず、ボタンを押さないままひとりで十数分も、信号が青に変わるのをじっと待ち続けていたということがあった。
 そっと霞は手を伸ばした。その白い手をフレイが握る。そしてなにやら秘密でも共有しているかのように、くすくすと笑いあうのだ。そうしているとなんだかふたりは、年の近い姉妹のようにも見えた。
 当初この二人が仲良くできるかどうか、いくらかベルクは心配していた。ところがフレイの脳天気な性質と、意外なまでにおおらかな霞の性格はよくかみ合い、いまでは数年来の親友のようになっている。さりげなくジブリールが、彼女らの関係を気遣って仲を取り持つようにしてくれていたことも奏功したらしい。
 ――けれどなんだかこのごろ……フレイは霞とばかり話したりするんだよなぁ……なんか一緒の布団で寝たりするし……。
 ところがあまりに仲が良いと、これまた複雑な心中のベルクなのである。どうにもこうにも、彼の苦労人体質は抜けきらないようだ。
 それで本題だが、とベルクは言った。
「転居も落ち着いたっつーことで、心機一転には遅ぇかもだが、今後の目標っつーかやりてぇことっつーか、そういうのを周知しておいた方がいいんじゃねぇかと思ったわけだ」
「お、それ『所信表明』って言うんだよな? オレ知ってる」
 ジブリールはなんだか嬉しそうだ。どうやら報道かなにかで覚えたての言葉らしかった。
「そんな大袈裟なものじゃねーが、まあ、そんなところだな」
 コホン、と空咳してベルクは言った。
「まずはかくいう俺だが、これからしばらくは、魔術知識を幅広くつけていくつもり。幸いなぜだかここ、つまり実家だな……には、魔術勉強するのに丁度いい書物や道具がやたらとあるもんでな」
 ベルクによればそれらは、『祖先だか親戚だかの誰かが、酔狂で集めたもの』らしい。といってもその充実ぶりは、単なる酔狂の域を完全に超えていた。
 話の流れから、「次は私ですね!?」と言いたげな顔をして、やや首を伸ばし気味にしていたフレイだったが、
「フレイは……明倫館卒業まで一旦置いとくとしてだ」
 と、あっさりとベルクにハシゴを外されてしまった。おっとと……と前のめりになってしまう。
「なんとマスター! 一旦置いておくとは……私の卒業が遠いお話だとお考えですね!? 私が未熟者なのは事実ですが……」
「ははは、ヘコむなヘコむな。学業をしっかり修めてほしい、ってだけのことだからな。先に葦原を卒業した者として待たせてもらうぜ」
 そしてベルクはジブリールと霞に話を向けた。
「二人はどうだ?」
 ジブリールは正座が苦手で、畳みに胡座を組んでいる。その姿勢で腕組みして言った。
「オレは……んー、なんていうか、抽象的かもしれないけど、最期の瞬間に今まで生きてて良かったと言えるよう、後悔しないよう生きようと思う。うん、これ前から変わってないけど、改めてここに宣言させてもらうよ」
「ジブリール様の過去のお話はうかがっておりますわ」
 霞が言った。
「わたくしと似ている……と言っては失礼かもしれませんけれども……共感するところがございますわ」
「オレの話って、助けられたときの話だよね? ……ん、オレはそう考えてるし、他の仲間もそう思ってるんじゃないかな。まあ、ご存じの通りでね。たしかに、霞さんと似てるかもね」
 ここでやや、ジブリールは真剣な眼差しになる。
「あの経歴があるからオレは、生き続ける必要があるって思ってるんだ。生き続けると言っても幸せ人生禁止なんてルールないし……まぁ贖罪は必要かもしれないけど」
「贖罪……ですか」
 なにか思うところがあったらしい、霞はその言葉を反芻した。
「といってもこれは、フレンディスさんの考え方に影響された感じだけどさ。でもここで死ぬと……ナラカなのかな? 仲間への土産話になるかもね。だからオレは命……が無理でも魂を救えるよう一層勉強に励むつもりだよ」
 話しているうちに考えが整理されてきたのか、ジブリールは晴れやかな顔になっていた。
「ご立派です!」
 フレイは胸を打たれた。自分もその手伝いがしたい、そう願うのである。
「霞さんは何をする予定なの?」
 ジブリールが顔を向けると、霞は一礼して、
「そうですわね……ジブリール様のお話をうかがいまして、これまでわたくしがずっと考えていたことと、通底するものを感じましたわ。亡き仲間の分まで生き続けることが生存者が背負う義務、そうですわよね?」
 うん、とうなずくジブリールに勇気づけられたように霞の声は強まった。
「わたくしは『姉妹(シスター)』たちに会いに行きとうございます。
 あの事件でわたくしは敵対した身……これまで、会うのは躊躇しておりました。しかし彼女たち同様、わたくしももう『Μ(ミュー)』ではありません。前へ進みたく思っております」
 事件以来、手続き上ユマ・ユウヅキ(ゆま・ゆうづき)とは何度か顔を合わせたものの、霞は他の『姉妹』とは会っていないのだ。
「無論、Δ(デルタ)ともお話する必要があると考えております……まだ再会していないΩ(オメガ)に対しても同様ですの」
 つい最近、霞のもとにオメガこと、バロウズ・セインゲールマン(ばろうず・せいんげーるまん)から「会いませんか?」というメッセージが届けられていた。このことはベルクたちも知っている。だがどう返答するべきかについては霞に任せるものとし、ベルクもフレイも口出しをしていない。
「いい機会です。まずはオメガと会ってみたいと思います。もしよろしければ……付き添って頂きたいのです」
 フレイたちに否やはない。救われたような口調で霞は締めくくる。
「わたくしに何ができるかはわかりませんわ。それでも愛する姉妹たちと共に協力し合うことができるのなら、そうありたいのです」
「よくご決断なさいました……!」
 思わずフレイは立ち上がっていた。
「皆様のおかげです……!」
 つられて霞も立ち上がってしまう。ところがうっかり、長い目隠しの端を踏んでしまい、立った拍子にするりと布が外れた。
 下から現れたのは、熱っぽく潤んではいるものの、焔のように真っ赤な瞳……『メヂューサ・アイズ』だ。この瞳は、とらえた対象の時間の流れを極端に遅らせる効果がある。
「わっ」
 ベルクは驚いて腰を浮かせかけるも、フレイにはなんの変化もなかった。霞の眼力は自身で制御可能なのである。目隠しは彼女が、強すぎる視力(目隠し越しでも見える)を弱めるためのものなのだった。
「霞さんの綺麗な目、久々に見ますね」にことフレイは笑って目隠しを拾った。「あらベルクさん? 顔色がなんだかすぐれませぬが……」
「あ、いや……なんでもないんだ。ちょっとびっくりしただけだぜ。うん」
 ベルクはゴニョゴニョと言って座り直した。
「あらうっかり……お恥ずかしいところをお見せしましたわ」
 霞は慣れた手つきで目隠しを巻きはじめている。
 一方ジブリールは、両眼をさらしている霞を見て、なんとなく思うのだった。
 ――霞さん……目隠し状態で視えるってことは……うんこれは女性に訊かない方がよさげだけど…………オレの性別もバレてるかもね?
 内心、ちょっと冷や汗である。
 ところでこの短いアクシデントのせいで、誰一人気づかず看過した事実があった。
 それはフレイが思わずベルクに、『マスター』ではなく『ベルクさん』と呼びかけたということ。