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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●これからもずっと

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、神崎 輝(かんざき・ひかる)神崎 シエル(かんざき・しえる)にとっては、またたく間の五年間だった。
 昨年も言ったのだが、今年も言いたい。この台詞。
「もう結婚して五年になるのかぁ……あっという間だねー」
 今日は二人の結婚記念日だ。去年は『五年』の部分が『四年』だったという違いはあるものの、それ以外は丸っきり同じことをシエルは言っていた。
「そうだね」
 という輝の返しも、穏やかな笑みも、昨年とまったく同じだ。
 だけど昨年と同じだからといっても、悪いことなどなにもない。むしろこれ以上良いことがあるだろうか。なぜならこれは、輝とシエルの結婚生活が安定しているということなのだから。
 夫婦仲はずっと良好で、いわゆる倦怠期が訪れることも、大喧嘩することもなかった。
 共働きの状態についても、仕事はまずまず順調で、家事の分担もきちんとできている。
 もともと結婚前からずっと一緒に暮らしていたため、平時は自分たちが夫婦であることを忘れてしまうくらいであったが、それでも互いを互いの、もっとも大切な人として認識していること、それはとても大切なことだった。
 ふたりは毎年、結婚記念日には休みを取ることにしている。
「ある意味恒例行事だね」
 シエルが笑った。今年も輝とシエルは手をつなぎ合って、思い出の場所を訪れたのである。
 それはふたりが、最初に出会った場所。いわば、物語がはじまった場所だ。
「晴れててよかった」
 雲のたなびく青空を見上げて輝は、新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。
 一面の緑が美しい。五年前と変わらない光景だった。
 好天のためもあってか、足元の芝のひとつひとつがくっきりと見えるようだ。
 午前の淡い陽差しが、シエルの翼の透明度を高めてもいた。
「旅行とかもいいけど、やっぱりこの場所が一番落ち着くかな」
「やっぱりこの場所だと、心が落ち着いて嫌なことも忘れられるね」
 かわりに思い出されるのは、これまでのふたりの道のりだ。
 色々なことを話す。話題は尽きなかった。宝石箱をあけて、きらきら光るものを交互に取り出しているかのようだ。
 今は遠いあの日、輝の前に舞い降りて来た白い服の守護天使……それがシエルだった。髪をたばねる左右の水色のリボンがとても印象に残っている。輝はそのリボンの色が好きだ。黄金の髪に、蝶が舞っているように見えるから。だから今も、何度か代替わりはしたとはいえ、シエルには同じ色のリボンを巻いてもらっている。
 過ぎ去りし蒼空学園の日々も、思い出すのは楽しいことばかりだ。
 テストの時期にはよく、放課後の教室で机をならべふたりっきりで試験勉強をしたものだ。数学の問題に悩むたび、シエルは泣きそうな顔になった。その表情があまりにも可愛くて、何度も見たくなってしまって……輝はついつい、数学の勉強に時間をかけがちだったりした。
 そして運命のプロポーズ。場所は夕暮れの遊園地だった。ジェットコースターから降りて休憩しているときに、輝は勇気を出して行動に移った。
 結婚式を挙げたのはプロポーズの三年後だった。シエルは突然の式だったというのだが、もちろん輝の思いつきだったのではなく、入念に準備して驚かせたというのが真相だ。「式を挙げよう」と打ち明けたときの、あっけにとられたようなシエルの表情が忘れられない。 チャペルにて言葉を交わし、指輪を交換して、長いキスで永遠の愛の誓いを立てた。シエルのベールにかけたときの胸の高鳴り、彼女の甘い香り、唇のやわらかさ……すべてはっきりと覚えている。
 そうして今、ふたりは五回目の記念日をこの場所で祝っているのだ。
「あ……そうだ。大事な話、していい?」
 と、これまでの会話の流れから外れた口調でシエルが言った。
「もちろん。でも……なに?」
 輝にはまるで予想がつかなかった。シエルはうなずいて、
「……実は……できちゃったんだよね、私たちの子ども。この間病院に行ったら、妊娠してるって言われたんだ」
 三ヶ月くらいだって、と恥ずかしそうに言い加える。
 輝は足を止めた。
 手は握ったままなので、シエルもやはり立ち止まることになる。
「え……?」
 別の惑星から届蹴られた言葉みたいだ。
 コドモガデキタ。
 感覚のズレが数秒あって、そしてようやく、輝はシエルの発言の意味が理解できた。
「えーーーーーー!」
「驚いた?」
「驚くも驚かないも……っていうか、もう、仰天だよ。一瞬魂が飛んじゃったみたいだよ……それって……それって……」
 輝は顔を手で覆った。
 どうしよう。
 涙が出てきた。涙が止まらない。
 嬉しいのに止まらない。
 いや、嬉しいから止まらないのだ。
「それってボク……父親になるってことだよね……?」
 みっともないけどついに、声を上げて泣き出してしまった。
「そうだよ……そうだよ」
 シエルは両腕をのばし、輝の頭を抱きかかえていた。
「私は、ママになるの」
 思わずシエルもほろりとしてしまった。家族が増えるのだ。小さな家族が。
 新しい命はもう、シエルの中に宿っている。
「い、いつまでも泣いちゃいられないよね……」
 ごしごしと涙を拭って、笑顔で輝はシエルの手を取った。
「ありがとう。とっても嬉しい知らせだよ。もしかしたら、生まれてきて一番、嬉しい知らせかも知れない」
「ねえ、思わない? 結婚前からずっと一緒に暮らしてたから夫婦っていう実感なかったけど、子どもができたってわかったら、やっぱり私達夫婦なんだって思えてきた……かな?」
「うん! そう思う」
「これから大変になるかもだけど、私も精一杯頑張るから……これからもずっとよろしくね、輝」
「もちろんだよ。あらためてよろしく、シエル」
 どちらからということもなく、ふたりは手を握り合っていた。
 ともに空を見上げる。
 どこまでも蒼い空を。