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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●二十年後の家族

 あの頃の青年は、今もなお、青年だった。
 T・アクティベーションのスキルがあるため、ザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)の身は二十年前とほとんど変わらない。
 ただし彼は、現状で満足しているわけではない。老化だけでなく物理的な寿命をなくす技術もずっと研究していた。
 これは普通とは違う、永い時を生きるアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)と共に生きてゆくという目的のためである。彼女がその生をまっとうする最後のときまで、ザカコはともに歩んでゆく所存だ。
 すぐに技術が完成するわけではないが、まだまだ、研究に費やせる時間はある。きっとそれが見つかると彼は信じている。
「そろそろ出るぞ」
 研究室のドアを開け、彼の妻アーデルハイト・ワルプルギスが顔を出した。
 そう、ふたりはついに、結ばれたのである。
 もう十年以上前だが、あのとき開かれた盛大な結婚式は、今でも語りぐさになっているほどだ。
「え? ああ、もうそんな時間ですか」
 壁の時計を見上げてザカコは、いそいそと片付けをはじめた。
「まったく……ザカコはいつも、研究となると時間を忘れて没頭するものよのう」
 パラミタ最大の決戦が終結したのち、ザカコは魔法と道具の組み合わせについて研究を行うクラスに就き、その後は、研究者を続けながら、得た知識を教える講師としてイルミンスールに職を得ている。
 彼は外套を着込んで、アーデルハイトの後を追った。
 やや早足である。
 うっかりしていた。今日は、孤児院で暮らす子どもたちに勉強を教えに行く日であったのだ。
 この活動はボランティアで、ザカコが自分から申し出たものだった。この話を聞いたアーデルハイトは一も二もなく賛同し、自分も活動に従事している。
 これほど世の中が安定してもなお、不幸によって親を亡くしたり、棄てられたりした子どもたちは後を絶たない。それを引き取って育てている孤児院がザンスカールにあるのだ。
 院長の名は、強盗 ヘル(ごうとう・へる)
 狼のマスクは今なお健在、一見怖いがどことなく愛嬌のあるそのマスクの下に、大きなハートが隠れていることも健在のヘルである。
 ヘルがその活動に乗り出したのは、「孤児であろうと家族の暖かさを知って笑顔でいられるように」という願いがあったためである。ヘルも元々は孤児だ。それゆえか、理想的な孤児院の設立について、パラミタの平和が訪れるよりずっと前から構想していたのだたという。
 準備に数年かけた後、それから十数年、ヘルは孤児院の活動を軌道に乗せるため骨を折ってきた。とりわけ最初の数年は予想外の壁にぶつかることや苦労することばかりであったものの、現在、その活動は安定している。
 それもひとえに、ヘルの地道で誠実な活動が周囲の住民の理解を得られたためであり、かつまた、ザカコや卒業生たちの援助があってのことだった。
 孤児院は古びたホテルを買い取って修繕を加えたものだ。
 その入口に、ヘルが立ってザカコとアーデルハイトを待っていた。
「よう! 今日も来てくれてありがたい。いつもながら本当に助かってるぜ」
 シャロ・オデッセイ(しゃろ・おでっせい)も出てきてドアを開けてくれた。
 シャロは、ヘルが孤児院を設立するときに孤児院にともに移り住み、それ以降ずっとこの建物の家事を取り仕切っているのである。今では孤児院にとって不可欠の存在だ。
 孤児院で暮らす子どもたちの数は毎年増える一方だ。しかもそのほとんどすべてが、育ち盛り食べ盛りの年代ときている。彼ら彼女らの旺盛な食欲を満たし、なおかつ栄養もたっぷり与えるべく、シャロは毎日、猛烈に忙しい日々を送っていた。
 だがシャロはまるで疲れた顔を見せない。それどころか、「戦いには向かない我にとっては、今の生活は性に合っていると言えるだろうな」と、現状には大いに満足しているという。
「今日も約束の時間五分前だ。さすがであるな」
 というシャロに、ザカコは額の汗を拭いつつ苦笑いした。
「いえ、実は時間ギリギリで飛び出してきました」
「まったく……研究に没頭していたせいでのう」
 アーデルハイトがそう言ってザカコを肘でつつく。
「事実その通りなので……面目ない」
「全然遅れてないんだから気にしなさんな。さあ、『生徒』たちが待ってるぜ」
 さあさあ、とヘルがザカコを案内すると廊下の向こう、孤児たちが集まった教室からざわめきが伝わってくるのだった。
「ザカコ先生は教え方がいいからのう……今年も大人気じゃのう」
 アーデルハイトがからかうように言うと、
「恐縮です……でも、アーデル先生のほうが人気ありますよ」
「またも謙遜しおる。私の教え方はまだまだじゃて……ザカコに見習わねばな」
 教室のドアが開くと、いっぱいに集まった孤児たちから歓迎の挨拶が一斉に聞こえた。
「ザカコ先生、アーデルハイト先生、今日もよろしくお願いします!」

 勉強の後は運動したり、皆で一緒にご飯を作って食べたりもして、今日も充実した午後を過ごした。
 夜になり、ザカコとアーデルハイトは孤児院を辞す。このとき、
「送っていくぜ」
 と珍しく、ヘルが孤児院の敷地の外まで付いてきた。
 その道すがら、
「イルミンスールの大図書館、有効利用されているようですね。このところ特に、利用率が上がっていると聞きました」
 確認するようにザカコが言った。
 現在、ヘルの孤児院の子どもたちにはイルミンスールの大図書館を使用できる許可が与えられている。特定の分野に光る物があり、より専門的な分野を学びたいと希望する子には、イルミンスールへ推薦し奨学生として入学させる道も用意されていた。これはいずれも、アーデルハイトが制度を整備して実現したものであった。
「ああ、いい傾向だ。去年はウチから、どっとイルミンに入学させてもらっただろ? あれが刺激になったんだと思うぜ」
「ところでヘルよ、今日は話があるのではないかの?」
 すっと自然に、アーデルハイトが口を挟んだ。
「ああ……まあ、うん」
 かなわねぇな、と言わんばかりに後頭部をかくと、ヘルは改めてザカコに言ったのである。
「まあ、ちょっとした提案っていうか……余計なお世話かもしれねぇけどよ」
 コホンと空咳してからヘルは言う。
「ザカコに……っていうかふたりに対して提案なんだけどな、そろそろ子どもの一人くらい作ったらどうだ、って思ってな。おめでたとなりゃ、孤児院の全員が祝福してくれるぜ?」
 さすがのアーデルハイトもこれは予想外だったようだ。
「あー……ここは夫から見解を述べる」
 などと赤面しつつ、ザカコに話を振ってしまう。
 そうですね、とザカコは穏やかに回答するのである。
「アーデルさんとの子どもも、いつか授かれたら良いなとは思っています。ですが今は、孤児院の子どもたちこそが自分の子どもといった感じでしょうか。可愛くもありますが、色々と目が離せず大変な面もあり……ですね。だから、イルミンスールの全生徒に目を行き届かせていたアーデルさんの凄さを感じます」
「私が? いや、そんな大層なものではないぞ」
「ははは、今日の午後、『また謙遜しおる』ってアーデルさん言いましたね? その発言をお返ししますよ」
 ザカコはそう言って、アーデルハイトの肩を抱いた。
「世界は日々変わっていきますが、アーデルさんに対しての愛だけは今も変わらず……いえ、より深くなっていますね。
 これからも色々とあると思いますが、自分はアーデルさんとともに、この空の下を歩んでゆきたいと思います」
「迷うぜ……ごちそうさま、と言うべきなのか、さすがはザカコ、というべきなのか……」
 ま、どっちにしろ、と言って、ヘルは帽子の鍔を引き下げた。
「ベタな表現で悪いが、俺はちょっと、ぐっときたな」
 気恥ずかしいのか、ヘルの声が少し、上ずっていた。
「ザカコ・グーメル……俺はおまえと契約したとき、『自分の国を作りたい』という夢があった。その夢、かなったぜ。孤児院って形でな。けど、だからといってパートナーを解消したりしない。これからも、おまえを……おまえたちを見守らせてもらう」
 そこまで一気に言ってしまうと、
「じゃあな!」
 また来週、と言い残してヘルは小走りで去ってしまった。
 その背を見送って、アーデルハイトは言った。
「ザカコ……」
「はい」
「今の言葉……ずっと覚えておくからのう」
「はい!」
 ザカコは微笑して、アーデルハイトを抱き寄せた。