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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●蛇骨

 斎藤 ハツネ(さいとう・はつね)の死は、当時それなりのセンセーションを巻き起こしたものだ。
 世間の反応はさまざまだった。
 因果応報と言い捨てて、唾を吐く者があった。
 かつてのハツネを思い出し、世の無常を思う者もあった。
 しかし、人知れず涙を流した者も、実のところ少なくなかった。
 純真無垢で我が儘、生前のハツネは子どものような性格だったと言えよう。子どもの美しさと怖さ、その両方を抱えたまま大人になったような女性であった。
 問題は彼女に、拭っても拭いきれぬ、そして常人を遙かに超える破壊衝動が宿っていたことである。それが、契約者としての強烈な力によって支えられていたということ悲劇といえた。つまりハツネは、破壊衝動を野放しにできる身であったのだ。
 とはいえ、かつてのハツネの行状を振り返ることが本節の目的ではない。
 ここで物語るべきはその後だ。具体的には、世界が安定期に入ってからのことになる。
 世の中が太平になろうと、ハツネの狂気がやむことはなかった。いやむしろ、太平のなかゆえ、彼女の破壊の化身ぶりは際だっていた。各地で彼女は大小様々な暴力事件を起こしている。
 しかしその後、驚くべき事が起こった。
 ハツネが恋に落ちたのである。破壊神でなくなったという意味で、『墜ちた』という字を使うべきかもしれない。
 とある場所で出会ったシャンバラ人の青年、自分に優しくしてくれた彼に、ハツネは心を奪われた。そして彼も、彼女の想いを受け止めてくれた。
 そこからハツネの乱行はぴたりとやんだ。やがてふたりは結ばれ、ハツネは男の子を出産している。
 それは彼女の生涯にはじめて訪れた、安らぎと愛に満ちた日々だったと思われる。
 だがその日々は唐突に終わった。今から十五年前、ハツネは夫ともども殺害されたのである。今なお犯人はわかっていない。
 これは、過去ハツネが行ってきた悪行の報復を受けたものだという説が根強い。
 なぜならハツネの遺体は、数え切れないほど突き刺されていたからだ。
 死亡は早い段階だったようだが、犯人(犯人たち?)は、彼女が事切れようが構わず、執拗なまでに刺し傷を残していった。遺体の損傷はあまりに酷くて、検死官も直視をためらったほどであったという。
 一方でハツネの夫の遺体には、背に浴びた一太刀が残るだけだった。
 ハツネをかばって、受けた致命傷と思われた。

 よれよれの武道着だ。
 襟が黒ずみ、袖もほつれが激しく、ツギハギの上にツギハギを当てているような状態で、なんともみすぼらしいものであった。もうそれが柔道着なのか空手着なのかすら判然としない。どうお世辞を使おうが一張羅には見えないであろう。古着屋に持っていこうとも、雑巾にもならないと言って買い取りを拒否されるであろう。
 だがそれを着ている青年には、下卑たところがまるでなかった。むしろ人品骨柄いやしからぬ姿である。
 青年はキマクの往来を堂々、胸を張って歩いている。整った顔立ちで目元は涼しげだ。背が高く胸板が厚い大人の体格だが、わりあいに童顔でもあった。
 大石次久。十八歳。
 このように目立つ姿だが、少なくともこのキマクで、彼を襲おうとする者はないだろう。
 なぜなら彼は、いわゆる街のダニ、小悪党チンピラの類を軒並み叩きのめしてきた猛者だからだ。相手が集団であっても負け知らずだった。拳銃やナイフも、次久にはせいぜいかすり傷を与える程度であった。
 今では四天王の一角だとか呼ばれ畏敬されているという。
 おっかない姿をしたモヒカン連中であろうと、次久を見れば道を開ける。それどころか、愛想笑いのひとつも見せてくれる。
「今日も平和だな……」
 モヒカンさんに手を振って次久も笑みを返した。子どものような純粋な笑みだった。
 次久があらわれてから、近隣の治安は大いに改善した。
 悪党という悪党を彼が倒してしまったからである。あまつさえ、子分志願のモヒカンさんたちには、善行をするように彼は命じてもいた。
 こうしていつの間にか、次久が住んでいる地域は、キマクでも一番安全な場所となっているらしい。
 まあ、それはともかく。
「師匠」
 キマクの外れまで来て、次久は古びた拳法道場の戸板をがらっと横に開けた。
 ところが勢いが良すぎたのか戸板がボロボロすぎたのかそれともその両方か、扉はぺろりと取れてしまった。
「……」
 しばらくこれを眺めて、道場に入ると次久は戸板を元に戻した。
 完全には元に戻らず、隙間風が吹き込んでくるが……まあよしとする。
「師匠! きょうはあなたと決着をつけに来ました! 師匠!」
 すると道場の隅から、のそりと侍姿の男が出てきたのである。
 侍といっても、浪人風だ。次久同様、着ているものは上等とはいえない。
 刃のような目をした浪人風の男は、次久を見るなり、
「ククッ!」
 と喉の奥で笑った。
 それは、死んだハツネのパートナーだった男、大石 鍬次郎(おおいし・くわじろう)であった。酒臭い息をしている。
「久々じゃねェか、次久。今日は何の用だ? また酒でも融通してくれんのか?」
 懐手して鍬次郎は不敵に笑う。はだけた襟元はひどく痩せていた。腹にも、肋が浮いているようだった。酒はともかく、食物は充分に食べていないようだ。
「師匠」
 次久は直立の姿勢になると深々と一礼した。そして言ったのである。
「今日はあなたを、殺しに来ました」
 そう言って顔を上げた次久の口元には、『ニタァ』と擬音をかぶせたくなるような笑みが浮かんでいた。その笑い方は、斎藤ハツネに生き写しである。
 大石鍬次郎は、かつて血に飢えた狼として、ハツネとともに悪行の限りを尽くしていた。ハツネ同様、非道を行うことそれ自体に快楽を覚えるという重い業の持ち主なのだ。かつて地球の『新撰組』という組織で、もっとも残忍な人間であったとも言われている。
 といっても、次久はその実像を知らない。彼にとって鍬次郎は、日がな酒ばかりくらってはいるものの、育ての親であり武道の師匠なのだ。
「なんでぇ、久々に来たと思えばそんなつまらん話を……」
「師匠、何ヶ月かかけてあなたの過去を知りました。俺の母上とつるんで、どんな非道を行ってきたかを……。あなたは暴れすぎた。たくさんの人間の死に責任がある。俺はあなたの教え子として、その責任を取らせる必要がある……」
「……あぁん?」
 鍬次郎は、他人事のような顔をして聞いている。
「だから、死んでくれません?」
 このとき次久の顔には、やはりまたあの『ニタァ』の笑みがあらわれていた。
 すると、
「ククッ!」
 また鍬次郎は、喉の奥で笑った。
「どうやら本気か……! 前から気になってたんだよなぁ、てめぇはなんでそんなに人助けみてぇなことばっかりしてるんだ、ってな。ハツネとは正反対じゃねぇか……そう思ってた」
 だがわかった! と鍬次郎は声を上げた。
「やっぱてめぇはハツネの子だ。あいつの血を引いてる! ハツネと同じなのは、なんにせよ徹底してる、ってことだ。
 あいつは、徹底して破壊衝動を楽しんだ。てめぇは、徹底してその正義感とかいうのを貫いてやがる。そのためには親代わりの俺を殺すことも厭わねぇってわけだ……狂った発言に聞こえるかもしれねぇがな、俺はてめぇのそういうとこ、好きだぜ」
 次久のなかにハツネの記憶は少ない。彼が三歳のときに殺されてしまったからだ。身の危険が近づいていることを悟ったハツネは、前もって鍬次郎に次久を託して逃れさせたため、次久はハツネが死んだ日に、なにがあったかも知らない。
 だがひとつ、はっきりと次久が覚えていることがある。それはハツネがしばしば、「次久はいい子だからいっぱい人に喜ばれることをするの♪」と言っていたということだ。
 その『喜ばれること』を徹底する。
 たとえそれが、育ての親鍬次郎を討つことであっても。
「さあて、いよいよ面白くなってきやがったなぁ!」
 と言うなり、鍬次郎は床の間の日本刀に手を伸ばした。
「ハツネが死んで糞餓鬼だったお前を育てて十五年……あんときの泣き虫が、ようやく俺に挑むわけか……いいだろう、受けてやるぜ……この大石鍬次郎様がよ!」
 しかし鍬次郎は刀を取らず、かわりに床の間の下から巾着袋を取り出した。
「餞別だ、これをくれてやる!」
 と次久に両手で、袋ごと投げ渡す。
 じゃら、と金属音がした。ずっしりと重い。しかし次久は片手で受け止めている。
「!」
 次久は袋を空け、そこに鎖分銅が入っているのを見た。分銅には、蛇頭のような飾りがつけられている。
「……これは蛇骨、母上の形見……」
「ハツネからな、いつかてめぇに渡してくれって頼まれてたもんだ。今の態度、気に入ったからくれてやらぁ」
「ふふ、ようやく一人前と認めてくれたのですね!」
「認めたとは言ってねぇ。それは、俺を楽しませてからだ。頼むぞ次久、俺はお前に期待してるんだぜ? 人斬りはもうやめちまった。それは、殺すに値するやつがいなくなったからだ。……しかし今のてめぇなら、いい塩梅だろうよ!」
 次久は蛇骨を手にして振り回した。良い音がする。まるで自分の手のようになじむ。
「では楽しい殺し合いを始めましょうか!」
「おうよ!」
 鍬次郎はここでようやく、大和守安定・真打と無限刃安定・真打を抜いて二刀の構えになったのである。
「ハツネはハツネでよかったが、お前は母親に似ていい殺意の塊だ……俺以上にぶっ壊れてるお前に殺されるのも本望……さあ、死合おうぜ!」
 ふたりの間に濃密な殺気が流れた。
 鎖が伸びる。
 剣が薙ぐ。
 颯! 鎖が両断された。
 だが同時に、無限刃安定は横殴りに分銅を受けて真ん中から折れている。
 瞬く間に三度、火花が散った。
 だが四度目はない。二人が交差したとき、決着がついたのである。
 ぱっと赤い花が次久の武道着に咲いた。
 しかしそれは、返り血であった。
 鍬次郎は満足げな笑みを浮かべると、ゆっくりと膝から崩れ落ちたのである。