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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア

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終わりなき蒼空、涯てることなきフロンティア
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リアクション


●未来のフォレスト家
 
 ――『創空の絆』の事件から十五年、か。
 ふと涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)の頭を、そんな言葉がよぎった。
 どうしてなのかはわからない。事件を思い起こさせる事物を目にしたわけでもない。そもそもここは自宅の庭先だ。普段と変わらぬ穏やかな風景があるだけである。
 ただ、節目の年なのは事実だ。事実ではあるが……。
「どうかしました?」
 妻のミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が彼に声をかけた。
「え? いや、なんでもないよ」
 涼介はすぐに我に返って、コンロの設置作業に戻った。ちょっとした要塞のような火口に、広々とした鉄網を置く。風防の設置と脚のセットも忘れない。
 自宅の庭先に特大のコンロを出して、やるものといえばただひとつ……そう、バーベキューだ。
 一家揃って料理好きのフォレスト家だが、これほど大がかりな野外料理となると、年に数回あるかないか、いわばちょっとした祝祭なのである。
 ――私は祝祭の理由を考えていたのだろうか?
 それで事件から十五年だと思ったのだろうか。……少し、違う気がした。
「あー、腹減った」
 などと言いながら、涼介を手伝う少年がある。
 十三歳の生意気盛り、精悍な容貌は、涼介をぐっと男っぽくした雰囲気だ。とはいえ少年らしく柔らかい部分はあるし、なんといっても目にある知性の色は、ミリアとも涼介とも共通するものだった。
 少年の名はリョウガ・フォレスト、漢字では『涼河』の表記になる。フォレスト家の長男にして、涼介とミリアにとっては二番目の子だ。
「お母様、オードブルのトレー、ここに置くね」
 唄うヒバリのような楽しげな声がした。
 それはかつてフォレスト家にいたミリィ・フォレスト(みりぃ・ふぉれすと)と生き写しの姿であった。
 さもありなん、彼女は名前もミリィ・フォレスト、十五歳のシャンバラ人であった。
 だが彼女は、未来人ミリィその人ではない。正しくは、未来人のミリィとは別次元の同一人物となる。便宜上彼女のことを、ここからは『小ミリィ』と表記するものとしたい。
 では『大ミリィ』とでもいうべき、未来人のミリィはどうしただろうか。
 ここで訂正を入れておこう。
 数行上で、『かつてフォレスト家にいた』という表現を用いたがあれは間違いだ。
 今も未来人ミリィはフォレスト家にいる。小ミリィが生まれたことをきっかけに『ミリアム・フォレスト』という偽名を名乗るようにはなったが。(以後、すべての文脈で彼女を『ミリアム』と表記することで統一したい)
 十五年の歳月は劇的にミリアムを成長させていた。
 彼女はもう二十九歳だ。ミリィとは似ているものの、今のミリアムは背も伸び、年相応に大人の女性となったので、もう二人が同一人物だと思う者はないだろう。涼介もミリアも、二人の類似点を特に追求しようとはしなかった。彼らが真相に気がついているのか、それとも、本当に気がついていないのかはミリアムにはわからない。
 例の『創空の絆』事件の後、ミリアムもイルミンスールで魔法の研鑽に努め、二十一歳で卒業してからは、ミリアの店を手伝いながら、エクソシストとして活動していた。
 平たくいえば、魔性に憑りつかれた人々の呪いを解く稼業だ。
 平和な世でも、この手のエキスパートには常に需要があるものだ。最近では出張で数日家を出ることも珍しくなかった。
 ちなみに小ミリィはミリアムのことを、魔法の師匠にあたるお姉さんと認識している。
 さてその小ミリィであるが、 
「お! メシだメシ!」
 と、さっそくオードブル(薄く切ったフランスパンに、チーズや野菜などを乗せたカナッペ)に手を伸ばそうとした弟を、
「コンロに火が入ってからにしようよ」
 とやんわりとたしなめた。腕白なリョウガも姉には逆らえないらしく、
「そうか……。じゃあまあ、さっさと組み立てちまうか」
 と、コンロの作業に舞い戻ったのである。姉を怖がっているからではなく、姉を尊敬しているからこそ従っているようだ。
 そうか――と、ここではたと涼介は気がついた。
 あれから十五年、と思った理由についてだ。
 結婚してからなら十八年、それでもずっと妻との関係は良好であり、家族仲も悪くない。
 ミリィとリョウガはともにイルミンスールで魔術を学んでいる。父の涼介としては、それぞれが好きな道に――と思っていたが、ふたりとも持って生まれた魔術の才を伸ばしたいということで、みずから進んでイルミンスールの門を叩いたのである。やはり親としては、どちらかには魔術の道を継いでもらいたいと考えていたのでうれしい限りであった。
 ――別に、十五年という数字に意味があるわけじゃない。これだけ長く幸せが続いている、むしろ、家族として前よりもっと良くなっているということを、感謝したい気持ちになっただけなんだ。
 身に余るほどのことだと涼介は思うのである。
 家族仲だけではない。仕事、つまり、イルミンスールで教師として後進の育成に励んでいる、そのことにも充実を涼介は感じていた。
 平和といっても、一時に比べると平和になったというだけのことであり、いまだにパラミタ全土には、大なり小なりの事件や争いが起きている。
 そんな社会情勢の中で涼介が選んだ道が、後進の育成なのである。
 自分たちがいつまで現役でいられるかわからない、そう考えたときに後進の指導はどうしても必要となってくると感じたからだった。
 教師になって十五年。涼介は主に祓魔術を教えているが、今ではすっかり中堅からベテランの教育者になろうとしていた。これまでも現在も、彼が受け持つ生徒たちは熱心であり、高い成果も出ている。毎日の仕事も楽しい。
 そんな涼介の気持ちを汲み取ったように小ミリィが言った。
「そういえば最近、お父様の授業を受けたけどすごくわかりやすかったなぁ。やっぱり、お父様はすごい先生だわ。学校の中でも評判が良くて。ますますお父様のこと好きになりそう」
「魔法の授業かぁ……」
 リョウガが言った。
「なぁ、親父。やっぱり、魔法って難しいよな。俺も今年からイルミンスールで魔法の勉強を始めてわかったけど、姉貴や親父がどんだけすごいか身に染みたよ。親父から基礎や魔道書の読み方とか習ったけど実際にやると得意不得意って出るんだなぁって」
「ローマは一日にしてならず、さ。私も最初からスイスイ魔法を修得できたわけではないよ」
「そっかあ……親父でも、ねえ」
 と言ったリョウガの目が輝いている。
「なら俺だって、やればできる、ってわけなんだな! 俺は負けないぜ。ぜってぇ親父や姉貴みたいな大魔法使いになってやらあ!」
 どうやら本気らしい。
 するとミリアムは我が弟、あるいは息子を見るように告げた。
「楽しみなことですね」
 これは偽りない気持ちだ。
「ありがとう」
 照れくさげに涼介は言った。
 これは涼介からの、
 小ミリィからの評価に対する感謝の言葉であり、
 リョウガの頼もしさに対する感謝の言葉であり、
 ミリアムの気持ちに対する感謝の言葉でもあった。
 あるいは、そのすべてを含め、これほどの家庭を築く力になってくれた妻、ミリアへの『ありがとう』なのかもしれない。
 なんだか感極まってしまって、しばし、涼介はコンロに集中した。
 組み立てが終わったら火をくべて、食材を焼いていく。
 数分もする頃にはたちまち、ジューシーな肉がばちばち焼ける音と匂いが、トウモロコシや人参の匂いとともに空間を埋めていった。
「さあ、バーベキューが出来たよ。今日はみんなで楽しもう」

 ほくほくと肉を頬張るリョウガだが、急ぎすぎて喉に詰まったのか、どんどんと胸を叩いている。そのへんには慣れているのか、さっとミリアムが彼を手伝うのである。やっとつかえが下りたようで、「いや〜、助かった〜」とリョウガは周囲を笑わせた。
 涼介はそんな息子たちを目を細めて見ている。
 その表情はかつてと同様、いや、かつての日々以上に涼やかだ。加えて、どこか貫禄もあった。老け込んだりはしていないとはいえ、涼介も年輪を重ねてきたのである。
 涼介から少し離れたところで、小ミリィがそっとミリアに言った。
「……お母様、もし、わたしが将来お父様の面倒を見るって言ったらどうしますか?」
「そのときが来ないと判りませんが……」
 と前置きした上で、ミリアはこたえたのである。
「でも親として、嬉しく思います」